ファーストキス   −5−
            

ソイ 様




その夕刻。

竹林から猟師小屋に戻ってきたゾロは、傷の手当てもそこそこに、少ない荷物をさらに整理して、あっという間に猟師小屋の中から旅立ちの荷造りを終えてしまった。
今から、東の港に出立するという。
こんな時間に行くのかと、ナミは不平の声を上げた。が、目の前のゾロは聞く耳をもたない。
「早い方がいいだろ。夜も昼も関係ないしな」
偉そうにそう言うのも、明るかろうが暗かろうが、道なんてどうせ見てないからだと言うことに気づいていない。もちろんナミは正しくそれを指摘して、またまた子供のような口論を交わすのだが。

霧の向こうに、西日が沈むのがわずかながらに感じられる。
ゾロは猟師小屋の簡単な鍵を外側から締めた。
「先生に、報告しないの?」
扉前で、一度も村には戻らなそうな様子のゾロに、ナミは怪訝そうに声をかける。
「必要ないんだ。先生は三日に一度、ここに様子を見に来る。明日には一度来るはずだから、あれを見れば全て分かってくれる」
と、ゾロが視線を送ったのは、猟師小屋の隣に作り上げた、あの大虎の墓だ。仕留めたあとに、重いその亡骸をここまで運んで丁寧に埋葬したのだ。墓石まで立派な石を置いてある。
「だから、おまえも・・、ここで待ってれば、先生が村まで連れて帰ってくれるよ」
今だにナミを迷子だと信じているその口ぶりに少し苦笑するが、あえて訂正はしなかった。
「じゃあ、もう行く」
大きな麻のずた袋を肩に担ぎなおして、ゾロは言った。

もう、お別れか。

そんな思いが胸に込み上げる。たった一日しか一緒にいなかった、しかも徐々に忘れがちになっていたが、夢の中の存在であるこの少年に対して、見送る寂しさを感じてしまう。
目を覚ませば、大人になったこの少年が、自分のもっとも側の深い場所に居てくれるというのに。

「世界一の大剣豪に、なってね」

胸の底からこみ上げてくる、何か重いものを吐き出すかのように、重い溜息とともにそう告げた。

「おう」

まだまだ甲高い声で、それでも重々しくゾロも返す。

「おまえも旅の途中で、きっと俺の名を聞くな。『世界最強の剣士、ロロノア・ゾロ』って」
にこりと無邪気に微笑む姿に、つられてナミの頬も緩む。
「・・早く、それを聞かせて頂戴」
「おう、任せとけ」
「・・」
「・・」

言葉が途切れた。お互いに、次に言うべき言葉を探すように、しばし視線を逸らし、そしてまた中央で交差させる。
「えーと・・」
ゾロはその緑の頭髪を所在なげに掻き、沈黙に耐えかねたかのように呟いた。一度足元を見て、そしてもう一度ナミの目を見る。
「おまえの旅も、無事に済むように祈っといてやる」
「・・偉そうに」
「・・なんだよ。いいじゃねえか」
ナミの苦笑に、少し頬を赤らめたように見えたのは夕焼けの反射だろうか。ナミはそっと、自分より少し低い位置にある頭に顔を近づけた。
「あんた、これからいっぱい苦労をするわ」
「・・旅立ちに不吉な事言うなよ」
「あら、ホントのことよ。強くなるために、いっぱい戦って、いっぱい怪我をするわね」
「・・そりゃ、しょうがねえよ。でも、そこで倒れるわけにはいかねえんだ」
少しむくれたように、ゾロは言った。

確かに、彼はけして倒れることはないだろう。
力をつけ、敵を倒し、たくさんの血を流して、これからの道を歩んでゆく。
命の淵に立つことも多いだろう。己の非力を見せ付けられる日がくるかもしれない。
あるいは、ただ単に迷子のまま彷徨うかも。
それでも、彼は立ち止まらずまっすぐに進んでいく。
彼女が心の底から惚れた、あの男のように。
そしていつか、あの麦わらに出会う日が来るのだ。

−−夢の中のゾロの話よ?

