グランドジパング平安草子〜邂逅篇〜 −4−
智弥 様
四
ある貴族の邸に、その術者はいた。
「おまえが、呪詛をかけた術者か?」
ゾロが静かに、だがしっかりと相手を見据え訊ねる。
「よくここがわかったな。では、この『還し矢』はおまえか?」
「ああ、そうだ。よく無事だったな」
「これのおかげでね」
男は酷薄な笑みを浮かべ、手にしたものを見せつけるように振る。
「やっぱり人形を用意してたのか」
「そういうことだ。おまえがまだ未熟者で、こちらは助かったよ」
ちらりと、空を飛んでいる鳥の形をした式を見やり、勝ち誇ったような嘲笑を浮かべて男が手にしているものは、ゾロがシャンクス邸で放った呪詛返しの矢と、それが貫通した紙の人形だった。
コウシロウの予想通り、相手は呪詛が返るのを前提として、一連の事件を行っていたようだ。
わかってはいたが、自分の実力不足を見せつけられたような感じがして悔しげに口元を引き締めるゾロの肩を、苛立だしげに後ろへと引くものがいた。
「てめえばっかりわかってんじゃねえよ!」
「説明しろ、説明!」
「そうだそうだ!」
緊迫しかけた空気をものともせず、ぎゃあぎゃあ喚きだしたのは、なぜかこの場までついて来たルフィ、サンジ、ウソップの三人。
「なんでいるんだよ、おまえら・・・」
思わず頭痛を覚え、肩を落とすゾロに、ルフィが堂々と胸を張って答える。
「シャンクスに怪我させた奴をぶっ飛ばす!だからついて来たんだ!」
「俺だって、ナミさんを悲しませた野郎を野放しにしとく気はねぇ!」
「おおお、俺は・・・『この場所にいてはいけない病』が!ということで、俺はひと足先に帰る!」
「させるかよっ!」
踵を返そうとしたウソップを、ルフィとサンジががっちりと確保した。
三人の言い分に、ゾロはさらに眉間にしわを寄せる。
ルフィとサンジは、術者を自分の手で倒す気でいて、ウソップは逃げ遅れて二人に巻き込まれた形か、とゾロは推測するが、おそらくそれが、はずれてもいないことを確信してもいた。
(ウソップ・・・不憫なやつ)
心の中で合掌するも、ゾロにウソップを助ける気はさらさらなく、このまま頑張って二人を連れ帰ってくれないかなぁ、とも思っていた。が、やはり軍配はルフィとサンジに上がったようだった。
そしてゾロは、さきほどの問いに答えさせられる。
「つまりだな、あの人形は術者の身代わりだ。人形に息を吹きかけるなり、髪でも爪でも身体の一部を入れ込むなりして自分の分身みたいなのを作って、それに呪詛返しの肩代わりをさせたんだよ」
「へええ。それで?」
「師匠くらいの陰陽師なら、なんらかの影響くらいは術者にも出たんだろうけど、俺にはまだ・・・」
「でもよ。身代わりでも矢が還って刺さってんだから、ゾロはやっぱりすげえんだよ!」
どこまでも明るいルフィの言葉に、ゾロの気持ちもいくらか浮上する。
「そうだな・・・」
ルフィに苦笑を返して、ゾロは術者を見やる。
いつのまにか術者の後ろには、邸の従者とおぼしき男たちが手に手に得物を引っ提げて、ゾロたちに明らかな敵意を向けていた。
曲者どもを睥睨していたゾロは、そのほかにも、徒人の目には映らない亡霊・悪鬼の姿まで見つけてしまい思わず身を引いた。だが、すぐ後ろにいたルフィに軽くぶつかり、なんとか踏み止まる。
「なあ、ゾロ?」
「・・・なんだ、ルフィ?」
ばつが悪そうにルフィに応えるゾロだったが、ルフィはゾロが後退りしたことに気づいた様子はなく、ただ前を見ていた。
「もしかして・・・あいつらの他に、なんかいるか?」
「・・・どうして、そう思うんだ?」
まさか、見えているのかと、ゾロが訝しげにルフィに訊ねるが、返ってきたのは、なんとも要領を得ないものだった。
「う〜ん?なんかよぉ、こう、背中というか、首んとこがよ、むずむずっつーか、ざわざわっ、ぞわぞわって感じがすんだよなあ」
「ざわざわ、ぞわぞわって・・・」
「こういうときは、近くに良くないものがいるから、すぐに逃げろって、コウシロウに言われたことがあるんだ」
