勝者の数だけ敗者がいる。
そして今日の勝者は、明日の敗者かもしれないのだ。
たかが一回戦と言えど、その壁を越えられるのは半分ほどな訳で。

更なる高みを目指して手を伸ばす度、爪先の差で届かぬ者達が、落ちてゆく。
高度が上がれば上がるほど、残る者は減っていく。
それを分かっていてなお、彼らは“そこ”を目指して飛び続ける。


ただ、その月が、欲しいから。






Fly to catch the moon  −9−

            

高木樹里 様


「整列ーッ」
審判の声が響き、空気がピリッと音を立てた。



3年生にとっての最後の大会が、やってきていた。
1、2回戦を順当に勝ち上がったルフィ達が、次に当たったのが、私立GL学園。
メタボ体型の名監督で有名な古豪だ。
確実に、格上の相手と言える。

東高は、これまで歴代の先輩達が、何度もこのGL学園と戦ってきた。
未だ、勝った試しはない。



今日が、正念場だ。

ゾロはそう考えていた。



選手が、一斉に『東ノ海高校送球部』と書かれたジャージを脱ぎ捨て、ユニフォームを見せる。
黒地に白抜き文字の、シンプルかつ威圧的なユニフォーム。背中には『EAST BLUE』とある。
もうちょっと工夫しても良かったんじゃないかとよく言われるが、ナミはこのユニフォームが気に入っていた。

こいつらは、どいつもこいつも個性豊かで、カラフルすぎるから。
ユニフォームはこれくらいでちょうどいい。



「あっ、シャンクスさん!」
後輩の声に、ゾロも振り返った。

赤毛を伸ばしたその男は、何を隠そうキャプテン・ルフィの父親であり、ハンド部のOBでもある卒業生。
普段は忙しいようだが、試合の日などはこうして、応援に来てくれる。
現役時代は相当のプレイヤーだったようだ。
ゾロが最も信頼している先輩のうちの1人である。

「よう!緊張すんなよ。いつも通りに暴れてやれ」
ジーパンのポケットに片手を突っ込んだまま、彼はどこか抜けた笑顔で笑った。



「ゾロ!ピアス外すの忘れないで。あと試合球」
「おう」

大会の規定に従い、ゾロはいつもと同じく左耳の3つのピアスを外した。
そしてボールバッグのポケットに入れようとした手をふと止め、ナミの方へ差し出す。

「お前、持ってろ」
「え?」

一瞬、ナミは驚いて動きを止めた。
こんなことは、今まで一度も言われたことがなかったのだ。

ゾロは構わずピアスを押し付けた。

「お前が持ってろ。試合が終わるまで手放すな」
「・・・分かった」

きらりと輝く金色の光を、ナミは両手で包むように受け取った。

そして代わりに、砂と松ヤニで薄汚れた、けれどまだ黄の色を守っているボールを差し出す。


少女は口を開きかけたが、躊躇うように唇がすぼみ、やがてそれは心強い笑みを縁取った。
それをなぞるように、少年の口元にも不敵な笑みが浮かぶ。



その瞬間、2人の胸には、同じものが去来していた筈だ。





「何だウソップ、ビビッてんのか?」
仲間の膝の震えに気付いたゾロが、声をかける。

「ちちち違うぞぞ、ぞゾロ!ちょ、ちょっとだけ、武者震いってヤツが・・・」
「肩の力を抜けよ。どうせお前にゃ期待してねぇ」

あけすけに言われ、ウソップの肩は普段以上に落ち込んだ。
分かってるけど、などとブツブツ呟くのが聞こえる。

チームの司令塔が、長鼻の彼の耳元に口を近づけた。

「いいか。お前が敵を翻弄してくれるとは、これっぽちも期待してねぇ。俺達で動かすから、お前はシュートだけ入れろ。コックとクロスした後、お前にパスを出す。必ず決めろよ」

そして、重い一言を託す。

「てめぇの価値はてめぇで示せ」



その言葉が何を示すか、ウソップは分かっていた。
それは、活躍しろという意味ではない。試合に出られない部員がいる中で、自分が出るメリットを証明しろという意味ではない。

