アフェア・ウィズ・ヴァンパイア Episode1:吸血鬼殺人事件・解決篇
みづき 様
「ぁ〜〜〜ウメェ!生き返るぜ。」
一時は追い返されたナミが、ゾロを支えながら彼の家へと再び戻ったのは、22時を回る少し前。
「まさか・・・それ、血なの・・・?」
「あぁ!? 決まってんだろが。」
ソファーに座るゾロは、血液の入ったパックを両手に持つと交互に飲んでおり
その彼の前にあるテーブルには、既に飲み終えたパックが2袋と剣のネックレス
・・・更には自ら抜いたナイフの他に
ナミの持ち物であるクリマタクトと懐中電灯が置かれている。
「・・・。」
そのソファーの前・・・ゾロの向かいに立つナミは、驚いた顔のまま彼を見下ろし
ゾロはというと、その彼女に構う事無く血液を飲み終え、テーブルへパックを放った。
「本物の吸血鬼・・・。」
そんなゾロの瞳は緑色のまま。
前歯からも伸びた歯が2本覗き見えており、思わずナミは彼を見たまま呟いてしまう。
「あぁ。俺も見せるつもりは無かったが、刺されたのが心臓だったしな
・・・あの状況じゃ仕方ねェ。驚かせちまって悪かったな。」
「ホントよね。心臓刺されて平気な上、刺し傷が塞がったなんて、驚かない方が変よ。」
「まぁ、そうだろうな。」
そしてナミの言う通り、上着を脱いでいるゾロの心臓部分には既に刺し傷は無く
その彼の横には、刺された事で破れてしまったシャツが放られており
斜めにある傷跡と、上半身だけでなく腕や手・・・更に、顎に付いたままの血が目立っていた。
「ねぇ・・・ホントに平気なの?」
「あぁ。さっきは流石にヤバかったが、この通りだ。
それに、人間から血を貰う訳にいなかいんでな・・・コレを飲んで身体を持たせるしかねェんだよ。」
それからテーブルへ放った血液パックを目にすると、言葉を続けたゾロ。
「・・・変態吸血鬼。」
「んだと、テメェ! これで3回目だぞ、3回目!」
その様子を見ていたナミはポソリと呟き、ゾロは速攻で言い返した。
「だったらそのパックの血なんか飲まないで、人と同じ物食べればいいじゃない。」
「あのな・・・確かに食えねェ訳じゃねェが、腹の足しにならねェんだよ。」
「だからって、あんたねェ・・・。」
「それに、俺の食い物の事までとやかく言われる筋合いはねェな。」
「・・・。」
それからムスッとした顔をゾロへと向けるナミ。
「まぁ・・・人を襲って血を吸われるよりはいいか・・・。」
「テメェな・・・俺が人を襲うかよ。」
それから彼女が手にしたのは、先程までゾロが掛けていた剣のネックレスだった。
「・・・要するに、これを外すと吸血鬼になって不死身になる訳ね?」
「少し違うな。」
「え?」
「俺は元から吸血鬼なんでな・・・普段はそれで封印してんだよ。」
「封印?」
「血への欲求や力だ。そうしないとこの世界じゃ生きていけないんでな。
それに、言っとくが俺は不死身なんかじゃねェ。」
「ウソ・・・心臓刺されて死ななかったじゃない。」
「それで死ぬのは人間の話だろうが。」
「じゃぁ・・・刺された後コレを外したから、吸血鬼の力が出て傷が塞がったって事?」
「まぁ、そんなトコだ。」
「・・・。」
そのネックレスを改めて見ると、テーブル上に戻すナミ。
「そういえば、あんた・・・この血は一体どうやって手に入れてんのよ?」
その際飲み終えた血液パックが目に入った事で気付いたのか
彼女はそのままゾロへと尋ねた。
「まぁ、ちょっとした知り合いがいてな。
そいつに頼んで仕入れてもらってんだよ。只の輸血用の血だし問題ねェだろ。」
「問題無いって、あんたね・・・ありまくりじゃない。」
「あ? 何か言ったか?」
「別に・・・。」
それから引きつった声を出したままゾロを見下ろしているナミ。
「とにかくこれで、俺じゃねェ事は分かっただろ。
お前のダチを浚ったってのも、多分さっきのあいつだ。
それに、お前の見たヤツを殺ったのは別にいる。
俺は人から血を貰う訳にいかないんでな・・・俺を疑うのはお門違いだ。」
「それは・・・確かにさっきそう言われたのも、これで分かったけど・・・。
だったら、あたしの見た子を殺したのは誰になるのよ?」
「俺の他にも此処に吸血鬼がいるか、もしくはニセモノがいるって事だな。」
「ニセモノ!?」
「あぁ。さっきの野郎から血の匂いはしなかった
・・・浚った野郎はあいつでも、殺しちゃいねェって事だ。」
「じゃぁ、噛み痕があったのは、吸血鬼に見せかけたトリックだっていう事?」
「かもな。それにニセモノなら、そいつはお前の近くにいる筈だ。」
「え!? あたし!?」
「言ったろ・・・お前からは、僅かだが死んだ人間の血の匂いがすんだよ。
まぁ、残り香みてェなモンだがな。」
「あ・・・。」
彼女はゾロに言われると、すぐに気付いた顔を彼へと向けた。
「それより、さっきの野郎の顔は覚えてるな?」
「うん、それは分かるけど。」
「警察を呼んで顔を書いてもらえ。そうすりゃ、お前のダチも見つかんだろ。」
「あ、そっか。」
「お前が話しただけでも、警察は動く筈だ。
まだ15分位しか過ってねェし、さっきのトコへ戻って警察を呼べ。
呼んだのが遅れたのは、怖かったとか何とか言えば誤魔化せるだろ。
そしたらそのまま、警察のヤツに家まで送ってもらえばいい。」
「それはいいけど・・・あんたはどうすんのよ?」
「俺は生憎コレなんでな。刺されて生きてたっつっても、信じねェだろ。
お前はさっき襲われた事だけ話せばいい。」
「あぁ、そっか。」
そう言ってゾロが人差し指を向けたのは覗き見えている牙で
それに気付いたナミは再び気付いた顔を見せる。
「分かったわ、じゃぁ話してみる。」
「あぁ。」
それからナミはクリマタクトと懐中電灯を手にし
部屋を後にしようと出入り口へ向かったのだが
一度足を止めると、そのまま振り返った。
「・・・何だ?」
「警察にゾロの事は言わないから安心してね。」
「当たり前だ。言いふらされてたまるか。」
「だから、話さないってば。安心していいから。」
「・・・。」
