グランドジパング平安草子〜邂逅篇〜  −5−
            

智弥 様




       五

 最初に斬りかかって来た男を髪一筋でかわしたゾロは、相手の鳩尾に膝頭を叩き込んだ。ぐっと呻いて体をくの字に折り曲げた男の背中に、容赦のない肘落としをお見舞いし、とどめとばかりに首の辺りに回し蹴りを食らわせる。
 もんどりうって転がっていく男が取り落とした太刀を拾い上げ、左の袖を捲り上げたゾロは、不敵に笑って一同を見渡した。
 ゾロが斬りかかられると同時に、ルフィとサンジも襲いかかられていた。ルフィは前方の男と一気に間合いを詰めると、その鳩尾に拳を叩き込んだ。相手は子供と油断していた男は予想だにしなかった攻撃をもろに食らって、堪えきれずにうずくまりかけた。そのうなじにルフィはさらに手刀を叩き込み、完全に地に沈める。サンジは跳躍しながらの回蹴りを襲いかかって来た男の頬に、さらに胸にと、二段蹴りを炸裂させた。蹴りを食らって倒れた男は泡を吹いて、起き上がろうとしなかった。
 ほぼ同時に男たちを昏倒させた二人は、顔を見合わせ笑いあうと、ぐっと互いに親指を立てた。
 ちらりと見ただけだったが、ルフィの拳は十一の子供とは思えないほど正確に相手の急所を捉えていたし、サンジの放つ蹴りは強靭かつしなやかで体格の勝る相手の男を吹っ飛ばしていた。これなら大丈夫か、ともしもの時のことを考えていたゾロは肩の荷がおりたような気がした。
 悪鬼亡霊たちもつられたように同時に動き出していたが、そちらは神気をわずかに強め顕現したブルックが、いつも手にしている杖に仕込んでいた細身の剣で一度に数体を斬り捨て、同じく顕現したフランキーは鎖のついた鉄球を振り回すことで上空にいたものを打ち払っていた。しかしそれは、この場にいる者たちの目には映らないのだなと、ゾロは妙に感慨深げに思った。
 思わぬ反撃を受けた従者たちは一瞬色めき立ったが、数では圧倒的に有利だと思い出して士気を持ち直す。
「無駄な足掻きをすると、痛い目を見るぞ!」
 従者が脅迫してくるが、ゾロは手にした太刀を肩に担ぐようにして目をすがめた。
「世の中には、こけ脅しというものがあるんだが、知ってるか?」
「小童風情が大口を・・・!」
 ゾロの挑発に乗り、太刀を振り上げた男たちが一歩を踏み出そうとしたとき、鋭利な音が響き、男たちの足元に一本の矢が突き立った。
「なに!?」
 視線を向けると、いつのまにか十丈ばかり離れた場所で、弓を引き絞ったウソップが鏃を従者に据えていた。
 どうやら術者や従者たちがゾロたちに気を取られているうちに邸に入り込み、弓を失敬してきたらしい。小心なのか大胆なのか、よくわからない奴だなとゾロは感嘆した。
「お、俺だって、やるときゃやるんだ!」
 気合いもろとも放たれた矢が、従者の耳元すれすれを掠めていった。従者はウソップをぎっと睨み、彼が震える手で次の矢を番える隙にゾロめがけて駆け出した。
「たかが宮廷陰陽師の見習いがぁ!」
 陰陽師といえば文官だ。さらにその見習いであれば、武芸の心得があろうはずもない。対する従者は主の警護をする者であるので、それなりに腕に覚えがあったようだ。だがそれは、ゾロには通用しない。
「たかがいうな!」
 ゾロの太刀が鮮やかに一閃し、従者の太刀を撥ね飛ばす。峰で手首をしたたかに打たれて思わずうずくまる従者の首許に刃を当て、ゾロは低く唸った。
「文官がいなけりゃ政が立ち行かないことくらい、俺だって知ってる。そのなんでも力でねじ伏せれば思い通りに運ぶと考える、愚劣極まりない頭に叩き込んでおけ。文官だからって馬鹿にするな」
 ゾロの剣捌きと長台詞に、再び襲ってきた男たちをぶちのめしながらルフィは「すげえ!」と素直に感激し、サンジは相手を蹴散らしながら感心したように品のない口笛を吹き鳴らした。
 その間にもゾロの動きは止まらない。
 ふいと太刀を引き、背後に回り込んでいた男の切っ先を弾き返す。その脇腹に、返した太刀の峰を渾身の力で叩き込んでやると、呻いたきり崩れ落ちた男は動かなくなった。
