グランドジパング平安草子〜邂逅篇〜  −1−
            

智弥 様




    序

 夏のある日、ルフィを筆頭にいつもの五人は、蛍狩りのために都の北にある山裾をめざして移動していた。
 かなりの距離があるため、ナミとサンジとウソップは牛車に乗り、ルフィとゾロは馬に乗っての移動となった。
 その移動の最中、話題になったのは、ゾロの陰陽生昇進についてだった。
 春先、昼の暖かな気温に反して、まだ夜風が冷たかった頃、五人揃って化け物退治に乗り出したことがあった。
 その時に、運が良かったのか悪かったのか、しっかりと化け物と遭遇。一目散に逃げ出したナミとサンジとウソップに、目を輝かせて対峙したルフィ。仕方なくナミたち三人を避難させたあと、ルフィに加勢したゾロ。
 いま思えば、おかしかったのだ。と、ゾロは眉間にしわを寄せる。
 ナミとウソップはともかく、あのサンジが自分の後ろに隠れるなど。本来なら、生来の負けん気を発揮してゾロと張り合うはずなのだ。それなのに、隠れた。あまりにも、ありえないことに、だ。
(その時点で気づけねぇとは、俺もまだまだ修行が足りねぇな)
 ゾロは自嘲する。
 おかげで、いままで余計な確執を生まぬようにと、ひた隠しにしてきた陰陽師としての力を、いかんなく発揮するはめになった。
 その後日、それとなく知らされた事実に、ゾロはうちひしがれることとなった。
 すべては、優秀な陰陽師を欲したルフィの父親と、いつまでも実力をみせない弟子に焦れた陰陽師の師匠が企んだことだった。
 その策略にナミを引きずり込み(絶対に、嬉々として自分から首を突っ込んだに違いない、とゾロは確信している)、サンジとウソップも巻き込んで、なにも知らないルフィの関心を上手く化け物退治へと向けさせれば、あとはすべて、たぬき二人の思うがまま。
 そして、ゾロはそれにきれいに嵌まり、気がつけば、あれよあれよという間に陰陽生へと引き上げられていた。
 その後、他の陰陽生たちからやっかみで、術やらなにやらを使用した陰湿ないじめを仕掛けられたのだが、「ばれちゃあしょうがない」とばかりに開き直ったゾロが、時に術による正攻法で、時に武力に訴え、時に本気でかけられた呪詛を軽く相手が死なない程度に打ち返しと、仕掛けられたものをことごとく、それも二倍にも三倍にも、あるいは四倍にもして返り討ちにしていったのは記憶に新しい。
 おかげで、いまでは喧嘩をふっかけてくる者もいなくなったのだが、ほかの陰陽生たちとは、一線を画してしまった気がするのも、否めない事実ではある。
 ゾロとしては、ただ外野も内野も、
「ぎゃあぎゃあぴぃぴぃ、うっとうしい!」
から追い払った、くらいの感覚なのだが、しかしそのために、陰陽寮の陰陽師たちからは、
『将来有望』
とのお墨付きをいただいてしまい、さらにたぬき二人の思惑に嵌まっていくゾロだった。
 策略を知らされたときは怒りもしたが、いつまでも隠しておけるものでもないことはわかっていた。あの時期が、ちょうど潮時だったのかもしれないな。と、ゾロは冷静に思い返す。
 さらに賑やかになった話し声に耳を傾ければ、いつのまにか、話は五人が出会ったときにまで遡っていた。
 ルフィたち幼馴染み組とゾロの出会いは、六年前だった。
 その頃のルフィはまだ元服する前で、ルフィと同い年のウソップは元服したばかり、二つ年上のサンジは出仕するようになって二年が経っていて、それなりに仕事をこなしていた。
 その頃、要職に就いている貴族の間で不可解な事故や死亡が相次いでいた。
 その時にルフィの父親の元を訪れたのが、当時屈指の実力を持つとされた陰陽師で、その陰陽師が供にと連れていたのが、十三歳にしてまだ元服していないゾロだった。


