忘れられないあいつの姿
目に焼き付いているあいつの背中
私から離れて今更あいつに手を伸ばす
忘れようとしたのに忘れられない
あいつをまだ想い続けてる私は何
私は
あんたに逢いたいの……
逢人 −4−
ラプトル 様
仲間を増やさず五人で航海をしてきた。”偉大なる航路”を。
この”東の海”であいつをあいつの故郷で見送ったときからもう三年。
そして遂にその時が”麦藁海賊団”に訪れようとしていた。
「解散をしようと思う」
その一言に三年前あいつが放った言葉と同じ衝撃が食堂に走った。
それは突然だった。あの時とは違う。
事前に皆誰一人聞いていないのだ。
つまりこれは
船長の独断。
その声はあの時のあいつと同じ声。
しかしその声には深い深い寂しさが漂っている。
ルフィとて理解しているのだ。まだその時期ではない事ぐらい。
だがあいつが離れて三年。
何かが足りない。何かが欠けている。
そう思って三年。
あいつが居ないこの海賊団はこの海賊団ではない。
恐らく皆そう思っているはず。
だから誰一人としてこの決断に反対する者はいない。
「そうか」
サンジが煙草の灰を灰皿に落とした。
俺も潮時だと思っていた。
あの野郎が離れてからどこか違和感を覚えていた。
無意識のうちに六人分の飯を作り、無意識のうちにいつもあの野郎が座っていた席に飯を出す。
そしてやっと気付く。
あいつはもう居ないのだと。
その行為に笑ってしまう。もう居ないのに。
そうか。解散するのか。
チョッパーはあまりの驚きで声が出ずそのまま固まってしまった。
この船が解散するとは夢にも思わなかった。
それ以前にルフィがそんな事を言う筈がないとたかをくくっていた。
あんなに冒険が好きなのに。あんなに俺達を引っ張って行ったのに。
ルフィがそんな事を言うと言う事は。
多分それはあいつが居なくなったから。
戦闘の時にあいつがいない。その強さに憧れていたあいつがいない。
戦闘後の仕事もなくなった。それは怪我人が出ないと言うこと。それは良いのかもしれないけれど。
何か物足りないのだ。
あいつが居なくなってから。
そうか。解散か……。
ウソップはそろそろかと思っていたところにルフィの発言。
自分と同じ事を思っていたのかと何故か感心した。
本当はもっとずっと前からこうするべきなのではないかとそう思っていた。
そう、あの時から。あいつが船を降りた時から。
そうすればこの航海で積もる虚しさもなかったのかもしれない。
三年は長い。あいつがいなくなってからの三年は実に長かった。
ただ心配なのは。二人。
ナミとあいつと。
離れて二人は何を想うのか。恋しいと想うだろうか。逢いたいと想うだろうか。
わからない。お互いに不器用だから。恋しいと想っても恋しくない。逢いたいと想っても逢いたくない。
多分そう想うと思う。これでもこいつらの性格は理解しているつもりなのだ。
不器用過ぎて上手く伝えられない、紡げないのだろう。言葉を。
言ってみれば似ているのだ。この二人は。
でもナミはこの三年間何も変わらない。落ち込むわけでも無し。泣くわけでもなし。
いたって普通だった。
本当はどう想っているのだろうかあいつの事を。
逢いたいと、そう想っているのだろうか……。
薄々は気付いていた。ルフィが前にそのような事を言っていたような記憶がある。
三年。長い。ただそれだけ。
あいつの事を忘れようと想ってもやっぱり忘れる事は出来ない。
何も始まっていないから。何も進んでいないから。
この曖昧な関係に決着がついていないから。
だから忘れる事なんて出来ない。
でも逢いたいとは想わない。
でもこの関係に決着をつけたい。
わかっている。自分の気持ちが矛盾している事は。
正直自分の本当の気持ちがわからない。
恋しいのか恋しくないのか
逢いたいのか逢いたくないのか
わからない。
どうしてこんな思いをさせるの、あんたは。
