このお話はtakaさんのパラレルSS「Destiny」の続編です。
先にそちらを読まれてからどうぞ。ハンカチ用意してねv






ベルがけたたましく吠え始めた。
もうそんな時間か・・・・
俺はまだ酔いの残る身体を布団から引き剥がした。






Destiny 2            

taka様



「ちょっと、まだ寝てるの?」

玄関が開けられる音に続いてナミの声が家中に響いた。

─やべェ、早く起きねえとまたこの部屋に入ってきちまうじゃねぇか

俺は手近にあるジャージとTシャツを引っ掴んで素早く着替えた。
この間なんかパンツ一丁で寝てるところに踏み込まれて、あろうことか変態呼ばわりされた。
勝手に入ってくるやつが悪いとしか思えないのにだ。

まだ頭がふらふらする。
最近はどうも酒の量が増えてしまい、翌朝まで酔いを持ち越すことが多くなった。
それというのもアイツが原因だ。
認めたくはないが、たぶんそうなのだろう。

─俺は何をやってるんだか・・・・

よっこらしょと親父くさい掛け声をかけてベットから立ち上がると、キッチンにいるだろう
アイツのところに、もう起きましたとご報告に向かう。



「・・・オッス」

「オッスじゃないでしょ。朝の挨拶はおはようって決まってるのよ」

「お前は朝から煩せぇんだよ。第一、今日は向こうに行く日だろ?いちいち顔出すな」

「起こしてくれてありがとうも言えないわけ?それに何よ、この台所。飲むのは勝手だけどね。
ちゃんと片付けてから寝なさいよ。ベルの小屋の方がよっぽど綺麗だわ」

口ではボロクソに言ってやがるが、嬉しそうな顔で台所を行ったり来たりしてるように見えるのは
俺の目の錯覚か?

しかし、ナミはここを出ていったのに毎朝これじゃあまるっきり変わり映えしないように思う。
かえって口煩さは増したし、俺の酒量はうなぎ上り・・・いいところなんか、ちっともねぇじゃねぇか。
それもこれも全部サンジのせいだ。
ヤツが余計なことを言い出さなければ、あのままの生活が続いていたっていうのに。





「だいたい結婚もしていない男女がひとつ屋根の下に住んでるってのがおかしいんだよ。
まあ、ナミさんにも色々事情があったんだから、俺だってその辺は譲歩してきた。
だがな、もうすっかり元通りに元気になったんだから、ナミさんがいつまでもお前の家にいることはないだろ」

どんなに文句たらたらでも、コイツの入れるコーヒーはやっぱり美味い。
そんな風にぼんやりしながら、どうせいつもの戯言だろうと話半分に聞いていたら
その日はなんとなく雲行きが怪しくなってきた。

「ナミさんも前に住んでた所に戻るのは辛いかもしんねぇからな。この近所にいいアパートがないか探してみた。
そしたらいいのがあったんだよ。この店の大家が持ってる所でよ、来週ちょうど空くんだと。
話は通してあるからすぐにでも引っ越せるぞ」

「おい!何でお前がさっさと話を進めるんだよ。・・・・だいたいナミがどう言うか」

「ああ?ナミさんなら引っ越すって言ってたぞ」

─何だって?ナミがそう言ったのか?

俺は頭に浮かんだ言葉を口に出すこともできずに、浮かしかけた腰をスツールに下ろした。

─俺はそんな話は聞いていなかったぞ。

「いったいどういうことなんだ。詳しく聞かせてもらおうじゃねぇか」




サンジの話はこうだった。


  「ナミさん、ここに来るの久しぶりだよね。アイツんとこそんなに忙しい?」

  「そうねえ・・・まあ忙しい時もあるけど、毎日って訳じゃないから」

  ナミさんは俺の入れたコーヒーを美味そうに飲むと、ちょっとだけ俯いてため息をついた。
  記憶が戻ってからの彼女は俺が知る限りはいつだって幸せそうに微笑んでいたから
  そのわずかな憂いの匂いがするため息が、俺には気にかかって仕方なかった。