敵に、警戒する価値があると思わせろということだ。そして同時に、味方に信頼する価値があると安心させろということでもある。
相手に、DFしなければ打たれる、という危機感を持たせれば、他の仲間への警戒が少しでも薄くなり、仲間達がプレーしやすくなる。
そして味方が、まかせられる、と気強く感じれば、彼らのプレーもまた思い切りが良くなり、積極的なハンドボールができるのだ。

分かったと答えながら、右サイドプレイヤーは、心の片隅で苦笑いした。

それ、逆にプレッシャーかけてねぇか?





「お願いします!」
「っしゃぁす!!」

両チームの礼が、戦いの火蓋を切った。


自陣で、円陣を組む。
ルフィが、ゆっくりと口を開いた。

「お前ら、辛くなったらベンチを見ろ。支えてくれた人達がいる。試合に出たくても出れない奴らがいる。そいつら全部まとめて、次の舞台に連れて行くのが俺達の役目だ」

土の地面に叩きつけるように、声を出した。

「死んでも勝つぞォ!!」
「ファイトーッ、オオォ!!」

重なった雄叫びが、腹の奥に轟いた。





試合開始のピーッという長い笛。
先手を打ったのは、東高だった。

「よっ!」

ブルックからのパスを受け、ルフィがひょいと軽くステップを踏み、洗礼とも取れるロングシュートを一発。
これが右コーナーに突き刺さり、先制。

「ナイシュー、ルフィ!」

歓声を上げるナミの横で、赤い髪の男は、共に見に来ていた自身の長男に向かって、ぼそりと呟いた。
「身内ながら、あのジャンプ力には感嘆するよなぁ」
「あいつ全身バネでできてんじゃねーの。あるいはゴムとか」


だが、このまま主導権を握ろうと思っても、そうは問屋が卸さない。

GL学園の右45度がフェイントをかけ、外側に抜く。キレのある動きでサイドにパスをさばき、そのままサイドがシュート。これが入り、1分足らずでさっさと追いつかれた。
更に、東高の攻撃、サンジのシュートが相手キーパーにキャッチされ、直接のロングパスからワンマン速攻を喰らう。
形勢は、簡単に逆転した。


前半5分、1−2。


東高のOF、ウソップが端から攻め始める。
自分のマークマンである相手を抜き、更に隣のDFをひきつけパスを出す。
ボールを受けたサンジも、きっちり相手を引き寄せてから、またゾロへさばく。
攻める、さばく、攻める、さばく。フリーでシュートを打てる人をつくる為に。
『ずらし』と呼ばれるスタンダードな攻撃法だ。

チョッパーが敵の横で踏ん張り、DFを塞き止めたところで、ルフィが一気に人と人の間に飛び込む。
早業で抜いたそのままのスピードで、シュートを叩き込んだ。

見ていてスカッとする突破に、東高ベンチが盛り上がる。

その勢いが冷めやらぬうちに、一発目のお返しとばかりに、敵センターにロングシュートを決められた。
DFに来られないよう、相手ポストがゾロをブロックした上での満を持してのシュートだった。

GL学園側のベンチから、安物のラッパの音と共に歓声が沸き起こる。

「オイ、あんなの打たせんなよ!」
「・・・わぁってんだよッ」
サンジの叱責に、つい口調が荒くなる。

もう打たせるものか、と。
次のDFで、ゾロはセンターがボールを持った瞬間、思い切り前に出てプレッシャーを与えに行った。
抜かれる気は毛頭ない。何が何でも抑えるつもりだった。

「ゾロ、戻れ!!」

ルフィが叫んだとき、既にボールは、ゾロの横を駆け抜けていた。

ゾロが前に出た、その後ろにできたスペースに、相手のポストがするりと入り。
GL学園のセンターは、空間めがけゾロの腕の下にバウンドパスを通した。
それを受け、ポストが真正面から完全フリーでシュートを放つ。

