ルフィ…俺は…船を降りようと思う…
男は確かにそう言った





逢人 −2−
            

ラプトル 様


今夜はなかなか寝付けない。寝相を変えても寝付けない。
寝れないなら酒でも呑んで酔いに任して寝てしまおうと考えた。
でも気付けば自分はどうしてか酒には強い。滅多な事では酔わない事を気付いた。
ならばいっそのこと涼もうかと思った。寝付けないのなら仕方がない。
夜の海風に身体を晒そうと。
ナミは部屋の扉を開けた。
甲板に出たら。
二人の姿が見えた。
一人はルフィ。もう一人はゾロ。
これは珍しい。ゾロはともかくルフィがこんな時間まで起きてるとは驚いた。
いつもならすぐに部屋に戻ってすぐ寝るはずなのに。
まあゾロは深夜に一人で酒を呑むのはすでに日課になっている。
だがこの二人が一緒にいることはまずない。
(どうしたのかしら…)
盗み聞きはなかなか頂けないとは思う。でも聞きたくなったのだ。
男二人で何を話しているのか。愚痴ではないと思う。
絶対。では何か。これからの事か。夢か野望か。どうだろう。
何を話しているのか。無性に聞きたい。
ナミは二人の会話に耳を傾けた。
聞こえてきた会話は。
「ルフィ…俺は…船を降りようと思う」



ゾロに呼ばれた。話がある、と。
珍しいと思いつつ返事をした。
二人で食堂にある酒をかっくらって呑む。
サンジに怒られるのではないかと思ったがまあいいと思った。
甲板に座って二人で呑んだ。
ゾロは一言も喋らずただ酒を呑んでいるだけ。
話があるんじゃなかったのかと言いたいがこの沈黙を何故か壊したくないので自分も呑む事にした。
どれだけ沈黙が続いただろう。二人ともただずっと酒を呑んでいるだけ。
「話のことだが」
ゾロが突然口を開いた。ルフィは話の事はすっかり忘れていたようだったがふと思い出した。
「おう、何だ」
話って何だ。
「ルフィ…俺は…船を降りようと思う」
時間が止まったようなそんな錯覚を覚えた。
突然だった。ゾロが船を降りるなんて考えた事もなかった。
ゾロといつまでも共に肩を並べて歩いて行けると思っていた。
相棒だと、そう信じていた。
「決めた事なのか」
わかっている。もう決めているという事を。何故聞いたのか。
引き止めようとは思わない。なぜならこいつはもう決めているから。
「ああ」
済まない。ルフィ。
気配を…感じていた。ルフィではなく。恐らくあいつの。
そうか。聞いたのか。お前は…。
「そうか」
降りる理由などそんなものには興味はない。ゾロが船を降りる。それは現実。
ゾロが船を降りるときは死ぬか、あるいは自分に愛想を尽かした時だと思っていた。
自分に愛想を尽かしてとてもついていける船長ではないとゾロが判断した時。
その時はゾロに斬られる、そう思っていた。
だがゾロはその両方ではない。死ぬでもなく愛想を尽かすのではなく。
「墓参りをな…しようと思う」
あいつの。約束を果たし世界一になったことを報告をしに。
還るのだ。故郷に。
一段落をつけるために。
「そうか」
還るのか。お前の故郷に。いい事だと思う。故郷は自分に還れる場所でもあるから。
出来る事なら自分も故郷に還りたい。あの気の優しい酒屋の女主人に。
頑固者の村長に。自分を可愛がってくれた皆に。出来る事なら逢いたい。だが溢れ出る好奇心には勝てそうにもない。
まだまだ仲間と冒険、航海したいのだ。
「あいつを頼む」
あの女を。口うるさくて向こうっ気がやたら強くて素直でもなく更に悪い癖のぶん殴り。

とんだじゃじゃ馬だ。
その女をな。お前に頼みたい。


あいつと聞いてすぐに誰だかわかった。
ナミか…
二人の関係を知ったときは驚いた。ただそれだけ。何時からなのか分からない。
嫉妬とかそういう負の感情は湧かなかった。理由は自分が二人を好きだから。
その他に理由は思いつかなかった。
ゾロ。お前はいいのか。こんな形で。ナミにも言わず。
それでいいのか。
「わかった」
任せろ。お前の覚悟はよくわかった。
「あいつらには明日話す」
まあどうやら一人聞いちまったようだが。まあいいさ。あいつには関係ない事だ。
「ああ」
それがいいと思う。
何故自分だけにこの事を言ったのか。何故皆ではなく自分だけにこの事を言ったのか。
それは一番信頼しているから。絶大な信頼を寄せているから。
俺も。ゾロも。
三人だった頃が懐かしい。あの時は三人でよく馬鹿をやったものだ。俺も。ゾロも。
ナミも。
その三人の中の一人がいなくなる。
「済まない、ルフィ」
お前には悩まされて頭を抱えてばかりいたが。それでもお前は俺達の船長。
何よりも仲間を大切にする男。誰よりも仲間を想う男。
気付いていないだろうが俺はお前に影響されたんだ。仲間などいらないと思っていた俺に。
一人で生きると決めていた俺に。仲間の大切さ。一人の無力さ。それら全てをお前から学んだんだ。
あの女にも言える事だが。
お前には本当に感謝してるんだ。
お前と共に航海できないのは残念だが。
「おう」
その声は力強くそして何処か淋しげな色を含んでいた。


「ルフィ…俺は…船を降りようと思う」
どういうこと…。あいつが船を降りる?そんな。まさか。
どうして。
「そうか」
なんであんたそれだけしか言わないのルフィ。おかしいでしょ。
ゾロはあんたの相棒でしょ。そんな簡単に受け入れていいの?後悔しないの?
「墓参りをな…しようと思う」
墓参り?それがあんたが船を降りる理由なの?彼女の為に。彼女の墓参りをする為に。
冗談じゃないわ。勝手にも程があるわよ。出来る事なら私もベルメールさんのお墓参りしたいわよ。
でもそれはまだいいの。ルフィやあんた達がいるから。楽しいと思うから。ずっと笑顔でいられるから。
だから私はこうしてあんた達といるの。
それを何よ。墓参りって。あんた中心に世界は回ってなんかいないのよ。

「あいつを頼む」
あいつが私のことだと瞬時に理解した。
どうして。どうしてよゾロ。どうして一人で決めるの。いつもいつも。
もう何が何だかわからない。
あいつは一人でこの船を降りる。その事をルフィに話した。
当然だと思う。ゾロはルフィを心底信頼していたしそれはルフィも同じ。
でも私にも話してくれたっていいじゃない。
だって私はあんたの…。
あんたの…何。
私達は何も進んでいない。気持ちは同じだと思う。
互いに好意を寄せていることはわかっている。
だが肝心な言葉も言わずに今の今まで。
「わかった」
ルフィ今はあんたのその言葉が痛いの。
これからも一緒に後悔を続けていくものだと思っていた。
そして言おうと思っていた。ゾロに。言葉を。
それなのに。それなのに。
ナミはもうその後の会話を聞く事さえ出来なかった。
ナミはその場に座り込んで膝に顔を埋めてしまった。



「どうして…どうしてよ…」
ねえ、ゾロ………。




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(2005.04.11)

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