  「どうした?ナミさん、疲れてるんじゃないのか?」

  「ううん、全然」

  「じゃあ、アイツと何かあった?」

  「何かって・・・やだっ、そんなのあるわけないじゃない」

  突然何を言い出すのかと、急に身を折って笑い出した。
  その笑い声さえも、俺には乾いて今にもヒビ割れそうに聞こえたんだ。

  好きな男とひとつ屋根の下に住んでいるっていうのに、ナミさんにこんな顔をさせるなんて
  俺はゾロが許せなかった。

  きっと理由はひとつしかない。

  俺には歓迎すべきことだが、ゾロはまだナミさんに手を出していないんだろう。
  アイツがぼやぼやしてんなら、ナミさんを掻っ攫うまでだ。

  俺にチャンスは・・・・まあ、ねぇだろうなあ・・・

  だが、ナミさんをこのままにしておくわけにはいかない。
  ゾロを応援するつもりは金輪際ねェが・・・・

  アイツのためじゃない。
  ナミさんのためだ・・・俺は自分にそう言い聞かせた。





「それで、お前ナミに何て言ったんだ」

「お前に言ったのと同じ事を言ったんだぜ。それに付き合ってると言っても将来の約束をしたわけじゃ
ないんですよねって。そうしたら『そうね、だったら一緒に住んでるのもヘンね』ってな」

「アイツにそんな事を言ったのか?!・・・そもそも将来の約束がどうとか、お前には関係ねぇだろが」

それに喰ってかかるようにサンジが怒鳴り返してきた。

「関係ねェことねェよ。俺だってまだナミさんを諦めたわけじゃないんだ。
ついでに言わせてもらえば、またナミさんにこの店を手伝ってもらうことになったからな」

「なんだって?」

どうしてコイツは次から次へと俺たちの仲を引っ掻き回すようなことばかり思いつくんだ。

「お前の所だってそういつもいつも忙しいわけじゃないだろが。だから週の半分はここに来てもらう。
なんてったってナミさんはこの店の看板娘なんだからな」



まったくのんびりコーヒーなんて飲んでる場合じゃなかったんだ。
しかしサンジが言い出すのはともかく、アイツまでこの話にのるなんてどういうことだ。

今のままでいることに不満があるのだろうか・・・
ナミに直接問いただそう、俺は病院へ帰る道すがらずっとそのことばかり考えていた。





しかし診療時間はまだだと言うのに、玄関には早くも子供たちの靴が山積みになっていた。
中に入るなりけたたましい騒音が俺を襲う。
その最たるものはナミの甲高くよく通る声。

