『Baby Rush』  ―ベイビー ラッシュ―   −8−
            

真牙 様




次の朝、ナミの目覚めは最悪だった。

ゾロがナミを抱きしめるように眠っていたので、ナミはとうとう朝まで家に戻れなかった。

しかもずっと緊張していたので殆ど眠れず、ようやくうとうとできたのは明け方近くになった頃だ。

なのに、不意に目覚めたゾロが驚いて飛び起きたので、ナミは一気に眠りの世界から叩き出されてしまったのだ。

「も〜〜、何てことすんのよ。ただでさえ寝不足なのに、もう少し手加減できないの?」

「な、何でお前がここにいんだよッ! 昨夜帰ったはずだろうが!!」

「あー、そうね。誰かさんがさっさと離してくれれば、とっくに帰ってたわね」

「離してくれれば・・・って俺?」

「そうよ、あんた以外の誰がいるっての。人を抱き枕にして得た惰眠は、さぞや心地が良かったでしょうけどねっ」

すぐ隣でもぞもぞしている子ゾロの額に触れる。熱は嘘のように下がっていた。

「良かった。これで一安心ね」

改めて自分の格好を見下ろし、想像通りの結果に溜息をつく。
上着を脱ぐ余裕もなく、そのまま眠るしかなかったので、せっかくのお気に入りのスーツが皺だらけになっている。

これのクリーニング代も上乗せしてやろうかと思いつつ、何気なく時計を見た。

時刻は既に7時半を差していた。

「きゃ―――っっ! 嘘、もうこんな時間!? 今日休みじゃないのにー!!」

「うお、こっちもだッ」

慌てて身支度を始めるゾロは、きっちり睡眠が足りたようですっきりとした顔をしていた。
ナミの犠牲の上に成り立っているので忌々しい限りだ。

「ああもう、家に戻って特急でシャワー浴びて支度しなきゃ」

あたふたとヒールを履き、無造作にドアを開ける――とそこには、今正にベルを押そうとしていた管理人の姿があった。

「・・・あー、オハヨウゴザイマス・・・」

何と言っていいか判らず、とりあえず挨拶する。

管理人婦人は暫し呆然としたまま、ナミの服装を見ている。
昨夜戻れなかったので当然同じ服だし、髪もまだ整えておらずメイクもそのままだ。
婦人は不意に得心したように5割増の笑顔を浮かべ、ナミの肩を2,3度叩くとすすす〜っと後ろ向きで通路を去って行った。


(待って、管理人さん! 違うの、誤解なのぉぉ〜〜〜!)

後には、がっくりと肩を落とすナミだけが残された。

「あぁ? 誰かいたのか!?」

「・・・管理人さん」

「ほぉ」

「『ほぉ』じゃないわよ! あれは絶対誤解したわ! そりゃ一晩ここにいたのは事実だけど、あの妙に悟った表情は絶対余計なことまで誤解したに決まってる!ああああ、清楚で品行方正なナミちゃんの評判がぁ〜〜・・・」

ナミは頭を抱えた。事実としては問題ないが、実際そういう関係でない以上、別の問題がおおありなのだ。

「あーもう、これからどんな顔して管理人さんに会えばいいのよぅ・・・」

「別にいーんじゃねぇ、普通で」

「あんたが良くても私はいやなの!」

慌てふためくナミを見下ろし、いつもの余裕が戻ったゾロは意地悪そうにニヤリと笑った。

「誤解されんのがいやなら、事実にしちまっても俺は構わねぇが?」

言いながらナミの顎に指を掛けて自分の方へと向ける。

「セクハラ男が、調子に乗るな――――――ッッ!!!」

ゾロの顎に、ナミの見事なアッパーが決まった。





何とかその日を無難にこなし、買い物を済ませてマンションに戻る。

どうか会いませんように。
そんなことを思う時に限って、神様はにっこりと奈落への片道切符をくれる。
そっとエントランスを横切ったのに、ナイスタイミングで管理人婦人に出喰わしてしまった。

「あ〜・・・ただいま帰りました」

「ああ、ナミさんお帰り。どうしたんだい、冴えない顔して」

聞けるはずなどない。今朝のこと、どう誤解しましたか、なんて。

「ロロノアさんとこのおチビちゃんなんだけどね」

「え・・・え?」

いきなりそう来るかの話題に、ナミは心持ち身構える。どうか要注意のレッテルだけは貼られませんようにと祈りながら。

「風邪引いてないのに熱出したって、あれはストレスだね」

「え、と・・・ストレス、ですか? あんなちっちゃな子供なのに?」

「そうさ。子供は全身で言いたいこと、して欲しいことを訴えるからね。あたしの経験からするに、あれは自分の要求が通らない憤りから来るストレス熱さ。原因さえ判って取り除いてやれば、何てことはないんだよ」

