このお話はrokiさんの「
12.24」の続編となっております。

 

夜の来訪者

roki様



 




目が覚めた時は、まだ深夜だった。
腹でも減らない限りこんな時間に目が覚める事はない。ルフィは暗闇の中でぼんやりと辺りを見回した。
周囲から様々な寝息や、歯ぎしりが聞こえてくる。
いつものハンモックに片足だけかけて、そのまま床に転がって寝ていたのは、昨夜のバカ騒ぎの名残だ。
昨日の主賓だった馴鹿の、顔から落っこちそうな笑い顔が浮かんだ。つねってやったほっぺや、肩を組んで躍り上がったテーブル。口の中でとろけそうだったターキー。指で舐めた生クリーム。はじけ飛んでいたクラッカー。
そのまま寝てしまおうかと思ったが、気が変わった。
のそりと起きると、そこら辺に寝ている仲間を時々踏みながら、甲板へと上がった。


「あ…まだ雪が降ってる!」
一昨日から降り始めた雪は、まだちらちらとその姿を空から降らせ続けていた。
「…きれーだな……」
ルフィはしばらく放心したように、降り続く雪を眺めていた。
全くいつまでたっても見飽きないと思う。比較的温暖な気候で育った彼にとって、雪は新鮮な喜びをいつも提供してくれる現象だった。他の連中はどうか知らないが。
雲の向こうに、月がおぼろに浮かんでいる。それでも、だいぶ晴れてきてはいるらしい。
その月が、甲板に並ぶ雪像達を、ぼんやりと浮かび上がらせていた。
並んでいるのは、ウソップが徹夜で作った馴鹿の雪像だ。ランブルでの変身も含めてちゃんと7体作ってある。
その1つ1つに、掌に乗りそうな小さな雪だるまが、ちょこんと乗せられていた。
そっちの方は、チョッパーが作った物で、これは他の仲間達に似せてある。
これが意外なほど良い出来で、みんな驚いていた。
「俺、得意だぜ!ドクターとよく作ったんだ!」
チョッパーは、小さな胸を得意そうに張って、瞳を輝かせていた。そのドクターと言う人物が、チョッパーにとてつもない影響を与えているらしい。
それ以上の事を、ルフィは特に知りたいとは思わなかった。それはチョッパーにとっての宝であり、自分が介入する事ではない。
自分はチョッパーを知っている。彼が他の仲間と同じように、大事な存在である事も知っている。それだけで十分だった。

手の中の雪を弄びながら、ルフィは雪像を眺めた。
本当は冷たい筈の雪像が、こうしていると生き生きとして暖かそうにさえ見えるから不思議だ。
月の光を受けて、雪像達は雪の結晶を煌めかせている。
(俺も作ろうかな。でも雪が足りねェな)
もっと雪がたくさん降るような所に、ナミに連れて行ってもらおうかな。でもこれ以上寒い所に居るのは、嫌だという事を言っていたけど。変わってるなぁ。俺ならもっとここで遊んでいたいと--------------

