グランドジパング平安草子〜邂逅篇〜 −3−
智弥 様
参
『よかったの?あんなに簡単な説明で』
「いいんだよ、あれくらいで。全部話す必要はないだろ」
『あなたがそう言うのならいいのだけれど』
突然、頭に直接響いてきた妙齢の女性の声に、ゾロは慌てることなく小声で返す。
『それにしても、よかったですねぇ。同年代のお友達ができて』
続いて響いてきた陽気な男の声に、わずかに呆れを含ませゾロは答える。
「友達なんてもんじゃないだろ、あいつらは」
(そのわりには、楽しそうだったわね)
と、内心で女性が突っ込みをいれるが、ゾロにそれを言うつもりはないので黙って会話の続きを待つ。
ルフィたちを『友達』と言われ満更でもない様子のゾロに、あえて男は訊ねる。
『では、なんでしょう?』
「貴族の子供と陰陽師の弟子。それ以外のなにもんでもないだろうが」
『でも、あのルフィって子。ずいぶんとゾロのこと気に入ったみたいだったぞ?』
「・・・」
素直じゃないゾロの予想通りの答えに、間髪入れずに響いてきたのは無邪気な子供のような声と、ひそやかな女性と男のくすくす笑う声。
「次から次へと・・・てめえら何なんだよ、いったい!」
眉間にしわをよせながらも、あくまでも小声で怒鳴る。それに返されたのは、明らかにからかいを含む女性の声。
『あら、忘れたの?コウシロウの式神よ』
『ついでに、ゾロさんの護衛も仰せつかっています』
『あ、俺はゾロの式だぞっ』
「・・・っんなこたぁ、わかってんだよ!何が言いてえのかはっきりしろって言ってんだよ!ロビン、ブルック、チョッパー!」
今度こそ青筋を浮かべんばかりのゾロに、さらに呑気な声とともに姿を現したのは、艶やかな黒髪の八頭身美女のロビンと、なぜか頭髪だけが豊かな骸骨姿のブルックと、角の生えたたぬきの異形のような姿だが実は馴鹿と人間の中間の姿をしたチョッパーの三人。
「短気はいけませんよ、短気は」
「短気には、小魚がいいっていうわね」
「それなら鰯がいいぞ、ゾロ」
善意なのかからかっているのか、どちらともつかない内容に、ゾロは深々と疲れたようにため息を吐いた。
「もう、いい・・・」
(この式神どもは、寄ると触ると人をおちょくりやがって!)
と、静かに怒りをたぎらせながらも、
(何を言っても、チョッパーはともかく、ロビンとブルックは聞きやしねぇ・・・)
と、どこか諦めている節のあるゾロだった。
ロビンとブルックは、末席とはいえ神に連なる存在で、遠い大陸で派生した神なのだが、文化や宗教が持ち込まれた時に共にこの国に渡り、現在はコウシロウの下に麾化して式神となっている。
彼ら式神は、通常人には見えない。しかし一部例外もいて、『見鬼の才』という人外の存在である妖や異形を視る力を持つ者には、彼らが見えていた。
が、神である彼らは、姿を隠す『隠形』や姿を現す『顕現』、力を強めて徒人にも姿を見せたりといった術を持っているため、彼らの気まぐれで見えたり見えなかったりと、様々でもあった。
そして、コウシロウの元で知り合い、なおかつ、幼い頃からの良き遊び相手から、『ずっと一緒にいられるから』という理由だけでゾロの式へと立場を変えたのがチョッパーだった。そのチョッパーは愛らしい外見にそぐわない通力の持ち主で、獣型・人獣型・人型と自分の意思で姿を変える事が出来るうえに、式神たちと同じように隠形も顕現も出来たりするという、ほぼ神に近い精霊だった。
彼らの姿が見え、声も聞こえるゾロには生れつき、その『見鬼の才』があった。この力はゾロの母方の血筋からきているものらしい。
ゾロの母方は、何代か前までは下級貴族ながらも陰陽師を生業としていたらしいのだが、陰陽師としての力を持つ者がいなくなり、母親が嫁いだのを最後に没落してしまった。母親にはその手の力は全くないが、何代か隔ててゾロへと受け継がれてしまったようだ。
しかし、その力は幼いゾロには強すぎて、何度も妖に襲われ命の危険にさらされてきた。
