シマノのC910をメインコンポにもつ
Bianchi(ビアンキ)のPX21。
限定品の希少モデル。


Bianchiとシマノの最高技術の結晶。


ただしこのバイクはエントリーモデルでもなんでもなく・・・。


ただ少しスタイルの変わった『最高級の町乗り自転車』でしかない。



お値段39万8千円。





社員専用の駐輪場にずらりと並んだママチャリの列に異彩を放つ大型のクロスバイク。

Bianchiの特徴であるチェレステカラー(ターコイズ)のその自転車の
サドル部分には、


『触わったら殺す  鮮魚 ゾロ』


という張り紙が常に張られて風に揺れている。

一度イタズラされてパンクという憂き目にあったゾロはそれ以来この張り紙を貼り付けている。



それ以降・・・・。



この張り紙の効果なのか、このバイクがゾロのものだとわかったからか・・・・。
とにかくイタズラはされていない。

『鮮魚のゾロ』と言えばここダ○エーグランドライン支店の中でもその名が轟き渡って、はみ出してとぐろを巻いている位の有名人だ。

彼は鮮魚部門のバイトで社員ではない。

鮮魚の仕事はとにかく朝が早い。出社は遅くても5時半。
仕入れられてきた魚をすぐにさばき、朝市でやってくる客に対応しなくてはいけないからだ。


そのおかげで常に人材不足・・・。


性格や行動にいささか難ありの彼が、様々なクレームを山のように受けても、
辞めさせられないのはひとえにそんな環境のおかげである。

なおかつ彼の魚さばきは見事なもので・・・。

会社からわざわざ3本の刺身包丁をいただくくらいだ。



おかげであだ名は『3刀流』


迷惑な話だ・・・・。



ゾロは会った事もない社員から「よっ!3刀流!」なんて通路でお気楽に声をかけられると露骨に嫌な顔をする。

ゾロがきょうびの若い男があまりやりたがらないこのバイトに就いた理由は
そのものズバリッ・・・


・・・・・時給がいいっ!!


という一点である。


何せ彼の愛車は「39万8千円」である。


ふざけている・・・。


いや、そんなチャリを買ってしまった俺がふざけてんのか・・・・。


とにかく22歳の彼にとっては40万近いローンはイタタッー!と目を覆いたくなるほどの出費だったのだ。

このローンを払い終えない限りは、明るい未来は見えてこないのだ。

ついでに彼は靴フェチで鞄好きで、一年中ジムに通って『通年体力増進週間』な男なので、お金はいくらあっても足りない位だ。

補足するなら、このバイト。
朝が早い分、早く帰れる。午後3時にはあがれるのでジムにも楽々通える。



おっ!?大学は?

そういやぁ・・・通ってたな・・・。

遠い目をして過去形になっている・・・。



いいのか?おい・・・?

「いいのか?」と言えば・・・・。




「これ・・・いいすっか?」

退社時間になり、ゾロは売れ残りで廃棄処分にする予定のまぐろの中落ちパックを指差して、上司に聞いた。

「最近欲しがるなぁ・・・売れ残り。魚好きな彼女でもできたのか?」

上司はニヤニヤ笑って頷きながらそう聞いた。

「嫌でしょ・・・。賞味期限の切れた魚もらって喜ぶ女・・・。」

ゾロはうんざりした口調で答え、許可のおりたパックを袋に入れた。

その袋を持ってロッカールームに向かう。

着替えて帰らないと魚くさいのだ。生魚の匂いは服についたらなかなかとれない。

Tシャツとジーンズを着替える。

黒のゴム長靴をカンペールのペロータスに履き替える。
ジーンズの裾をマジックテープのついた平ひもでクルリと巻き絞ってとめる。
そうしないとペダルに巻き込まれて裾がぼろぼろになるのだ。
第一関節から上のないグラブ(自転車用の手袋)をはめ、ヘッドポーターの黒い2ウェイウェストバッグの中にパックの入った袋をを乱暴に突っ込んでから