「誰だ!」

甲板に、見慣れない人影を見つけて、ルフィは鋭く叫んだ。
武器庫の前には、雪像の人獣型や獣型が並んでいる。その前に、ルフィに背を向けるようにして、黒いコートを着た男が立っていた。
呼ばれて、男はゆっくりと彼を振り返る。見た目は、かなり年のいった老人だった。
「いきなり呼ぶねい。ビックリするだろうが…」
さして驚いたように見せず、老人は肩をすくめて見せた。
「誰だおっさん。俺の船に勝手に乗るなよ」
少しむくれながら、ルフィはずかずかと男に近寄っていく。
「まぁ、そう怒るな海賊。ちょっと休んでいただけだからよ」
ちっとも悪びれた様子を見せずにそう言うと、にかりと歯を見せて笑ってみせた。
変わった格好をした老人だった。頭に背の高い帽子を被り、緑色のチョッキと、紫の変な柄をした脛までしかないズボン。それにぼろぼろのコートを羽織っていた。
顎で結ばれた髭も変だったが、一番変わっていたのは、左右と後ろに固まって飛び跳ねた、白い髪の毛だ。ルフィは、ホウキみたいだと思った。
でも、笑った顔もギョロ眼も、悪い感じは受けない。それで少し態度を軟化した。
「おっさんは、誰だ?」
「俺か?俺は医者だ」
「いしゃあ?」
思い切り、顔をしかめて見せる。
「うちには、もう船医がいるから、医者はいらねェぞ」
「誰がこんなちっちぇえ船の医者になるって言った。俺はな、もっと多くの患者を治したいんだよ」
「うちだって、ちゃんと馴鹿の船医がいるから、いらねぇよ」
「……へーえ。ここの船医は馴鹿なのか」
「あぁ。チョッパーってんだ。イイ奴だぜ」
「ふぅん……」
老人は、それを聞くと自分の顎髭をゆっくりと撫でた。眼が面白そうに光っている。
そうして、雪像の馴鹿に、ポンと手を置いた。
「これも馴鹿だな」
「あぁ、それがチョッパーだ」
「これは?」
その隣の獣人型のを指さす。
「あぁ、それもチョッパーだ」
「これは?」
今度は自分の後ろの人型を。
「そう、それもチョッパーだ」
「チョッパーってのは」
医者はにやりと笑って、雪像を叩いた。
「随分と色々いるらしいな」
「あぁ、どれもチョッパーだ。色々と変身出来るんだよ」
「まるでバケモノだな」
「そうだな。でも面白いバケモノだぞ」
「そりゃあ、そうに違いねェ」
エッエッエッ…と医者は、さもおかしそうに笑った。とても変わった笑い声で、ルフィはますます変な医者だと思った。
「おっさんは、ここで何をしてたんだ?」
「言ったろ?ちょこっと休んでただけだ……息子の顔でも久しぶりに見ようかと思ってな。その帰りなんだよ」
「ふーん」
「興味ねェだろ?」
「うん。まったく」
「なら聞くんじゃねェよ」
苦笑いを浮かべると、医者は雪像の馴鹿を見つめた。瞳は穏やかだった。
「まぁ、元気そうなんで安心したって所だ。昔は、どうしようもない鼻ったれだったんだがよ」
「ふーん…」
「…おっと、長居しちまったな。そろそろ行かねェと」
「行くのか?」
「ああ。病人が俺を待っているんでな。急がねェと…」
そして、改めてしげしげと馴鹿型の雪像を眺めた。
「おい。この馴鹿借りてくぜ」
「?どうするんだ?」
「まぁ見てろ…おいチョッパー」
医者は、雪像の馴鹿の耳に口を寄せて、ひそひそと頼み込んだ。
「急患だ。俺を乗せていってくれ。頼む」
そうすると不思議な事が起こった。
雪像の馴鹿は、ふいにふるふると首を震わせると、幾度か身体を身じろぎさせると、甲板から雪で固められた脚を、引っこ抜いてみせた。
そうしてルフィが呆気に取られている中、トコトコと数歩進み出て、もう一度首をぶるりと震わせた。
「すっげえ!!」
素直に感嘆の声を上げると、大喜びで馴鹿の首をポンポンと叩いた。
「こらこら!そんなに力一杯叩くヤツがいるか!見ろ!嫌がっているじゃねェか!」
「なあなあ、おっさん!俺に乗せてくれよ!頼む!このとーり!」
医者の苦情を全く聞かず、ルフィはパンと両手を合わせて頼み込んだ。
「馬鹿!だからこっちは急いでいるって言ったろうが!遊んでる暇はねぇよ」
「えぇー?いいじゃねぇかケチ!」
「ケチでも何でも言ってろ!………まぁ…そうだな。どうしてもって言うなら…」
くるりと振り返ると、片方の眉をピン!と上げて、視線をよこした。
「お前の所にいるその馴鹿と、交代ならいいぜ?」
「何言ってるんだ。馬鹿か、おっさん」
医者の問いに、ルフィは真顔で即答した。
「アレは俺らのだからダメだ。やらねェ」
「どうしても?」
「当たり前だ」
「そうか」
それを聞くと、医者はさもおかしそうに、笑ってみせた。
「それならしょうがねぇな!馴鹿はオマエらに譲ってやろう」
「何言ってるんだよ。別に元からおっさんのじゃねェだろ」
「あーぁ!そうだ!アイツは俺のじゃねぇ!アイツはアイツ自身の物だ!アイツはそれをもっと自覚すべきなんだ……」
医者は、ルフィの言葉に嬉しくてたまらないように、下手くそな歌を歌い出す。それでルフィは、彼が最初から自分を試す気だったんだと気づいて、ムッとして見せた。
「なんなんだよ、おっさん」
「あぁ、悪いな。それじゃあ、俺は行くぜ!おっと、俺が座る場所を開けないとな」
医者は、馴鹿の背中にチョッパーが作った雪だるまのヒルルクとくれはを見て、微笑んだ。
そうして、ヒルルクの雪像だけを取り上げると、人獣型の馴鹿の頭の上に、ちょこんと置いた。そこには、ルフィの雪だるまが最初から乗っていたが、幸い場所の取り合いにはならなかった。
あれ?とルフィは、首を傾げた。
「それ、なんだかおっさんに似てるな?」
「どれ?」
「それだよ」
「馬鹿を言え!俺の方がいい男だ!!」
医者は子供のようにムキになって、唇を突き出してみせた。
「かわんねーよ、あんまり」
冷静に突っ込むルフィを、医者はふんと無視をした。そして、くれはの雪だるまをそっと抱えると、トランクを抱えて馴鹿に跨った。
「じゃあな、海賊」
「あぁ、さようなら」
「それから--さっきから気になっていたんだが」
「なんだ?」
「お前、寒くねェのか?」







