グランドジパング平安草子〜邂逅篇〜  −2−
            

智弥 様




     弐

「俺はルフィだ。おまえは?」
「・・・ゾロ、です」
 ルフィに訊ねられ、いつもの口調で答えそうになり、ゾロは慌てて語尾を変える。
 基本的にゾロは、丁寧な言葉遣いを苦手としていた。話す相手の身分によっては、無口さを装うこともよくあるくらいには、苦手だった。
「ゾロかぁ〜。かっこいい名前だな」
「そう、ですか」
 貴族の嫡子とは思えないルフィの口調に、ゾロはついつられそうになる。が、そこはぐっと持ちこたえる。
 しばらく渡殿を歩き、ある部屋の前に来ると、ルフィは躊躇いもなく中へと入っていく。もちろん、しっかりとゾロの腕を掴んだままで。
「ナミ、サンジ、ウソップ。おもしろい奴連れてきたぞ〜」
 中にいたのは、裳着前で脇髪を頬の横で結んでいるナミとルフィの幼馴染みのウソップとサンジだった。
−これが、幼馴染み組との最初の出会いだった−
 ゾロは、ウソップとサンジの烏帽子に直衣という格好を見て、すでに二人が元服していることを知る。
 が、成人した男性がいくら裳着前とはいえ、女人の部屋に我が物顔で入り込んでいるのはいかがなものかと、顔には出さずにゾロは思う。しかし、当のナミが気にしていないようなので、そういう奴もいるんだろう、と自身を納得させた。一応、一般常識としてコウシロウの娘に教えられていただけなので、ゾロとしても、御簾越しに女房を挟んでのまどろっこしい会話、という面倒がなくていいという感覚しかない。
 サンジの父親とウソップの父親は、ルフィの父親と昔から懇意にしているため、四人はしょっちゅう一緒に遊んでいた。いや、今も現在進行形で遊んでいる。
 そして、本来なら出仕しているはずのサンジとウソップは、父の意向を請けて、シャンクスの見舞いに訪れていた。
「ルフィ、その人は?」
 ナミがゾロを見て首を傾げる。その様子がゾロからみても可愛らしく見えた。
「おう、ゾロだ。シャンクスが庭でも案内してやれってさ。ゾロ、こいつがナミで、そっちがサンジ、長っ鼻がウソップだ」
 ルフィの簡潔すぎる説明に、幼馴染み三人から苦笑がこぼれ、ルフィの指さししながらのゾロへの簡単すぎる各人の紹介に、さらに苦笑が深まる。ウソップだけは、「長っ鼻って紹介はねぇだろう」と抗議していたが、ルフィが聞いているわけもなかった。
 ゾロはいまだに放してもらえない腕に困惑しながらも、改めて名乗る。
「ゾロと申します。陰陽師のコウシロウの供として参りました」
「コウシロウ様の?もしかして、お弟子さん?」
「まあ、一応・・・」
「へえー、それはすげえ!」
「コウシロウは昔から、弟子をとらないことで有名な陰陽師なのになぁ」
 ゾロの答えに、ウソップとサンジが意外そうに言う。二人の口調も、貴族の子弟とは思えない軽いものだった。
「・・・たぶん、弟子をこれまでにとらなかったのは、お・・・じゃなくて、私を引き取ったからではないかと。師匠の邸は、師匠とその家人が生活するくらいの広さしかないので」
 ついつい出てしまいそうになる素の自分を押し込め、ゾロは言葉遣いに気をつけて話す。
「引き取った?」
 ゾロの言葉に疑問を感じたナミは、小首を傾げる。
「あ?ああ、おまえのその髪、当主が代替わりしたって武官の家の者か。確か、武官の名門なんだよな。先代の奥方様が、そいつと同じ緑髪だったって聞いてるし」
 そこでゾロの髪を見る四人。ゾロはその居心地の悪さに僅かに身じろぎし、顔をしかめる。
「なんでも内裏の女房をしていらしたとてもお美しい方で、髪の色とその容姿から『翡翠の君』と呼ばれ、求婚者が後を絶たなかったとか」
「へえー、そうなんだぁ」
 サンジは出仕するようになってから知った知識を披露する。
 その謙虚で聡明で美しい(この辺りはすでに、サンジの妄想という名の、そうであるに違いないという希望が多大に入っている)『翡翠の君』を射止めたのが、当時、内裏の警護をしていた先代当主(髭面のおやじだって聞いたぞ。と、悔しそうにサンジが喚く)で、その二人の相思相愛ぶりに、泣く泣く諦めた貴族が大勢いたという。