 続いての攻撃は、ゾロに届く前にウソップの弓に阻まれている。腕に突き立った矢を悲鳴を上げながら抜こうとしている男を、サンジが容赦なく蹴り倒した。
 相手は貴族の子供が三人と見習いの子供が一人と、たかをくくっていた従者たちはだんだんと追い詰められていった。
 ルフィの拳で、サンジの蹴りで、ウソップの弓で、そしてゾロの剣でひとり、またひとりと倒されていく。
 ここまでくると、従者たちは戦意をくじかれて、子供相手に一斉に逃げ出していく。その背に向けて、ルフィは怒鳴った。
「おい!こいつら邪魔だから連れてけよ!」
 だが、戻ってくる気はないようだった。地に打ち伏して唸っている十数名の男たちを見下ろして、ゾロはどうしたものかと思案した。しかし、どうせこの邸の従者たちなのだから、このまま転がしておくか、と思い直す。
 そんなゾロの許に、ルフィとサンジとウソップが駆け寄ってきた。開口一番、ウソップが訊いてくる。
「怪我ないか!?」
「ああ、ねえよ。それよりもおまえ、それどうしたんだよ」
 サンジがウソップに訊ねると、ウソップは照れ臭そうに、でも胸を張って笑った。
「援護はまかせろって言ったろ。いやあ、あいつらの後ろにこれがあるのが見えたからよ。気づかれないように拝借してきたってわけよ。おまえらの足、引っ張るわけにもいかないと思ってよ」
 ウソップが弓を失敬した行為自体は褒められたものではないが、彼らの中では、いたいけな子供相手に大勢で襲いかかって来た相手の行為はそれ以上に卑劣なので、まったく問題にはならなかった。
 ウソップの言葉に、ロビンが一瞬だけ顕現し、意味ありげに微笑んでみせた。それにより、ウソップが失敬した弓は、ひそかにロビンが持ち出して見える位置に、そして取りに行き易い場所に置いたものだと知れた。
 ウソップがそれに気づいたとしても、取りに行くだけの度胸があるのか賭けに等しかったにちがいない。ウソップが自分でも言っていたように、やるときはやる男でよかったと思う。
 それにしても、とゾロは改めて打ち伏している男たちを見る。
 その何人かのそこかしこには、急所を見事にはずして矢が突き立っている。敵味方入り乱れてのやり取りの最中に、味方と敵を見分け、相手の急所をはずして矢を射かけられるのはよほどの腕がないと出来ないことではないのか。第一、下手な奴なら、まず当たりもしないだろうし、自分たちも危うい。ルフィがウソップの腕をして百発百中と評したときには言い過ぎだろう、と思ったが、これなら頷けるというものだ。
「あ!そういや、あいつどこ行った!?」
 ひとしきりゾロの剣技について盛り上がっていたが、ルフィのひと言でゾロたちは術者の存在を思い出す。辺りを見回したが、すでに術者は乱戦のあいだに立ち去っていたようだ。
 ちっと舌打ちしたゾロは目線をあげた。
 呪詛の気配に引き寄せられていた亡霊や悪鬼たちは、ブルックとフランキーによって一掃され、漂っていた負の気もいつのまにか浄化されていた。
 ふいに、空から透き通ったものが飛来して、邸の中に吸い込まれた。それを見たゾロの目が険を帯びる。
「おまえらはここにいろ」
「えっ?あ、おい、ゾロ!?」
 何事かと問うてくるルフィたちをその場に残し、ゾロは邸の中に押し入ると、邸の主か子弟と思われる青年ががたがた震えてうずくまっていた。
「おい、術者はどこだ」
 ぞんざいに問うと、もはや声も出ないらしく、震える指で奥を指し示した。
 すると、彼方から凄まじい絶叫とともに、獣の咆哮が轟いた。ゾロは剣呑な目でそちらを睨むと、駆け出した。
「いざとなったら、頼む!」
『承知』
 一番端に位置する対屋に踏み込むと、術者が白い妖に襲いかかられてもがいていた。
 妻戸のところで立ち止まったゾロは、うんざりした様子で息をついた。
「制しきれない式なんて放つから、こういうことになるんだ」
 どうやらこの術者は、質より量で勝負をかけていたようだ。シャンクス邸に送りつけてきた甕のほかにも、あらかじめ獣を式として使ったものを仕掛けていたのだろ。それがおそらくコウシロウの呪詛返しに反応し妖となって現れたが、見事返されて術者へと襲いかかったのだろう、と当たりをつけた。