ふと、自分の中の冷静な声がナミに問い掛けた。それに少しためらったが、ううん、と首を振る。

きっと、こいつもいつかあのメリー号に乗ることになるわ。
たとえそれが夢の中の世界だって。

それは不思議な、しかし疑いようも無い確信だった。

と、すっとナミの手のひらがゾロの額に触れた。ゾロは一瞬で表情を硬直させる。
「私の村のおまじないよ。『貴方の旅が幸多く難少なきこととなりますように』」

ふわりと、オレンジの香りがゾロの周りを包んだような気がした。
ナミの、柔らかくて質感のある唇が、ゾロの額にそっと触れる。
そのわずかな温かみが、ゾロの心の奥に届く。

「気をつけて」
唇を離したナミは、そうとだけ、言った。

ゾロが、自分を見つめている。
その大きな瞳の中に、自分の姿を映しているのを、ナミは吸い込まれるように見ていた。

ゾロの大きな手が、ナミの両頬を覆った。その細い指が、オレンジの髪に絡まる。

強引に引き寄せられて、ナミは目を見開いたまま、ゾロの顔が近づいてくるのを見ていた。
すこしかさついたそれでも柔らかな唇が、ナミの唇に強く押し付けられる。

熱さは、一瞬。

「・・じゃあな!!」

次の瞬間、ゾロは真っ赤になった首筋を晒して、ナミの前を駆けていった。

竹林の奥から流れ出てくるような白い霧が、夕日に向かって走っていったゾロの姿を次第に覆い隠していく。
その姿はやがてぼんやりとした夕焼けのオレンジ色に染まって、そのまま白さに溶け、やがて視界から消えていった。

ナミは、そっとその唇に指を這わせた。

「・・マセガキ・・」

霧の流れが濃くなる。
指先に灯る、自分のものではないぬくもりを感じて、ナミはそれを愛おしむようにそっと瞳を閉じた。



*******



「・・・士さん・・、・・海士さん・・・」

一度瞬きをしても、白い霧は晴れていなかった。もうニ、三度目を瞬かせるが、一向に視界に竹林は映らない。

「・・航海士さん・・そこに居て・・?」

視界がさえぎられているせいか、ぼんやりとする思考の中に、ロビンの声が響く。
一瞬はっとなって、あたりを見回すと、足をいきなり手のひらで掴まれた。
「きゃあ!」
「・・ああ、いたのね。良かった。この霧だから見えなくて・・・」
よく見ると、投げ出した足を置いた床から白い腕が一本生えている。そのグロさに少し退きかけたが、なんのことはない、見慣れたハナハナの実の能力だった。
「・・ロビン・・?」
もう一度、目を凝らして、あたりにゆっくりと視線を這わす。白い霧はずっと前から一緒だったが、違うのはわずかに流れるような風が運ぶ匂いだ。命のエキスを凝縮したような、海の香り。大地の息吹を受けて育った、まっすぐな竹の香りはもうどこからもしない。
「・・海・・、・・船・・」
無意識に、自分が腰を降ろしている床を手で叩く。ぱし、ぱしと乾いた木を打ちつける音がした。手触りも、慣れた船の甲板の感触だ。

あー・・。

・・夢だったっけ・・。

今だに意識が遠くの果てへ飛んでいって、自分の頭に戻っていないような気がする。鈍い頭痛を感じながらこめかみに手をやると、いきなりその腕を真横から引っ張られた。
「きゃあ!」
「・・おい」
とたん、白い霧のベールの中からぬっと現れる男の顔。見慣れた緑頭に、それが誰かなど一瞬で判別できるが、まだ瞼に残る夢の中の、同じながらも全然違うあの愛らしい顔と目の前の大人の男の顔を比べて、その違いに身を硬直させた。
「・・なに、ビビってんだよ」
その様子に反対に驚かされたらしい。ゾロは−−19歳のゾロは−−少々不審そうな表情を浮かべて、さらにナミに顔を寄せてきた。
至近距離で覗き込むその顔は。
「・・老け顔」
「なんだそりゃ!」
実はちょっと気にしているところを突かれて、とっさに声が荒くなる。ナミはまだ目を見開いて、その大人のゾロの顔を凝視しながら呟いた。
「なんだ、はこっちの台詞よ・・。ビックリした。おどかさないで」
その抑揚のない声にゾロのほうがたじろいで、珍しく小さな声で「スマン」と言う。その低い声を聞いて、ようやくナミは少しだけ笑った。

