高熱にうなされている間、ずっと脳裏を離れなかったのは。
大事なあの人の、絶命の瞬間。
着色料のブレンド
高木樹里 様
「まだ飲むわけ?」
ウィスキーのボトルを、引っくり返すようにして煽る緑色の頭に向かって、呆れた声を放り投げた。
彼の半径1m以内には、すでに空になったボトルが、両手に余るほどの数で転がっている。
「あ?おれの勝手だろうが」
「あんた一人のお酒じゃないのよ!って言うか私にも頂戴」
「病み上がりが飲むな」
「私の勝手ー」
埒の明かない会話の隙に、ウィスキーをさっと奪い取る。
そのまま隣に座って、同じ飲み方で口を付けると、ゾロは苦虫を誤って食べてしまったような、ヘンな顔になった。
「・・・ぶり返しても、知らねぇぞ」
ぼそり、と落とすように呟かれた言葉は、床板に落下する前に、私の耳がちゃんと拾っていた。
それ、心配、してくれてるの?
「もう完全に治ってるわよ。ご心痛どうも♪」
「ケッ、そいつぁ残念だ」
「あら、ご愁傷様」
・・・前言撤回。吐き捨てやがった。
本当にこいつは、何を考えてるのか分からない。
「ん〜、美味しー!」
「オイ、とっとと返せよ」
「イ・ヤ。ねぇ、それよりずっと気になってたんだけどさー」
不機嫌そうに眉根を寄せた表情を覗き込んで、それからその上の短い髪に視線を移した。
「その髪、染めてるの?」
「あ゛?」
「って言うか染めてるのよね?何でまた緑なんて凄い色にしちゃったの?緑、好きなの?」
「・・・染めた記憶はねぇ」
「えぇっ?!?」
ぎこちない一言返事に、素っ頓狂な声を上げた。
どんな色素してたらそんな髪になるのよ!!
「うっそだぁ!ぜーったい嘘よ信じない信じられないっ」
「本気だ。ウソップじゃあるめぇし」
「いーやっ、絶対おかしい、そんな髪生えてくるワケないもの」
「・・・事実、生えてきてるぞ」
久しぶりに飲んだお酒のせいで、一人ハイテンションになった私の口撃のテンポに、ゾロは1拍遅れになっている。
一応会話は繋がっているんだけど、まぁなんて温度差。
「小っちゃい頃に、親に染められてたとかいうこと、ない?」
「あったとしても、今現在放っといてこの色なんだから、もとがこの色なんだろ」
「あ、そっかー」
かくいう私の髪も、思いきりオレンジ色なんだから、奇抜さで人のことは言えないんだけれども。
「・・・何で今更、髪の色なんか」
「いや、ずっと染めてると思ってたのよ」
「だから何だ」
「緑が好きなのかな?と思って」
「それがどうした」
「あんたに似合わないなぁ、と」
色にはそれぞれ、多少なり人の心に対する影響力がある。
例えば、赤色に食欲を促進させる力があったり、黄色は興奮作用があったり。
で、緑は何かと言うと。
「癒しの色なのよ。回復促進効果が見られるんだって」
「・・・へぇ」
「あんたなんて、癒しの対極にいるような奴なのに」
じろじろと無遠慮に眺め続けていたせいか、ゾロの眉間の皺が一本増えた。
「・・・オメェこそ、その髪は好きでやってんのか」
「これ?これは地よ。オレンジ、好きだけどw」
「あーそうかそうか。良かったな」
「何よ、自分で聞いてきたクセに!」
カチンときて、ボトルを持っていた手を振り上げたら、これ幸いとばかりに腕をつかまれて、早業でボトルを奪い取られた。
にやりと凶悪な笑みを走らせるが、すぐに水音一つ立てないボトルに気づき、愕然とした表情を浮かべる。
「・・・テメェ・・・」
「ふふふ、ざーんねんでした♪」
皺の入った眉間の上に、今度は青筋が浮かんだ。
くそっ!と悪態をついて、隣に座る剣豪が、甲板からウィスキーボトルを海に向かって投げ捨てる。
ばしゃんと遠く音を立てた真っ暗な海は、月明かりだけが水面を照らしていて、本来の色彩は闇に吸い込まれて見えなくなっていた。
海は好きだ、と思う。
波の立てるリズムが、大地にない香りが、この果てしない広さが、そして何より、その青さが好きだ、と思う。
海の深い青が好きだ。
あの人の死んだ瞬間に飛び散った、命の破片の色と、対蹠的な色相だから、かもしれないけれど。
「・・・雪、止んだわね」
さして考えもなしに零れた言葉に、ゾロは敏感にぴくんと反応した。
「きれいだったのに。粉雪」
「・・・降らなくていい」
ことさら低い声で、ぼそっと言った。
「そりゃ船や航海には難物だけど、雪ってきれいじゃない。さっきのピンク色の雪なんて特に」
