グランドジパング平安草子〜邂逅篇〜  −6−
            

智弥 様




       六

 それから数日後、呪詛事件の概要がわかった。
 自分の実力が正当に評価されないのは、上層部が悪いからだ。要職についている者が消えればすべてがうまくいく。そんな風に思い込んだ愚かな貴族がこの事件の発端だった。
 その貴族の青年は、普段から上層部への不満を口にし、事件が起こり始めた頃からはひとが変わったように振る舞うようになっていた。それを耳にしていたシャンクスは、ひそかにコウシロウへと探りを入れるように依頼していた。そして、言及するための糸口を模索しているうちに、呪詛の手はシャンクスにまで及んだ。だから、これ幸いとばかりに乗ってみたのだ。
「自分が出世できないのは、別に上層部のせいじゃないのに、ひとのせいにしたがるのは、能無しで家柄だけの貴族の子弟にありがちな思い込みですね」
 概要を告げれば、辛辣なことをきっぱりと言い切るゾロ。たしかにその通りなのだが、身も蓋もなく容赦もないゾロの言葉に、元服もまだで出仕もしていないのによくわかっているな、とコウシロウは苦笑するしかなかった。
 ゾロは剣術の修練のために三日に一度の割合で実家に帰っている。そのときに兄や家族たちから、教育と称していろいろと聞かされているのだろう。
 呪詛を依頼した貴族の青年は、本来なら死罪のところ、格別の恩情でもって太宰府に異動を命じられた。平たくいえば、政界から追い落とされた左遷だ。おそらく、二度と都に戻ってくることはないだろう。
 そして術者はというと、いつのまにか姿をくらませていた。だが、こちらも二度と姿を現すことはないだろう、と意味ありげな微笑を浮かべて告げられたことで、残っていた他の呪詛を全て返したか、人知れず消されたかのどれかだろうと悟った。
 だがこうして真相がわかってみれば、なんともお粗末な事件だった。
 ゾロの元服が無事執り行われたのは、それからすぐのことだった。