再びあの悔しさが蘇ってきた。いやあの時の悔しさではない。
逢いたいと、あいつに逢いたいと思っている自分に。
腹が立った。無性に。
もどかしい。このもどかしさは何。このもどかしさはどうすればいいの。
わかっている。わかっているの。このもどかしさはあいつに逢えば消える事ぐらい。
でも……。
もうどうすればいいのかわからない。
もうなんとかしなさいよ、馬鹿。
解散。その言葉が改めて自分たちにどんな重い言葉か知った。
皆離れるのだ。
それぞれの里に還るのだ。それぞれの想いを胸に。
自分たちを待っていてくれている人々の元へ。
全員甲板に。この船とも遂にお別れ。
「また、逢おうぜ」
そしてこの無邪気で無垢な笑みを浮かべる船長とも。
遂にお別れ。
考えてみれば全てはこの男と出会ったときから始まったのだ。
村を救い、遂には国までも救った。
この男は果てしなく自由で何処までも広い。
そしていつまでも全員の”船長”。
「俺はバラティエへ」
あのくそやかましいクソジジイの所へ。
「俺達はシロップ村だ」
ウソップはチョッパーと肩を組んだ。
ウソップはチョッパーを勧誘していた。
丁度シロップ村には医者見習いのお嬢様がいる。
「俺はフーシャ村だ!」
マキノに会いてえな。宝払いしねえとな。
「私はココヤシ村」
ノジコが待っている。ベルメールさんも待っている。
還らなければ。あの村に。私の故郷に。
「駄目だ」
ルフィがきつく言い放った。それはまるで還るなとでも言うように。
「どうして」
知っている。何故ルフィがこんな事を言うのか。
「わかってるだろ」
やめてルフィ。それ以上言わないで。
「お前はあいつに」
もう何も言わないで。お願い。
「逢いに行け」
優しい言葉だった。その言葉に今まで流れる事などなかった涙が溢れた。
とめどなく流れた。あいつが離れても涙など出なかったと言うのに。
どうしてこの男の言葉だけでこんなにも涙が溢れるのだろう。
それはこの男が好きだから。大好きだから。
”人”として。
これ以上これほどの男に会うことはないだろう。
いやきっともう会えない。
こんな自由奔放でまるで吹く風のように優しい男に。
一生会う事はない。
「いいのよ」
もうあいつの事なんか。
それでも私の意地がまだ邪魔をする。
だって仕方ないじゃない。
わからないもの。どうすればこの意地を排除する事ができるのか。
「知らないわよ」
もうこの意地を排除する事は不可能。
あいつとはもういいの。
これが運命。所詮は男と女。
所詮は他人。
あいつはあいつの人生を送るだろう。同じように私も私の人生を送る。
結局は何もわからないままで始まって。
結局は何もわからないままで終わって。
「あいつが待っている」
その言葉で意地が消えた。
何故だろう。わからない。わからないが今までの意地が跡形もなく消えた。
凄いと思った。この男には敵わない、そう思った。
卑怯よその言葉は。
本当にあいつが待っていると思ってるの。本当にあいつが私に逢いたいと思ってるの。
でもこの言葉だけで心が変わってしまうなんて。
もう意地を張るのはやめにしよう。
正直になろう。自分の気持ちに。
この関係に決着をつけに
全てを始めるために
この船を降りて
もどかしさを消しに
曖昧な言葉は海に捨てて
邪魔していた気持ちを風に攫わせて
欠けた何かを取り戻しに
うわべだけの心は波に置き去りにして
仮初の一時を空に放り投げて
肩並べ夢を紡いだあの時が蘇り
もうこれ以上虚しさが生まれないように
仲間に背中を押されて
私のこの足で
私の意志で
私の心が
私の一雫の想いを連れて
私はあんたに逢いに行く………
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(2005.04.15)Copyright(C)ラプトル,All rights reserved.