毎日天日干しされるふかふかの布団に包まり、心地好いまどろみの中をゆらゆらと彷徨う。

庇の長い窓辺は多少の雨風をものともしないので、網戸にさえしておけば朝の爽やかな風が頬をくすぐるように撫でていく。

淡い色のカーテンは光を通し、久し振りに晴れ間の覗いた風を室内へと届けていた。


ふっくらした布団の感触とあたたかな体温に、もう少しまどろみたくなる。

(う〜ん、もう10分・・・)

彼女に惜しげもなく腕を差し出し、すうすうと規則正しい寝息をたてる若者は未だ眠っているようだ。

うっすら目を開き、ピンと伸びた髭で無防備な頬をくすぐる。
若者は一瞬身動ぎしたが、無意識の中で彼女の頭をくるりと撫で、再度眠りの中へと落ちていく。

(ゾロ、苦しい! 苦しいったら!)

堪らず彼女はもがき、すっぽりと包んでいた剥き出しの腕から脱走した。
ゾロにとっては無造作に近い動きでも、手加減されなければ彼女は一撃で圧死してしまうほどの力なのだ。

(まあ、それだけの力で抱きしめてくれるって、嬉しがってもいいんだけど・・・コトは生死に関わるのよ? 私の身体は小さくて華奢なんだから、もう少し優しく扱ってもらわなきゃ困るんだからねッ)

そう思い、彼女――全身オレンジ色の毛に包まれた猫であるナミは、お返しとばかりにゾロの額に猫パンチを一撃くれてやった。






オレンジ娘の純恋歌   ―前編―
            

真牙 様



「・・・う〜す」

「ああ、おはよう。今朝はゆっくりだね――て、何だいそのおでこ? 一箇所だけ赤くなってるけど」

「あー・・・蚊にでも刺されたんかなぁ。ナミ、蚊いたか?」

(鈍い奴・・・)

ナミは素知らぬ振りであらぬ方を向き、自分の暴挙に黙秘を決め込んだ。
長い尻尾をゆらゆらと揺らし、それでも先端のみで誘うようにからかうように“おいでおいで”をして見せる。
猫ならではの、素直になりきれない表現方法だ。

「ああゾロ、食事が済んだら後片づけくらいしなよ? 夏休みだからって、だらけてられちゃ堪んないからね」

「おう。それと親父、今日は部活が休みなんで、久し振りに道場の方へ修練に行かせてもらいてぇんだが。いいか?」

「ええ、ゾロくんならいつでも大歓迎ですよ。門下生たちにも伝えておきましょう」

「んじゃ、そういうことで」

置かれていた朝食を無造作に食べ始める。
ふたりはそれぞれに仕事の準備があるらしく、台所を別々に出て行った。
母親は玄関先にもなっている動物病院の診療室へ患畜を出迎える準備、父親は奥座敷へ行って道場へ出掛ける用意だ。


「・・・うし、行ったな。おうナミ、ここに乗れよ」

そう言ってゾロは、双方の様子を窺いながらテーブルの上を叩いた。

「ひとりで飯食うのも味気ねぇだろ? お前いるんならつき合えよ。ほれ、ミルクやるからよ」

(もう、しょーがないなぁ)

ナミは苦笑したが、そうまで言われてはやぶさかではない。
後足を屈めて尻尾でバランスを取り、一気にテーブルの上までジャンプする。

そのうちにゾロはナミの水用の餌皿にミルクを注ぎ、自分の食事のすぐ隣に置いた。

家人がいる時は、いくら家の一員とはいえ動物がテーブルに上がることを快く思われないので、暗黙のうちにそういった行動は制約されている。

だが彼ひとりになると、にんまりと笑みを浮かべたゾロは当然のようにナミをテーブルの上へと座らせた。

「別に休みの日の朝飯はひとりでも構わねぇが、相棒がいるならそれに越したこたぁねぇよな」

うん、と勝手に納得し、ミルクに口をつけるナミの背中を撫でる。

「ナミと食うと食が進むしよ」

(・・・・ッ)

