きっとこの三年間はもしかしたら無駄じゃなかったのかもしれない


もう逢えなくてもいいと思った


きっと好きに生きていくさとも思った


だけどそれじゃずっとそんな曖昧な関係のまま


このまま想いが交わることすら無く生きていくのが怖い


だから


私はあんたに逢いに来た





逢人 −7−
            

ラプトル 様


二人は長く続く路を歩いていた。
のどかな村。
緑に溢れ平穏で。
少しばかり自分の村を思い出す。
何処か似ていると思った。
自分の村ではないのに何故か懐かしく感じて思わず笑みを浮かべた。
「まだなの?」
男の横顔にそう問うた。
「もう少しだ」
まだ目的の場所へは着かないらしい。



墓参りに行く
そう言って母屋へ行って仏壇の引き出しから線香とマッチと花を持って来た。
そういえばこの男は墓参りと言って船を下りた事を思い出した。
お前も来るか?
そう言われて思わず返事をしてしまった。



それにしても
「線香とマッチはまだいいとして…あんたに花って…」
ホント似合わないわよねぇ、そう言ってしげしげ花と見比べた。
「うるせえ」
そう言って男はしかめっ面をした。
聞くと毎日墓参りに行っているらしい。
当然花も持って。
毎日こいつが花を持ってこの路を歩いて墓参りに行く。
想像しただけでもあまりに不似合いでぷっと吹き出した。
「何だその笑いはおい」
いかにも気に障ったという顔を向けている。
こんな表情は久しぶりに見た気がする。
そんな事を思いながら歩いているとようやく見えた。
小さな小さな墓場。
墓石は十数個しかない。
その中の一つが男の親友の墓。
その中へ二人で入っていく。
少し男に遅れながら。
「どうした」
隣にいないのに気付いたのか後ろを振り向いて声をかけた。
「別に」
そう答えたら、そうか、とだけ言って桶に水を汲み友が眠る方へ歩き出す。
そう、別に気後れしてるわけじゃない。
ただいつまでもあいつの心に在り続ける彼女に嫉妬していただけの事。
過去への嫉妬は無意味だという事を理解しているつもりだったけれどどうしてもこの心は理解してくれなかった。
今はもうそんな事はないけれど。
でもあいつに今でも想われている彼女を少し羨ましいと思う。
そして悔しいわ、とも思う。
そんな私が参ってもいいのか考えていると向こうから男が呼んでいたから一歩一歩ゆっくり歩いていく。

既に花は挿し換えられ新しい花が墓石を飾っていた。
男は四本ほど束になった線香を渡してきた。
「…いいの?」
そう訊けば男は何を言ってんだみたいな顔をこっちに向けていた。
「せっかくだ」
そう言って桶の中で火を点けて線香の束を挿した。
そして墓前にしゃがみ込んで目を瞑り手を合わせ拝んだ。
その表情は何処か哀しげでそしてひどく優しそうに見えた。
こいつのこんな表情は滅多に見ない。
今はもういない彼女がそうさせているのかと思うと悔しくなる。
あの頃はいつだって喧嘩をしたり一緒に酒を飲み交わしたり。
いつから仲間の領域を越えたかなんてもう忘れてしまった。
それを望んで踏み出したのはどちらかなんてその事すら忘れてしまった。
それでもこいつは私にこんな表情さえ見せてくれなかった。
生き方はまるで違うのにお互いを求めてしまったのはどうしてか。
考えることはもうやめていた。
「お前もやれ」
気付けば男は腰を上げていた。
男と同じように桶の中で線香に火を点ける。
線香を桶から出して線香を挿そうとした。
しかし本当に自分が挿していいのか。
こいつの過去に踏み込んでいいのか。
仮にもこの男の過去に嫉妬していた自分を。
「…本当にいいの?」
再び男に訊いた。
拝むことに躊躇いを覚えているから。
「拝んでやってくれ。お前は俺達を導いたんだ。お前がいなけりゃ俺は世界一になることさえ出来なかった」
男は真剣に続けた。
「俺の野望はこいつとの約束なんだ。こいつと一緒に約束を果たしたのさ」
墓石に柄杓で水をかけながら。
それはまるで永く眠っている彼女に囁くように。
「そしてお前がいたから俺は約束を果たすことが出来た。お前には感謝してるんだ。きっとこいつもお前に感謝している」
だから、拝んでやってくれ
その声があまりにもこの胸に溶けていく感じがしたから線香を丁寧に挿して手を合わせた。


別にあなたのようになりたいわけじゃないの。
あなたのようにこいつに想われたいわけじゃないの。
私はあなたになれないしきっと今でもあいつにはあなたの面影が残ってる。
だから私にはその面影を消すことが出来ないと知っているの。
そんなあいつに逢いに来た私をあなたは笑うかしら。


目を開けて顔も知らない彼女に心の中で言った言葉が届いていることを願って腰を上げた。
「ありがとな」
そう私に礼を言って桶を持って墓前を後にする。
柄杓を肩に当てながら歩く後姿にあの頃を思い出して苦笑する。
墓石に振り返り最後にもう一度、今度は声に出して言った。
「やっぱりあなたが羨ましいわ」
あいつにこんなにも想われてるあなたが。
きっと私にはあなたに勝つことなんて出来ないから。
墓前で微笑みながら名を呼ばれるままに男の元へ歩き出す。