・・そうか・・。

あれは・・夢だったんだ・・。

「航海士さん・・、剣士さんもそこに居るの・・?」
霧の中からロビンの声が響く。
「おう」
「ええ、いるわよ。ロビンはどこ? 全然姿が見えないけど・・近くにいる? 声だけはそんな感じだけど」
「口と耳だけね」
その言葉に、辺りに視線を彷徨わせていた二人の目の動きが止まる。そんなものは見つけたくない。
「本体は砲列甲板にいるわ。・・霧だから、錨を降ろしたのよ。悪かったかしら」
「・・全然! ありがとう! 助かったわ! ・・他のみんなは?」
ロビンの説明によれば、チョッパーとウソップはマスト下にいたため、帆をたたませてそこに待機させているとのこと。サンジは男部屋に。ルフィは船首にいたが、ゴムなのをいいことにそのままロビンの方へ引っ張り寄せたのだと言う。
「船は止まったから、霧が晴れるまで船内と言えども動かない方がいいわ。航海士さんたちもそこで待機していて」
下手に動くと、海に落ちるわよ、と言い残して、ロビンの気配が消える。その瞬間、ゾロが一瞬うめき声を出した。
「なによ」
「口が消えるのが見えた・・」
「そう・・」
意外と近くにそれはあったらしい。自分は見えなかったことにナミはこっそり感謝した。


「つーか、・・すげえな、この霧」
「・・そうね・・」
そう相槌を打ちながら、ナミはくすっと笑い声を洩らした。その声にゾロが反応し、うかがうように顔を覗き込んでくる。
「なに笑ってんだ」
「だって、何か楽しくない?」
待機だと言われれば、堂々と二人っきりのままいられる。辺りは白いベールが隠してくれるし、後部甲板のここには、他の仲間も近くにはいないことがはっきりしている。ゾロもそれが分かっているのだろう。いつのまにかナミを抱き寄せるようにして寄り添ってきていた。
「昨夜は、あんなに怒ってたくせによ」
オレンジの髪を掻き分けて、耳元に直接囁かれる声がくすぐったい。
「ああ・・そうだっけ」
「そうだっけじゃねえよ。結構痛かったんだぞ。あの本」
不満げにそう言うと、ナミも負けじと反論した。
「なによ。こっちもあんたの石頭のせいで、表紙が破れちゃったのがあるんだからね。弁償してよ、弁償! あのシリーズは新版が出てるから、15冊全部買い換えてね!」
「なんでそうなる!」
というものの、ナミはその言葉に怒りを含ませてはいなかった。ころころと笑いながら、会話自体を楽しむかのように嬉しそうに高い声を出す。内容はおそらく本気だろうが。
ゾロもその様子を見て取って、ゆっくりと唇を近づけ、頬に軽くキスをした。
「・・機嫌、直ってるじゃねえか。昨夜は手のつけられない猫みたいだったけどな」
「ふふふ・・。多分、いい夢を見たせいかしら」
くすくすと笑いながら、お返しのキスをゾロの頬にする。
「ゆめ?」

そうよ。いい夢を見たの。

心の中でナミはもう一度呟いた。

可愛いあんたがいたのよ。
やんちゃで、負けず嫌いで、やっぱり迷子で。
でも、強くて、まっすぐで、優しくて・・。

額にキスしてあげたら、すごく熱いキスを唇に返してくれたの。そのすぐ後で、真っ赤になって逃げちゃったけどね。
これを言ったら、夢の中のことでも、あんたは妬くかしら?

そうよ。夢の中のこと。でも、その中で、あんたのファーストキスをもらっちゃったわ。
十二歳の、あんたの、『惚れた女の、唇に、自分から』するキスをもらったの。あれはそうよね?

だから、ホントのあんたのファーストキスのお相手なんて、もう気にしないから。
ちょっとばかし根に持って、時々ちくちくと苛めるとは思うけど。

「ね」
ナミはゾロの瞳を見つめたまま、ゆっくりとその首に腕を回した。琥珀色の瞳にゾロの姿を宿して、そっと瞼を閉じる。ゾロはそのまま深く、吸い寄せられるようにナミの唇を自分のそれで覆った。
差し込まれた舌の柔らかさに、身体の芯が震えるのが分かった。
ゾロはそのまま腰に手を回し、支えながらのしかかるようにナミの身体を甲板の床に押し倒していく。

「・・こら」
キスの合間の、ナミの不平の声をあえてゾロは無視した。

「・・だーめ」
そんな声をものともせず、ゾロの手がナミのシャツの裾を這う。

「こぉら! だめだったら!」
「痛ってえ!」
ナミの右足から抜き取られた、一本のクリマタクトからの電気泡をくらって、さすがにゾロは跳ね起きた。そんな威力のあるものではないが、いきなり大腿部に不意打ちをくらいたいものでもない。
「・・なんだよ。てめえから誘ってきて・・」
「そこまでしろなんて言ってない! ほら、霧が晴れてきちゃった・・」
ゾロを胸の上に乗せたまま、名残惜しげに身を起こして周囲を見渡せば、その白い霧は一枚ずつそのベールを剥ぐように、ゆっくりとゆっくりと薄く、透明になっていくのが分かる。
頭上の蜜柑畑のオレンジ色が、ようやく目に映り出した。
「・・別に晴れててたっていいじゃねえか・・」
まだ未練がましくナミの上から動こうとしないゾロの耳に、船長の陽気な声が響く。

