きっと何かが変わってしまうのが怖かったのかもしれない



きっと曖昧な関係でいた方がいいと思った



何もかもがわからないままでいいと思った




でもそれは逃げているのだと気付かないふりをしていただけなのかもしれないと


今更気付いた





逢人 −6−
            

ラプトル 様


風が二人をなぶって行く。
この島はもう秋なのだろうか。
葉がうっすらと紅く色付いている。
その島の小さな剣術道場の小路で再会したのは不器用な二人。
三年越しに想いを紡いだのは不器用な二人。
女は男に逢いに来た。
男は女に、今更か、と問うた。

逢いたくて愛しくて。狂おしいほどに。

「俺はお前に逢いたかった」
それは遅すぎた想いだった。
あの日から三年経ってしまった。
三年前のあの日。
本当は二人共わかっていた。
何と言えば良かったのか。
ただ本当に怖かっただけなのだ。
自分達が変わってしまうのが。
男は約束と云う名の野望しか見ていなかった。
女はそんな男の後ろを歩いていくだけで良かった。
だがいつしか女は惹かれてしまった。
その男の背中を見ていたら。
思えば初めてこの男を見た時も背中だった。
その背中を占領した事もあった。
あの時の心地良さは忘れたくはない。
「お前はきっと逢いに来ちまうんじゃねえかと思っていた」
そしてお前は来た。
「それが俺には怖かった」
だからお前をここの暮らしに任せて忘れようとしていたのかもしれない。
曖昧と云う関係から逃げていたのを認めたくなかった。
そうして自分を欺いていた。
「じゃあ私はどうなるの」
女は呟いた。
女は目を伏せていた。前髪が影になって表情が読み取れない。
しかし女が顔を上げて溜まりに溜まった想いをぶつけた。
「あんたに置き去りにされて!私が平気だったと思うの!?」
忘れもしないあの喪失感。追うこともせず哀しむこともせず。
失ってはいないのに。ただ置き去りにされたのが悔しかっただけ。
男が目を見開いた。どう思うのだろうか。
「この三年間あんたを忘れようとしたわよ!でもね!忘れようとすればする程あんたを思い出しちゃうのよ!
悔しいのよそう思う私が!あんたをここまで想ってる私が!」
今にも泣きそうな顔をして叫ぶ。だけどきっと泣きはしないだろう。
自分の前では絶対に涙を見せない。そういう女だ、昔から。
この女の想いを全て受け止めようと思う。
「怖かったのは...私の方よ」
女が悲しい声で呟いた。
これは本当に泣いてしまうんじゃないかと思った。
涙を堪えている表情がわかった。
何が、とも何故、とも問わない。
「あんたに...あんたに私が必要ないって思われたんじゃないかって思ったの...」
心臓が止まりそうになった。
その言葉にナミの辛かったであろう想いが込められているのだと思った。
目の前が真っ白になった。一番怖かったのはナミ。それを何故気付いてやらなかったのだろうか。
こいつが俺に逢いに来ちまうのが怖い?馬鹿馬鹿しい、笑っちまう。とんだ被害妄想野郎だ。
「それは違う。ただ、お前を求めちまったらもう戻れなくなると思った」
うまく声は出せただろうか。自分でも声が擦れているとわかった。
わかっている。これは都合のいい言い訳だ。でも言わずにはいれなかった。
ナミの顔があまりにも打ちひしがれた表情をしているから。
何かを言わずにはいれなかった。
「...くだらない事ばかり考えて...ただ格好付けてただけじゃない!あんたも私も!」


女が叫んだ。悲痛な表情で。
言われて初めて気付いた。自分の気持ちが相手に迷惑なのではないかと。互いにそう感じていたのだとしたら。

なんてくだらない


なんて愚か


そして



なんて不器用



想いのぶつけ合い。互いにすれ違ったままで、互いに曖昧で。
想いが零れてしまうのが怖かった。
三年前に感じたのは悔しさと諦めだった。
気持ちを抑え付ければ抑え付けるほど気持ちが溢れ出てしまう。
そんな自分に戸惑った。あの男はどうしているのか、そんな事を考える余裕はなかった。