「・・・ピンクのは別にいいんだ。普通の、白い雪はいらねぇ」
「雪、嫌いなの?」
「・・・好きじゃない」
「白が、好きじゃない」
意外にも、その横顔は真剣だった。
「へぇ?どうして?」
「・・・“死”の色、だろ」
「白が?」
「・・・」
ゾロの台詞は、あながち間違いではない。
白が人に与えるイメージは、『虚空感』だという。
死を連想してもおかしくない。
でも、私に言わせれば。
「“死ぬ”って、そんなんじゃないわよ」
「・・・あ?」
「そんな、あっさりした色じゃないわよ」
あっさりの一言で片付けられたのが不服だったのか、ゾロの眼力がきつくなった。
でも、でも。
「あの人が死んだとき、私の視界は真っ赤だった」
大事に育てていた蜜柑と同じ色の私を、自分の子供同然に愛してくれたあの人が死んだ瞬間。
耳を劈く銃声と一緒に、その命は砕け散って、真っ赤な血が世界を覆った。
「“死”に色があるんなら、紅いわよ」
それを絶望の色だというのは過剰だろうか。
「それなら、よ」
どこかぎくしゃくした喋り方で、ゾロが短い沈黙を破った。
「赤と、白で、さっきの桜のピンクでいいじゃねぇか」
「・・・はぁ?」
唖然とした心中が、120%声に出た。
何を訳の分からないことを。
「・・・だからっ、桜のピンクなら命の色だろぉが!!」
私の口調に耐え切れないというかのように、ゾロが珍しく慌てた声音で怒鳴る。
『命の色』?
刹那、はっとした。
額に乗っていた、冷えたタオル。
いつの間にか手中に収まっていた、たった一枚の桜の花びら。
新たな仲間になったトナカイ船医が泣いた、ピンク色の雪。
桜色――
「・・・あははっ、何それ」
「笑いたきゃ笑え」
「ゾロのくせに」
「・・・悪かったな」
らしくなく、もぞもぞしてる緑頭が、照れたようにそっぽを向く。
ガラでもないことを口走って、決まり悪くなっているのが丸分かりだ。
ほんと、ゾロのくせに。
「そうね――桜のピンク色もいいけど」
含み笑いを抑えきれないまま、コートのポケットに手を差し込む。
木に生ったまま冷凍蜜柑になっていた、さっきもいだばかりの枝付きの実が、すっぽりと手に収まっていた。
「私はやっぱり、この色が好きっ」
溢れた笑みを、オレンジ色の果実に寄せた。
「好きよ。本当に大好きなの。世界で一番」
「分かった分かった」
「ねぇ、ほんとよ。愛してるってくらい」
蜜柑を頬にすり寄せて、青果への愛を語る私に、ゾロは呆れ顔になっていた。
ねぇ、気付いてよ。
月明かりでも、見えるでしょう?
果実のてっぺんからはみ出た短い枝に、緑色の葉が一枚、くっついていたことに。
FIN
(2008.02.05)
<投稿者・高木樹里様の後書き兼言い訳>
頑張って、蜜柑くらいの糖度は出したつもりです。(笑)
前作の番外編(?)と言うか、後日談?(^^)
「雪をソメル」で、キーワードに『白』があったので、そこから発展して“色”をテーマに書きました。
くいなの死から、『白』に“死”のイメージを抱いていたゾロに対し、ナミはベルメールさんの死に際の記憶より、そのイメージを『赤(紅)』に持っています。
ナミが海の青を好む理由も、その赤と真逆の印象が強いからです。
それに、ゾロとナミ個人のイメージカラーを組み合わせ、計5色で描きました。
タイトルですが、ゾロの「赤と白でピンク」という台詞から「ブレンド」という言葉を使いました。「着色料」は、ナミが元気になって『白』から脱出、さて明るくなった未来を何色に染めよう?とまぁ、そんな感じです。(笑
自然の甘味は出せたと思います。笑
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
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<管理人のつぶやき>
たわいも無い会話、いつもの言い合い。これもナミの病が治ったからこそ;;。
ゾロと異なり、ナミは死に過酷なイメージを抱いていました。その色は「赤」。でもゾロが持つ「白」と掛け合わされることによって、ピンクという「生」のイメージが生み出されました^^。粋なこと言ってくれたねゾロ!
さて、ナミの熱い告白、ゾロは気づいてくれたでしょうか?(笑)
『雪をソメル』の続編で、高木樹里さんの3作目の投稿作品でした!ありがとうございました。