「おおーい! みんないるかあー!! 集まれー! 晴れる前に霧パーティーだぁ!」

なんだよそりゃ、という突っ込みはほぼ全員の心の中に芽生えたが、わずかな待機時間でもさぞ退屈を持て余したろう船長に、逆らえる者などこの船にいるはずも無い。

「ほら、集合かかったわよ」
「・・分かったよ・・」
先に起き上がったナミに腕を取られて、しぶしぶと立ち上がるゾロは、西の方角の夕焼けに八つ当たり気味に舌打ちした。

徐々に晴れていく霧は、ようやく後部甲板から船首のメリーまでが見渡せるくらいに薄まっている。
軽快な足取りでルフィの騒ぐマスト下に歩むナミの向こうに、ロビンの黒髪を見つけたゾロは、しばしためらった後、ルフィの元に集まる誰にも気づかれないように、こっそりとナミの頭越しにロビンを手招きした。





深夜。

霧も晴れ、夜空に光る月と星々。
いつでも宴会のような量の夕食の片付けと、翌朝のこれまた宴会のような量の朝食の仕込を終えたコックが、キッチンの明かりを消してドアを開けたとき、大きな本を抱えたロビンが外側から触れていたノブを慌てて離した。
「あら、ごめんなさいね」
「ロビンちゅわ〜〜ん!」
とたんにラブコックに変身したサンジがラブハリケーンを炸裂させると、ロビンは何食わぬ顔ですっとかわす。
「竜巻は砂嵐で慣れているのよ」
「そんな〜〜」
涙のコックを尻目に、部屋に入ったロビンは先ほどサンジが消したランプをつける。
暖かで穏やかな橙色の光が部屋をぼうっと照らした。
「ちょっとキッチンを使わせてもらうわね。調べ物をしたくて・・。ここのテーブルは広いでしょう」
「では不肖の身ながらこのコックが一夜のお供を」
「あら、コーヒーを煎れてくれるだけでいいのよ」
にっこりと笑ったその顔は一番の拒絶の意味。サンジは女心を察しすぎる自分を恨みながらも、ハート風味のコーヒーを早速豆から引き始めた。
「調べものって、なあに?」
それでもこの限られた時間の二人の夜を楽しもうと、サンジは甘い声を出す。
「今日の霧のことよ。昔の文献におもしろい記事が載ってたのを思い出して、もしかしたらその霧かも、と」
テーブルにドンと降ろした、三冊ほどの大きな旅行記をぱらぱらと広げ始める。
「霧? 天気のことならナミさんも喜んで乗ってくるんじゃないの?」
なにも一人で本を広げなくても、どうせならナミさんも御一緒に、とサンジは怪訝な顔をする。
「ああ、それも素敵でしょうけれど」
ロビンは差し出されたコーヒーカップをゆっくりと受け取った。

「あんな可愛い顔されちゃ、ね」

その言葉に、サンジは宙を漂うハートに「?」を混ぜ込んだ。が、やがて気を取り直して本に熱中するロビンの前に、自分のコーヒーカップ片手に席についた。もちろん邪魔するつもりなど毛頭ないが、疲れた時の気分転換のお相手にと、視界の端で自己主張するくらいはいいだろう。
昨日謎のままに終わったロビンのファーストキスについて語りあうのも悪くない。
サンジは穏やかなラブオーラを背負って、文字を丁寧に視線で追うロビンの顔をにこやかに見つめはじめた。

ロビンが読書や調査に「疲れる」などけして無いことに、サンジはまだ気づいていなかった。





ベットサイドの温かみのあるランプの灯火が、腕の中のナミの、まだ火照りの取れぬ白い肌を照らしていた。
ゾロは横たわったまま抱きしめている、その細い身体の首筋にそっと口付けを落すと、達したばかりの放心状態からようやく戻ってきたナミが、くすぐったそうに身をよじる。
「・・あんた、ロビンになんて言って部屋を空けてもらったの・・?」
恥ずかしげにやや声を落して、手探りで恋人の肌に触れた。
夜もふけて、さて寝ようかと言う頃合だった。突然ロビンが「ごゆっくり」という言葉と意味ありげな微笑を残して、数冊の本を持ったまま部屋を出ると、入れ替わるようにゾロが入ってきて、驚いている暇も、ほとんど言葉を交わす間もなく、ナミはそのまま美味しく戴かれてしまったのだ。
「・・別に。そのままだ」
嘘である。夕刻の霧パーティの最中のひっそりとした交渉の中、ゾロはロビンの前に立っても、「あー・・」とか「うー・・」とか唸るばかりで言いたい言葉を紡ぎだせず、徐々に赤く染まっていく顔をロビンに笑われて、さんざん多彩な言葉でからかわれて、ようやく悟ってもらえたのだ。
ナミはそんなゾロに気づくことも無く、照れたように、困ったように、ゾロの首筋に顔を埋めた。