たっぷりミルクに口をつけていたナミは思わず噎せ、込み上げるくしゃみに頭を振った。

「あ〜あ、何やってんだよ、ドジ。口許ミルクだらけじゃんか」

「んみゅ〜〜(誰のせいだと思ってんのよ!?)」

無論、そんな抗議が届くわけもない。

ゾロは大笑いしながら、オレンジの顔に白い丸髭をつけたナミの口許を何気なく指先で拭った。
そのままミルク塗れになった指先をペロリと舐める。

「んん、やっぱ牛乳は搾りたての生乳に限るな」

(な、ナマチチって・・・女の子の前で普通そういう言い方するっ?)

もちろんそれが、母親の得意先の牧場から融通してもらい、安価で分けてもらった物なのはナミも周知のことだ。
お陰で、以前貰って飲んだことのある市販の物がどんなに味気なかったかが判ってしまい、下手に舌が肥えるのもどうかと思うこの頃だ。

おそらく幼い頃からそうしていたのだろう。ゾロの身長は、同じ年頃の少年たちに比べて遥かに高い。
通常の物より濃度のあるそれは、確実にゾロの成長に貢献していたようだった。

「ここ半月、毎日これ飲んでるせいか? お前ここに来たばかりの頃と比べて格段に毛並みが良くなったよなぁ」

焼き魚を崩しながら、空いている方の手で何気なくナミの頭から背中を撫でる。
ゾロの手は無骨ながら大きく、両手の平を一杯に広げればそれだけでナミの身体を包めそうだった。

それに目を細めながら、ナミはそれだけじゃないんだなぁ、とほくそ笑んだ。

(ゾロが、一杯撫でてくれるからよ。自分で気づいてないの?)

生き物に好かれて拾いまくっていたらしいが、共に暮らしたことがないのでその辺りの因果関係を知らないらしい。

(私みたいに毛のある生き物は、人間に撫でてもらうとその適度な油分で毛艶が良くなるのよ。そんなことも知らないのね)

もちろん女心のなせる業で、毎日の毛繕いも念入りに欠かさないのも大きな理由のひとつだ。
おまけにゾロが小まめにブラッシングしてくれるので、それに拍車が掛かるのは当然の結果である。

(あ、お魚)

ふと朝食をかき込んでいたゾロの口許に魚の身が零れ、御飯粒のように付着する。
香ばしい香りに誘われ、ナミは思わず身体を伸ばしてその口許を一舐めした。

「あ? 何だ、魚が欲しかったのか? そっか、お前猫だもんな」

相好を崩し、ゾロは身のいい部分を箸で摘んでナミの口へと運んだ。
サービス精神旺盛なゾロは、ナミの口に大きすぎるくらいの身を押し込んでくれた。

(ちょっと、私の口のサイズを考えてってば!)

何とか吐き出さずに咀嚼し、ようやくの思いで飲み込む。

「何だ、お前もベタベタじゃねぇか」

どうやら大振りの欠片がはみ出し、口の周りについてしまったらしい。

「うら、お返しだ」

言うなりゾロは無造作に顔を近づけ、ナミの口許をその柔らかな舌でペロリと舐めた。

(ななな、イキナリ何すんのよ――ッ!)

思わずナミは、真っ赤になって尻尾パンチを食らわせてしまった。





「おーいナミ、どこ行ったー?」

食事の片づけを終えて道場に出掛ける用意をしに部屋へ行ったゾロを見送り、ナミは庭先へと出ていた。

綺麗に芝の整えられた庭には大きな楡の木があり、その木陰は今時期昼寝の場所に最適な好環境になっている。
この家にやって来てから早半月、そこは既にナミのお気に入りのひとつになっていた。

(ああ、何て贅沢。ゾロと毎日一緒に眠って御飯食べて、彼を見つめていられるなんて・・・)

駅前で、朝夕の逢瀬を心待ちにしていた頃には想像もつかなかった。
あんなにも焦がれていた相手の家にこうして暮らし、優しい時間を共有できるようになるとは。

(そう考えると、ほんの少しくらいはあのアーロンにも感謝してやってもいいかしらね)

あわやとんでもない危機に陥るところだったが、その怪我のお陰もあってこの家に来ることができたのだから。

「ああナミ、こんなとこにいたのか。何だよお前、怒ってんのか?」

ナミがふいっとそっぽを向く仕草を見て、ゾロは肩を竦めて苦笑した。

「お前いつもやるじゃんか。俺がやったからって、何で今更怒るんだよ。似たようなモンだろ?」

(私は猫だからいいのッ。あんたは紛いなりにも人間でしょ、慎みってものを知りなさいよ!)