「良くないものって?」
「ぼーれーとか、おんりょーとか、あとは・・・ばけものとかだ!」
明るく答えるルフィの言葉に、ウソップが「恐えこと言うなよ!」と震える声で喚き、サンジは平静を装ってはいたがあちこち忙しなく見回していた。
「・・・ああ、なるほどな」
どうやらルフィは、そういう勘が鋭い性質らしい。だが、だからといって、当然、何かが出来るわけでもない。さて、どうしたもんかなあ、とゾロが考えていると、
「ゾロ?」
なかなか返答しないゾロに焦れたのか、ルフィが顔を覗き込んでくる。それに苦笑を返して、ゾロは安心させるように言った。
「べつに気にすんなよ。とくに、なにかがいるってわけじゃない」
「ん〜、でもなぁ」
「武者震いってやつじゃないのか」
「・・・おお!これがそうか!」
こんなに単純でいいのか、と思うくらい、ルフィはあっさりと納得した。納得しきれていないのは、サンジとウソップだった。
二人は声をひそめて訊いてくる。
「おい、ほんとーに、なんにもいないんだろうな?」
「見習いとはいえ、一応陰陽師の言葉が信じられないのか?」
「見習いだからだろうが」
「・・・ああ、そうか」
「な、なんだよ」
口ごもる二人に、ゾロはひとの悪い笑みを浮かべ、ずばっと核心をつく。
「怖いんだろ」
「・・・・・・っ!」
一瞬の絶句ののち、顔を真っ赤にしてまくしたてるように声を発するサンジと、
「っな!んなっ、んなわけねえだろう!」
「こここ、怖いにきまってんだろ!」
顔を真っ青にして訴えるウソップ。
「めちゃくちゃどもってるし。図星か」
予想通りの反応をする二人を呆れたように見る。
「まあ、とにかくそっちの心配はしなくていい。不安なら、いますぐこの場でお祓いでもするか?」
「いや、そこまで言うんなら、信用しとく」
「おう、そうしとけ」
ようやく納得したのか、二人は男たちに視線を戻した。
ゾロたちの会話が終わるのを待っていたかのように、頭に直接声が響いてくる。
『あれらは、私たちにお任せを』
『余計な観客は増えてしまったけれど、ゾロは当初の目的を果たしなさいな』
式神二人に言われ、『余計な観客』がルフィたちを指すのか、従者連中を言うのか、それともその両方なのか定かではないが、ここはおとなしく従っておこうと、ゾロは微かに頷いた。
『あう!そうだぜ。俺様がいれば、あんくらいの悪鬼亡霊どもなんざひとひねりよ』
いつもの式神たちとはまた違う男の声に、ゾロは思わず呟いた。
「いたのか、フランキー」
『いたのか、とはずいぶんな挨拶だなぁ、ゾロ坊。コウシロウが気をきかせて、おまえの側によこしたってのによ』
「ゾロ坊言うな・・・悪かった、よろしく頼む」
『おう!任せろ』
ゾロはフランキーの返答に、ルフィたちに気づかれない程度に苦笑をもらす。
フランキーはコウシロウの式神の一人で、ロビンとブルックと同じ、遥か西の大陸で派生した神だ。見た目は『変態中年親父』なのだが、式神たちのなかで唯一、法具や武器などの無機物を造りだす能力を持っている。そのうえ腕っ節も強く、自ら造りだした武器を使用して戦うこともある。その能力のためなのか、なぜか建築物の造詣についても深い。コウシロウの邸の至る所にある凝った意匠は、全てフランキーの手によるものだったりする。
式神が三人揃っているのなら悪鬼亡霊たち、ついでにルフィたち三人は任せて大丈夫だと判断して、ゾロは自分の仕事に集中することにした。
時は一刻ほど遡り、ゾロが『還し矢』を行って半刻過ぎた頃、シャンクス邸に再び、呪物が送られてきた。
今回届けられた呪物は、小柄で刺し殺された蛇の死骸の入った甕だった。しかもご丁寧に、「怨」の一文字が血で記された料紙ごと刺し貫かれた蛇は、甕の底で不恰好にとぐろを巻いていた。蓋を開けてそれを見たゾロは、恐れおののく雑色たちを尻目に庭まで運びコウシロウに知らせた。
それにより、術者が無事であることがわかり、さらに厄介な事態になることが懸念された。
