そして今日

男は船を降りる………





逢人 −3−
            

ラプトル 様


あいつが船を降りても私は生きていける。あいつがいなくても私は歩いて行ける。
あいつがいなくてもこの船は進みつづける。

何かが欠けたまま……

あの夜聞いたあいつの言葉。昨夜交わした二人の会話。
それらは今朝起きたら夢だったのかもしれない。そう思った。
でも違った。それは現実。
甲板に出れば船員が全員揃っている。その中にもちろんゾロの姿。
全員ナミを見た。サンジが声を掛けたがそれを無視して向こうの景色を見た。
島だった。今まで見てきた島とは大きく違って見えた。
小さくて緑が溢れていて争いなどなくて平穏な村だと感じた。
気持ちいい村だと思った。
「ここがお前の故郷か」
ルフィとゾロが二人並んでいた。
もうこの二人の背中を見る事はない。この二人は自分の故郷を救ってくれた、自分の命を救ってくれた。
共に頼もしい背中。
三人だった頃の二人の背中はいつまでも覚えている。
記憶を辿れば。
とある島に上陸したときルフィが馬鹿をやってそこに珍しくゾロが便乗して。
そして自分が二人の頭をぶん殴った事。
焚き火をしていてルフィが自分とゾロに火のついた薪を投げて二人にぶん殴られた事。それでもあの無邪気な笑顔でししししと笑った事。
それにつられて三人で大笑いをした事。
全てはもうただの思い出となりあの頃はもう帰らない。

この二人の背中も。この二人の笑顔も。大好きだったのに。
なのに二人は離れて行く。遠く遠く。
あんた達は相棒でしょう?”海賊王と大剣豪”でしょう?
「ああ」
こちらからはゾロの表情を見る事は出来ないがきっと優しい表情をしているのだと思う。
まず声が違った。あの不機嫌な声じゃなく怒気を含んだ声じゃなく無関心な声でもなく。
優しい穏やかな声だった。
自分にはそんな声や表情は見せた事がないのに。それは故郷だからか。それとも。
彼女に逢えるからか。
悔しさと嫉妬が生まれた。いや悔しさの方が強い。どうしてそんな表情をしてくれなかったのだろう。どうしてそんな声で呼んでくれなかったのだろう。

本当はそんな表情をしてほしかった。本当はそんな声で呼んでほしかった。
でもお互いの距離がわからなくて。お互いに不器用で。心も何もわからなくて。
だから。
悔しくて悔しくてたまらない。
「いい所だな」
ルフィが言った。もう覚悟を決めているのだろう。
「ああ」
もう感じたくない。そんな優しいあんたなんか。何も言ってくれないあんたなんか。
私に優しさを見せなかったあんたなんか。
故郷に、彼女に想いを馳せているあんたなんか。
もう感じたくもない。もう見たくもない。
「行くのか」
「ああ」
ルフィが全員に向かって梯子を下ろそう、そう言った。
二人を見ていた船員達は仲間の別れの為に梯子を下ろした。
その梯子をゾロはゆっくりとゆっくりと下りていった。
その姿をやるせない気持ちで全員は見ていた。
ゾロを港に足を着けると振りかえって船を見た。
船上にはサンジ、チョッパー、ウソップ、ナミ、ルフィと並んでいた。
ある者は煙草をふかして上を見る者。ある者は涙を流して声を堪えている者。
ある者は涙を堪えている者。
ある者は無表情でまるでこちらを睨んでいるような。

そしてある者は笑顔。その笑顔は一見無邪気なようだがその中に寂しさが漂っている。

ゾロはナミを見た。
ナミは眼を逸らさずにやはり無表情でゾロを見ていた。

何を期待しているのだろう…。昨夜思った事でも期待しているのだろうか。
どうかしている。
眼を逸らす事は出来なかった。いや。逸らしたくない。
この憎たらしくて、本当は愛しい男の顔を見ておきたかったから。
だがもう何を言っても遅いのだ。
何を言えばいいのか。好きよとでも言えばいいのか。
もう遅い。そんな事はわかっている。
無駄な想いを考える事はやめた。その代わりこの男との別れを。惜しむ事はせずに。
さすがに笑って見送る事はできないが。

ゾロ…お別れよ…

ふっ、何を考えているかちっともわかりゃしねえ。

昨夜ふと思ってしまったことを思い出した。
あんな事を思ってはいけない。この女に。
泣いてくれればよかったのか。笑ってくれれば良かったのか。
しかしそんな事は出来ないだろう。もう。恐らく。