「うおっ!!さぶいっーー!!」
言われて思い出して、ルフィはガタガタと震えだした。
「馬鹿か。そんなの忘れるんじゃねぇ!さっさと部屋に戻れ!風邪を引くぞ!」
「おう!わかった」
震えながらコクコクと頷くルフィに、医者はとびきりの笑顔をしてみせた。
「…じゃあな、ありがとうよ海賊」
「ああ。ホウキのおっさんもな」
「誰がホウキだ。さて、それじゃあ行こうぜチョッパー!」
ぽんぽんと馴鹿の首を叩く。
雪で出来た馴鹿は、さも心得たとばかりに脚を鳴らすと、甲板をかつんかつんと駆け抜けて、甲板から夜の海へと飛び出した。
「あっ!」
落ちる!と思った瞬間。
ルフィは眼が飛び出そうな程に、驚いていた。


雪で出来た馴鹿が、空を走っている……。


「……すっげえ……」


寒いのも忘れて、ルフィは呆然とその不思議な光景を見つめた。
よく見ると、馴鹿は空から降ってくる雪から雪へと、その身を飛ばせているのだ。
最初は低く、でも徐々に高度を上げていき、見上げるルフィの頭を飛び越えてマストへと、そのマストよりも高く、高く空へと駆け上がっていった。

「元気でなー海賊ー!」
馴鹿に乗った医者が、下を見下ろしてルフィに手を振った。
「おう!」
ルフィも元気に手を振り替えした。何より目の前の不思議な出来事が、医者に対する不信感を吹き消してしまったのだ。
「お前の所の医者にも、宜しくなーー!」
「おう!判ったーー!」
「なんせ同業者だからな……」
エッエッエッ…と、独特の笑い声が降ってくる。
「お前にゃ負けねぇってな。それじゃあなーー……」

声はだんだんと小さくなってゆく。
空を駆ける馴鹿は、不思議な医者を背に乗せて、降り続く雪の夜空をひたすらに駆けていってしまった…。


ルフィは、長くそれを見送った。
変な医者だったが、そんなに悪いヤツじゃなかった。
「ひょっとして、サンタクロースだったのかな?」
でも医者だって言っていたし。と首を傾げてみせる。
「ま、いっか。さて、寝ーようっと」
満足そうに呟くと、ルフィはふぁぁと大あくびをして、今度は大人しく男部屋へと戻っていった。