腰に巻く。

社員専用の控えめなドアから外に出て、一度大きく伸びをしてから、駐輪場に向かう。

PX21のサドルから張り紙をとり、隣にずっと止めてあって埃で白くなっているママチャリの前カゴにそれを放り込んだ。

鍵を外し、サドルにまたがるとペダルに足をかけ、支店を後にする。



道行く人々の間を縫うようにバイクを飛ばし、たまに車と並行して走りながら自分のアパートに向かう。


途中コンビニに寄り、夕ご飯にする予定の弁当とビールを2本買った。


彼の住まうアパートはこれでもかっと言うくらい古くてボロい・・・。
来年あたり「世界遺産」に登録されるんじゃないかとゾロは思っている。

PX21を肩で担いで赤錆だらけの鉄でできた階段を足早に登る。

カンッ!カンッ!カンッ!!

3段登った所で、『奴』の鳴き声が聞こえてくる。


「ニャ〜〜」

ゾロはそれを聞くと苦笑した。まるで犬のようだ。

ゾロは最後の2段を一跨ぎで登り切り、その声の主に声をかける。

「よっ!ルフィ!」

彼の部屋は二階のある3つの部屋の中の真ん中の部屋だ。
いまだに両隣に誰が住んでいるのかわからない。

薄暗い狭い廊下には、うずたかく積まれた古新聞や漫画雑誌。

錆付いた誰も乗るもののない三輪車。

そんな中で「ニャ〜〜」となく「ルフィ」はゾロの帰りを待っているのだ。



ルフィは真っ黒な毛並みを持つ猫だ。
左目の下には横一文字に傷がある。
けんかでできた傷なのか・・・心ない人間のいたずらか・・・。

ルフィは近寄ってきたゾロの足元に身体を擦り付けながら、ゴロゴロ喉を鳴らし

盛大に甘える。

ゾロは肩に担いでいたPX21を置き、壁に寄りかけさせてから、ルフィの腹に手をまわし抱えもつと、自分の首の後ろに乗せて、ついててもあまり意味のない部屋の鍵を開けた。

