"それ"は、何の前触れもなく、ある日突然やって来た。
「すまねぇ、ナミ! 急いでんだ、これ預かってくれ!」
「はぁ?」
「夕方・・・いや、夜になっちまうな。今夜必ず取りに行くから、それまで預かっててくれ!」
「ち、ちょっと待ってよゾロ! 私の都合は関係ないわけ? 私だってこれから仕事に・・・」
「奇遇だな。俺もこれから仕事だ。ってやべぇ、時間がねぇ! 恩に着るから一週間・・・場合によっちゃ10日頼むわ。んじゃ」
「ち・・・ちょっと待ってってば! どういうわけなのか、理由くらい説明してきなさいよ! ってとっとと行くなぁ!こら待て、人の話を聞け〜〜〜〜〜〜っっ!!」
春まだ遠い初春の朝、ナミは手元に残されたとんでもない置き土産に、ただ溜息をつくしかなかった。
『Baby Rush』 ―ベイビー ラッシュ― −1−
真牙 様
「おはよーっす。あれ、ナミ遅かったなぁ。いつもなら一番に来て、事務所の鍵開けて一仕事してんのに・・・?」
「おはようございます、ナミさん。あそこの通り、時間間違うと渋滞に巻き込まれちゃうから、そうだろうって今ウソップさんと・・・?」
いつもと同じ朝、いつもと同じ会話、いつもと同じメンバーで迎えたそこに、いつもと同じではないナミがいた。
重い空気が背後にのしかかっている。
いつもの明るい笑顔はどこへやら、苦虫をまとめて噛み潰したかのようにむっつりと押し黙っている。
それを少しでも和らげようと、ビビはお茶を淹れてそっとデスクの端に置いた。
その瞬間。
ぺた。
「きゃあぁぁぁっ! な、何かが足元にーーっ!!」
お盆を抱えたままのビビが、突如足に触れた柔らかい何かに仰天して飛び上がる。
つられてウソップも飛び上がる。勇ましくファイティングポーズを取ってはいたが、膝も唇も力一杯震えていた。
「何だー、どうしたビビ! 宇宙人の襲来か、それともつちのこか?いやいや、この勇敢なる戦士キャプテン・ウソップ様にかかれば、未曾有レベルの危機も・・・」
苦笑したナミがほつれたオレンジ色の髪を掻き上げ、ミニ・スカートから伸びるすらりとした脚線美の先を指差した。
見れば、うつ伏せに転がったゴジラのヌイグルミが、お尻をふりふり匍匐前進していた。
「ヌ・・・ヌイグルミ、ですか?」
「な、何だ、ヌイグルミかよ。脅かしやがって。いや、俺には判ってたけどな、実は大したモンじゃないって。まあいざとなれば本物の怪獣が上陸したって、男ウソップ様が小指の先で一捻り・・・いや、半捻りってとこだなっ」
「でも、ヌイグルミは勝手に動きませんよ?」
「自動で動くやつだろ。どれ、人騒がせなスイッチはどこだ」
ゴジラの背中をつかみ、意外な重みに顔を顰める。
さぞやこの重みに合った重厚な面構えをしているのだろうと、顔を拝むべく全体を回す。
怪獣の顔があるべき場所に・・・人の顔があった。
「うを! 人面ゴジラ!!」
「んなわけないでしょ。ゴジラの着ぐるみ着てる、ただの赤ちゃん。まあ・・・これなわけなのよ、遅刻の原因は」
「あー」
ウソップから子供を受け取り、ナミはその背中をぽんぽんと撫でた。
子供はナミのふくよかな双丘に頬を埋め、満足気にぺったりくっついている。
「何だ、赤ん坊かぁ。脅かしやがるぜ。・・・で、いつの間に産んだんだ? 隠し子か?」
「そうですよ、ナミさんてば水臭い。言ってくれれば、子守くらいいつでもお手伝いしましたのに」
近づいた長い水色の髪をもみじの手で絡め取り、ビビは「可愛い!」を連発した。
ウソップが目線を合わせて顔を近づけると、子供は不意にじっと彼の顔を見つめた。
首を傾けた瞬間、子供は嬉しそうにその長い鼻に噛みついた。
「ギャーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッ!!」
「やだウソップ、気をつけてね。ちっちゃいなりでも、いっちょまえに歯は生えてるから」
「ぞ、ぞれをざぎに言っでぐれ〜〜〜〜・・・」
「ところで」
ナミはこほんとひとつ咳払いする。
「先刻あんた達、聞き捨てならないこと言わなかった? 誰が、誰の隠し子ですって? あんたら、一体いつから私と一緒に仕事してんのよ!」
「三年前ですぅぅ!!」
「だったら計算が合わないでしょ? 経理事務所でそんな初歩的なこと言ってると、春を待たずにリストラするわよ。その子は、どう見ても1歳前後でしょうが」
「そうかぁ。いや、辛いことを言わせてしまうか。いいんだ、女として辛い選択だったんだろう」
「女として? ああ、もしや国外で代理出産を・・・いいえ、もしや不倫の末身の置き場のないこの子を、泣く泣く引き取ったとか?」
「・・・コロスわよ」
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(2004.02.26)Copyright(C)真牙,All rights reserved.
<管理人のつぶやき>
真牙さんの初投稿作品・長編ゾロナミパラレルです!
ぬぁんとー!「子連れゾロ」でございますよ。
ゴジラの気ぐるみの赤ちゃん(しかもゾロ似)。
可愛いんだろうな〜♪想像するとニヤケてくるんですが!
無理やり子守りを押し付けられたナミ・・・さてさて、いったいどうなることやら。