 その裏では、その武官の名門を敵に回してはならない、というのが、貴族の間では暗黙の了解としてあったらしい。
 その家は代々武官を多く輩出する家で、数々の武勲を挙げ、それに相応しい地位も名誉も与えられた家柄なのだ。
 家の者は幼い頃より、男女の関係なく武術を嗜み、成人する頃にはかなりの腕前になっているという。
 二年程前に前当主が病で亡くなったことで代替わりし、一年程前には帝に請われて、現当主の妹が護衛も兼ねて、内親王付きの女房として後宮に上がっている。というのが、サンジが知り得た情報だった。
 他人から見た自分の両親への風聞を、ゾロはなんとも言えない表情で聞いていた。
 確かに自分の母親はかつてはそう呼ばれていたし、今だに謙虚で聡明で美しく、なおかつ、武官家に相応しい豪胆さも持ち合わせている女性ではある。しかし、父は決して髭面ではなかったし、若い頃は美丈夫だった。と、今も母親に惚気られている。
「確かに私は、その家の者です。現当主は兄です。私も一応、当家の男子として剣術を嗜んでいます」
「へえー、強いのか?」
 ルフィが笑顔で訊ねる。ゾロは微かに、はにかんだように答える。
「・・・まあ、それなりに。大人数人と渡り合えるくらいには強いと、自負しています」
「ふえー!すげえな、ゾロは!あれ?でも、それならなんでだ?」
 そんな家に生まれ、剣術の才能もありながら、なぜゾロが陰陽師の元に弟子入りしているのか、ルフィたちは不思議に思った。
 もしかしたら理由を訊くことで気を悪くさせるかと思ったが、気になったことは解消しておきたい。互いに顔を見合わせ意見の一致をみると、代表してウソップが訊る。ゾロは特に気に障った風もなく、あっさりと答えてくれた。
「私は、なぜか生まれた時からいろいろ危険な目にあっていて、心配した両親がコウシロウ師匠に相談したら、陰陽師として修行すれば、危険を回避できるようになるからってことで、師匠の家で預かることになった・・・らしい、です」
 ゾロは自分が引き取られた経緯を簡単に説明する。
「そうなのかぁ。じゃあ、ゾロは陰陽師になるのか?」
「まあ、一応・・・」
「剣が強い陰陽師かぁ。かっこいいな〜、それ!」
 ルフィが無邪気に笑いながらそう言った。
 ふと、思案顔になったナミが、ゾロへと顔を向ける。
「ちょっと待って。どうして、コウシロウ様がいらしてるの?まさか、先日のシャンクス様のお怪我と何か関係があるの?」
「それを調べにきたんだが、判断するのは師匠の仕事なので」
「そう・・・」
 ナミは先日のシャンクスの言葉の意味を、ようやく理解した。
「犯人が見つからない」と言ったのは、ルフィでは見つけ出せない、という意味ではなく、最初から、シャンクスに怪我を負わせた人間はいなかった、という意味。つまり、シャンクスが負ったのは呪詛による怪我。だから、コウシロウが訪ねてきた。そうナミは推測した。
 だが、心配させまいとするシャンクスに、事の真偽を確認する訳にもいかず、ますます、もやもやとしたものを抱え込むはめになってしまったナミだった。
 ナミのそんな胸中に気づいているのかいないのか、ルフィは見る者をほっとさせるような笑顔で、ナミの頭を撫でてきた。それがまるで「大丈夫だ」と言われているようで、訳もなくナミは安心し、頷いた。
「そういやぁ、おまえ、今いくつだ?どうみても、ルフィやウソップより下ってことはないだろう?」
 唐突に、サンジがゾロへと訊ねる。それにゾロは口をへの字にすると、そっぽを向いて答える。
「・・・十三」
「十三!?俺と同い年じゃあねぇか。それで元服もまだなのかよ」
 サンジが鼻で笑うように言う。その馬鹿にしたような態度に、ゾロはむっとしたのか、眉間にしわがよる。
 が、何かを思いついたかのように、口許だけで笑うと、辛辣とも取れることを言い出した。
「ふんっ!元服したっていっても、頭悪そうに女の尻追っかけまわしてる奴より、まだましだろ!」
「なんだとー!」
「なんだ、図星かよ」
「俺は、追っかけまわしてるんじゃねぇ!口説いて回ってるんだっ!」