そう思いつつも、ピンと立てた尻尾の先がゆらゆらと誘うように揺れ、ゾロの相好をとうに崩していたのだが。

「拗ねたフリしたって尻尾の方が正直だぞ」

豪快に笑ったゾロはひょいとナミを抱き上げ、軽く抱きしめてそのまま柔らかい毛に包まれた頬に唇を寄せた。

「んじゃ、行って来んな。昼には帰るわ」

竹刀と胴衣の入ったバッグを肩に担ぎ、ゾロは豪快に笑って庭を飛び出して行く。

垣根の向こうに、愛用のマウンテン・バイクに跨った背中が颯爽と走り去って行くのが見えた。

(も〜〜ッ! だから慎みを知りなさいってのよ――ッ!)

ひくひくと髭を震わす小振りな顔は、毛で覆われているので一見判らない。
だが、もしそれを透かして見ることができたなら、ナミの顔が真っ赤になっているのは一目瞭然だった。

(もうゾロったら・・・そんなことされたら、思いっ切り嬉しいんだからね!)

さり気なく組んだ前足の上にふわりと顔を乗せる。
楡の木の根元に陣取り、ナミの今日の昼寝の場所は決まった。





どのくらいそうしたまどろみを彷徨っていたのか。
不意に何かの気配を感じ、ナミはヘイゼルがかった金の瞳を薄く開けた。

「よぅ!」

「・・・誰、あんた?」

ナミは眉目を寄せ、はっきりと頭を上げて目の前にいる黒猫を眺めた。

生後3年前後だろうか、すらりと伸びた手足は鞭のように強靭なしなやかさを秘めている。
全身が漆黒で、顔の左目の下に白い筆で横に殴りつけたような一条の白模様があるのが印象的だ。
その他に後ろ足も両方白いので、立ち上がると長靴を履いているようにも見える。

黒猫は淡い水色の瞳を細め、にぃっと笑った。

「お前がゾロんちの新入りかぁ。ふ〜ん、確かにあいつの言ってたことは嘘じゃなかったな。んん、確かに美人だッ!」

「・・・はぁッ?」

「俺の飼い主んち、ここから近いんだよ。んで、ゾロに時々会うんだが、その度お前のこと自慢しまくっててなー。いっぺん見てみてぇと思ってたんだ♪」

「はぁ・・・」

(何コイツ? この近所の猫って言った? 一応年上は立てておいた方がいいかしらね)

若いくせにそんな打算が働き、ナミは極力愛想のいい表情を浮かべて見せた。
いつしか自然に身についた処世術だったが、あのアーロンのいた駅周辺で摩擦を少なく生きようとするにはそれなりの対応が要求された。

それでも、アーロンのような暴君にだけは屈しなかったのだが。

他では上手く取り計らっていたので、半ノラに近い状態でも通える家は数件あったし、寝床も何箇所も確保していた。
それもこれも、ゾロとの逢瀬を心待ちにするがゆえの涙ぐましい努力の賜物だった。

「えーと・・・私、つい半月前にゾロに拾われたナミです。どうぞ、お見知りおきを」

「んん! お前みてぇな美人なら大歓迎だ! ちなみに俺の名はルフィ! 一応、この界隈のボスやってんだ。だから、困ったことがあったらいつでも俺に言えよな? お前なら便宜図ってやっからよ♪」