そして振り返った先にいるゾロへ笑みを見せると部屋を後にするナミ。
その後入れ違う様に聞こえたのは、男性にしては高めの声だった。
「知られて良かったんですか、ゾロ?」
「良かったも何もねェよ。あの状況じゃ仕方なかったからな。
立ち聞きたぁ悪趣味じゃねェか、コウシロウ。」
「気付いてましたか。」
「たりめーだ。」
ゾロにコウシロウと呼ばれたその声の主は、髪を後ろで束ねメガネを掛けており
クリーム色の半袖シャツにこげ茶のズボンという格好。
彼はそのままゾロの座るソファー前に立つと、特徴的な細い目を更に細めた笑みを見せる。
「で? 何か用か?」
「えぇ。コレを持って来たんですよ。」
その彼がゾロへと渡したのは、茶色の紙袋。
覗き込んだゾロが目にしたのは、先程まで飲んでいたのと同じ血液パックで
それは紙袋の中に20袋程入っていた。
「丁度良かったゼ。」
「あまり無暗に飲まないで下さいね、ゾロ。
私だって簡単に手に入れてる訳ではないんですから。」
「わぁってるよ。」
テーブル上に放られた4袋の血液パックに気付いたらしく、言葉を続けたコウシロウ。
ゾロはそんな彼に一言だけ言うと、脱いだ上着の上にその紙袋を置いた。
「それにしても、可愛いお嬢さんでしたね。」
「あ?」
「私も挨拶位はさせてもらおうと思ったんですが、気付いてもらえませんでしたよ。」
「あのな・・・立ち聞きなんてしてりゃ無理だろ。」
「あまりに仲良く話をしていたんで、入れなかったんですよ。」
「アレの何処をどう見りゃそうなるんだよ・・・。」
それからゾロは訝しげな顔をコウシロウへと向け
コウシロウはそのままゾロに笑みを向けている。
「話を聞いた限りでは、例の遺体を見つけたのはあのお嬢さんの様ですね。」
「・・・知ってんのか?」
「えぇ。一応これでも、このヌーピー市を護る警察署の署長ですからね。報告は受けてますよ。
それにさっき、2人が話していたのも聞いていましたしね。」
「ったく、こっちはいい迷惑だぜ。」
「いいじゃないですか。そのお陰であんなに可愛いお嬢さんと知り合えたんですし。」
「あのなぁ。」
そしてそのまま訝しげな顔を向けているゾロ。
その彼を前に、コウシロウもまた言葉を続けた。
「何か知りたい事があるなら調べてみたらどうです?
このまま吸血鬼の仕業にしておく訳にはいかないですし
下手をすると、私達やあのお嬢さん以外にも知られてしまう事になりますよ?」
「そうだな・・・お前達やあいつみてェに、正体知られても何とかなる保障はねェか。」
「そういう事です。」
「・・・。」
そうして一旦コウシロウから視線を外したゾロは、考え込む仕草を見せると、改めて彼を見る。
「あいつが見たって言うヤツの遺体写真と検死結果はあるか?」
「えぇ、それなら大丈夫だと思いますよ。検死も終わってる筈ですしね。」
コウシロウが気付いた表情をゾロへと向けたのは、その後だった。
「そう言えば、此処最近の誘拐事件と犯人が違うというのは本当なのかい、ゾロ?
さっき、あのお嬢さんと話してましたが・・・。」
「あぁ。誘拐犯の方は、間違いなく俺を刺したあの野郎だ。
顔を見てるあいつが話せば、捕まるのも時間の問題だろ。」
「そうですか。ですが、その刺された件はどうするんです?
公にする訳にはいかないでしょう?」
「あぁ・・・別に構わねェよ。俺は表立って動けねェしな。
ホントなら血を吸ってやりてェ所だが、あいつも俺の事は黙ってるみてェだし
捕まった時は、調べるそっちが黙ってりゃいいだけの話だ。
刺したあの野郎が万一バカ正直に話しちまった時は、その時考えるさ。」
「そうですか。ではすぐに、写真と検死結果の書類を用意しましょう。」
「あぁ、頼む。」
「それと、その飲み終えたパックはちゃんと纏めておくんですよ。
後でいつもみたいに持って行きますから。」
「へぇへぇ。」
そして、そんなゾロに一言そう言うと、ナミと同じく部屋を去るコウシロウ。
それを見送ったゾロはテーブル上に置かれているナイフを手にすると、刃を片手で簡単に折り
再びテーブルへ放った後に掌を切っている事に気付いたのだが
その傷もまたすぐに塞がり、ゾロはその掌の血を舐めるのだった。
☆
「それにしても、まさか死体を見つけた上に誘拐犯に襲われてたなんて驚いたわよ。」
「あ・・・あはは。」
ナミが前日の夜にゾロと初めて会ってから日は明け
彼女がマナと今いる場所は、駅前のファーストフード店『デウカリオン』。
授業を終えた帰りに寄っている2人は向かい合わせに座っており
ナミは向かいに座るマナに、引きつった顔を見せていた。
「さ・・・流石にゾロの事は話せないけど・・・。」
「ん?何か言った?」
「いえ、何でもないです。」
ゾロの事を話す訳にはいかず、誘拐犯に襲われた事だけをマナに話していたナミ。
それは昨夜、彼の家を出た後に呼んだ警察へ話した事と全く同じで
その為ナミは、警察へ話した時よりも要点良く彼女に話していた。
「でもさ、ナミが顔を見てたお陰で誘拐犯が捕まったなんて凄いじゃない。
朝のニュースで見た時は、ナミがそんな事になってたなんて思わなかったよ。」
「うん・・・まぁね。あたしも驚いたし。」
「そりゃ、驚かなきゃウソでしょ〜。あたしだって、朝聞いた時驚いたもん。」
そのナミに言うが早いか、手にしていたドリンクを飲むマナ。
「あ・・・そう言えば、また警察の人から連絡あったりしたの?他に何か分かった?」
彼女が気付いた顔をナミに向けたのはその時で
ナミはそんなマナを見たまま言葉を続けた。
「うぅん、昼にあってからは連絡は来てないわ。」
「そっか〜。ったく、何考えてんだろね、捕まったその変態誘拐犯。
誘拐した子達は自分の人形だ、とか何とか言ってるんでしょ?」
「くいなさんっていう刑事さんの話だとそうみたい。
保護された2人の子達、着せ替え人形みたくドレスみたいなの着せられてたって。
何か誘拐犯の部屋は離れになってて、そこに監禁されてたって言ってたけど。」
「あああ、聞いてるだけで鳥肌立つ〜!