「あーーっ、ゾロ!!あんた何やってるのよ。油売るのもたいがいにしてしてよね」

「まだ診療時間前だろうが」

「そんなこと言ったって、皆待ってたんだから。ほら、早く支度しなさいよ」

そう言って乱暴に白衣を投げつけてくる。


「わ〜〜ゾロ先生、ナミ姉ちゃんの尻に敷かれてる〜」

「違うよ。こういうのベタ惚れって言うんだぜ。母ちゃんが言ってたもん」

どいつもこいつも人の気も知らないで言いたいこと言いやがって・・・・
俺は思いっきりすごんでみせて、子供たちににじり寄る。

「おい!てめえら、勝手なことぬかすんじゃねェよ!」

「「うわ〜〜〜ナミ姉ちゃん、助けて〜〜〜」」

子供たちが一斉にナミの後に逃げ込むと、それを見たナミはギロッと俺を睨み
診察室を顎でしゃくった。

─くそっ・・・覚えてやがれ。

俺はバサッと白衣を羽織って診察室のドアを乱暴に開けた。



そして俺は腹の中に錘を飲み込んだまま、引越しの日を迎えるしかなかった。

いつもこうだ・・・・
肝心なことは何も言えない。何も聞けない。

結局俺は何故ナミがここを出て行く気になったのか、言い出すことすら出来なかったのだ。





「ナミ、悪ィな。手伝いに行けなくなっちまって」

「ううん。こっちは大丈夫だから・・・ほとんど引越し屋さんに頼んだし、後はサンジくんもいるしね」

─そこが気にくわないんだと、思わず言いそうになるのをぐっとこらえる。

「それより、無事産まれるといいわね。連絡、必ず頂戴よ」

「ああ、わかった」

昨夜から出産が始まったパピヨンが、一頭を産み落としたところで陣痛が遠のいてしまい
心配している飼い主からひっきりなしに電話がかかってきているのだ。
もしかしたら帝王切開になるかもしれず、俺はここを空けることができなくなってしまったのだ。



「じゃあ、そろそろ行くね。ゾロ・・・」

「おう」

俺の方をじっと見たナミが一度開きかけた口をぐっと引き締めてから、唇の端をにぃっと釣り上げた。

「お世話になりました。どうもありがとう」

そしてペコンと頭を下げると、返事を待たずに外に飛び出して行った。
残された俺は、ぼんやりと立ち尽くしさっきのナミの言葉の続きを考えていた。

言いたかった言葉は『ありがとう』だけじゃなかったのかもしれない。
それに、ナミのやつ最後にあんな顔して行くなんてひでェじゃねぇか。
今すぐ追いかけて行きたい気持ちを、俺はぐっと押しとどめた。

「・・・・ったく、あれで笑ってるつもりか。俺には泣いてるようにしか見えなかったぞ」



数時間後、無事出産を終えた連絡を入れた時にはもう引越しは終わっていた。

しかし当然ナミがここに戻るわけもなく、俺は久しぶりの一人の夜を満喫した。
いつもは飲みすぎだとボトルを取り上げるヤツもいないわけで、思う存分グラスを干していった。
でも気持ちのいい酔いはいっこうに訪れる気配はなく、どうしてもナミのことばかり考えてしまう。

ナミは何でここを出て行ったんだ。
サンジの言う事を鵜呑みにしたのか?


将来の約束・・・・その言葉がずっと胸の奥に引っかかっていた。


俺たちは気持ちを伝え合ったし・・・・キスもした・・
それ以上の関係に進みたい気持ちはあったが、ナミのお袋さんのことを考えたら
もう少し待った方がいいのかもしれないと思っていた。

それにアイツとの結婚を考えなかったわけじゃない。
しかし俺たちはまだ付き合い始めて一年もたっていないし、しばらくはこのままでいいと思っていたのだ。


ナミにはそれが不満だったのだろうか。
それとも、単に俺と一緒に住むのが嫌になったのだろうか。

それでもアイツは出て行ってしまったんだから、また前の関係に逆戻りってわけだ。


これでよかったんだよな・・・


出て行く寸前の今にも泣き出しそうなナミの笑顔が頭の中をぐるぐると回っていた。






翌朝、ベルに顔を舐められて俺は目を覚ました。
いくら飲んでもちっとも酔えないと思っていたのに、しっかりアルコールは残っているようだ。
ぼんやりした頭で、ナミは出ていっちまったんだなあと考える。



俺は小さい頃に親と死別し親戚の家に預けられていたので、大学進学と同時に一人暮らしを始めた。
そのため身の回りのことは何だって自分でできたし、もともと人に干渉されるのが好きな方ではなかったのだ。

だから正直言って、ナミと暮らし始めた時には閉口することが多かった。
初めのうちはアイツも記憶が戻っていなかったから、そう口煩いことも言わなかったが
全てを思い出してからは、立て板に水を流すがごとく朝から晩までポンポンと言いたい放題だった。

部屋が汚いから始まって、食器はすぐに片付けろ、濡れたタオルを置きっぱなしにするな
果ては俺の洗濯物まで洗うと言い出したものだからさすがにそれは大慌てで断った。
次は何を言われるのかと、始終びくびくしていたような気がする。

それでも目が覚めて台所に行くとコーヒーのいい香りがしたり、いつでも洗いたてのタオルが
洗面所に置いてあったりするのは、口にこそ出さないがちょっとは気持ちのいいもんだった。


そんな生活が一変してしまうのだ。

─せいせいするぜ・・・さあて、もう一眠りすっか。朝メシなんか食わないでもいいしな・・・

なんとなく寂しい気持ちを無理矢理押さえ込んで、布団を肩まで引き上げた時だった。



「ゾロー・・・早く起きないと朝ご飯食べる時間がなくなるわよ」

思わずガバッと身を起こした。

─何でナミがいるんだ?