しまった――と思ったのと、ガァンというゴール奥のポールにボールがぶち当たる音がしたのは同時だった。


前半10分、2−5。


波に乗ってきたGL学園を、ベンチが更に守り立てる。
野次のような応援歌がコートに満ち、東高にとって嫌な空気をじわじわと醸し出していく。

「オーフェンッ、オーフェンッ、圧勝オーフェンスッ!」

人数の多いGL学園が、コートの中で、外から、試合のムードを支配しつつあった。


呑まれまいと踏ん張っても、

鳴り止まぬ歓声が、重い。



唇を噛み締めるチョッパーの背を、ゾロがドン、と叩いた。

「下を向くな。気持ちを切らすな。
流れを持っていかれたなら、奪い返すまでだ」

彼の言葉に呼応するように、ルフィが全員に呼びかける。

「無理に打たなくていい。危なくなったら、1回プレー止めろ。速攻気をつけて、1本しっかり、確実に行くぞ」

そしてこの攻撃を、ブルックが冷静に決めた。また1点、近付く。


GL学園の得点を抑えることは、容易ではなかった。
時には2人がかりで、力づくでシュートを打とうとする相手を封じ込める。
何本か危ない瞬間もあったが、フランキーのナイスキープで跳ね返した。


更に、パスカットからルフィがルーズボールを拾い、ピンチをチャンスに変える。
「速攻!!」と誰かが叫んだ。
細かくパスを繋ぎながらゴールへ迫っていく。

「寄越せッ!!」

一際大きな声が轟き、ボールを吸い寄せる。
トップスピードで走り抜けたサンジが、パスを受け電光石火の速さでシュートを叩き込んだ。
勢いを無理に足で止めずに、そのまま肩から斜め向きの体制でぐるんと前転する。ハンドボールにおいて、受身はシュートと同等に重要な技術である。

金髪の下の笑顔が、振り返りしなのガッツポーズと共に弾けた。


前半15分、6−8。


ボールは東高。
ブルック、ルフィと回ってきた球を、大きく走りこんできたゾロが受ける。
刹那、ゴールをギロリと睨みつけると、危機感を感じたDFが前に踏み出してきた。
ゾロはそこを見逃さなかった。

後ろ手にボールをふわりと放る。
自身は何食わぬ顔で右方向へ流れると、DFがついてきた。
だが攻めていったのは、ゾロではなかった。

ゾロの後ろに回り込み、バックパスをしかと受け取ったサンジが、シュートを狙って飛び上がる。
GL学園のDF達は、すぐさまサンジへと寄った。

打つ――と見せかけて、振り上げた手を、前ではなく右側へ、ぽいっとうっちゃる。
シュートフェイントからのパスは、ゾロの頭の付近へ落下していった。

ゾロはそれを、両手でパン、と弾いた。

一瞬、ファンブルしたようにも見えたそれは、最短時間で、だが正確に、右サイドの懐へと飛び込んだ。
完全に虚を衝かれたDFが1歩も動けないうちに、長鼻のサイドプレイヤーが、百発百中のコントロールでボールをゴール隅へと送る。


得点を示すピッピッという審判の笛の音が、爽快だった。

「やりゃ出来るじゃねぇか、ウソップ」
「お前っ、直前にサインの1つくらい出せよ!いつパス来るか分かんねーじゃねぇか!」
「だから試合始まる頃に言っただろ。大体、いつ来てもいいように準備しとけよ」
「ゾロのパスはいつも奇想天外予測不能なんだよ!ハラハラさせないでくれ〜」

ウッ、持病の『パスを受けてはいけない病』が・・・などと呟くウソップは、それでも先ほどより表情に余裕がある。
この試合、まだまだイケるな、とゾロは冷静に考えていた。


前半20分、9−10。


だが、試合の“流れ”を変えるということは、そう簡単なことではない。
自分達の手に触れそうなまでに迫っていた主導権は、審判のピ――という笛の音で、またふっと姿を消してしまった。