 ゾロの元服からひと月経った頃、コウシロウはゾロを伴ってシャンクスの許を訪れていた。そのゾロはついてすぐにルフィに連行され、ナミの部屋で談笑していることだろう。
「息災だったか、コウシロウ」
「はい、おかげさまで」
「ゾロの元服おめでとう。あいつも元気そうだな」
「はい。その節は祝いの品々、ありがとうございます。日々元気に、直丁の勤めに励んでおります」
「そうか。それは重畳」
 二人は顔を合わせ、どちらからともなく笑いあった。
「来年はルフィ様ですね」
「いや、その前にナミの裳着だな。どこぞの馬鹿息子どもに、見初められでもしたら大変だ。ただでさえナミは、顔立ちが綺麗で可愛らしくて愛らしいからな」
「それはまた、たいそうな溺愛ぶりですね」
「当然だろう。まだ幼さを残していながらも、あの美しさ!俺が認めた男じゃなけりゃぁ、嫁にはやらんぞ」
 熱く語るシャンクスに、コウシロウは苦笑した。シャンクスの希望に適う男などなかなかいないということを、コウシロウは知っている。挙げるとすれば、ルフィにサンジにウソップ、最近ではおそらくゾロも入っているだろう。シャンクスが気にいるのはいずれも、気骨も気概もある者だけだ。
 シャンクスは父親の顔で、コウシロウへと頼む。
「ナミのために最高の日時を占じてくれよ」
「はい、お任せを」
 十二歳になれば、裳着が行える。裳着を執り行って成人すれば、じかに対面できる者は両親と女房だけになり、家人以外の者の前へ出ることはなくなる。会話をするにしても御簾越しになり、直接顔を合わせることはない。まあ、ナミの性格上それはありえないだろうが、一応の建て前にはなる。だからこそ、ルフィの元服前に済まそうというのだろう。内大臣の息子の元服ともなれば、来訪する貴族も大勢になるだろうから。
 親馬鹿全開のシャンクスに、コウシロウは微笑む。それから思い出したように口を開く。
「あの事件の折、ゾロから言われました。私を越えるような陰陽師になる、と」
 元服の話が出てからというもの、ゾロの話し方は大人びたものへと変わっていった。出仕してから変えたのではいつかぼろが出る、と自分なりに考えた結果らしい。
 しかしあの日、ゾロは帰邸するなり、いままでのような快活で子供らしい口調で宣言したのだ。
『師匠!俺、陰陽師になる!それも、剣の強い大陰陽師に!』
 晴れ晴れとした顔でそう言い切ったときの、ゾロの誇らしげな顔。
「ゾロがそんなことをなぁ」
「はい。これで、星宿がひとつ、定まりました」
 星宿――それは星図に記されたひとのさだめ。
「・・・そうか。思ったより早かったな」
「あれから十年、ですか」
「ああ」
 シャンクスは、ルフィが生まれたときのことを思い出す。
「ルフィの奴、驚くだろうなぁ。実は自分が、先帝の唯一の御子だって知ったら」
 十年前、ルフィは当時東宮だった今上帝、シャンクスやコウシロウなどの一部の関係者以外の誰にも知られることなく、この世に生を受けた。
 先帝が帝位に就いて三年経った頃、突如、原因不明の病に倒れた。そのとき、帝にはまだ御子がいなかった。女御や更衣はおらず、ただひとりの中宮も体が弱く子供は望めないとまで言われていた。そのため、先帝のいとこにあたる今上帝が当時の東宮となり、帝が崩御したときはそのまま帝位に就くことになった。
 しかし、それをおもしろく思わない者がいた。時の右大臣アーロンだ。
 アーロンとしては、自分の思い通りになる者を帝位に就けたいと目論んでいた。それには東宮が邪魔だった。もちろん、万が一にも懐妊している可能性のある中宮の存在もだ。
 それらを排除するために、大規模な呪詛を行ったのだ。
 しかし、いち早くそれを察知した当時大納言だったシャンクスと、当時陰陽師職に就いたばかりのコウシロウの働きにより、万全の対策を敷き、間一髪のところで大事にはいたらなかった。そんな最中でわかった中宮の懐妊。アーロンに気づかれれば、それこそ確実に、母子ともに息の根を止めにくるのがわかっていた。だからこそ、ひそかに産み落とされた新たな命。
 ルフィが生まれてすぐ、まるでルフィと引き換えのように中宮は亡くなり、帝もまた、自分の息子の顔を見ることなく間もなく亡くなった。
 その後、アーロンを失脚に追い込むことに成功し、今上帝は無事に帝位に就いた。しかし、いまだにアーロンの残党が残っていないとも限らず、またアーロンの後釜を狙う輩も多く、先帝の御子としてルフィを内裏に連れていくことに不安を覚え、シャンクスたちは躊躇した。
 それに対して、権勢を誇っていた時の左大臣が自分の息子エースをルフィの身代わりとして東宮に就け、ルフィをシャンクスの実子として育て、時が来たら帝位に就ける、と言明した。
 先帝の兄弟は女皇子二人しかおらず、その二人は左大臣と大納言に降嫁していた。他にもいるにはいるのだが、血筋としては遠く、どこの貴族の息がかかっているかわからない。さらに、当時の今上帝には后はいたが、まだ子供はいなかった。だがエースならば、先帝の甥という血筋と左大臣の息子という立場がある。誰も反論など出来ない。