ホントに良かったわよ、ナミがそんなヤツに誘拐されなくて。」
「うん。何か、誰でも良かったみたいなのよね〜。
とにかくあたしを目にしたんで、途中から尾けたみたいなのよ。」
「あぁ・・・ならきっと、ナミが寄ったって言うコンビニにいたのよ、そいつ。
何も5番街にあるコンビニに行かなくても良かったじゃない。ナミの家から近くになかったっけ?」
「えっと、それは・・・あ、そうよ、そう!
ウチのトコのコンビニで無かったのよ、アイスが。」
「アイス?」
「そ・・・そう!今、限定で出てるじゃない、パンダマン・アイスのモカ味。
あれが食べたかったんだけど無かったから、5番街の方まで行ったのよ。
ほ・・・ほら、5番街って言ってもウチからは5分位だし。」
「あぁ、気持ち分かる〜。急に食べたくなると絶対欲しくなるよね。」
「そうそう。あ・・・あはは。」
それから何とか警察やマナへ話した辻褄に合わせると顔を引きつらせるナミ。
「ま・・・まぁ、コンビニで目を付けられたのはホントみたいだけど・・・。」
「ん?どしたの?」
「うぅん、何でもない。」
彼女はそのまま頭を小さく左右に振った。
「うーん・・・でもそうなると、何でリラはいないんだろ?
捕まった誘拐犯は知らないって言ってるんでしょ?」
「うん。それにあたしが見つけた子を殺したのも違うって言ってるらしいの。」
「そこよね〜。そこが何か変なのよね〜。」
「まぁ、後は警察が調べてくれるみたいだし、任せましょ。
それにマナ、そろそろ家に戻らないとライブに間に合わないわよ。」
「へ?」
そしてナミに言われるとすぐに腕時計を見るマナ。
その腕時計は16:17を指していた。
「ホントだ、もぅこんな時間になってたの!?」
「前から楽しみにしてたじゃない。早くしないと遅れるわよ。」
「うん。」
言われるが早いか、マナはすぐにカバンを手にすると立ち上がりナミを見下ろす。
「じゃぁゴメンね、ナミ。また明日ね。」
「うん、じゃね。」
マナはそのまま慌てた様子でこの場を去り
そんな彼女を見送ったナミはというと、先程のマナの様にジュースを口にした。
(そうなのよね・・・マナの言う通り、そこが変なのよね。
やっぱりゾロの言う通り、他に犯人がいるとしか思えない。)
「まぁ、そうだろうな。」
「そうよね・・・って、え!?」
そして一旦は相槌を打ったナミだったが
その突然の声に気付くと驚いた顔で見上げる。
「ゾロ!?」
「何ブツブツ言ってんだよ、お前。」
そこにいたのは、昨夜とは違い牙は無く、瞳の色も茶色に戻っているゾロ。
あちこちに付いていた血も既になく
昨夜と同じ黒のレザーパンツに白のランニングシャツ
・・・更にその上には黒のシャツを着ており、胸元にはネックレスが掛けられている。
「ちょっと・・・何で陽が出てるのに外に出られるのよ。
てゆーか、何であたしが此処にいるって分かったのよ。」
「あのなぁ・・・先入観を捨てろ。それに、細かい事は気にするな。」
「って、答えになってないわよ、それ。」
「あぁ? 別にいいだろが。」
「あんたね・・・。」
彼はそのままナミに訝しげな顔を向けると、先程までマナが座っていた向かいの席へと座った。
「それより、あの後は俺の言う通りにしたみてェじゃねェか。」
「うん・・・まぁね。誘拐犯が捕まったの、あんたも知ってるの?」
「まぁな。それで聞きたい事があってな。」
「聞きたい事?」
「あぁ。お前が昨日、殺されたヤツの死体を見たのは今頃か?」
「んー・・・昨日も教室で話し込んでたし、多分そうだと思う。
警察にも通報したし、記録は残ってると思うけど。」
「そうか。」
「ちょっと・・・何よ、どうしたの?」
そのゾロを前に首を傾げるナミ。
「え・・・っ!?」
彼女が驚いた顔を見せたのはその直後。
突然ゾロが身を乗り出し、ナミの首に顔を近づけた為で
次の瞬間、ナミはそのあまりに突然の事に、殆ど条件反射で彼の頭を上から殴っていた。
「ぐ・・・っ・・・!」
「っ、何すんのよ、この変態!!!」
殴られた事でテーブルに頭を叩きつけられてしまったゾロは、そのまま突っ伏してしまう。
「っ・・・テメェ、また言いやがったな・・・!」
「当たり前でしょが!」
それから頭を抑え身体を起こすと、ゾロは座り直し改めてナミを目にする。
そのナミはというと、早口で怒鳴るなりゾロを睨み見ていた。
「ったく、これでハッキリしたって言うのによ・・・。」
「あんたねェ、そんな事言った所で、あたしが許・・・す・・・。」
ところがナミは、そのまま言葉を途切らせてしまう。
「・・・って、え!? ハッキリしたって、どういう事よ!?」
次には驚いた顔がゾロへと向けられ、彼はそんなナミを見ながら言葉を続けた。
「ったく、いちいち五月蝿ェな。そういう事だっつってんだろ。」
「あんたね、いきなり人に顔を近付けといて、その言い草はないでしょが。
分かり易く話しなさい、分かり易く。」
そして再び早口になりゾロに続くナミ。
ゾロはそんな彼女を見ると少し面倒臭そうな顔で眉を寄せ、髪を掻いた。
「・・・昨夜お前が話してたダチは、俺を刺したあの野郎が浚ってたのか?」
「うぅん、違うわ。保護された子達の中にリラはいなかった。」
「そうか。」
「・・・?」
そんなゾロを見ているナミは、意図が飲み込めず首を傾げる。
「いいか・・・そいつと犯人のヤツは、お前の学校内にいる可能性がある。」
「え!?」
彼女が驚いた顔をゾロへ見せたのはその直後だった。
「ちょっと待って、何でそうだって言えるのよ。」
「お前の匂いだ。まぁ、他にもあるがな。」
「匂い?」
「あぁ。お前からは、昨日以上に死んだ人間の血の匂いがしてんだよ。」
「昨日以上って・・・それでさっき、顔を近づけた訳?」
「あぁ。おそらくお前は、長い時間犯人のヤツと一緒にいた事で、昨日以上に匂いが付いたんだ。
お前からしたら、そんな場所は学校しかねェだろ。
俺から言わせりゃ、血の匂いってのはそう簡単に取れるもんじゃねェしな。
そう考えりゃ、お前が学校帰りに死体を見つけたのにも納得がいく。
犯人が学校のヤツなら、そんな近場は打って付けだからな。」
「じゃぁ、それで学校・・・あたしにさっき見つけた時間を聞いたのもそれでなのね。」
「あぁ。」
そしてゾロの話を聞いたナミは、再び驚いた顔を彼へ見せる。
「それに、お前のダチがまだ見つかってねェって事は
犯人のヤツがそいつを浚ったままな事になる。」
「あ・・・。」