東高がDFファウルをやったのだ。ゾロにイエローカードが出た。

ポストにパスをさばかれ、慌てて抑えようとしたところで、無理矢理シュートに行こうとする相手と共倒れになってしまったのである。
ゾロのDFは横から押したと見なされ、原色一色のカードが出された。次にやったら2分間の退場だと告げる『警告』だ。

GL学園に、PTが与えられる。

PTとは、ゴールから7mの位置で打つ、シューターとキーパーの1対1。故に『7mスロー』とも呼ばれる。
真正面からDFなしで打たれるのだから、圧倒的にキーパーが不利だ。

案の定、ガシャンとボールがゴールネットに滑り込み、ピッピッと2度笛が吹かれる。


前半終了、9−13。




「センターとポストのラインは要注意よ。DFはしっかりお互いフォローし合って。右サイドに狭く打たせるのがベストね。フランキーもそこは確実に止めてちょうだい。OFはいいテンポだがら、ルフィやサンジ君から攻めていって。ボールと逆側でフリーの人ができたら、ロングパス通して。1人で打ちにいこうとしないで、全員で1点ずつ稼ぐこと」
ナミが前半のデータをメモしたノートを見ながら、早口にまくしたてる。

ハーフのインターバルの10分間で、水分補給は当然、後半への修正もしなければならない。
試合時間は残り半分だという動かぬ事実は、選手の安定にも不安にも繋がる。

まだ半分残ってる。
もう半分しか残ってない。

どう感じるかは、チームで個々でバラバラだろう。だが、どちらを胸に抱えてコートに戻るかは、後半の試合展開に少なからず影響する。


東高はどうか。

4点ビハインド。残り25分。なかなか自分達のペースに持っていけないまま終わった前半。不利であることは確かだ。
だが、彼らの表情は、熱気と高揚で赤らみながらも、穏やかだった。
ついさっきまで死闘を繰り広げていたとは、まだそれも途中だとは感じられないほどに。

ゾロ達には、確信があったのだ。
100%がありえない勝負の世界で、大丈夫だという確信があった。
負けている状況で、不思議と1つの実感があった。



この試合、負ける気がしない。


肌で感じる。
気持ちで自分達が勝っていると。
勝ちたいという渇望が、自分達の方が強いと。
そしてそれが、勝利の女神を魅了する一番の力だと知っていた。

絶対勝てる。
逆転できる。
確信は自信となり、選手達の一切の迷いを打ち消す。
それがまた、彼らを強くする。


「ゾロ!あれ、やろうぜ」
ルフィがニヤリと笑って言う。
ゾロは、一瞬うっと詰まった。

「・・・バリバリ未完成なモンを、お前はこの大事な勝負で試すってか・・・?」
「今やんねーでいつやるんだよ!大勝負に出るくらいの思い切りが要るぞ、後半は!」
「成功率どんだけ低いと思ってんだよ!練習不足だろ、イチかバチかだぞ?!」
「でも」