くいなさん

そう初めて自然と少女の名を呼べたことに少しだけ嬉しいなと感じながら。



「さっきは何笑ってたんだ?」
二人で静かに歩いていると男が突然訊いてきた。
「な〜いしょ」
「あーそうかい」
大して興味なさそうに言う。
じゃあ訊かなければいいのに。
そう思って呆笑した。
こいつはあの頃からちっとも変わっていない。
変わった部分と言えばこいつの雰囲気、とでも言うのだろうか。
あの頃に比べるとずいぶんと穏やかになったと思う。
ここの暮らしがこいつをそう変えたのか。


こいつにあいつを拝ませた。
こいつが自分とあいつの約束に導いてくれたから。
こいつが気後れしていたことにも気付いていた。
そこまで自分は鈍くない。
だからそうさせたかった。
お前が気後れする必要は無いと。
女である事を嘆いたあいつと
女として強く生きているこいつと
価値観が正反対の二人の女に気付かぬ内にただ惹かれていた。
今はもういないあいつと
今こうして自分の隣にいるこいつと
共に歩いていきたいと思うのは贅沢なのか。


「ねえ、もう海には出ないんでしょ?」
かねてからの疑問をこの男にぶつけた。
「ああ」
予想通りの返答に別段驚きもしなかった。
三年も海にも出ずここで暮らしていたのだから当然といえば当然のこと。
「お前は還ったのか」
それは今はあまり訊いて欲しくない事だった。
あんたに逢いに来たんだから還る暇なんてないじゃない。
その言葉を何とか飲み込んだ。
「まだ還ってないわ」
至極冷静に言った。心の内では動揺していた。
だけどそれを見せてはいけない。だから平静さを保った。

女の一言に少し驚いた。
まだ還ってないだと?
と言う事はつまり故郷へ還らずに自分に逢いに来たということ。
こいつらしいとフッと笑った。
こいつと再会して、自分の本当の想いを気付かされた。
いつまでも逃げ続けていた想いに。
きっとこいつもそうだから。
自惚れじゃなくきっとそうだから。
こいつは自分に逢いに来た。故郷へにも還らずに。
だから今度は俺から言いたいことがあるんだ。


「故郷に還れ」
何となく言われる気がしていた。
きっと言うと思った。せっかく、やっと逢えたのに。
何か言わなければと思うけれどなかなか言葉が口に出てくれない。
「そこで落ち着いたらまたここへ来い」
何を言われているのか理解できなかった。
気付けば立ち止まって男と目が合っていた。
目を逸らせずに男の次に出る言葉を待っていた。


そう、故郷に還って落ち着いたらまたここへ来て欲しい。
別に強制じゃないが出来る事なら来て欲しいんだ。
「俺と…暮らさねえか…」
俺にとって一生に一度の最大の告白だ。
お前は俺に逢いに来た。
だから今度は俺の番だ。格好付けさせてくれるぐらいいいだろ?


もしかしたらその言葉を待っていたのかもしれない。
一緒に暮らそう、そんな言葉を待っていた。
本当はその言葉を言ってほしくてこいつに逢いに来たのかもしれない。
ねえ、気付いてる?
あんたは気付いちゃいないかもしれないけどその言葉。
そう、まるでその言葉はプロポーズ。
この気持ち、あんたにはわからないでしょう?
私がどれだけ嬉しいか。きっとあんたにはわからないでしょうね。
でも私は素直じゃないから、あんたに抱き付いて喜んだりはしないから。
私はここでも憎まれ口を叩く。
「そうねぇ、暮らしてあげてもいいわよ」
こんな言葉しか出ないなんて重症ね、私は。


「てめェ…」
人が真剣に言ってんじゃねえか。
こんなときぐらい素直に喜んだらどうなんだ。
まったくこいつのひねくれ様は何も変わっちゃいないらしい。
「行くぞ」
今頃になって照れくさくなって少し足早に歩き出す。
それでも一緒に暮らせることになって知らぬままに笑みを浮かべていた。

「ゾロっ!」
すると突然後ろから名前を呼ばれた。振り返れば佇んだままで真っ直ぐに自分を見ている。
秋を感じさせる風が二人の間を横切っていく。
女の髪がその風に舞った。


「ありがとう」
あんなに綺麗に笑った女を初めて見たような気がする。
こんな笑顔を見れるならこんな笑顔を自分がさせてやりたい、などと似合わない事を思ってしまった自分に喝を入れる。
そういえばこの女を泣かしたら許さねえと言った、自由奔放な麦藁帽子を思い出す。
最後の最後までお前に世話になっちまったな、とあのとびっきりの笑顔に感謝の言葉をかけた。





「ナミっ、置いてくぞ」
柄にもなく照れくさくなってぶっきらぼうに言い放ち少し足早に歩き出す。
後ろからちょっと待ちなさいよっ!といい加減聞き飽きた声がする。















なあルフィ、いつかこいつと二人でお前に逢いに行こうと思う




その時に礼を言わせてくれ




FIN


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(2006.05.07)

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<管理人のつぶやき>
ゾロの下船、麦わら海賊団の解散・・・変わり行く状況の中でナミはゾロのことどうするのかと思いましたが、ルフィが背中を押してくれた!そして、ゾロの一生に一度の最大の告白は、読んでるこちらが「参った!」という思いになりましたよ(笑)。

ラプトルさんの8作目は7話からなる長編となりました。ラプトルさん、連載終了お疲れ様ー!

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