「お前からの匂いは昨夜のもんだし、強くなっただけだからな。
まだ殺されちゃいねェだろう。」
「ホント!? ホントに!? リラは無事なの!?」
「おそらくな。お前の学校に打って付けの監禁場所があるとすりゃ、其処にいる筈だ。」
「監禁場所・・・。」
彼女が気付いた表情になり立ち上がったのは、その直後だった。
「どうした?」
「あるのよ、その打って付けの場所。」
「・・・。」
そのままゾロを見下ろすと言葉を続けるナミ。
ゾロはその彼女を見ると、少し眉を寄せる。
「ウチの学校って、2年前に旧校舎を壊して今の校舎になったんだけど
その時に壊さなかった離れがあるのよ。
何か、ウチの学校の創立者ってガラクタ集めが趣味だったみたいで
そのガラクタを置いてある離れなんだけどね。」
「って、ガラクタかよ!」
そしてその直後、彼は手の甲をナミへと向けた。
「でも、ガラクタって言っても結構貴重なのがあるみたい。
骨董とか絵画とか集めてたらしいから。
話だと、旧校舎を新しく造った時に、その離れも造ったみたいなんだけどね。
まぁ、あたし達生徒は入れなかったし、鍵も掛かってるっていう話なんだけど。」
「鍵か・・・成程、そりゃ確かに打って付けだな。」
それからゾロは右側の口端を上げる。
「ゾロもそう思う?」
「あぁ。」
「もしかしたら、リラはその離れにいるかも知れないわ。」
「まぁ、可能性はあるな。」
「ゾロ?」
彼がナミに続いて立ち上がったのは、そのすぐ後。
「え・・・あんたも行くの?」
「あぁ。俺も興味があるんでな。」
「興味って、あんたね・・・。」
「いいから行くぞ。」
ゾロはナミへ背を向けるとそのまま歩き出し
彼女はそのゾロの左腕をすぐに掴んだ。
「んだよ?」
「お店の出入り口はこっちよ。」
「・・・。」
そんなナミは戻る形でヌーピー女子高へ向かい
話に出た離れを2人が見上げたのは、約20分後の事。
「成程、確かに胡散臭ェな。」
「・・・。」
その離れは古い木造立てで校舎の裏となる位置に建っており
ナミの帰り道で前日に遺体を見つけた土手側の位置にもなっている。
「・・・まぁ、開く訳はねェか。」
すぐにゾロは出入り口である戸に手を掛けるが
やはり鍵が掛かっているのか、戸は動かない。
「・・・!?」
「ゾロ?」
そのまま戸を目にしていたゾロが顔を上げたのは、その直後。
彼はすぐに眉を寄せると戸から一旦手を離した。
「いるぞ。生きた人間の血の匂いだ。」
「え!?」
それを聞いたナミもすぐにゾロの隣へ並ぶと、思い切り戸を叩く。
「リラ!リラ、いるのね!?あたしよ、ナミ!今、此処を開けるから!」
その彼女が一旦退がると、カバンから取り出したのは護身用のクリマタクト。
折り畳まれた状態でカバンに入っているそれを、彼女はすぐに手にした。
「お前、それでどうする気だ?」
「決まってるでしょ、この戸を壊すのよ。」
「あのなぁ・・・んな事したら音で気付かれるだろが。
中に入って助け出すまでは、気付かれる訳にいかねェんだぞ。」
「あ・・・。」
そんな彼女を振り返ったゾロはすぐに呆れ顔を見せる。
ナミもゾロに言われた事で気付いたのか、すぐにクリマタクトをカバンへと閉まった。
「どうしよう・・・警察を呼ぶにも、血の匂いがしたから中にリラがいるなんて言えないし・・・。」
「まぁ、そうだな。」
「って、人事みたいに言わないでよ。」
「簡単だ。だったらこうすりゃいい。」
「え?」
そのナミを見ていたゾロが掴んだのは、胸に掛かっている剣のネックレス。
それを引き千切る様に外したゾロの瞳は茶から緑色へと変わり
牙もまた、昨夜と全く同じに左右の前歯から覗き見える。
「ちょっと、平気なの!?」
「あぁ、構わねェよ。それに此処を開ける必要もあるしな。」
そのゾロを見たナミは慌てた様子を見せ
ゾロはそんな彼女を改めて背にすると戸に手を掛け、いとも簡単にその戸を外してみせた。
「ウソ・・・。」
ナミが驚いた顔を見せたのも無理はなく
彼女はそのまま改めてゾロの隣へ立つと彼を見る。
「その馬鹿力も吸血鬼の力なの?」
「あのな・・・馬鹿力って言うんじゃねェ。とにかく、コレ持ってろ。」
「あ、うん。」
そんなナミが受け取ったのは外したばかりのネックレス。
ゾロは渡すとすぐ、彼女を横に部屋の中へと入り
彼女は一旦ネックレスをカバンに仕舞い、ゾロの後へと続く。
「随分と悪趣味じゃねェか。」
「何よコレ!?」
そこに広がっていたのは、壁一面に掛けられた大小様々な十字架。
ナミの言っていた絵画や骨董品は部屋端へと乱雑に置かれており
彼女はすぐ、気付いた顔をゾロへと向けた。
「ゾロ、大丈夫!?」
「あ?」
「だって、十字架よ、十字架!」
「だから、先入観を捨てろ。別に何ともねェよ。」
「何ともないって・・・ホントにどんな吸血鬼なのよ、あんたは・・・。」
「あのな・・・俺なんかより気にする事があるんじゃねェか?」
「え?」
「・・・。」
それからゾロは親指を左へと向け、その方向を素直に見るナミ。
その彼女が目にしたのは、同じ制服を着たストレート・ロングの少女。
柱に縛られたままの状態で座り、俯いているその少女の周りには
ペットボトルや商品名のロゴが入ったビニール袋が散乱していた。
「リラ!!!」
その少女がリラである事にすぐ気付いたナミ。
彼女はリラの前に屈みカバンを放ると口元に手を当て、リラに息のある事を確かめた。
「良かった、生きてる・・・。」
そしてすぐに安堵の表情を見せると、リラを縛っている縄を解き始めるナミ。
その後ろでは、ゾロがそんなナミの様子を見た後
リラの斜め後ろに置かれている大きい緑色のシートに気が付いた。
「・・・。」
丸められているそのシートを手にしたゾロは、すぐナミの後ろに放る。
「成程な。」
放った事で広がったシートの中に入っていたのは
ナミが着ているのとは別のセーラー服やカバン、下着や靴下に革靴。
他にも果物ナイフや20cm程の長さをしたチューブが入っており
放った音に気が付き振り向いたナミは、それを見るとすぐ驚いた顔を見せた。
「何よ、それ・・・。」
「見た通りだ。」
入っていた果物ナイフやチューブの中に血が付いていた為、ナミが驚いたのも無理はなく
彼女は次にセーラー服を目にすると、気付いた顔をゾロへ見せた。
「まさか、それ・・・あたしが見つけた子の着てた服!?」
「だろうな。お前からしてる死んだ人間の血と同じ匂いだ。」
「ちょっと待ってよ・・・それって、ウチの学校の先生の誰かが犯人って事じゃない!