    壱

 時は六年前に遡る。

「おじ様!怪我をしたって本当なの?!」
 慌ただしく邸の主の私室を訪れ、怪我をした腕を見るなり息をのみ立ち尽くすナミに、主は困ったように苦笑すると、怪我をしていないほうの手で、おいでと手招きする。
 ナミはおとなしく、主の側へと腰を下ろす。そんなナミの頭を、招いた手で宥めるように優しく撫でる。
「元気がいいのはけっこうなんだがな。貴族の姫らしく、もうちょっとおしとやかにな」
「・・・貴族の姫なんかじゃないもん」
 慈しむような主の眼差しに、ナミはいたたまれなくなり、憮然と呟く。
 ナミは元々、裕福な家の娘だった。だが幼い頃に押し込み強盗に遭い家族も邸も失い、生き残ったのはナミと数人の使用人だけだった。
 これからどうやって、残った者たちと生きていこうかと、幼いながらも主人としての責任を果たそうと必死にナミが考え込んでいたその時、たまたま通り掛かったルフィの父親であるシャンクスに保護された。
 そしてそのまま生き残った使用人数人と共に、シャンクスの邸で嫡子のルフィと姉弟同然のように、それこそ貴族の姫のように何不自由なく暮らすこととなった。
 その頃からの付き合いで、すっかりルフィの言動や行動に、慣らされてしまった感は否めないが。
 シャンクスは上級貴族で摂関家の血筋なうえに、ルフィの母親は先帝の妹で、ルフィ自身、東宮の従兄弟に当たる。そして、父親のシャンクスはかなり重要な役職に就いているのだが、そんなものどこ吹く風、とばかりにルフィは自由奔放に育った。
(私がこうして生きていられるのは、シャンクスのおかげなのに・・・)
 そういえば、とナミは辺りを見回す。
「ルフィはどうしたの?自分の父親が怪我したっていうのに」
「ああ。あいつなら、すでに飛び出していったよ」
「え?」
「怪我させた犯人見つけて、殴ってやる〜!とか言って、止める隙もあればこそって感じだったな」
 その時の様子を思い出したのか、シャンクスは喉の奥でくつくつと笑った。ナミは容易にその状況が想像でき、眉間に手を当てため息をついた。
「あの、ばか・・・」
「まあ、あいつなりに心配してるってことだ。ただなぁ・・・」
「ただ、なに?」
 言い渋るシャンクスを怪訝そうに見るナミに、またひとつ苦笑をもらすと、続きを口にした。
「どんなに頑張っても、犯人は見つからないだろうなぁ、と思ってな」
「犯人は見つからない?どういうこと?」
「ま、すぐにわかるさ」
 そう言ってシャンクスは、話を打ち切った。
 そして、ナミがシャンクスの言葉の意味を知るのは、その二日後だった。
 これまでにもシャンクスのように、要職に就いている貴族が怪我をしたり、不可解な死を遂げたりということが相次いでいた。
 そのあまりの異常事態に、左大臣の命を受け、陰陽寮が事態の収拾に乗り出したのだ。
 怪我をしたり死亡した貴族の元に、調査のために陰陽師が訪れるようになった。
 もちろん、シャンクスの元にも、陰陽師は訪れた。一人の供を連れて。
「久しぶりだな、コウシロウ」
「はい。内大臣様もおかわりなく」
「これを見ても、そう言えるか?」
 シャンクスは怪我をした腕をひらひらと振ってみせた。
「怪我をなされてもそれだけお元気ならば、なにも問題ありますまい」
 優しげな微笑を浮かべながらも、さらっとこともなげに言ってくるコウシロウに、シャンクスも不敵に笑ってみせた。
「そっちの子は?見ない顔だな」
「はい、この子は私の弟子で、ゾロといいます。近々元服することになりましたので、ご挨拶を兼ねまして、今回連れて参りました」
「ゾロと申します」
 コウシロウに促され、ゾロは臥せていた顔を上げ、はっきりとした声で名を名乗る。
 その物怖じしない態度と意志の強そうな瞳に、シャンクスは楽しげな笑みを浮かべた。
「そうか、ゾロか。うちにも一人、元気のいいのがいる。ルフィといってな、俺の息子なんだが。あいつが気に入りそうだなぁ。なあ、コウシロウ?」
「はい。私もそう思いまして」
 言外に、ルフィへの謁見をにじませるコウシロウに、シャンクスは軽く頷くことで応える。
「おーい、ルフィはいるかぁ!」
 突然、貴族らしくない大声を張り上げるシャンクスに、ゾロは驚いたように目をしばたたかせた。