続いてドンドンとドアがノックされる。

「コーヒーも冷めちゃうから、早く顔洗ってきなさいよ」

─何でだ?何でナミがここにいるんだ?


急いで服を着て台所へ行くと、ナミが鼻歌まじりで朝食の準備をしていた。

「ナミ・・・お前、何やってんだ?」

「何って、見ればわかるでしょ。それよりあんた、顔洗ってきたの?それにそのTシャツ、昨日着てたやつじゃない」

─何なんだよ、これは・・・・

俺はすごすごと洗面所に退散するしかなかった。



引越しの翌日からナミは結局毎朝ここに顔を出すようになった。
いくら俺が断ってもアイツは耳も貸そうとはせず、一日おきにサンジの店と病院を行ったり来たり。
夕飯を作りに来て、俺と一緒に食事をして自分の家に帰って行く。

そしてナミがいなくなってガランとした部屋で俺は毎晩のように酒を飲むのだった。

今日こそは聞こうと思うのだ。
お前はいったい俺にどうしてほしかったのかと。
何故、わざわざここを出て行ったのか。

だがその答えを聞いてしまったら、もうもとの二人には戻れないような気がして
俺たちは他愛のない会話を続けるしかなかったのだ。



ある晩、ナミと一緒に夕飯を食っていると電話がかかってきた。
学生時代からの友人だった。

「・・・おう、久しぶりだなあ・・・来月か?10日から二泊三日か・・・・まあ仕事は何とかなると思うが・・・
みんなにも会いたいしな・・・わかった。じゃあ今週中に返事すっから・・・おう、またな」

受話器を置くと、ナミが慌てて声をかけてきた。

「どっか行くの?旅行?・・・来月って、11月10日から?」

「ああ。久しぶりに皆で会おうって話が出たらしい。なんでも誰かの知り合いの別荘に泊まるとか言ってたなあ」

「その日で決定なの?ゾロ行くの?」

「まあ、最近休みもとってなかったしな」

「急患があったらどうするの?ゾロ、携帯持ってないから連絡つかないじゃない」

「そんなもん鬱陶しくて持ってられっかよ。それに監視つきじゃ羽も伸ばせねぇしな」

「それ、どういう意味よ・・・」

「何だ、心配か?野郎ばっかりだぜ」

珍しくどこか不安気なナミの表情に俺はちょっと気をよくした。

「は?何で私があんたの心配なんてしなくちゃいけないのよ」

とたんに顔を険しくしたナミが殴りかかってこようとするのを抱きとめると、その文句ばかり言ってくる煩い口を塞いだ。  
しばらくもがいていたが、やがてナミも俺の首に手をまわしてきた。

そういえばキスをするのは久しぶりだったかもしれない。
引越しの騒動に紛れ、一緒にいる時間こそ長くても何だか気まずい思いがして触れ合うことができずにいたのだ。

ナミの身体の温かさや柔らかさを存分に味わってから、ゆっくり腕をほどいた。
それでもナミは俺から離れようとしない。

「旅行に行くの本当に心配してるわけじゃないんだな?それとも何か他に気になることがあんのか?」

「・・・・ううん、何でもない」

そう言ってナミは俺の胸に猫のように顔を擦り付けてきた。





病院の待合室に臨時休業のお知らせを貼り、俺は11月10日から二泊三日の旅行に行くことになった。
ナミはあれ以来このことについては何も言わなかったし、俺もナミの様子が少し変だったことなど忘れていた。