 または、別な場所でほぼ同時刻に呪詛返しが行われ、そちらに仕掛けておいた獣の式が返ってきたかのどちらかだろう。
 呪詛返しに対しては用意周到だった術者だが、獣を式に下すには力不足だった
ということか。
 獣の咆哮が響く。返された呪詛は、術者を殺す。
 この術者が死ねば、シャンクスの目論み通りに、呪詛を依頼したあの青年は追い詰められる。それは自業自得なので構わないのだが、術者にこのまま目の前で死なれるのはゾロとしては寝覚めが悪い。
「まったく、家柄だけの貴族の子弟ってのはろくでもないよなぁ」
 口端を歪めて笑うゾロに、術者から標的を切り替えた妖が、長い牙を剥いて飛びかかってきた。
 風圧が頬を叩く。だがゾロは微動だにしない。
 妖の爪が鼻先まで迫ってきた刹那、突如として発生した不可視の壁が妖を弾き返した。
 ばしっと音を立てて弾かれた妖は、形勢不利と悟ったのか、そのまま蔀を破って逃げ出そうとした。
「逃がすな」
 ゾロの声にフランキーが動く。
「獣の成れの果てが、いつまでもうろついていちゃいけねえな」
 大きく息を吸うと、フランキーは口から火を吐き出す。炎は蛇のように伸び上がり、大きくうねりながら妖に襲いかかり巻きついた。魂だけの、実体を持たない妖だ。拘束されるだけで燃え上がることはない。
「ブルック、大丈夫だ、下がれ」
 太刀を構えていたブルックに指示し、ゾロは印を組んだ。
「オン、アビラウンキャン、シャラクタン!」
 しゃにむに暴れていた妖が、真言の呪力で硬直する。
「ナウマクサンマンダ、バサラダン、カン!」
 ふたつ目の真言で、妖の全身に無数の亀裂が生じた。ゾロは刀印を構えると、勢いよく振り上げて一気に叩き落とした。
「降伏!」
 炎とともに、妖の体が木っ端微塵に砕けて四散する。完全に気配が消えたのを確認して、ゾロは一息ついた。
 そして失神している術者を見下ろして嘆息した。
「まったく、後始末が大変じゃねえか」
 それからゾロは、フランキーとブルックの間の空間を見てにやりと笑った。
「ありがとな、ロビン」
『いえ、どういたしまして。私はこのまま、コウシロウに事の次第を報告しに戻るわね』
 隠形したままロビンは答え、神気が遠ざかっていった。
 失神している男は大方民間陰陽師のひとりだろう。大口を叩いていたのはどっちだか。
「自信満々だったわりには、詰めが甘かったよなぁ、こいつ。もう少し使える術者がいるだろうによ」
 もっとも、使える術者が手を貸していたら、もっと厄介な事態になっていた可能性が高いのだが。
「い、いったい、なにが・・・!?」
 妻戸の向こう側から、さきほどの青年のものとおぼしき狼狽しきった声がする。ゾロは視線を向けることなく、どすの利いた声を発する。
「今度こんな馬鹿げたことをしやがったら、次はないと思え」
 妻戸の向こう側で引きつったような悲鳴を上げて、立ち止まった気配がした。震える声で誰何の声が上がる。
「お、おまえは何者なのだ!?」
「陰陽師コウシロウの唯一の弟子にして、最強の武官の家に連なる者だ」
 凛とした声で告げられ、先の警告といま言われた内容の重大性に気づき、青年は悲鳴を上げながら逃げていったようだった。
 ゾロはそれを見やることなく、待たせてある三人の許へと歩きだした。
「貴族社会の足の引っ張り合いというのは、いつになっても収まらないものですねぇ」
「コウシロウも昔から、この手の騒動でいろいろと苦労していたことだしな」
 憤るままにだかだか歩いていたゾロだったが、ブルックとフランキーの言葉に真剣な顔になる。
 庭が見渡せる所まで来ると、ゾロに気づいたルフィが笑顔で大きく腕を振ってくる。それに軽く腕を上げて応えると、式神二人へと宣言した。
「決めた。俺は大陰陽師になる」




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(2010.03.29)


 

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