心配したゾロの親は、当時付き合いのあった陰陽師のコウシロウに相談したところ、
『無垢な心が悪いものに引きずられてしまう恐れがあるうえに、力を求める妖や異形に見つかって、取り込まれてしまうかもしれないから、早いうちにその力に対しての心構えを教えるか、力そのものを深く封じ込んでしまうしかない』
ということだった。そして、こうも続けたという。
『しかし、これだけの力を封じ込めてしまうのは些か残念ですので、よろしければ当家でお預かりしたいのですが』
と言われたらしい。
ゾロは三人兄弟の末っ子で、一番上の兄とは十三歳離れているし、姉とは十一歳離れている。家を継ぐのは兄と決まっていたし、なにより両親は年がいってから生まれた末っ子を、ことのほか可愛がっていた。だから、ゾロが無事に育つなら、とコウシロウの言葉に従い、三歳の着袴の日を待ってゾロをコウシロウの元に預けることになった。
それからは、様々な陰陽師としての知識や心構えを懇切丁寧に教えられ、気がつけば半人前とはいえ、いっぱしの陰陽師らしくなっていた。
という、いきさつがあったのだが、ゾロはその大部分を省略し、なおかつ、要点のみの簡素で簡潔な説明で終わらせたのだ。その裏には、ただ単に面倒臭いからという、いかにもゾロらしい理由もあった。
「ゾロ〜、なにしてんだよ。早く来いよ〜」
ゾロを呼ぶ、ルフィの元気な声が聞こえてくる。
ゾロは今、最初にシャンクスに言われた通りに、ルフィたち四人組に連れられて庭園を見るために移動中だった。
「ああ、今行く」
初めは言葉遣いに気をつけていたゾロだったが、ルフィに言われたこともあり、遠慮もなにもなく態度もぞんざいなものへと変化したが、四人も気にするふうもなくそれが当たり前のように接し、会話している。
ルフィたちのところへと足を速めたゾロだったが、ある地点で負の気を感じ、足を止める。
(今のはどこから・・・?)
急に辺りを見回すゾロに、ルフィたちは訝しげに近づき声をかけた。
「ゾロ?どうかしたか?」
ルフィが声をかけるが、ゾロはそれには答えず、何かを探すように視線を走らせる。
だが、ゾロは不意にある一点を凝視し、なにやら小声で呟くと、ルフィへと向き直る。
「ルフィ。ちょっとあれ、見せてもらってもいいか?」
「ん〜?・・・いいぞ」
ゾロが指さす物をルフィも見つめ、軽く首を傾げたのち頷いた。
「なにかあるのか?」
「まあ・・・なにも無ければ、それに越したことはないんだけどな。なにも無ければ、後でちゃんと謝るから」
そんなことを言っているにも関わらず、ゾロの態度は何かあると言っているも同然だった。
「これは、誰に贈られてきた物なんだ?」
そう言ってゾロが近づいたのは、絹織物が詰められた小櫃だった。その小櫃の蓋を開け、しばらく中を漁っていたゾロだったが、そのうちの一番下から織物を手に取った。その布は上質の絹で、風合いの落ち着いた趣味のよいものだった。おそらくはシャンクスへと贈られた物だろう、とゾロは推測したが、念のためルフィへと確認しておく。
「それは、確か五日ほど前に、シャンクス様に贈られた物よ」
首を捻るルフィに代わり、ゾロの問いに答えたのはナミだった。
「誰からか、わかるか?」
「さあ?そこまでは私じゃわからないわ。ただ、贈り物にしてはこれといった理由も思い当たらないから、そこに置いておいたみたいよ」
「そうか。そりゃあ、正解だったな。これは−−呪物だ」
ゾロの語気に険しさがにじむ。それに、ナミ、サンジ、ウソップがはっとして顔を見合わせた。
「呪詛か」
「やっぱり、そうだったんか〜。な?手ぇ出さなくてよかっただろ」
ただルフィだけが、得意そうに頷いている。
「おまえ・・・これに呪物が入ってるって、知ってたのか?」
「ばかだなぁ、ゾロは。俺がんなこと知ってるわけねぇだろ」
「じゃ、なんで・・・」
あっけらかんと言うルフィに、ゾロは思わず殴りつけたい衝動に駆られるが、そこはぐっと押さえて訊ねる。