「あー、ありがと。じゃあ何かあったら、お言葉に甘えてそうさせてもらうわ」

ナミがにっこり微笑んで見せると、ルフィは尻尾をピンと立て歯を剥いてしししと笑った。


猫のくせに変な笑い方をする奴だ――ナミの第一印象はそんな感じだった。


「ところでよ」

気がつけばルフィは、いつの間にやらナミの目の前にちゃっかりと座っている。
拒む理由もないので放っておくが、随分と馴れ馴れしい奴だと思ったのも確かだった。

「お前、誰か決まった奴いんのか?」

「なっ・・・あんた、いきなり何言い出すのよ!?」

組んだ前足にのんびりと顎を乗せていたのに、ぎょっとして頭が跳ね上がる。
何の気なしに爆弾発言を吐いてくれるルフィに、ナミは思わず困惑と不審の眼差しを向けた。

「いねぇんなら、お前俺の女になんねぇか? 俺、お前気に入ったからさ。嫁にすんならナミがいいわ。俺は強ェぞ? まだ数年はボスの座は誰にも渡さねぇしな、いろいろと都合がいいぜ?」

「あんた正気? 何で会った直後のあんたに、いきなりそんなデリカシーのない台詞言われなきゃなんないのよ!」

「別にいいじゃんか〜。俺猫だし」

「当たり前でしょ、犬には見えないわよ!」

ふうん、と不意にルフィの表情が何かを見定めるような冷静さを垣間見せる。
それに一瞬どきりとし、ナミは啖呵を切ろうとした言葉を吐き出し切るタイミングを逸してしまった。

「そーだな、俺は犬じゃなくて猫だ。けど――ゾロは人間だぞ?」

「なっ、何を――」

「お前、あいつが好きなんだろ? ずっとそこの屋根から見てたけどな・・・若いせいもあんだろうけどよ、お前、判り易すぎだわ。ま、ゾロの奴も目一杯可愛がってくれてんだろうけどよ。――あくまでも、飼い猫としてな」

所詮は猫と人間――どんなに好きでも、万にひとつ想いが届いたとしても、それが成就する日は絶対に来ない。

ルフィは揶揄するでもない薄い表情で、淡々とナミの聞きたくないことを語る。

それが事実で、真実だとでも言うように――。

だが、それを会ったばかりのルフィに言われたくなかった。
淡い水色の瞳がどこまでも見透かすようで、ナミは慌てて目を逸らして叫んだ。
叫ぶしかなかった。

「う、うるさいわね! そんなこと知ってるわよ! 私やあんたは猫だし、ゾロは人間よ! 今更言われなくたって、そんなことくらいとっくに判ってるわよ!!」

「判ってるけど、解ってねぇから怒るんだろ。・・・図星だから、だよな!?」

(何で、何で会ったばかりのこんな奴にこんなこと言われなきゃなんないの!? 失礼よ、こんな奴が何でこの辺のボスなの!)

ナミは複雑に渦巻く想いを胸に抱え、苦しくて泣きたくなった。

猫は泣かない。
そもそも身体の機能が『泣く』ようにできていないからだ。

なのに、哀しくて苦しくて目尻に涙が浮かぶ。

(そんなこと、私が一番判ってるわよ。でも、いいじゃない。今一番傍にいて、可愛がってもらってるのは私に違いないんだから!)

それは――それだけは、譲れない事実だと思っている。
そして、信じている。

それだけが、ルフィの言葉に立ち向かうナミのたったひとつの支えだった。


「・・・ふ〜ん。まぁ、いいさ。気が向いたらいつでも声掛けろよな。俺の隣はお前のために空けとくからよ」

「空けんで結構! とっととどっかの雌猫とまとまっとけッ!!」

ナミは余裕綽々に笑うルフィを威嚇するように全身の毛を逆立てた。

「おっかねぇなぁ。けど俺は、そんなはねっ返りでじゃじゃ馬な奴も大好きだぞ♪」

思わず振り上げた手を僅差で躱し、ルフィはあろうことかナミの頬をペロリと舐めた。

「な、ななな、何すんのよッッ!?」

「何って、宣戦布告♪」

(それって、この私に言ってるわけ!? いい度胸じゃないの。だぁれがこんな失礼な奴にとっとと堕とされるもんですか!!)