ここで一旦、ルフィは言葉を切って、

次の瞬間、真剣なキャプテンの顔になっていた。


「今なら、できる気がする」


ゾロは言葉を呑む。

「俺は、賭けてぇ。全部の可能性を試さねぇと、多分結果に満足できねぇ」

ゾロは暫く口を真一文字に閉じていたが、やがてハァ、と溜め息をついた。

「――逆側にフェイント入れた後、お前の前が空いたら、だ。見逃すなよ」
「おう!」

ルフィは子供のような顔でしししと笑った。



「あ、ゾロ待って!」
不意に、ナミが声をかける。

「唇切ってるじゃない。それに足の青アザも、昨日までのじゃないでしょ」
「あ・・・?あぁ、衝突したときにでも切ったんだろ。アザは多分、相手の膝が入った」

何でもないといった調子のゾロだったが、ナミはさっと氷嚢を出して彼の腿に宛がい、タオルを渡した。

「流血してたら出場は認められません」
「もうとっくに止まってんだよ」
「うるさい。いいからじっとしてなさいよ」

そして、俯きながらぽつりと呟く。


「私には、これくらいしかできないから・・・」


妙に胸にくる言葉に、ゾロは知らないうちに、囁いていた。



「・・・ありがとう」



鳴り響いた後半開始の笛が、小さな感謝を掻き消した。





「うっしゃ、立ち上がりきっちり行くぞ!!」
キャプテンの気合の一言が、空気を引き締めた。

GL学園が、統率された動きで守りの布陣する。
防御を補強するかのように、パーパーというラッパの音に乗って、その応援が鳴り渡った。

「てっぺき!!よって無敵!!」

「うぜ」
隣にいるサンジが、心底嫌そうに吐き捨てる。


目の前に立ちはだかるDFの厚い壁を、ゾロは海の彼方を見つめたあの眼で、見据えていた。



こんな壁、斬り倒してやる。



ブルックが外側に広がりながら出したパスを、ルフィが前に突っ込みながら受ける。
DFを引きつけ自身も外に流れ、相手に押さえ込まれないうちにゾロにさばく。
同様に、敵を左に寄せながらボールを流すゾロ。
1対1の繰り返しで、サンジの前はガランと空いていた。

「ウラァ!」
スペースに飛び込むサンジ。
だがDFもその攻撃を予期していたのか、戻りが速い。目の前が塞がれかける。

「こっち」

響いた仲間の声に、手が反射的にパスを出していた。

動かされ、戻りつつありながらもまだ陣形を崩されていたGL学園のDFの、僅かな隙間。
そのDFの中で、身体を張りつつタイミングを伺っていた少年の、刹那の呼びかけ。

ダイレクトにパスを受け取ったチョッパーは、振り向きざま、左下コーナーにシュートを決めていた。

「ナイスパス、ナイシュー!!」

東高のベンチが、うおぉー!と歓喜の声を上げた。うるさいくらいにぎゃーぎゃーと喜ぶ。
応援など、騒いだ者勝ちだ。テンションを上げて、コートごと呑み込んでしまえばいい。


10−13。


その後もブルックが速攻を決め、前半でつかみ損ねていた流れを、少しずつだが引き寄せていた。
1本1本の得点を喜び、鼓舞し合い、集中を切らさない。


下を向くな。

先ほどのゾロの一言を、一人残らず体現していた。


後半5分、12−14。


「プレッシャ――プレッシャディーフェンッ!!」
GL学園のベンチが、声を張り上げる。
DFは、腰を落とした低い体勢を保たなければならないばかりに、下半身にくる。
走り通しの展開の早い試合で、蓄積していく疲労。
そしてそれが生んだ、敵の僅かな動き出しの遅れ。

ルフィとゾロの狙っていた“その時”が、来た。

サンジがフェイントでDFを寄せて出したパスを、ゾロがキャッチし、シュートに跳ぶ。
DFの意識がそちらに集中したのを見て、ルフィは敵の視界から逃げるように、外側へ回りながら走りこんだ。
ルフィの前にスペースができたのを確認したゾロは、練習中に出された幾つもの注文に忠実に、送球する。

空でボールをつかんだルフィが、上からシュートをぶちこんだ。


コートの半径50mが、驚嘆と感動で爆発の音を立てた。

「今の見た?!」
「スカイ!」
「スカイだ!」
「高ぇっ!」
「かっこいー!」

観客や、見ていた他の高校の男女の部員達が、わぁわぁと騒ぎ出す。

「東の左45、とんでもねぇぞ!!」
「黒のセンター、あの緑の髪の人も上手くない?!」
「すっげー!どんぴしゃ!」

ド派手なプレーも、1点は1点。だが、味方に与える勇気と、敵に与える衝撃は、その何倍もの意味がある。

ルフィとゾロは、汗だくの顔を見合わせ、ニヤリと笑った。


後半10分、14−16。


今や、風は完全に東高へ向かって吹いていた。
まだリードしているというのに、GL学園は追われる苦しさにいささか顔が渋い。
逆にゾロ達は、つかみ損ねていた主導権を、ここへ来て握った実感があり、調子はうなぎ上りだった。