 しばらく間があって、廊からどたどたと足音が近づいてきた。
「呼んだかぁ〜、シャンクス!」
 そう言って、元気良く飛び込んできたのが、まだ元服前で前髪も初々しい童姿のルフィだった。
「おう、呼んだ。ゾロ、こいつが俺の息子のルフィな。ルフィ、そっちの奴な、いま来ている連中と一緒に庭でも案内してやれ」
 シャンクスがゾロを指し示すと、ルフィはゾロをじっと見つめる。ゾロもルフィから視線をそらさず、真っ正面から受け止める。
 不意にルフィが、にひゃっ、と笑顔をみせ、ゾロの腕を取ると勢いよく歩きだす。
「よし行こう!」
 いきなり腕を引かれ、立ち上がってすらいなかったゾロは、足をもつれさせながらも転ぶことなく、なんとかその動きについていった。
 ゾロは退室する間際に、シャンクスに対して会釈する律儀さを発揮して、ルフィに引きずられるようにして去っていった。その後ろ姿を、微笑ましく見送るシャンクスとコウシロウだった。
「元服、今年はなさらなかったんですね」
「まあな。あまりにも落ち着きがないからなぁ、あいつ。あと一年、様子をみようかと思ってな。あいつ自身、出世には興味ないだろうし」
「さようですか」
 苦笑しながら言うシャンクスに、コウシロウも穏やかに頷く。
「そういうおまえさんとこのゾロちゃんも、まだみたいだが?十三くらいだろ、あの子」
「ええ、まあ。こちらにも事情がありまして」
 シャンクスの問いに、今度はコウシロウが苦笑した。
 通常、貴族の子弟は十一歳から二十歳の間に元服をすませる。大概は十一歳になったらすぐに元服し、帝より冠位を賜って出仕、となる。
 後々の出世にも関係してくるので、元服は早いほうがいい。ゾロのように十三歳まで童姿、というほうが少ないのだ。
 そして、元服は大概正月に行われる。ルフィと同い年の幼馴染みも、今年の正月に元服し、すでに出仕している。
 ルフィは今年、正月を迎え、十一歳になった。だからこそ、コウシロウは「元服をしなかったのか」と、訊ねたのだ。
 だが、返ってきたシャンクスの言葉に得心がいった。確かに先程の様子では、親として心配だろう。
「ゾロの元服が遅れたのは、ゾロの実家がいろいろとごたついていまして、話がなかなか先にすすまなかったんです。なにせ、元服の儀は必ず当家で行う、と言って譲らなかったもので」
 コウシロウは苦笑しながらも、ゾロの元服が遅れた理由を述べる。
 コウシロウとしては、形は弟子とはいえ、すでに自分の息子とも思っているゾロの元服の儀を、コウシロウの家で行おうと思っていたのだが、愛情溢れるゾロの家族からどうしても、と押し切られてしまったのだった。
「実家、というと・・・ああ、先年だか、その前だかに代替わりした武官の縁者か、ゾロは」
「はい。今のご当主は、ゾロの兄君になります」
 なるほどなぁ、と納得したシャンクスは、半ばルフィに引きずられるようにして退出していったゾロの、驚いたような、困惑したような表情を思い出し微かに口許を緩めるが、すぐに表情を引き締め、ぽつりと問う。
「やはり星宿は、変わらないか?」
「はい。全ては、これからです」
「そうか、これからか・・・」
「はい。まだ、彼らは出会ったばかりですから」
「星宿が完全に定まるのは、いつになる?」
「おそらく、彼らが自らの星宿を悟り、受け入れた時かと」
「そうか・・・出来ることなら、そんな時がこなければいいんだがな。あいつらの為にも」
「そうですね。ですが、星宿さえも、変えていかれるほどの運気もお持ちですから。これからどうなるのか・・・」
「まあな。あれでよかったんだよな?」
「はい。彼は、私が唯一と定めた者ですから」
 そうかと頷き、二人の子供を思う。
(やっぱりルフィのやつ、気に入ったようだしなぁ。これから大変だぞ、ゾロ。頑張れよ)
 息子の、興味を引かれたものに対しての猪突猛進ぶりを思い出し、それに振り回されるであろうゾロへと、そっと激励を送るシャンクスだった。




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(2010.02.24)


 

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