部屋の中に入るとルフィはポンと音もなく床に降り立つ。
勝手知ったる他人の何とかよろしく、当たり前のように狭い台所を通って、奥の8畳間に向かう。

そしてお気に入りの場所であるテレビの上にひょいと勢いをつけて飛び乗ると器用に丸くなる。



そしていつものように一声鳴くのだ。



いつものように・・・・・





そしてルフィはニャーと鳴く  −1−
            

ててこ 様






ゾロは狭っくるしい玄関で靴を脱ぐと、バッグを腰から外し、コンビニで買ったものを流しの上にドンと置き、バッグの中からもらってきた「中落ち」パックを取り出した。

パックの蓋を開け、それを台所の板張りの床の上に置くと、丸まって尻尾をゆっくりと振っているルフィに向かって声をかける。

「おいっ!飯だぞッ!」

「ニャア〜」

ルフィはまるで返事をするようにそう鳴くと、テレビの上から降りて、すぐに駆け寄ってきた。飛びつくようにパックにかぶりつき、ムシャムシャと食べる。

「相変わらずよく食うなぁ〜」

ゾロは冷蔵庫からエビアンをとりだし口に含みながら呟く。



ルフィはゾロの飼い猫ではない。

通い猫なのだ。

彼が現れたのは一ヶ月前の水曜日。

いつものようにジムから帰ってきたゾロを、玄関先で迎えたのは一匹の見慣れぬ黒い猫だった。

前足をキッチリ揃え、まるで置物のように座って、
一声「ニャ〜」とゾロを見上げて鳴いたのだ。

ゾロは、「そこどけよ」と玄関前で腰を落ち着けている黒猫の身体を足で押しのけながら、そう言うとさっさと部屋に入った。

しばらくしてから、コンビニで買ったおにぎりをほうばりながらゾロはチラッと玄関の古びたドアを見る。



切なげな泣き声が聞こえてくるわけでもない・・・。


入れてくれとドアを引っ掻いてるわけでもない・・・。


でも・・・あの猫はいる。ずっと座ってる・・・。



なぜか・・・そう思った。



「・・・・・・・・。」


ゾロは重い腰を上げ、玄関のドアを開けた。

案の定黒猫はまだそこに居り・・。

ゾロを見上げると「ニャ〜」とまた鳴いた。

「入れよ・・。今日だけだぞ・・・」

ゾロは眉をしかめて猫に言った。

黒猫は開けられた隙間からスルリと中に入り込み、ゾロの足元に擦り寄ってきた。

ゾロはしゃがみ、その黒猫の小さな面積の額を、人差し指で撫でてやる。
黒猫は目を細め気持ちよさそうに喉を鳴らした。

「魚の匂いでもすんのか?俺」

と苦笑しながら猫の耳の後ろ、首と順番に撫でていく。すると・・・。
首輪がされていることに気づく。
そして名札を見つける。
シルバーの小さな楕円の板に『ルフィ』と刻印されているのがわかった。

この猫が飼い猫で、名前は『ルフィ』ということもわかり、後ろ足を持ち上げて『オス』であることも判明した。



「迷い猫か?」



ゾロは答えてくれないことを承知でルフィに向かって尋ねた。
ルフィは「ニャ〜」と鳴くばかりだった・・・。

ゾロは食べかけていたおにぎりをルフィにやった。

ルフィは物凄い勢いでぺロッとたいらげた。


そしてルフィは次の日もゾロの部屋に居つき・・。

でもその次の日には・・・居なくなった・・・。





「・・・・・・・・・・・・・。」


その日・・・つまり金曜日。
ゾロはもらってきた『いかそーめん』を片手に玄関前で立ち尽くし・・・・・。

居なくなった猫を20分も捜し続けた。


「薄情猫・・・恩知らず・・・。」


ゾロは「いかそーめん」をがっついて食べながら、居なくなった黒猫に文句を言った。


しかし丁度一週間後の水曜日・・・。またルフィは現れ・・・・
「ニャア〜」と鳴いた・・・。
次の日も居つき。そして次の日にはまた居なくなった。


規則正しい猫はそのサイクルを4回続けている。
ゾロは水曜・木曜にはジムには行かず、バイト先から真っ直ぐに帰るようになった。

まるで新婚の夫のようである。

新妻・・・黒猫の「ルフィ」


我ながら・・・情けねぇと思いながらも、そそくさと帰宅する自分がいた。



そして5回目のサイクルの木曜日・・。
ゾロはバイト先で特大の近海本マグロの中トロ3人前セットをゲットした。
賭け事にことごとく強い彼はジャンケン大会で勝ち進んだのだ。



(ルフィと2人で祝杯といきますか♪)