そしてその変化は、確実に、プレーの中に形として現れる。


ピ――という長い笛の音に、ナミははっとした。
ルフィがボールをつかんだまま倒れている。
GL学園のDFファウルで、警告が出たのだ。
東高にPTが与えられた。

シューターは、倒されたルフィ。
他の仲間達は先に自陣へ戻り、後ろから見守る。


向き合ったルフィとGL学園のキーパーの間で、空気が鼓動した。
どくん、どくんという双方の震えが、空間でぶつかり合う。

東高のベンチで、応援の後輩達が喉も裂けよと吼えたけていた。
期待と、あらん限りの切望を込めて。

「ドカンと一発決めちゃって!!我らがエース!!」

そして、「ルフィ!ルフィ!」のルフィコール。


ガシャァン、ピッピッ、の一連の成功の音に、声を張っていた彼らが、うおぉぉ!と沸き立った。


後半15分、16−18。


残り時間は遂に10分を切った。
崩れない一進一退の攻防に、ゾロは少しずつ焦りを募らしていた。


2点差が、縮まらない。

もう一押し、必要だ。


そして、それを感じていたのはゾロだけではなかった。



アフロヘアが、思い切ったパスカットに飛び出す。
細長い指が見事に球を弾き、そのままマイボールにすると。

「こっちだァ!」
「ルフィさん!」

脅威の反射神経で飛び出したルフィにパスを出す。
そして、キャプテンは。


「サンジ〜〜〜〜っっ!!」

仲間を指名しながら、とんでもなく前方に、ロングパスをぶぉんと乱暴に放り投げた。


「うっわ、ドSパス!」
そばかすの兄の頬が、思わず引きつる。


名指しされた、金髪の少年は。
自慢の長い脚で死に物狂いに走り。
ギリギリで追いつくと、

「猛進っ!!!猪鍋シュート!!!どォりゃああああ!!!」

叫びながら、身体ごとゴールにダイブするようにしてシュートを叩き込んだ。

猛スピードでゴール奥のポール付近に飛び込んだボールは、勢いのあまり、ネットを巻き込んでポール周りをぐるんと1回転する。
巻きついたゴールネットと、そこでようやく静止したボールの姿が、加えられた力の強大さを物語っていた。

「お前ん家、魚屋だろうが」
ぼそっと呟くゾロのツッコミが、何よりの賛辞だった。


ピッピッ、という音に、東高の誰もが思わずガッツポーズする。


ついに。
ついに。
1点差。


後半20分、18−19。


「あと1点!あと1点!」
示し合わせた訳でもないのに、コート外の全員が揃って同じ言葉をひたすら連呼する。
そこに詰まっている痛いほどの願いを、感じないのは刻々と消滅していくタイマーの数字だけだ。


間に合え、間に合え、
まだ終わるな、俺達は、俺達は、



ここで、終われない、
終わりたくない



ナミは、爪が食い込むのも忘れて、ピアスを包んだ両手を握り締めていた。

「マネージャーはね、プレーが始まっちゃったら、祈ることしかできないから」

そう言って、仲間の勝利を、ただただ希っていた先輩の横顔を思い出す。
一心不乱にボールを追い続ける彼らを見つめる少女は、いつしか先達と同じ姿になっていた。



こうまでして、彼らが、自分達が求める勝利とは、一体何なのか。

シャンクスは、かつてあのコートの中で自らを追い立て、鼓舞し、挫き、どうしようもなく惹き付けた、試合の歓喜と絶望に浸っていた。


砂まみれになりながら、ヤニで汚れながら、
地面を這ってでもボールにしがみつく、あの執念は、決して汗臭いものじゃない。



諦めないことが美徳だから、走り続けるのではない。
追いかけずにはいられないのだ。
目の前の月に、しがみつかずにはいられないのだ。

徐々に小さくなっていく可能性の灯火は、しかしまだ光り続けている。
それを知っているから、消させたくないのだ。



そこにあるのは、敗北への恐怖ではなく





狂おしいほどの、勝利への、飢渇。





ルフィが、1歩抜け出した。
止めようと寄ってくるDFのフォローを見定め、ゾロにパスをさばく。
更に、後押しするように、チョッパーも身体を張ってGL学園を妨害する。