10日の朝、いつもと同じようにナミは俺を起こしに来て、朝メシのあとに駅まで送っていくと言い出した。

「何言ってるんだよ。子供じゃあるまいし、見送りなんかいらねェよ」

「行きたいの!」

「お前、今日はサンジの店の手伝いなんだろ?遅れるぜ」

「もう言ってあるもん」

一度言い出したら聞かねェんだよなあ・・・
はいはい解りましたと力なく答えると、ナミはにっこりと笑って俺の腕に手を絡ませてきた。

「じゃあ、行こっか」

これじゃあ、どっちが旅行に行くのかわからないようなはしゃぎっぷりだった。
だが、それがナミの精一杯の空元気だったことに俺はまだ気付いちゃいなかったんだ。



最寄の駅から電車を乗り継ぎ東京駅まで向かう間も、ナミはひたすら話し続けていた。
俺の学生時代の話に大笑いしたり、一緒に行くのがどんな友人たちなのか根掘り葉掘り聞いてきた。
土産の催促までされて俺は呆れ果てた。

「お前、俺が旅行に行くのがそんなに楽しいのか?さっきから浮かれっぱなしじゃねェか」

その言葉を聞いたとたん、ナミはそれまでの大騒ぎが嘘のように黙りこくってしまった。
俺はそのあまりの変わりようにどうしたらいいのかわからないまま、やがて電車は東京駅に着いてしまった。

新幹線の改札まででいいと言ったのに、ナミはさっさと入場券を買ってしまった。
階段の下まで来ると、ナミは組んでいた腕をはずし俺の手を握ってきた。

─どうしたんだ・・・手なんか繋いだことなかったのに

二人で歩調をそろえてゆっくりと階段を上がっていく。
慣れていないので何だか歩きづらい。

ナミはずっと俯いたままだ。

俺が乗るのは1号車。
ホームの端まで歩いて行かなければならない。

「一番前だな」

「うん・・・・」

ナミが俺の手をぎゅっと握ってきた。
俺もつられて握り返してしまう。

考えたらたった二泊三日でも、ナミとこんなに離れるのは付き合い出して初めてかもしれない。
コイツの様子がずっとおかしかったのは寂しかったからだろうか。
今になって気がつくなんて俺もどうかしている。

─いっそのこと、やめちまうか?

さっきまで全然気にならなかったのに一度寂しいという気持ちに気がついたら
無性にナミと離れがたくなってきた。



「なあ、ナミ・・・」

「ほら、着いたわよ、ゾロ」

言われて顔をあげると、頭の上に1号車の案内がぶら下がっていた。

「ねえ、ゾロ。これ・・・・」

そう言ってナミはバックから包みを取り出した。

「何だ?」

「いいから。でね、お願いがあるの」

ナミはその包みを俺に押し付けると、上目遣いで両手をあわせた。
俺がこのポーズに弱いのを知っててわざとやってやがる。

「あのね、明日の朝ゾロに連絡するからそれまでこれを開けないでほしいの」

「何だってそんな面倒くさいことしなきゃならねェんだよ」

「いったい誰が留守番すると思ってるの?」

─今度は脅しかよ・・・

「わかったよ。明日の朝だな?で、連絡先はわかってるんだろうな?」

「え?連絡先?・・・う、うん。それは大丈夫」

「そうか・・・おっし、じゃあ行ってくる」

「うん・・・行ってらっしゃい」

片手をあげて後を向いた俺のシャツがくいっと引っぱられた。
そして俺が振り向く前に、ナミが背中にしがみついてきた。

1秒、2秒、3秒・・・・・

『やっぱり・・』と言い出そうとした俺の背をナミがトンっと押した。

「自由席なんだから、急がないと席なくなっちゃうわよ」

「・・・・ああ」

「気をつけてね。約束、忘れちゃだめよ」

泣いてると思って振り向いたが、ナミは手を振りながら笑っていた。




悪友たちと合流すると、俺たちは日も高いうちから飲み始めた。
久しぶりの気の置けない仲間たちとの酒は最近には珍しく美味く感じられ
そう思ったとたん、俺はナミが帰ったあとの味気ない一人の酒盛りを思い出した。

いったい何だって毎晩あんな思いをしなきゃならないんだ。

アイツが出て行ってせいせいするはずじゃなかったのか。
それが毎日のようにやってきやがって、それがかえって寂しかったりするのは何故なんだ?