泣きたいほど悔しかったから。それでも泣かないと決めた。
あいつがいなくて悲しいから泣くというのは癪だったから。
こいつの前では絶対泣かないと、そう決めていたのに。

「馬鹿よ、あんたも、私も」
女は男の前で初めて涙を、流した。
右頬に一筋の涙が流れる。
あの夜男が船内に消えて行った後と同じように拳を握って唇を噛んでいる。
不覚の涙。
「俺は...俺達は...何もわかってなかったのか...」
男は苦しげに言葉を吐き出した。
つまらない意地を張って逃げていただけ。
そんな事にも気付かなかったとは鈍感にも程がある。
男も女も。
「違うの。わかっていたから進めなかったの。覚悟が...なかったの。そうでしょう?」


女は涙も拭わずに男を強く見つめて、そして涙が浮かぶその瞳で男に問うた。
しかし男は何も言わない。ただ女の瞳を見つめている。静かに見つめる。
「あいつが...あいつが私に覚悟をくれた。だから私はあんたに逢いに来たの」
あいつのあの言葉で。

お前はあいつに

逢いに行け


迷っていた逃げていた私にあいつが覚悟をくれた。
あいつが覚悟をくれなければ私はこいつに逢いに来なかったのかもしれない。
それほどあいつの言葉は優しくてこんなにも勇気をくれるのだ。
「そうか」
男の顔が幾分穏やかになった。
そうか。あいつが。
名前を言わなくても誰だかすぐにわかる。
きっとこいつは迷っていたのだろう。
そしてその背中を押すのはあいつしかいない。
こいつがあいつを一番に信頼しているから。
そして自分も。
改めてあいつには敵わないとつくづく思った。
あいつはどうしてあんなにもでかいのだろう。
人を惹きつけ絶大なカリスマ性を持っている。
恐らくもうあのような男に出会う事はないかもしれない。
それほどあいつはでかい。
出来ることなら。
「...俺も...覚悟が欲しかった」
女が先ほど問うたのに答えた。
逃げない覚悟を。欺かない覚悟を。
女にいつか逢ってしまう覚悟を。
そうすればあの時言えたかもしれない。
こんな再会にならなかったかもしれない。
涙はもう乾き女は男にそう、とだけ呟いた。
「あいつには頼りっぱなしだな」
男は空を見上げフッと笑った。
こんな時にまであいつには助けられた。
「そうね」
女は微笑んだ。優しく優しく。
やっぱりあいつが好きなのだ。
人として。

あの時背中を押してくれたときあいつは笑ってくれたのだ。
あの無邪気な笑顔で。
昔からあの笑顔が大好きだった。
どんなに助けられたことか。
あいつはただ笑って送り出してくれた。
あいつの覚悟を分けてもらった。
常に覚悟を持っているあいつに。
そして私がこいつに逢いに行くのを決めた時に最後にあいつはこう言ってくれた。



俺は

お前も

あいつも


大好きだからな!!!



実にあいつらしい言葉だと思った。
そんな事を思い出しながら男に言った。
「私はあいつが大好きよ」
あんたに負けないくらいにね。
女は綺麗に笑った。
「気が合うな、俺もだ」
男は唇の片端を上げながら言った。
何処までも自由でいつまでも無邪気にいて欲しい。
多分あいつはいつか逢ったとしても変わっていないと思うから。
それでいい。あいつはそれでいい。
「俺達の船長はあいつしかいねえな」
目を瞑って穏やかに笑った。
「そうね」
船長はあいつしかいないしあいつにしか連いていく気もない。
少なくともあいつと出会ってから私は変わった。
村を救われ自分も救われた。
そしてこいつと会えた。


「あいつに出会えてよかったわ」


「ああ」



秋の訪れを感じさせる風が二人を吹き抜ける


小さな島の小さな剣術道場の小さな路で


不器用な二人は


不器用な想いを紡いだ


想いが通じ合う


決着はついた


一人の男のおかげで





ルフィ...


ありがとう





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(2005.09.14)

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