ゾロの前が、完全に空いた。

迷わずシュートに行く。そこに一切のプレッシャーは見えない。

GL学園のキーパーが勝負に出てきた。思い切り前に飛び出し、ゾロの視界を塞ぐ。



瞬間、吸い寄せられるようにボールに見入っていた全員の時間が、止まった。


ゾロの手から離れたボールは、ふわり、と柔らかく
弧を描いて、キーパーの頭上を、ひどくゆったりと超えていく。
見事な美しい軌跡で、ゴールの内側にぽとんと落下した。



「うわぁあぁーっっ!!!」


背中がぞくぞくした。
ここ一番でのループシュートに、全身が痺れた。

「ナーイシュー、ゾーロ!!」

後輩達が、自らの中で噴き出す興奮を抑えきれずに、狂喜乱舞する。
自分が点を決めたかのように、天に向かって拳を突き上げる者。子供のように何度も飛び跳ねる者。堪えきれずに泣き出して
いる者までいる。


追いついた。追いついた。


折り返し地点では4点の差があったのが、

ついに、並んだ。





そしてこの瞬間、同時に、

GL学園の選手達の、目の色が変わった。



彼らとて、ここで負ける訳にはいかないのだろう。
まして相手は、彼らに言わせれば『弱小公立』。

こんな事、プライドが許さない。



返すように降り注ぐGL学園の怒涛の攻撃を、ゾロ達は必死に退けた。
腕を押さえつけてもまだ、のしかかるようにシュートを打ってこようとする。
危ないところを最後はフランキーが止めた。マイボールになる。

「さぁ、ラストチャンスだ」

重々しく告げるルフィの瞳が、覚悟の一色に染まっていた。



「このまま両者入れられず、同点で終わったら・・・PT合戦だよな」
エースが、少し擦れた声で呟く。

その言葉に、父は厳かに首を振った。

「多分、それはねぇよ。この1分で1本決めた方の勝ちだ」

何故、と問う息子に、顎でしゃくって示す。


「あの通りだからさ」

状況を理解したエースは、ぎょっと目を見張った。




「凄ぇ・・・まるで別のスポーツ見てるみたいだ」

傍観していた誰かが、呆然と呟く。




「あのGLが、オールコートプレスしてるなんて」





GL学園は、6人が6人とも、マンツーマンDFについていた。
抜かれたら後がないのを覚悟の上で、パスカットから速攻を狙っているのだ。
このまま引いて守ってはやられると本能で感じたのかもしれない。


勝負に出ているのだ。



ボールを回すゾロとサンジが、DFを抜く隙を伺うが、GL学園は一切の抜かりを見せない。
先ほどまで有効だったフェイントも、見切られていた。
攻め手を見つけられずに、喘ぐ東高。


突破したのは、キャプテンだった。

「こっちだァーっ!!」

腹の底から叫びながら、外側からDFを振り切って走り込む。
コートの反対側でウソップについていたDFが、後ろへと一目散に駆け出した。
ゾロはすぐさまパスを出す。
その高さ、ゴールのバーと同等に。


ルフィが、トップスピードで大きく足を蹴り上げた。
フォローに来たサイドDFが、内側から追いやりながら止めようとするが、あと1歩間に合わない。
キャプテンの両手が、空中でボールをつかんだ。