 コウシロウもこの時、ルフィ本来のさだめにほとんど重なるようにして示されていたエースの星宿を確認し、エースを身代わりにすることに陰陽師として同意した。
 無用な混乱を避けるためにも、なによりも先帝の忘れ形見となったルフィを護るためにもと、今上帝はこの提案に賛成した。
 かくしてエースは四歳にして東宮へと移り、ルフィはシャンクスの許へと預けられ、実子として育てられることとなった。
 そしてルフィが十一歳になった今年。ルフィの星宿が動いた。それにより、ルフィにそれまで用意されていた星宿は、まったく別のものに書き換えられた。
 その結果わかったのは、どんな道を歩もうとも、必ずルフィは帝位に就く。そして彼を支え、共に歩む者としてゾロ、サンジ、ウソップ、ナミは生まれてきた。
 これより先は、陰陽師の式占をもってしても、見定めることはかなわなかった。
 彼らはもしかしたら、ルフィという次代の天子を支えるべく、時が用意した命なのではないだろうか。何事もなければそのままルフィとは関わることなく生を終えていたはずの。それはおそらく、ルフィがこの世に誕生したときに書き換えられた星図。
 星をも動かし、おそらくは神をも巻き込む天賦の才がルフィにはある。
 そしてひと月前、星宿故に彼らは出会った。それにより、揺れ動いていたゾロの星宿は定まった。常にルフィの傍らにあり助言し道を説く、片腕たる者としての星宿が。
 ルフィが帝となれば、否応なしにゾロ、サンジ、ウソップ、ナミは政の中枢へと巻き込まれる。
 ルフィもさることながら、ほかの四人も、自由奔放、明朗快活を旨としているところがある。殿上人として、大内裏に巣くう百鬼夜行どもを相手にするにはいささかまっすぐすぎるきらいがある。
 だからこその、親としてのシャンクスの懸念。だからこその、型破りな彼らへの殿上人としての期待。
 ルフィの星宿は変わらないが、完全に定まるのはまだまだ先のこと。あとは腹心たる残り三人の星宿が定まるのを待つばかり。もしかしたら、それより先にルフィ自身の才によって、再び星宿が変わるかもしれない。それがいつになるのかは、誰にもわからない。おそらく当事者たる彼らにも。
 できることならこのまま何事もなく、シャンクスの息子として一生を終えてほしいと思うのは罪なことだろうか。
「まあ、なるようにしかならないからな。いまから考えすぎるのも疲れるしなぁ」
「たしかに、そうですが・・・」
「まあまあ、この話しはここで終いだ。もっと建設的な話をしようじゃないか」
「と、言いますと?」
 ひとの悪い笑みを浮かべたシャンクスに、さきほどまでの憂いはない。むしろ楽しげな様子で話し始める。
「さっきのナミの話しなんだがな」
 なんとなく内容に察しがついたコウシロウだが、口を挟むことなくシャンクスの話すに任せて、聞くともなしに聞いていた。
「今のところ婿候補としては、ルフィだろ、サンジだろ、ウソップはぁ・・・先頃参議のところの幼馴染みの姫と婚約したから外れるだろ」
 シャンクスは止まることをしらないかのようにしゃべり続ける。
「ああでも、ルフィは信頼されちゃいるが、あれは弟としてしか見てない感じか。サンジはなぁ、将来有望だが、あの女好きはいただけんなぁ。あれがなければ言うことなしなんだが。となると」
 意味ありげにシャンクスはコウシロウを見る。
「そういう意味じゃ、ゾロはもってこいな相手だよなぁ。あの件以来ナミの信頼を得てるようだし、出世はどうかわからんがおまえの弟子なだけあって将来有望株だし、無愛想なのはいただけないが一途そうで浮気はしなさそうだし。なあ、どう思う?」
「そうですねぇ・・・私もゾロを娘の婿に、と思っておりましたが、それも出来なくなりましたしねぇ」
 コウシロウがしたり顔でそう言うと、シャンクスは気まずそうな顔になる。
 コウシロウの娘は三年前に、流行り病で亡くなっていた。その時はゾロと二人で嘆き悲しんだが、それでもゾロの持ち前の前向きな明るさに大いに救われ、今ではちゃんと思い出として昇華されている。
「きっと、自慢の婿になるでしょうねぇ、ゾロは。ご両親譲りの美丈夫になるでしょうし、気概も気骨も反骨精神もあるし、腕も立つ。甲斐性は、あるかどうかわかりませんが、可愛い娘の婿にするなら、はっきりと甲斐性がないとわかる貴族の子弟よりはゾロのほうがいいでしょうねぇ。いっそのことこの機会に、私の息子にしてしまおうかと思っているんですが、ご家族がなんと言うか」
 コウシロウの言葉にシャンクスが身を乗り出す。
「ほほう、そうかそうか。んじゃあ、そうなったら本気で考えてみようかな」
「ええ。ぜひ、そうしてください」
 こうして密約とも言えるものが当事者であるゾロとナミを抜きにして、たぬき二人の間に成立したのだった。
 いつまでも彼らがこのままで、という切望はある。
 だが、これから先なにがあろうとも彼らなら。
 ―きっと大丈夫ですよ・・・・・・




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(2010.04.20)


 

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