「・・・はあっ?!」
 てっきり、きつい否定の言葉が返ってくるものと思っていたゾロは、自分の予想の斜め上をいく返答に思わず素っ頓狂な声をだしてしまった。
 そんなゾロに満足したのか、サンジは胸を張って主張する。
「そこに女性がいるのに口説かないのは、女性に失礼だろうが!それが素敵な方々ならなおさらだ!!」
 サンジの大威張りの主張に、思わず口をあんぐりと開けて絶句しているゾロの肩を、ウソップが慰めるように叩いた。
「まあ、こいつはこういう奴なんだよ、昔っから。世にも珍しい究極の女尊男卑っつーか、女性至上主義っつーかなんつうか・・・まあ、なんだ、諦めろ」
 サンジを弁護してはいるが、完全に弁護しきれていないような曖昧さを残しながら、ウソップは最後に最善策を提示して締めくくった。
「なんだよ、そりゃ・・・」
「でも、よくわかったな。サンジが女好きだって」
「これでも一応、陰陽師の弟子なんで・・・」
 呆れたように答えるゾロに、さらにナミが追い打ちをかける。
「それがサンジ君だもの、しかたないわ。ま、おいおい慣れるわよ。これから長い付き合いになるんでしょうしね」
「長い付き合いって・・・俺は今日、たまたま師匠の供としてきただけで、もう来ることもないと思うぞ?」
「そう思ってるの、ゾロだけだと思うぞ」
 ウソップに親しげに名を呼ばれ、ゾロは僅かに目を見張ったが、すぐにウソップとナミ、さらに自己主張をやり終えたサンジが指さす方を怪訝そうに見やる。
 そこには不満丸出し顔でゾロを睨んでいるルフィがいた。それはまさに、子供が機嫌が悪くて拗ねてます、の図だった。
(・・・俺、なんかしたか?)
 自覚がないというのは恐ろしいもので、ある意味先程サンジに対してとった態度は身分の差を考えれば本来なら厳罰もので懲罰ものなのだが、ゾロにとっては自尊心を傷つけられたのだから、あれくらいの言動は許容範囲内だと思っている。
 しかし見る限り、それに対してルフィが怒っている訳ではないようだ。訳がわからず、ゾロはルフィに呼びかける。
「あの、若君?」
「ルフィ、だ」
「は?」
「若君なんて呼ぶな!それに、なんだよっ。サンジやウソップやナミには普通にしゃべるのに、俺には、たにんぎょうぎかよっ。それに!もう来ないとか言うしっ」
 一瞬何を言われたのかわからなかったゾロだったが、内容を理解した途端、吹き出しかけた。
「つ、つまり、なにか?俺がおまえに対してだけ他人行儀なのが嫌で、名前で呼んでもらえないのも嫌で、俺がもう来ないって言ったのも嫌で、それで拗ねてたのかよ」
 笑い出しそうなのを必死に堪え、ゾロは拗ねていた理由を確認する。ルフィはそれに、膨れっ面のまま答える。
「おう、そうだ!」
 当然のように返された答えに、ゾロはとうとう我慢できずに盛大に笑い出した。それにますます頬を膨らますルフィ。突然のゾロの大爆笑に驚いて、思わずまじまじと見つめるナミとサンジとウソップ。先程までは二年前に元服して出仕しているサンジよりも、妙に大人びた感じだったゾロが、今は幼さ全開で大口を開けて、なおかつ腹を抱えて笑っている。
 いつまでも笑いの発作が治まらないゾロに、ルフィがさらに不貞腐れる。
「いつまで笑ってんだよ!俺はっ」
「ああ、悪かった、ルフィ。おかしかったもんで、ついな」
 ルフィの言葉を遮り、笑い過ぎて目尻に溜まった涙を拭いながら、ゾロは素直に謝る。
「ゾロ?いま、何て言った?」
 ルフィがきょとんとしたようにゾロに聞き返す。
「ああ?名前で呼べって言ったのはおまえだろ。敬語も無しだっても言ったよな?」
 ゾロが今までの丁寧な言葉遣いを止めて、ぞんざいな口調で話すのに、
「言った!だから、もう来ないってのも無しだからな、ゾロ!」
と、ルフィは嬉しそうに満面の笑みで答えた。




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(2010.03.02)


 

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