だが、シュートされると思っていたボールは、ふわりと、全く別な方向へ飛んだ。


「やっぱ返すぞゾロぉ!!」


東高も、GL学園もが硬直した刹那、若草色の髪だけが大きくなびく。
ルフィの隣で、ゾロの身体が宙に躍り上がった。

「お前っ、そういうことは・・・」


中天の、一番高いところで小さな月が手に納まる。
そのままシュートフォームを構えた彼の、その身体が刹那、静止した。


「一言言ってからやれよ!」



隕石のごとく振り下ろしたシュートは、ゴール右上隅、バーを掠めてネットに突き刺さった。




ピッピッという得点の音の後、続けて試合終了のピ――という長い笛が鳴り響く。





鳴り止まない歓声と血管を駆け巡る興奮が、耳の奥で反響し続けた。










コートから出るや否や、ゾロの拳がルフィの頭部に落下した。
「勝ったからいいようなものの、最後のやつ、なんでお前が打たなかったんだよ!!残り何秒だと思ってたんだ!最後のチャンスを棒に振る気だったかテメェ!!」
「いや、パスもらった時点で、『あ、ヤベ。狭い』って思ったんだよ。入れらんねぇやって思ったから、返してみたんだ」
「みたんだじゃねえぇえ!!一瞬遅かったらヤバかったぞオイ!」
「ま、勝ったんだからいいじゃねぇか!」

間一髪のアドリブに、まだ肝を冷やしているゾロ。
しかしルフィは、頭をさすりながら、得意気にしししと笑った。


「ナイシュー、ゾロ!」


やはり、怒れないゾロであった。





20−19。
小さくて大きな差は、彼らに、月の煌きを授けた。





ゾロがおもむろに、ナミの前に立つ。
その手には、試合で50分間追いかけ続けた、あのボールを握り締めて。

彼は、ずいとナミに向かってボールを突き出した。


「オラよ。月は取ってきた」


オレンジの髪の少女は、それを聞いて、魔女の笑みを浮かべる。

「本物の月は、もっともっと高い場所にあるのよ?まだ足りないわ。どうせならもっと高いとこに連れて行ってよ」

「・・・連れて行ったら、帰してやらねぇぞ」

「やってみなさいよ」



少年の心に、1つの覚悟が宿った。





近くで、キーパーと右サイドプレイヤーが囁き合う。

「・・・で、あそこの試合はいつまで続くんだろうな」
「さァなぁ。あと四半世紀くらい?」




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(2009.02.08)


<投稿者:高木樹里様の後書き兼言い訳>
まずは一言。ごめんなさい。(笑)この、やっちまった感は何なんでしょ。(^^;)
前々から学園パロは書いてみたいと思ってたんだけど、ゾロなら剣道部かなぁ、でも剣道ちっとも分かんないからなぁ、ってずっとうじうじ書けずにいたんです。
そしたら、ある時気付いた。自分のやらせたいスポーツやらせりゃいーじゃんかと!(爆
北京五輪予選再試合の頃の宮崎大輔ブームが去り、ハンドがマイナーの道へ戻ろうとしているのが寂しかったのであります。
別に普及活動したい訳じゃないけど、自分がやってて楽しいと思うことを書きました。実際こんな簡単にシュート入んないけどな!(←どヘタ
「太陽と海の教室」の風景を思い出して頂ければ、まんまですので。
黄色いハンドボールを月になぞらえた一作でした。
超マイナースポーツ×激ローカルネタのトンデモコンボでしたが、雰囲気でお楽しみ下さればと思います。


無駄な肉付けが無駄に多いのは、日常くささを前面に出したかったから。
妙に具体的なのは、より立体的なイメージを持ってもらいたかったから。
地元ネタばっかりなのは、自分が日々の生活で見聞きしたもの感じたものを、そのまま書いているから。


最後に一言。
「てっぺき!よって無敵!」のコールは、実在します。(マジで)



<管理人のつぶやき>
ハンドボールに情熱を燃やす麦わら一味という設定がとても新鮮ですね!高校生らしい日常のエピソードもたくさん交えられてて本当に湘南に彼らがいるような気がします^^。
ゾロがハンドボールに打ち込み始めたきっかけは切ないものでありましたが、彼を支えたルフィやナミの友情にも心が熱くなりました;。
ラストの試合の描写は臨場感に溢れハラハラしました。そんな中で決まった「スカイプレー」!カッコイイーー!劇的な勝利で「月」を掴み取ることができましたね!!

高木樹里さん7作目の投稿作品でした。大長編お疲れ様です!どうもありがとうございました!!

 

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