此処の鍵を管理できるのはウチの学校の先生だけよ!?」
「犯人のヤツが盗み出してマスターキーを作ったって事じゃなきゃ、間違いなくそうだろうな。
おまけにこの悪趣味な部屋も、犯人のヤツがやったんだろ。」
「・・・。」
「とにかくそっちは後だ、お前は救急車を呼べ。
そいつをいつまでもそのままにしていく訳にいかねェだろ。」
「分かったわ。けど、ゾロはどうするの?」
「俺は俺で、呼・・・。」
そのゾロが言葉を区切ったのはその直後。
「ゾロ?」
「いいから呼べ。」
「う、うん。」
彼は先程入ってきた出入り口を見たままナミにそう言うと携帯を取り出し
いくつか操作をした後に通話ボタンを押すと、再び携帯を仕舞う。
そしてナミも、ゾロに言われた事ですぐに携帯を取り出した。
「・・・はい、そうです。すぐに来られますか?
はい・・・はい・・・分かりました、お願いします。」
そこへ聞こえて来たのが女性の声。
「ナミさん!? 貴方何してるの、こんな所で!」
救急車を呼び終えたと同時にその声に気付いたナミは顔を上げ
ゾロもまた、この声の主を目にする。
「サリマー先生!」
そこにいたのはスーツ姿でセミロング・ヘアの女性。
彼女は携帯の通話を切るナミや隣に立つゾロを見たまま、言葉を続けた。
「それに、誰ですかその人は。部外者の校内立ち入りは禁止ですよ。」
「あ、っと、それは・・・。」
そしてその彼女を前に、ナミは言葉を詰まらせてしまう。
「そ・・・それより先生、リラが見つかったの!」
「リラさんが?」
「はい。今救急車を呼んだから、先生は警察を呼んで下さい。」
「分かりました・・・。今呼びますから、貴方もその人と一緒にいらっしゃい。」
「あ、はい。」
ゾロはその隣で2人の様子を見ていたのだが
ナミがすぐに立ち上がったのを見ると彼女の前に左腕を伸ばし、改めてサリマーを目にした。
「ゾロ?」
「警察を呼ぶ必要はねェよ。」
「え!? どうしてよ!?」
「・・・。」
そのナミの問いには答えず、ゾロはその伸ばした左腕を床へと向け
そのまま放られているシートを指差す。
「俺達が此処へ来たのに気付いて慌てて来たんだろうが、遅かったな。
これをやったのはテメェだろ。」
「え!?」
「・・・。」
ナミがゾロのこの一言に驚いたのも無理はなく
彼女はそのまま、サリマーを目にした。
「此処からする匂いとこいつからの匂い・・・それにテメェからする匂いは同じなんだよ。
どれも死んだ人間の血の匂いがしやがる。」
「血の匂いですって?何を訳の分からない事を・・・。」
「まぁ、んなもん言った所で証拠にはならねェがな。
だが、此処にこれだけ証拠がありゃ話は別だ。」
「・・・。」
「殺されたヤツの噛み痕・・・あれが吸血鬼の仕業じゃねェのは、死体の写真を見て分かったさ。
おそらくテメェは頚動脈にナイフを刺した後、そこを広げながらチューブを入れたんだろ。
それからナイフを抜いた事で、チューブには血が流れるって訳だ。
頚動脈ってのは、ちょっとした傷でも大量に血は出るもんだしな。
検死結果じゃ15ミリ位の深さをした刺し傷なのが立証されてる
・・・そんな傷が頚動脈にあれば、間違いなく抜いた瞬間に大量出血だ。」
「・・・。」
「それに此処にあるナイフとチューブからはテメェの指紋が出る筈だ。
あいつが此処で見つかった以上、普通に考えりゃ警察が疑いのあるヤツを調べる事になる
・・・その時に指紋も調べるしな。」
それからゾロはいい終えると、リラを親指で指差す。
「其処のチューブとナイフに付いてる血は、殺されたヤツの血液型と一致する筈だ。
チューブに通した血は瓶か何かに入れたってトコだろ。
管の大きさからして小瓶ってトコか・・・探せば見つかるだろうな。」
「・・・。」
「ちょっと待ってよ、先生は犯人じゃないわ。
あたしが昨日殺されてた子を見た時、先生は体育館にいた筈よ。先生はバスケ部の顧問だもの。」
「んなもん、アリバイでも何でもねェよ。
お前が見つけた時間に殺された訳じゃねェからな。」
「え!?どういう事!?」
そのゾロを改めて見たナミは、再び驚いた顔を彼へと向けた。
「殺されたヤツの死んだ時間は昨日の2時頃だ。
お前が見つけたのは今頃だろ・・・要は死んだ時間と発見された時間が違うんだよ。」
「あ・・・。」
そしてナミは、すぐに気付いた顔を見せる。
「2時なんて深夜にアリバイのあるヤツの方がおかしいからな
・・・寝てたって事にすりゃ誤魔化す事は出来る。
ついでに、発見される時間がズレりゃ、警察の捜査もそれだけ遅くなる
・・・そうすりゃ話す事になったとしたって、忘れた事にすりゃぁいい。
殺されたヤツが裸だったってのも、何も身に着けてなきゃ身元の判明が遅れるしな。」
「・・・。」
ゾロは一旦そんな彼女を目にした後、再びサリマーを目にした。
「死体はこいつが見つけた土手に運んだ後、このシートで隠したってトコか。
其処の土手は只でさえ人通りが少ねェし、この緑のシートなら草に紛れるしな。
手袋でもはめてシートを被せりゃ指紋は出ねェし
テメェは授業が終わった後にでもシートを外して、此処に戻したってトコだろ。
その後にこいつが死体を見つけた・・・まぁ、そんなトコか。
シートを外すまで気付かれなかったのは、ゴミとでも思われてたんだろ
・・・テメェにとっちゃ其処だけ都合よくいった訳だ。
それに人間は物を隠す時、自分の知ってる場所に隠す心理が働く
・・・それで隠してたってトコだろうが、燃やすなりして消さなかったのは失敗だったな。」
「っ・・・何で其処まで・・・!」
そしてワナワナと身を震わせるとゾロを睨み見るサリマー。
ナミが気付いた顔を再び見せたのはその時だった。
「そうよ、何で其処まで詳しく知ってるの?