俺のそんな物思いを断ち切るように、次々と酒が注がれる。
それを断りもせずグラスを重ねるうちに、さすがに酔いがまわってきた。

朦朧とした意識の中でナミの言葉が蘇る。

─そうだ・・・電話がかかってくるんだよな

俺はバックの中からナミに渡された包みを取り出すと、引っぱってきた電話とともに自分のすぐ側に置く。
みんなが何だ何だと大騒ぎするのを無視して、さらに飲み続ける。

やがて俺たちは布団も敷かずに、その場にひとりふたりと沈没していった。



どこかでかすかに音が聞こえる。
目をつぶったまま手探りで電話に手を伸ばしたが受話器をはずしても音は鳴り止まない。

重い頭を抱えて身体を起こす。
音のしてくる方向を確かめると、電話の脇に置いてあった包みが目にはいった。

─何だ?これか?

慌ててガサガサと包みを開けている途中で音がやんだ。
一瞬手を止めた・・・・中に入っていたのは携帯だった。

─何でだ?

寝ぼけた頭で一生懸命に考えたがさっぱりわからない。
まさか俺が寝坊するとでも思って目覚まし代わりによこしたのか?

周りの連中を起こさないように俺はその携帯を箱ごと抱えると、別の部屋に移動して電気をつけた。

─9時・・・もうそんな時間か・・・しかし一体何だってんだ?ナミのやつ

アイツのやることはまったく訳が解らないと一人でブツブツ言いながら箱の中身をひっくり返すと
猫の写真のポストカードが入っているのに気がついた。

お誕生日おめでとう。ゾロが携帯が嫌いなのは知ってるけど、別々に住むことになってから
夜になると寂しくて仕方ないの。これがあればどこにいても連絡がとれるし、いつでも繋がって
いられるような気がするから・・・ゾロからはかけてきてくれなくていいよ。
持っててくれれば嬉しいです。私たちが付き合いだしてから、初めてのゾロの誕生日だよね。
本当は直接渡したかったけどこんなかたちになってしまってごめんなさい。
帰ってきたら盛大に誕生日パーティーやろうね。


─俺ってバカだよなあ・・・



次の瞬間、俺はその部屋を飛び出し自分のバックを引っ掴むとまだ寝ている連中に頭を下げた。

─悪ィ、大事な用事があるのを忘れてた。



1時間後、俺は新幹線の車中で携帯の説明書を引っ張り出して頭を抱えていた。
要は電話がかけられればいいんだ。
それにしたってこの説明書の厚さはどうだ・・・いったいどんな驚くべき機能があるというのか。

俺はさっさとそれを放り出し、携帯を睨みつけるととりあえずデッキに移動して
連中の泊まっている別荘の電話番号を押す。
しかしウンともスンともいわない。
色々なところを押してみて、ようやくそれらしきボタンをみつけた。
よく見れば受話器の絵が描いてあるじゃないか・・・