「そう、なんですか。今朝は熱下がってたから、もう大丈夫だとは思いますけど。それであの、今朝は・・・」

管理人はナミの言わんとしていることが判ったのか、うんうんと頷いて彼女の肩を軽く叩いた。

「大丈夫。あたしはナミさんを信じてるし、何があってもあんたの味方だからね」

「あ、ありがとうございます・・・」

何だか著しく誤解されたままのようだが、信用を失ったわけではなさそうなので仕方なく納得することにした。

エレベーターに乗り込み、ほっと一息つく。

睡眠不足のせいか少し頭が痛い。ナミは早々に休むことにした。





たっぷり眠って気分爽快の日曜日。

ナミは足りなくなった雑貨を買いに、近くの量販店に出掛けることを思い立った。

外に出ると、2月だというのに暖かな日和で気分がいい。いつもなら車を使うが、今日は歩いて行くことにした。

「わあ、いい天気」

どこからか飛んで来たのか、時折街路樹の方から鶯の声が聞こえる。
春がすぐそこまで来ているように感じられ、ナミは不思議とふんわりとした気分になっていた。


買い物がすぐに済んだので、ナミはもう少し足を伸ばしてみることにした。

通りを一本入ると、そこには森と芝の広場、そしていくつもの遊具が設置された公園があった。

「こんなとこあったんだ。こっち方面来たことなかったから、全然気づかなかったわ」

暖かな陽射しに誘われて、何組もの家族連れが遊具や広場で遊んでいる。どこにでもある休日の風景だ。

遊歩道から入って石畳の小道を行く。
不意に視界が開け、運動場にもなりそうな芝の広場に出た。

その、中ほどに。

見慣れた翡翠色の髪の男が、腹の上に何か乗せて仰向けに寝転がっているのが見えた。


近づいて見ると、やはりそれはゾロだった。組んだ腕を枕にして、昼寝をしているらしい。
腹の上にあった小山は、うつ伏せに乗ったまま眠っているタヌキ姿の子ゾロだった。

「・・・こんなとこで何してんの?」

近くまで行き、そっと声を掛ける。ややあって、ゾロは片方だけ薄く目を開けた。

「ナミか・・・見えんぞ?」

言われてはっと気づく。ナミはミニスカート、転がったゾロの近くで見えるものと言えば――。

「このスケベ、見るな!」

「痛ェ!!」

思わずミュールの爪先でゾロの頭を蹴る。不心得者にはいい薬だった。

「何しやがる、暴力女が」

「女の子のスカートの中を覗こうなんて奴には当然の鉄槌でしょ」

「自分で見せやがったくせに・・・」

「何か言った!?」

「・・・別にな〜んも」

ふと子ゾロの背中に触れてみる。どのくらいそうしていたのか、ふっくらと干し上がっている。

「甲羅干しもほどほどにね。でないと干物になっちゃうわよ?」

「これっぽっちの陽気でなっかよ」

微かに流れる風も温んでいて気持ちがいい。ナミは大きく髪を掻き上げた。


そこへ、ボール遊びをしていた子供のイレギュラーが飛んで来た。
父親らしき男が慌てて駆け寄って来る。

ナミは足元に転がったボールを拾い、男の方へと放ってやった。

「すいません、奥さん。ありがとうございます」

男は丁寧に礼を言うと、また子供の方へと走って行った。

「奥さん・・・って私? だ、誰がッ、誰のッッ!!」

「どうでもいーだろ。言いたい奴にゃ言わしときゃ」

「あんたが良くても私は困るの!」

「俺ァ別に構わねぇ」

冗談か本気か、その薄い表情からは読み取ることはできない。


「・・・何赤くなってんだ?」

「ううう、うるさい! 陽気がいいから熱いだけよ!!」

照れ隠しにそっぽを向いて勢い良く座る。そこには人ひとり分の空間があった。


微妙な関係。

微妙な距離。

この距離が果たしてどう変化するのか、流れる初春の香り漂う風には判らない――。

Illustrater: 【happy Gate】たまちよさん



 <FIN>



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(2004.02.26)

Copyright(C)真牙,All rights reserved.


<管理人のつぶやき>
ナミさんは頼りになる子育て上手!その上、自分の事務所も構えてて、しかも部下もいて。
子ゾロはイッパツでナミに懐きます。ナミのことが気に入ったのね。
しかーし、実は、子よりも父の方が先に気に入ってたようですよ(笑)。
無防備に眠るナミに、無邪気に振舞うナミに、ゾロは理性プッツンです。
この辺の描写、本当に艶があって素敵でした!ドキドキしましたよ。

子ゾロが一心にナミを求める姿には胸を打たれます。
素直に愛してくれる者を求める――。返って大人にはできない行動なのかもしれません。
結局、大ゾロと子ゾロにしっかりと掴まれて眠るナミさん。
想像するとホッコリと温かい気持ちになりますv

ラストでは、もうゾロのハラは決まってるんですね。あとはナミだけなんだけどなぁ…(笑)。

真牙さん、素晴らしいお話をどうもありがとうございました!
要所要所に笑いのツボが散りばめられてて可笑しかった
(^▽^)(缶詰とか腐海の森とか)。
長編完結おめでとう&お疲れ様!そして・・・続編、熱烈希望です!!

真牙さんは現在サイトをお持ちです。こちら→Baby Factory

 

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