汗ばんだ肌から雄の匂いを感じる。
『あのまま、おあずけなんてごめんだからな』
部屋に入るなりそう言って覆い被さってきたゾロは、やけに性急で強引で、少し乱暴で、でもその荒々しい男の本能がナミの身体の奥深くをうずかせた。
夢の中の少年は、初心で恥ずかしがり屋で、女の肌の柔らかさに慌てふためく姿が可愛らしくて・・。
そのギャップに、ナミはこっそり苦笑を浮かべる。
「ね、キスして・・」
「・・ん」
でも湿り気のある薄い唇は、どちらも同じく柔らかい。
優しく舌をからめとる身体が震えるようなキスも、ぶつけるだけの荒々しい熱のこもったキスも、どちらもナミには愛しくて・・。

長いキスを何度もかわして、再び火がついたゾロの唇はそのまま肌を伝って、ナミの豊かな乳房に舌を這わす。

・・やっぱりこいつ、おっぱい好きよね・・。

肌を伝う熱に心も身体も痺れさせながら、飛んでいく理性が最後にそう呟くのを、ナミはかすかに聞いたような気がした。

はじめて二人ですごす朝までの時間は、まだ始まったばかりだ。





目の前で机に突っ伏し、夢の世界で自分と戯れるサンジに気づかないまま、ロビンはようやく目的のページを探り当てた。

『・・とある海域でわれらが遭遇した深い乳白色の霧は、さながら「夢見の霧」とでも名づけようか』
『この霧に包まれた者のうち、その瞬間に意識が覚醒していないものは、皆が霧が晴れたあとに「不思議な夢を見た」を声を揃える』
『しかしその夢の内容を詳細に聞き取れば、ある者は過去の経験の夢を見ながらも記憶の一部が摩り替わっていたり、またある者は見たことも聞いたことも無い他人の過去を夢として共有している』
『そう、言い換えるならば一方の証言者がまるで時をさかのぼったかのように、もう一方の証言者の過去世界に姿を現した、ということになるだろう』
『・・が、しかしその仮説を立証できるような物的証拠が存在しないことが惜しまれる・・』
『−−グランドライン旅行記巻の2第4章ルイ・アーノート著−−』

そのページを3度ほど読み返して、ロビンは冷え切ったコーヒーを気づかずに口に含んだ。
「あの時眠っていたのは、剣士さんと航海士さん・・。まあ、是非とも話を聞かせてもらいたいわ・・」
と、夕方のゾロとのやり取りを思い出して、一人微笑をこぼす。
「・・ま、朝になったらね」
ロビンはパタンと本を閉じ、さて夜が明けるまでどうしようかとしばし思案をめぐらし、ああ、そういえば今日の見張りは船医さんだったわ、とそっとキッチンを出て、見張台に足をのばした。




−終わり−


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(2005.03.28)

Copyright(C)ソイ,All rights reserved.


<管理人のつぶやき>
ゾロのファーストキスはぬぁんと12歳?!昔のこととはいえショックを受けるナミ。その夜は大喧嘩です・・・。
不思議な霧に誘われてナミが迷い込んだのはゾロの過去。ナミ本人は夢と思っていますが。
そこにはくだんの12歳の少年ゾロがおりました。チビゾロをいじくるナミが楽しい(笑)。ゾロも反応が素直で初々しいですねv しかし、やっぱりゾロはゾロ。大人であれ少年であれ、目指す目標は大剣豪、そして迷子体質なのでした(がくー)。
大虎との2回の死闘は白熱し、手に汗握るシーンの連続。「あいつに指一本触れるんじゃねえよ・・」と言ったゾロはかっこよかった。少年が大人の男に成長した瞬間のようでした。「虎狩り」の名が出てきた時は鳥肌が立ったですよ。私の中ではもう「虎狩り」誕生秘話はこのソイさんのお話に決定です!
そして、少年ゾロからナミへの唇へのキスにはクラクラ〜(笑)。なんて素敵なファーストキス。やりおるな、ゾロ!!

ソイさんの2作目の投稿作品でした。大作、傑作であります!素晴らしいお話を本当にありがとうございました!

 

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