それに何で、あんたが警察の知ってる事を知ってるのよ?」
「・・・。」
すると一旦ナミをチラリと見るゾロ。
「え・・・何?」
「・・・。」
その後すぐ、ゾロは再びサリマーに視線を向けた。
「知ってるのは当然だ。俺は調べる事が出来るからな。」
「え?」
「まぁ、此処まで話して黙ってる訳にもいかねェか。」
「は?」
それから彼が取り出したのは、桜をモチーフにしたマークがデザインされた紺色の物。
それは長方形をした皮製の物で、そこには『WPS』というロゴが入っていた。
「俺が詳しいのはこういうこった。今更悪あがきはしねェ事だな。」
それを見せたゾロがサリマーに向けいい終えた瞬間、部屋には高音が響く。
「えええええ!? あ・・・あ・・・あんた、刑事だったの!?
しかもWPSって・・・警察を束ねてる警察じゃない!」
「まぁ、そんなトコだな。」
その声の主は勿論ナミ。
ゾロはサリマーを見たまま、彼女にさらりと言ってみせた。
「そんなトコだなって、あんたね・・・ホントにどんな吸血鬼なのよ!
陽も十字架も平気で、刑事な吸血鬼なんて見た事無い!」
「ここにいるだろが。」
「あんたね・・・。」
そのゾロを、次には呆れた顔で見たナミ。
「え!?」
ところがその直後、ゾロの姿が彼女の視界から消えてしまう。
「う・・・っ・・・。」
「逃げようとしても無駄だ。俺の足に勝てる人間はいねェ。」
「・・・!?」
その声に気付いたナミが出入り口前を目にして見たのは
WPSの警察手帳を手にしているのとは反対の右腕のみで、サリマーを持ち上げているゾロ。
彼はその右腕を首に掛け、いとも簡単にサリマーを片腕で持ち上げていた。
「お前の様に血を好む人間がいる事は証明されてるが、真似されるとこっちが迷惑だ。
血を好むのは大いに勝手だが、こっちの邪魔になる事はしないでもらおうか。
それに本物の吸血鬼は刃物も何も使わねェ
・・・真似るならもっとマシな真似方をするんだったな。」
そのままの状態でサリマーに言うと睨み見るゾロ。
見下ろしているサリマーからも牙が見えているのか、彼女は怯えた顔を見せる。
そしてゾロはそのまま彼女を放る様に手を放し
サリマーは床に倒れると同時に気を失った。
「ゾロ・・・?」
「これでこいつも懲りるだろ。殺っちゃいねェから心配すんな。」
「良かった・・・。」
「あのなぁ・・・俺がんな事する訳ねェだろが。」
そこへ聞こえて来たのが、サイレンの音。
その音に気付き、出入り口前・・・ゾロの横へ立つと、ナミは安心した顔を見せた。
「良かった、救急車来てくれたみたい。」
「らしいな。」
すると同時に、『バシン』という大きな音が部屋中に響く。
「っ痛ェ・・・。」
「え!?」
その音の後にナミが目にしたのは、前日とは別のスーツを着たくいな。
彼女は気配に気付き振り向いたゾロの頭を思い切り叩き、彼を睨む様に見ていた。
「この、スカタンっ!!!
刑事なのはともかく、吸血鬼な事まで話してるんじゃない!!!
しかも動機も聞かずに電話先でベラベラ・ベラベラ・・・あんたは刑事で探偵じゃないのよ!?
いつからそんな大立ち回りする様になったのよ、あんたは!」
「五月蝿ェな、成り行きだ。」
逆にゾロはというと、面倒臭そうに言いながら警察手帳を仕舞い
変わりに取り出した携帯の通話を切っている。
「成り行きって、あのねェ・・・。
第一、今回の事はこっちに任せるんじゃなかったの?」
「それも成り行きだ。いい様にさせとく訳にいかなかったしな。
それに表向きはそっちが捜査してる事になってるんだ、動機を調べるのはそっちだろ。」
「あのねェ、あれだけ派手にやっておいて後の事押し付けないでくれる?」
「仕方ねェだろ、俺は只でさえおおっぴらに動けねェんだ。
此処だって聞き込みか何かでお前が気付いた事にすりゃぁいい。
俺は今回の件じゃ動いてねェ事になってるし、お前を此処へ呼んだのもそれでだしな。
それに能力は使ったが、こいつが話した所で信じねェだろ。」
それからゾロはいい終えると、気を失い倒れたままのサリマーを一旦目にした。
「まったく・・・あんたが能力を出してるのが聞いてて分かったから
ラージを待機させて来て正解だったわよ。」
「あいつは来てねェのか。」
「一応来てるわ。今は車内で待機してもらってるのよ。」
(な・・・何か、くいなさんの喋り方が昨日と違う様な・・・。
もしかしなくても、あたしの喋り方と似てる・・・?)