****


目が覚めた時は、すっかり朝だった。
いつものハンモックに片足だけかけて、そのまま床に転がって寝ていたのは、昨夜の体勢と同じだった。
「あれ?」
ぼんやりと起き出して、当たりを見回してみる。
他の連中はとっくに起きたらしく、誰も見あたらない。そこら中に毛布が散乱してるのは、宴会の名残だろう。
「……夢か?」
首を傾げてみたが判る訳もなく、しょうがなくルフィはごそごそと立ち上がった。いずれにせよ、今はとても腹が減っている。
甲板への扉を開けると、溶けかけたみぞれ混じりの水が、滴ってきてルフィの背筋を凍らせた。
「つべて!」
何事かと一気に甲板に上がると、外は暖かく春のような気候になっている。
「なんだ?春か?」
「おう、ルフィ起きたか」
呼ばれて振り向くと、ウソップとチョッパーが、武器庫の前に立って手を振っている。
「見ろよ〜。あれだけ寒かったのに、もうこんな暖かくなっちまってよ…俺様のアーチストが、見る影もねぇよ」
ウソップが苦笑しながら指さす方向には、溶け崩れ始めた雪像が、何だか可哀想な姿をさらしていた。
「ありゃ〜!溶けてるのか」
「あぁ…、もうちょっと持つかと思ったんだがな…残念だったなチョッパー」
「いいよ!だって溶けない方が困るもんな」
「まぁ、そりゃそうだ。しかい早い所これをどうにかしないと甲板が水浸しになっちまうぞ!そうなると、ナミにどんな恐ろしい眼にあうか…」
「ど、どうなるの?」
少しビビって、チョッパーは訪ねた。ウソップは、シィッ!と人差し指を口の前に当てて、キョロキョロと当たりをうかがった。
「…気をつけないとな…チョッパー……そうでないと……」
「そうじゃないと?」
「……青い鼻が、緑色にされるかもしれねェぞ?」
「ええぇぇぇ!!??イヤだよッッ!!」
心底驚いて、青い自分の鼻を押さえた。
「だから!そうなる前に残念ではあるが、雪像を撤去しねぇとな!宜しいか?チョッパー隊長」
「は、ハイ!!」
敬礼
「では作業だっ!…早くしねぇとな…見ろよ。これなんか一番激しいぞ」
そう言うウソップは、人型と人獣型の雪像の間を指さした。
そこには、本来なら馴鹿型の雪像が置いてあったはずだ。だが今はほとんど影も形もない。足下に多少盛り上がった雪があるが、ほとんどなくなってしまっている。
ルフィが、ハッと眼を大きく見開いた。
それに気づかず、ウソップは首と鼻をひねって考えている。
「しかし…おかしいよな。この2つに挟まれているなら、お互いで冷やされてこれだけがこんなに溶けないと思うんだが…」
「ふぅん…」
「違うよ、飛んでいったんだよ」
ルフィのこの発言に、ウソップとチョッパーがえ?っと振り返る。
だが、ウソップはふっと鼻で笑ってみせた。
「なぁーにを言ってるんだ?夢でも見たんじゃねぇのか、うちの船長は」
「違うって。本当に飛んでいったんだよ」
「判った判った」
「あ、信じてねェな。この野郎」
「お前なぁ、そんな判りやすいウソを人についていいと思っているのか?」
「………」
思わず、真顔で見つめ返したルフィに構わず、ウソップは促すように手を叩いた。
「はいはい判ったから、ほら。お前も手伝え。端から海に片付けよう」
「おう。チョッパーの飛び込み自殺だな」
「…お前はどうしてそう不吉な事を…」
ルフィとウソップが、ギャアギャアと言い合ってる間、チョッパーはチョッパーで首をひねっていた。
おかしい。
獣人型の雪像の上に、ルフィとヒルルクの雪だるまが乗っているのだ。
確か自分は、馴鹿型にくれはのと一緒にヒルルクの雪だるまを乗せた筈だが…?
だいたいヒルルクはあって、くれはのがないのが不思議でしょうがない。
誰かが外に置いたにせよ、それならくれはのもどけるのでは…?
でも、くれはのは何処を探しても見つからない。もちろん溶けてしまったかもしれないけど、でも……

「おぉーい!チョッパー!」
ルフィが自分を呼ぶ声に、チョッパーは、ハッと気づいて顔を上げた。
「なに?ルフィ」
「お前、俺を背中に乗せて走れるか?」
「ルフィを?」
きょとんと見上げて、それから嬉しそうにニッコリと笑った。
「もちろんだ!俺は元はそれが仕事だもん!わけないよ」
チョッパーは、得意そうに胸をそらせた。
「おぉう!じゃあ今度俺を乗せて走ってくれよ!」
「いいよ。今度ね」
「それから、空は走れるか?」
「ううん。それは無理」


暖かな太陽が顔を出し、穏やかな光を甲板に注ぐ。
日差しを一杯背中に受けながら、海賊達は甲板の上で賑やかに作業をし始めた。





END


 

<管理人のつぶやき>
CARRY ONさまのチョパ誕企画『RUMBLE BOMB!2』の協賛お礼作品で、「12.24」の続編です。
チョッパーの誕生日の夜にGM号に訪れたのはあの人。チョッパーは自分のものだと言い張るルフィを見てうれしそうな彼。そうそう、チョパはもっと自分に自信を持てばいいのよね。
彼が空に帰っていく様子はすごく幻想的。まさしく聖夜の出来事でした。
rokiさん、このようなステキな作品をどうもありがとうございました!

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