ゾロはいつもは2本のビールを3本買ってアパートに向かった。

錆付いた階段をPX21を抱えて登っていく。

カンカンカン・・・。

3段登った所で奴の鳴き声が聞こえてくる。

「ニャア〜〜」

ゾロは思わず笑ってしまう。

・・・・・すると・・・。

「あっ!帰ってきたの?お目当ての人?」

聞きなれない女の声がその後に続いて聞こえてきた。

「???」

ゾロはいつもは2段飛ばしでかけ上げる階段を、ゆっくりと1段ずつ登った。

2階に着くといつものように玄関先にルフィ・・・・そしてその隣には・・・女がいた。

オレンジ色の髪。小さい顔に大きな瞳。薄化粧なのにひどく目立つ美貌。
黒のニットと色落ちしたジーンズ、ニューバランスのスニーカーを穿いている。

ゾロは女の顔にはあまり関心のない方だが、そんな自分でもその女がかなりの美形であることがわかった。

その女はゾロを見るとニッコリ笑って、

「・・・あんたがルフィの愛人?」

と、綺麗な顔とは裏腹にやや毒のこもった声色で聞いた。

「あぁ!?何言ってんだっ!?」

ゾロは不躾な彼女の態度に、不躾で返した。

「私ルフィの本妻!ナミって言います。よろしく愛人さんっ!!」

とナミはわざとらしく深々と頭を下げ自己紹介した。

ゾロはしばらく考えてようやく彼女がルフィの飼い主であることに気づいた。

その時ルフィがいつものように自分の足元に身体を擦り付けて、「抱えてくれ」と甘えた声で催促した。

ゾロは彼の身体をヒョイと持ち上げいつものように首の後ろに置く。

「まっ!肝の据わった愛人ね!本妻の前でイチャつくなんて失礼にも程があるわっ!」

ナミは芝居がかってそう拗ねたように言うとゾロのすぐ目の前に歩いてきて、その勝気な瞳で彼を見上げた。



「・・・・・支払ってね」

とニヤリと笑って宣告する。

「身体でかっ?」

彼女の言った意味はわからなかったが、とりあえずムカついたのでセクハラで返した。



「エロ緑ッ!!」


ナミは目の端を少し赤く染めた。



少し・・・・可愛い・・・じゃねぇか・・・・。



ゾロは不覚にも思ってしまう。

「とにかくっ!精神的に苦痛を受けたのよ!ルフィは水曜と木曜には必ず居なくなるんだもん!
どれだけ心配してたか・・・。今日ようやく誘拐犯を見つけ出したってわけ!」

と言ってゾロを指差す。

「ルフィが勝手に来てんだっ・・・!って・・・お前猫の尾行をしたのか?」

ゾロはPX21をおろしながら呆れた口調で聞く。

「そうよっ!今日授業休講だったし、バイトも入れてなかったから・・・。
ルフィが毎週どこに行くか突き止めてやろうと思ってね」

ナミはルフィの今日一日の行動を事細かに説明しだした。



公園でよその猫とケンカして勝ったこと・・・。
肉屋でソーセージをもらってたこと・・・。
塀の上や路地裏を歩くので何度も見失いそうになったこと・・・。



「・・・・・・・・・・。」

ゾロはしばらくしてからナミをビシっと指差し、

「バカ決定っ!アジアのバカ王決定!おめでとう!」

と言って、ナミに握手を求めた。

「何よッ!愛人の癖にっ!さっ!慰謝料支払ってもらおうじゃないっ!」

ナミはその手をバシッとはらってすごむ。

「何が慰謝料だっ!反対に保育料もらいてぇくらいなんだぞっ!!飯食べさせてやってたんだからッ!」

ゾロも負けじと怒鳴った。何だっ!?このヤル気満々の女はぁ!?

「何が飯よっ!どうせご飯の上に鰹節乗っけただけの残飯でしょ!!」

「マグロの中落ち、ひらめの縁側!甘エビ!鯛の刺身!これのどこが残飯だっ!!」

ゾロはルフィの食べたメニューを羅列する。

「・・・まだまだあるぞぉ〜・・・」

「ちょ・・・ちょっと待ってよ!ルフィにそんないいもの食べさせてくれてたの?」

ナミは目をテンにして慌てて聞いた。

「そうだよっ!・・・・ってまぁバイト先の残り物だけど」

ゾロは答える。ナミはしばらく考えてからチラッとゾロの顔を見上げると囁くような声で尋ねた。

「・・・・もしかして・・・・今日も?」

「おぅ!近海本マグロ中トロ3人前っ!!」

ゾロは思わずVサインを前に突きつけて自慢げに暴露する。


あっ・・・これって術中にはまってねぇか?俺?


「イヤ〜ン!!それを早く言ってよっ!!」

ナミは目を『マグロ』にして身体をくねらせながら言った。

「??????」

ナミの豹変ぶりにゾロは後づさった。

「ねっ!ねっ!3人前ってことは、私とルフィとあんたの分あるってことよね!?」

「何で俺が一番最後なんだッ!!」

「男の癖に細かいこと気にしないのッ!!ほれ!家の鍵っ!!いつまで外で立たせておく気よ。40分も待ってたのよっ!」

ナミはそう言うとゾロの目の前に手の平を差し出す。
ゾロは思わず家の鍵をそのちっこい手の平の上に置いてしまう。

ナミはそれを受け取ってから彼の肩にいるルフィに「おいで」と手を差し出した。
ルフィは彼女の腕の中に飛び移る。

ナミは勝手にドアを開け、

「お邪魔しま〜す!」

と言いながらゾロより先に部屋に入った。

しかもドアを閉めた。


バタンッ!!


「おいっ!!」

ゾロはすかさず突っ込み、慌てて自分も部屋に入った。




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(2003.10.12)

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