そんな2人の様子・・・特にくいなを見ていたナミ。
その彼女に気付いたのか、くいなもまたナミを目にした。
「ごめんなさいね、ナミちゃん。こいつの事驚いたでしょう?」
「え!? あ、はぁ・・・。」
突然言われてしまい、空返事の様になってしまったナミ。
彼女が気付いた顔になったのはその直後だった。
「え!? じゃぁやっぱり、くいなさんもゾロが吸血鬼だって知ってるんですか!?」
「やっぱり?」
「スカタン!とか、話してるんじゃない!とかゾロに言ってたから・・・。」
「あぁ、そっか。」
それからくいなは思い出した顔をナミに見せる。
「そうなの、実はあたしも知ってるのよ。
まさかナミちゃんも知ってるなんて思わなかったから、聞いた時は驚いたわ。」
「聞いた・・・?」
「そう。ゾロはあたしの携帯に繋いだまま、さっきまでいたのよ。
掛かってきたと思ったらナミちゃんの声もしたんで、一応来てみたの。」
「あ・・・。」
それを聞いてナミが思い出したのは、救急車を呼んだ時。
彼女はこの時、ゾロが携帯を操作していた事を思い出した。
「ナミちゃんがこの学校の生徒なのは昨日ラージが聞いてたしね。
そしたら向かってる途中でこいつが啖呵切るし
ナミちゃんは吸血鬼な事を知ってるのが聞こえるしで驚いたわ。
それで校内をいろいろ探して、此処へ来たって訳。」
「あ・・・あはは。」
そしてナミはというと、逆に引きつった顔をくいなへ向け
その彼女を一旦見た後、くいなはゾロを目にした。
「まったく・・・やっとコレでひとつに繋がったわよ。
捕まったあの誘拐犯に刺されてたのを署長があたしだけに話したのも
その刺された件を表沙汰にするなってあたしに言ったのも
あんたがいきなり勝手に捜査資料見に来たのも、そういう事だったのね。」
「何だ、あいつから聞いてたのかよ。まぁ、そういう事だ。」
「って、偉そうに言わない。」
それからくいなは、改めてナミを目にする。
「ゾロが刺された件は表沙汰にならない筈だし
ナミちゃんが昨夜の刑事に話した通りでいくから。
今の所は自分から刺した事は話してないみたいだし、安心して。
吸血鬼だから刺されても死にませんでしたなんて、誰も信じないでしょうしね。」
「あ、はい。」
そのくいなに返事をしたナミが、首を傾げたのはそれからすぐ。
「・・・ん?もしかして、ゾロってくいなさんの上司になる訳?」
「あぁ、まぁな。」
「ウソだ。」
「テメェな・・・。」
彼女はゾロを見るとポソリと呟き、ゾロは眉を寄せナミを目にした。
「ウソじゃないわ、ナミちゃん。あたしだけじゃなくて、ラージも部下になるのよ。
WPSはあたし達所轄を管轄してるから、組織的にはそうなるの。
ラージはゾロが刑事なのは知ってても、吸血鬼なのは知らないけどね。
だから、あたしやラージの上司であるウチの署長も、組織的にはゾロの部下になるの。」
「え?署長さんもですか?」
「そ。まぁ、あくまで組織的に言ったらだけどね。」
「はぁ・・・。」
それからナミは、くいなから聞き終えると空返事をしてしまう。
「そう言えば・・・さっきのくいなさんの話し方だと
その署長さんもゾロが吸血鬼な事を知ってる感じでしたけど・・・。
捕まった誘拐犯に刺されてゾロが死ななかった事を知ってるんですよね?」
「うん、実はそうなのよ。まぁ、署長って言ってもあたしの父なんだけどね。
だからゾロが吸血鬼な事を知ってるのは、3人って事になるわね。」
「はぁ・・・。」
再び空返事をしてしまったナミが外を見たのは直後の事。
彼女の目に止まったのは、2人の救急隊員だった。
「あ・・・良かった、来てくれた。」
その救急隊員を見ると安堵の表情を浮かべるナミ。
「おい。」
「え?」
「お前はあいつに付いて病院へ行ってやれ。
俺はこのまま戻るし、あとはこいつに任せとけば大丈夫だ。」
「うん、分かった。ホントにありがとね、ゾロ。」
「・・・。」
彼女が笑顔を見せたのはその後すぐ。
ゾロはそんなナミを見ると少し視線を逸らせた。
「それから、あたしの名前はナミだからね。分かった?」
「あぁ、分かった・分かった。」
それからナミはカバンを手にし、ネックレスをゾロへと返すと
くいなに一礼した後、救急隊員や運ばれるリラと共にこの場を去って行く。
それを見送ったくいなが再びゾロの頭を叩いたのは、この時。
ゾロはすぐ、睨む様に彼女を目にした。
「んだよ?」
「今のナミちゃんの笑顔に見惚れたでしょ?」
「あぁ?」
「言っとくけど、ナミちゃんに手を出したら犯罪じゃ済まないわよ?
あの子確か、昨日話を聞いた時に18って言ってたもの。
年の差182歳なんて、犯罪以外の何者でもないでしょう。」
「テメェな・・・犯罪とか言うんじゃねェよ。」
「まぁでも、あの子の携帯番号なら教えてあげようか?
あたし昨日念の為に聞いておいたし、その位なら犯罪にはならないし。」
「って、人の話を聞け!」
しかし彼女は構う事なく、ゾロに笑みを見せる。
「そうね・・・フサエ・ブランドのウォレットでいいわ。どうする?」
「あのなァ・・・。」
「冗談よv」
「・・・。」
そしてその笑みのままゾロへ続けたくいな。
そんな彼女の意図が読めないのか、ゾロはくいなを見たまま眉を寄せるのだった。
☆
「・・・はい・・・はい・・・。あ、はい。分かりました。」
離れでの一件から日は明け、場所も変わりヌーピー女子高の学生食堂。
今回の一件でマスコミも駆け付け、朝から大騒ぎとなった中
1限目が全校集会になった事と、離れが立入禁止になり警官がいる事以外は変わらず
前日と同じ様に、昼食をリラと共に食べ終えていたナミ。
彼女は丁度くいなとの電話を終えた所で
それから携帯を折り畳み、テーブル上へと置いた所だった。
「何?刑事さんに電話?っと・・・くいなさんだっけ?」
「うん。昨日の件でちょっと聞いたんだ。
見つかったいろんな証拠品から先生の指紋が出たんだって。」
「そうなんだ。」
そんな彼女の向かいに座るマナもまた、深刻な顔を見せる。
「くいなさんの話だと、先生の家から血の入った小さめの瓶も見つかったって言ってた。
多分、あたしが見つけた子の血・・・だと思う。」
「それじゃ、朝のニュースで言ってた事ってホントだったのね。
先生が血を好んでたっていう・・・。」
「うん。午前中にくいなさんが先生を取り調べたみたいなんだけど
あたしが見つけた子は、ヌーピー東高の子だったみたいなの。」
「え? 東高の子だったの?」
「そうみたい。先生の家の近所の子だって。」
「じゃぁ先生は、その子の血が欲しくて?」
「・・・だと思う。リラも、似た容姿だったのもあって浚われたみたい。」
「それって、リラが先生の好みだったって事?」
「うーん・・・良く分からないんだけど
くいなさんの話だと、容姿が好みだから血を欲しいと思ったっていう事みたい。」
そしてナミもまた深刻な顔をしたまま言い終えた。
「そっか・・・。あたしも聞いた事はあったけど、ホントに血を好む人っていたのね・・・。」
「うん・・・。」
そうしてリラとナミ、互いに深刻な表情になる。
「でも、リラが無事でホントに良かったよね。」
「うん。くいなさん、病院に聞いてくれたらしいんだけど
意識も戻って、もう大丈夫みたい。」
「ホント!?良かった・・・後でお見舞い行かなくちゃね。」
「そうね。」
そんな2人がリラの件で安堵の顔を向け合ったのはその後。
「・・・?」
テーブル上に置いておいたナミの携帯が振動を起こしたのも殆ど同時で
広げた携帯画面にはメモリ登録されてない番号のみが表示されていた。
「はい。」
「・・・?」
メモリ表示されていなかった為、用心をして電話に出たナミ。
マナもまた、そんな彼女の様子を見たままでいる。
「え!?ゾロ!?」
その相手がゾロな事で、驚いた声をあげるナミ。
マナはというと、明らかに男性と分かる名前をナミが口にした為、ピクリと眉を動かした。
「ちょっと・・・何であたしの携帯番号知ってんのよ?