ナミ…お別れだ…

そしてゾロは最後にルフィを見た。

今まで俺に連いてきてくれて本当に感謝してるんだ。
離れてもお前は俺の相棒で、そして仲間だからな。ゾロ。

俺はあの日お前に会えた事を少しも後悔していない。
お前に連いてきて正解だった。
楽しかった。お前や仲間との航海は。
いつまでも俺の中で思い出として残って行くだろう。

「ルフィ、世話になった」
ありがとう。ルフィ。
「おう」
ルフィの眼に涙が浮かんでいる事は心の中に閉まっておこう。
お前らしくねえじゃねえか。泣くなんて。
お前は笑っていたほうがいい。その無邪気な笑顔に皆どれだけ癒された事か。
皆お前に惹かれているんだ。


ゾロは眼を閉じて微笑んだ。
いい奴らだった。


そしてゾロは船に、仲間に別れを告げて歩き出した…。


その背中が見えなくなるまで全員いつまでも見続けていた。

その背中が見えなくなると一人、一人と静かに食堂に入っていった。
二人を残して…。






「馬鹿よ、三人共」
あんたも、私も、あいつも。
下船を決意したあいつも。
その決意を受け入れたあんたも。
何も言えない私も。
「そうだな」
ルフィは麦藁を深く被って手で押さえながら言った。
その表情は麦藁で影になって見えないが口許は笑っていた。
よく見れば。
頬に涙が滴っていた。
「何処へ行くの」
私達は。欠けたままで。
振り向かないあいつの背中。
地平に溶けていったあいつの背中。
私を置いて行くあいつの背中。
もう追えないのか。もう掴めないのか。
「何処へ行くか」
何もわからないまま。何も見つけられないまま。俺達三人は馬鹿だから。
あの夜聞いた言葉に耳を疑った。
でも既にあいつは決めていたから。何も言う気はなかった。
だって受け入れるしかねえだろう。そこまで強い決意をいくら俺でも覆す事はできねえだろう。
例え”船長命令”でも。
あいつの決意は揺るがない。



「もう何もわからなくなったわ」
全てが。私達が。
もう逢えないのではないかと思う。
あいつに。
これからまた新しい冒険が始まるのだから。
今更無理やりに言葉を紡ぎ出した所でもうあいつには届かない。
強く想いを叫んだとしてもあいつには聞こえない。
「かもな」
ルフィはそう言って船首の羊に座り込んだ。
その背中を見た。いつもの自信に満ち溢れた背中ではない。

ルフィ……。

あんたのそんな背中は見たくないの。いつでも私達を引っ張って行ってくれる背中じゃないわ。
その背中は寂色に。あまりにも頼りない。自信に満ち溢れた背中ではない。
それはきっとあいつが離れて行ったから。この男の隣にいつまでも居る筈の男が離れて行ったから。
私はもうその背中を見たくなくてどこまでも続く蒼い蒼い水平線を見た。

私達はまたあの果てしない水平線へ向かうのだろう。
あいつがいないまま。
海賊団結成時の三人はもうない。一人欠けてしまったから。
ルフィ海賊団は…もう…。


ルフィ…。まさか解散とか言わないわよね。
こんな事で解散なんて。
この海賊団らしくないでしょう。
あいつが居なくたって航海は続けるの。知らないわよあいつのことなんかもう。
”冒険の匂い”がするんでしょう。
いつものあんたに戻りなさい。お願いだから。

私は大丈夫だから…
平気だから…
悲しくなんかないから…
泣く事なんてしないから…
だから
立ちあがってよ
ルフィ……




私にはあいつを引き止める言葉は出てこない。
言葉を発して想いが溢れ出るのが怖い。
あいつの決意は揺らぐ事はないけれど。
もしかしたらもうあいつに逢えないのではないかなどと思う自分がいる。



ねえ私達はこれで終わってしまうの



こんな曖昧な関係で終わってしまうの



あんたも私も何も言わないでこんな形で終わってしまうの



つまらないわね

あんたも私も



ナミは深呼吸をして羊からルフィを引き摺り下ろした。
そして食堂に入った男共を叫び呼んで
”出港よ”と叫んだ。




もしこれが私達の結末だとしたらもう何も始まらないのかもしれない……




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(2005.04.14)

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