だが、ルフィの水色の瞳はナミではない背後を見ている。

訝しく思って振り返ると、そこには縁側から鋭い眼光を飛ばすゾロが佇んでいた。




(ゾロ・・・? いつからそこにいたの?)

ルフィの不謹慎極まりない言葉の羅列に、思わず気配を感じる感覚が疎かになっていたようだった。

ゾロは翡翠色の瞳に剣呑な色を滾らせ、まっすぐにルフィを睨んでいた。
まるで、親の仇にでも遭遇したかのように。

「・・・おい、ルフィ。確かにここんとこ、俺はお前に会う度『ウチのナミをよろしく』とは言ったが、ちょっかい出せたぁ言ってねぇぞ? ボスはボスらしく、どんと構えてりゃいいんだよ。純情可憐な若い娘に余計な手ェ出してんじゃねぇ!」

言うが早いかゾロは袋から竹刀を抜き、ルフィの目の前に突きつけた。

(ち、ちょっとゾロ!?)

風を切って突き出された竹刀は、寸分違わずルフィの鼻先数ミリで止められた。

ルフィは微動だにしていない。
もし少しでも動いていたのなら、とうに竹刀に弾き飛ばされて垣根の向こうに姿を消していたことだろう。

それを、動かずに受け流した。

どちらも根性の座り具合はいい勝負らしい。

「・・・さすがはボス猫、根性だけはいっぱしか。だが、ナミはやんねぇからな」

(ゾロ・・・)

ナミは泣きそうな顔でゾロを見上げる。
それが飼い猫に対してのものだったとしても、ルフィの言葉に揺れていた胸にはひどく熱い想いを注いでくれた。

ルフィはそれをじっと見ていたが、やがて歯を剥いてしししと笑った。

(ま、今日のところはゾロに免じて退いてやるよ。またな♪)

(来なくていいッ!!)

軽々と垣根を越えて行く黒い背中を見送りながら、ナミはそっとゾロを見上げた。

そこに不穏な空気でも感じたのか、ゾロは竹刀を小脇に挟んでナミを抱き上げてくれた。

「ああナミ、大丈夫か? ったく油断も隙もあったモンじゃねぇ。ボスだからこそと思って、念入りに頼んどいたってのに。裏目に出るたぁ俺が浅はかだったぜ。そんだけお前が美人だったってことか、納得だけどよ」

(ああもう、ゾロったら・・・!)

ナミは嬉しさのあまり、思わずしがみついた腕に力を入れた。

「い・・・いでででででッ! ナミ、ナミ、爪、爪がッッ!!」

力一杯食い込んだナミの想いは見事シャツを貫通し、肩口に深い爪痕を刻みつけてくれた。





(大丈夫。今一番傍にいるのは私。可愛がってもらってるのは私――)

ルフィが何気にナミの心の中に澱のような爆弾を押しつけてから、何事もなく数日が経過した。

呪文のように毎日繰り返す、それがナミの支えだった。

さもありなんというところで、ゾロのナミへの溺愛ぶりにはさすがの両親もツッコミを通り越して揶揄する気力も出ないほどだ。

「あんたが今まで生き物を拾っても『飼う』って言わなかったのは、実はこんな奇行に走るからだったんだねぇ」

「これだけ可愛がってもらえれば、飼われる側も本望でしょう」

双方の苦笑と溜息がはっきり聞こえてしまうほど、ゾロの傾倒ぶりは凄まじかった。
つい昨日など駅前のペットショップに連れて行かれ、替えの首輪を数本と猫用のブラシ、シャンプーなどを念入りにセレクトしてくれたばかりだ。

その面持ちがあまりに真剣だったので、ナミはゾロの肩の上で笑いを堪えるのに必死だったくらいだ。

(だから、大丈夫。ルフィの言ったことなんて、気にしないわ)

そう思って――思おうとしていたのに。

神様は、ほんの少しナミに意地悪をしたいらしかった。




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(2004.06.14)

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