そして数分後、悪友たちの罵詈雑言や冷やかしが携帯から流れ出したのだった。





家のすぐ側まで来て時間を確かめる。
この時間ならナミは留守番でギリギリ病院にいるはずだ。

ポケットから携帯を取り出し、家の番号にかける。
2回呼び出し音が鳴って、電話が繋がった。

『もしもし・・・』

「ナミ、俺だ」

『え・・・ゾロ?どうしたの?』

「今日、午後からはサンジの店に行くんだよな」


『うん・・・それがどうかした?』

「それキャンセルできねェか?」

『え?何で?そんな突然・・・・・何かあったの?』

「これから引越しだ」

『引越しって・・・いったい誰が引っ越すのよ』

「お前に決まってるだろ。戻って来いよ、ここに」

そう言って俺がドアを開けると、玄関先で電話に出ていたナミがびっくりしたように顔を上げた。

「ゾロ・・・・どうして・・・」

ナミの声が携帯を通してだぶって聞こえる。

「俺たちは一緒にいようぜ。それが一番自然なんだと思う。
先のことは正直言ってまだわかんねェけど・・・それでもいいか?」

ナミの大きな瞳から涙が溢れ出してきた。
受話器をまだ握り締めたまま、何度も何度も頷いている。

もっと早くナミの気持ちに気付いてやればよかった。
もっと早く自分の気持ちに正直になっていればよかった。

でも今はそんなことはどうでもいい。
一刻も早くナミの震える肩を思いっきり抱き締めてやりたい・・・

そう思って俺が靴を脱ぐのと、ナミがこっちに駆け寄ってくるのが同時だった。



身体ごとぶつかってきたナミを抱きとめると、腕の中にすっぽりと包み込む。

─もう放さない

ナミも俺の背に手をまわし、力いっぱいしがみついてくる。

何で一時でもコイツと離れていることができたのだろう。
こんなにも誰かと一緒にいたいと思ったのは初めてだった。



ナミがどうしてここを出て行ったのか今ならわかる。
俺たちは二人とも臆病だったのだ。
欲しいものはすぐ側にあったのに、手を伸ばして触れてしまったら何かが壊れてしまうような気がしたのだ。

そんなもの、さっさと壊しちまえばよかった。
壊れて困るもんならまた二人で積み上げればいい。

壊さなきゃ始まらない明日だってあるんだ。



甘い香りのする髪に顔をうずめ、満ち足りた気持ちを味わっていると聞きなれた足音が聞こえた。

部屋の奥から遠慮深げに顔を出したのはベル。

─気を遣ってくれてるのか?お前もそれがわかる年頃になったんだな

俺が片目をつぶると、ベルはつんとすました顔でまた部屋の奥に戻っていった。



「ナミ」

「・・・なに?」

「そろそろベルにいい婿さんを探してやんねェとな。俺たちばっかり幸せだと、そのうちひがんじまうぞ」

ナミは何を言っているんだろうというようなキョトンとした目で俺を見上げた。
その顔があまりに可愛くて、俺はキスしたい気持ちをもう抑えることができなかった。



重ねあった唇が焼けるように熱い。
今までの俺たちのキスは何だったんだろうな。

ナミの全てを飲み込みたくて、俺の全てを注ぎ込みたくて何度も深く唇を合わせた。
熱い息の合間にナミの切なげなため息が漏れる。


─俺たちの固い殻を今から壊すんだ


溶け合ってひとつになってしまったような気がする身体をやっとの思いで引き剥がす。
ナミが赤い顔をしている。
その潤んだ瞳に俺は惹きつけられるように、またナミを抱き寄せてしまう。


「・・・・いいか?」

耳元で囁くと、ナミが俺の腕の中でこくんと小さく頷いた。






END






 

<管理人のつぶやき>
seafood」のtakaさんから頂きましたパラレルSS「Destiny」の続編です。不器用でまじめな獣医ゾロと健気でかわいいナミの初々しくもヤキモキさせられるラブストーリーですね。サンジの提案はゾロにしてみれば「余計なこと言うな!」だったかもしれないけど、結果的には二人の仲が大きく前進するきっかけになったね。おかげでゾロは気づいてくれたよ、大切なことに。

手も出してないなんて、takaさんのゾロでは貴重品!?(笑) 私のストイックゾロナミ好きへの心憎いばかりのご配慮でした〜。ゾロ、その調子で結婚初夜までナミの純潔を守ってねv(←鬼) ああ〜でもナミが「こくん」て頷いてるしな〜。ま、いっか(笑)。
takaさん、素敵なお話を本当にどうもありがとうございました!

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