え? くいなさん? あ、そうなんだ。」
ところがこれ以降、ナミの声は徐々に大きなものとなっていく。
「・・・で?何、どうしたの? うん・・・学校ならその位には終わるけど。
・・・はぁ!? アイスぅ!? なもん、自分で買いに行きなさいよ、子供じゃあるまいし!
は!? 無い!? ・・・そりゃ学校の近くにもコンビニはあるけど・・・。
あぁ、そうか・・・あんた一応食べる事は出来るんだったわね・・・。
・・・は? 探し回るのは面倒臭い?
面倒臭いって、どうせあんたの家の近くのコンビニへ行っただけなんでしょ?
・・・知ってるわよ、あたしも時々そこのコンビニには行ってるもの。
あのねェ・・・そんな下らない事であたしを使うのヤメてくれない?
う・・・分かったわよ・・・けど、コレで貸しは無しだからね。
言っとくけど、お金はちゃんと貰うわよ。
ったく、しょうがないわね・・・。で? 無かったそのアイスって何なのよ?
はぁ!? パンダマン・アイスのモカ味ぃ!?
・・・そりゃ、今日もこれだけ暑いし、無性に食べたくなるっていうのは分かるけど・・・。
あぁもぅ、分かったわよ!あったら買ってくから。
5個ね・・・はいはい。無かったら電話するわ。」
そうして電話を終えると、勢い良く携帯を折り畳み、テーブル上へと放る様に置くナミ。
「・・・!」
そこでやっと、食堂にいる全員が自分を見ている事に気付いたのか
彼女は慌てた様子ですぐに俯いた。
「ナーミー。」
「え?」
そこへ聞こえて来たのがマナの声。
「水臭いじゃない、何でカレシが出来た事話してくれなかったのよ。」
「違う・違う。こいつはくいなさんと同じ刑事なの。今回の件で知り合ったっていうか・・・。」
「え?そうなの?」
「そうそう。」
「ふーん。」
確かにゾロが刑事である事は事実な為、マナにそう続けるナミ。
「ったく、何であたしがアイス買って行かなくちゃ行けないのよ・・・。」
「ねぇ、そのゾロって人、甘い物好きなの?」
「さぁ・・・。でも顔を見る限り、甘い物好きには見えないわね。」
「顔って・・・。」
マナがそんなナミを見ながら、気付いた顔になったのはその後だった。
「あ、そうか。」
「え?」
「もし甘い物好きじゃなかったら、ナミの事が心配なのよ、そのゾロって人。」
「・・・はい!?」
そしてナミは、たっぷり10秒は間を置き、マナへ言い返す。
「だって、アイスよ?
もしその人が甘い物好きじゃなかったら、ナミに合わせてくれたって事じゃない?
それでナミに用を作らせたって事は、声だけじゃなくて会いたいって事よ。
ナミは今回危ない目に遭ってるし、心配になったのね。」
「じゃぁ、パンダマン・アイスのモカ味は?」
「誰だって知ってる有名アイスの限定品だもの、知ってるに決まってるじゃない。
あぁ・・・案外そのゾロって人、不器用なのかも知れないな〜。」
「不器用?」
「うん。だって来て欲しいなら、会いたいって言えばいいだけでしょ?
なのに、ナミにアイスを買わせるなんて回りくどい事させるんだもん。
心配なら、心配だから顔見せに来いって言うだけでいいのにね。」
「そ・・・そうなのかな?」
「まぁ、電話だけじゃなくて顔も見たいって事らしいから会いに行ってあげなよ。
刑事っていっても、そんな風に心配してくれる人はそうそういないんだからさ。
それにナミにとっては、男としても脈アリって事なんだから。」
「脈アリって・・・。」
「少なくとも、そのゾロって人はナミを気に掛けてくれてるんだもん、大アリじゃない!
後は押し倒すなり・押し倒されるなり、ガツンと決めて来ればオッケーよ!」
「オッケーって、あのねェ・・・。」
それから呆れ顔を向けたナミが、アイスを買えたとか買えないとか。
そんな彼女の携帯には、着歴に残ったゾロの携帯番号がメモリ登録されたのだった。
END
←事件篇へ
<管理人のつぶやき>
吸血鬼である正体を現したゾロ。吸血鬼だけど、十字架にもお日様にも強い(笑)。
おまけにゾロは刑事だった!所轄の署長とその娘である刑事くいなともツーカーの仲。道理で事件に詳しいわけですね(^_^;)。
誘拐事件も殺人事件も、ゾロの的確な推理と吸血鬼特有の能力で瞬く間に解決です。
でも、ナミの笑顔に見惚れる当たり、フツウっぽいところもあるのね。
ナミに用を頼んで会いにこさせるなんて姑息なことを・・・ホント不器用だなー。
ナミと一緒に『パンダマン・アイスのモカ味』を食べてるゾロを想像してみようかね(笑)。
拙宅のサイト改装祝いにとjunble shopのみづきさんが贈ってくださった作品の解決篇です。
みづきちゃん、本当にどうもありがとうございました!
早くに頂きながら奉納が遅くなってしまったことを、心からお詫びいたしますm(__)m。