そのため、コウシロウが改めて呪詛返しを行い、その間にゾロが、コウシロウが放った式を使って術者を見つけだし、時間に猶予があれば、術者から今回の騒ぎのあらましなどを聞き出す。という方針が取られた。
秘密裏に行う、ということで、離れた対屋にいるルフィたちには何も話さずに来たのだが、どこで感ずいたのか、いつのまにかゾロの後を追いかけてきていた。これもおそらくは、ルフィの勘、もしくは本能の為せるわざかと、思わず感心しそうになった。それについて来たサンジとウソップも、呆れるほどの付き合いの良さだ。
だがそれにより、相手が有利にこそなれ、こちらの動きが制限されるとは考えなかったのだろうか。と思うも、考えもしなかったんだろうなぁ、とわずかな時間しか接していないにも係わらずゾロにはわかってしまった。
そして踏み込んだ先が、ある貴族の邸だった。押し止める雑色を振り払い無理矢理入り込んだのだが、果たして術者はゾロたちを待ち構えていた。しかも、呪詛の気配に引きずられた亡霊たちまで集まっているときた。
「ひとつ聞くが、今回の呪詛はおまえの独断か?それとも、ここの邸の者に依頼されたのか?」
大人数に囲まれているというのに動じることなく振る舞うゾロに、鼻白んだように術者が口を開く。
「そうだな、教えておいてやろう。たしかに今回の一連の呪詛は、依頼されたものだ。おかげで稼がせてもらったよ」
「・・・依頼主はここの主か?それとも」
「それは、そちらのほうが良く知っているんじゃないのか」
「・・・そうか。どうやら、こちらの読みは当たっていたようだな」
ゾロはそっと目を伏せ笑った。
男の言葉は、はからずもシャンクスとコウシロウの推測を肯定するものだった。そして、そこまで語ったからには、ゾロたちをおとなしく帰す気はないということだ。本当に、悪党の思考というのはわかりやすい。
だがその分、遠慮も手加減もいらないから、こちらとしては気が楽というものだ。
「おい、ルフィ」
「ん、なんだ?」
目を輝かせて身構えているルフィへと、ゾロは声をかける。
「おまえら放っておいても大丈夫か?」
「おう、大丈夫だぞ。俺もサンジも強いぞ」
「・・・ウソップは?」
でてこなかった最後の一人について不安を覚えるゾロ。
「ウソップはなぁ、喧嘩は弱いけど、逃げ足は速いぞ。あと、弓の腕はたしかだぞ。百発百中だ」
「・・・・・・ウソップは一応、後ろに下がらせとけ。人質にでもされたら面倒だからな」
「うん、そだな」
ルフィは素直に頷き、ウソップにそれを伝える。ウソップもそれはわかっていたのか、そそくさとゾロたちから距離をとり庭の木と塀の間へと身を隠した。そして。
「よ、よ〜し、行け、ルフィ!援護はまかせろ!」
「おい!隠れてる奴が言う台詞かよ!」
律儀に突っ込んでから、ゾロはそっと隠形しているロビンがいる辺りへと目配せする。それに応える気配がして、ウソップの方へとロビンの神気が移動するのがわかった。
「しかし、こちらにとっては好都合。狙いの貴族の子息が、わざわざ出向いて来るとはね。しかも、お供は宮廷陰陽師の半人前の弟子ただ一人とは。ますますこちらにとっては好都合だ」
ゾロは剣呑に目を細めた。
「それはあれか?さっさと身を引いて、ついでにこいつらをおまえらに引き渡せとか、そんなところか?」
言うことを聞かぬなら、体に言い聞かせてやる、といったところだろう。
「ほう、元服前の餓鬼にしては頭が回るようだな。おまえがおとなしく引き下がれば、悪いようにはしない」
どうしてこうも悪党というのは、こちらの予想通りのことを言うのだろうか。と、男の言い分に、ゾロが一瞬呆れたような目をする。
それを男は、正確にゾロの言い分を読み取り、怒りで眉を吊り上げたと思ったら、周りを取り囲む男たちに合図を送る。男たちは丸腰のゾロたちを、それぞれの得物を構えてぎらぎらとした目で見据え、笑った。
←3へ 5へ→
(2010.03.29)