「あのな。なんか嫌な感じがしたんだ。近づきたくねぇなって思ったから、そうシャンクスに言ってみた」
そしたら、この部屋に置いてくれたんだ。とルフィが説明する。あまりにも当たり前のように言うルフィを、ゾロは半ば感嘆したように見ていた。
そこへ、コウシロウを伴ってシャンクスがやって来た。先程ゾロがコウシロウを呼んでくるように、ロビンへと頼んでいたのだ。
ゾロはすぐさまコウシロウの元へと呪物を持っていく。
「これは・・・」
コウシロウは織物を広げると、眉間にしわを寄せた。そしてシャンクスに人払いを申し出る。シャンクスはそれに頷くと、渋るルフィたちに有無を言わさず、一番端に位置する西対屋へと追いやった。
そうして戻って来ないことを確認すると、コウシロウに先を促す。コウシロウはシャンクスを見て、苦いものを含んだような顔をした。
「・・・血染めの紐です」
呪物だとわかっていたゾロだったが、無意識に身を引いていた。そういう悪意や怨念というのは、わかっていても気分が悪いものだ。
「人間のものなのか、動物のものなのかはわかりませんが、血染めの紐を芯にしたこの織物を、気づかずに縫い上げていたら大変なことになっていましたよ」
「そうか・・・」
シャンクスも些か表情を強張らせている。
「陰陽頭に奏上して、早急に浄化を施し、処分いたします」
コウシロウがゾロに言って、持参していた古い麻布で織物を包ませる。織物から漂い出る負の気を、それで遮断する為だ。
呪詛を行っている者がいる以上、上層部に報告するのが陰陽寮に所属する役人の義務だ。
そして、ここに来るまでに調べた貴族たちを取り巻いていた負の気と、血染めの紐にこめられていた怨念は、念の色が同じだった。このたびの一連の事件は、同一人物による呪詛によるものだと考えて間違いないだろう。
「そうなんだろうがなぁ。それ、こっそり処分するわけにはいかないか?」
「・・・ことを荒立てたくないと?」
「いや、その逆」
「と、言いますと?」
コウシロウが真意を測りかねていると、シャンクスがひとの悪い笑みを浮かべる。
「まあ、ちょっとお仕置きを、な」
そこでようやくコウシロウは、シャンクスの言いたいことに気づいた。
つまり、呪詛を返せ、と言っているのだ。確かに、コウシロウならば涼しい顔で返せてしまう程度の呪詛だ。怨念は本物だが、術者の霊力はそれほど強くはないようだ。
そして、返された呪詛は、術者を殺す。そうなれば、呪詛を依頼した者は追い詰められる。それを持って、罰としようというのだろう。
「・・・おひとが悪い」
コウシロウの苦笑混じりの呟きに、確かに、とゾロも頷く。
相手がわからないのなら、式を飛ばして呪詛を行っている者のところまで案内させればいい。相手が関わった物がもっとも有効だから、コウシロウならおそらく、この血染めの紐を式にするくらいの芸当は涼しい顔でやってのける。案内させたあと、いくらでも制裁を加えればいいのではないかと、ゾロは思う。
コウシロウは軽く息を吐くと、シャンクスに願い出て弓矢を用意させる。そして、血染めの紐を鏃に結びつける。そしてあろうことか、それをゾロへと渡したのだ。
「ゾロ君。呪詛返しはわかりますね」
「はっ?え、あの・・・俺がやるんですか?」
「はい、お願いします。私では相手を殺してしまいかねませんので」
「でも、呪詛返しって・・・」
なかなか決心がつかないゾロに、コウシロウは囁く。
「大丈夫ですよ。この術者は相当、頭のきれる方のようです。なにかしらの防衛策は用意してあると思います」
「それって!」
師匠の言葉にはっと、ゾロは目を瞠ったが、すぐに、
「わかりました」
と毅然と頷くと、弓を構え空へと向けて弦を引き絞る。精神を統一すると、子供とは思えない静かな凛とした声で呪文を唱える。
「音もなく姿も見えぬ呪詛神、心ばかりに負ふてかえれよ」
唱え終わると同時に、矢を天空に放つ。
矢はまっすぐに、空へと吸い込まれていった。
←2へ 4へ→
(2010.03.02)