Nami My Nami ― ナミ、僕のナミ ―   −4−
            

ててこ 様






キィーッと音を響かせて、自転車を止めると、ゾロは道沿いにそれを置き、チョッパーをかごから降ろしてやった。ナミはヒョイと台座から飛び降りる。

湖のほとりに古びた小さなログハウスが一軒建っていた。
あれがヨハンじいさんの家だろう。

「俺は疲れたから、ここで寝てる」

ゾロはそう言うと、道沿いの草むらにドンと腰を降ろし、そのまま後ろに寝っころがった。
さすがのゾロもお疲れのようである。

「じゃあ2人で行って来るわ」

ナミがゾロに声をかけて、チョッパーを促した。
2人は連れ立って小屋に向かって歩き出した。

ヨハンじいさんは滅多に来ない客人が来たことにもびっくりしたが、その客が愛らしい少女と、これまた可愛らしいトナカイだったので二度驚いた。
しかしすぐに笑顔になり、家の中に2人を招きいれた。
顔中白いひげをたくわえた、優しい目のヨハンじいさんを見て緊張していたチョッパーはほっと安心した。

ヨハンじいさんが2人のためにアイスティーを用意してくれている間、勧められたソファーに座ってチョッパーはここに来た理由を一生懸命説明した。

2人は海賊であること、海賊といっても冒険ばかりしていること、よく怪我をする男が3人ばかりいること、そのうち一番ひどい怪我をする男は外で寝ていること、どうしてもその男を死なせたくないこと・・・。
リステアルが・・・・

「リステアルが必要なんだ。どうしても・・・。欲しい」

チョッパーは真剣なまなざしでヨハンじいさんの顔を見つめ、締めくくった。

「出来る限りご希望の金額に沿うようにします。」

ナミも援護射撃をする。

ヨハンじいさんはテーブルの上にアイスティーの入ったグラスを二つ置くと笑って答えた。

「いいでしょう。リステアルを差し上げましょう。あんまりたくさんはないんだが・・・」

そして二人に背を向けると、別の部屋に消えていった。

「「・・・・・・・・・・。」」

ナミとチョッパーは無言のまま見つめあうと、出されたアイスティーを一気に飲ん
だ。砂漠のようにカラカラになっていた身体に、冷たい液体が染み込むように流れていく。

2人が同時に空になったグラスをテーブルに戻した時、ヨハンじいさんが部屋に戻ってきた。手に巾着袋を一つ持っている。そしてそれをチョッパーに差し出した。

チョッパーはそれを受け取り袋の口を開けてみた。
その中には乾燥したリステアルの葉が沢山入っていた。

「こっこんなにたくさんいいのか?!」

チョッパーは驚いて尋ねた。ヨハンじいさんは空になった2人のグラスにまたアイスティーを注いでやりながら、ゆっくりと頷いた。

「えぇ。いいですよ。」

「あのぅ・・・代金のほうは・・・」

ナミは知らず上目遣いになって恐る恐る聞いた。

(持ってきたお金で足りるかしら・・・・)

「代金は要りません。」

ヨハンじいさんは笑って答えた。

「「!!!!!」」

2人はびっくりして顔を見合わせた。これだけに量のリステアルは市場だと6万ベリーはくだらないはずだ・・・。

「この暑さの中、わざわざこんな遠いところまで来てくれるなんて、嬉しい話です。」

ヨハンじいさんは本当に嬉しそうにチョッパーに向かって言った。

「そうだな・・・。代金の代わりに君の経験してきた冒険の話を聞かせてくれませんか?丁度人恋しくなっていたところなんです。楽しくてワクワクするような物語は千金に値します。」

「うんっっ!!話ならたくさんあるぞっ!えっとぉどこから話そうか・・・・。そうだっ!俺が始めてルフィに会った時のことからがいいなっ!あれは俺が・・・・
・」

チョッパーは目を輝かせながら話し始めた。


カサッ・・・・。
音がしたのでゾロは片目だけを開けて、音のした方をチラッと見あげた。ナミが太陽を背にして片手に氷の入ったグラス、もう片手にアイスティーの入ったガラスジャグを持って立っているのが見えた。

「・・・・薬あったのか?」

ゾロは上半身を起こしながら尋ねた。大きくのびをしてあくびをする。

「えぇ。しかも無料でゲットできたわ」

ナミはそう言うと自分もゾロの横に腰を降ろし座った。

「無料?・・・お前どんな魔法をつかったんだぁ?」

ゾロが片眉をあげて尋ねた。

「私じゃないわ。チョッパーが呪文を唱えたのよ。目をキラキラさせて・・・」

ナミはグラスとジャグをゾロの目の前に差し出して答えた。

「なぁる・・・。ありゃ効くからな・・・」

ゾロそう言うと当たり前のようにジャグを手に取り一気に喉に流し込んだ。そし

その後グラスを取ると中の溶けかかっていた氷を口の中に放り込み、バリバリ噛み砕いて食べた。

「・・・・マナー最低・・・」

ナミが眉をしかめて言う。

「ラブコックみたいなこと言うな」

ゾロはそう言うとまた身体を草の上に横たえた。

「チョッパーは?もう帰れるんだろ?」

「う〜ん。今話をしてあげてるの。冒険話をね。それが代金の代わり・・・」

「・・・今、どこらへんだ・・・?」

「アラバスタに着いたあたりだったわ」

「・・・・・・。もう少しかかるか・・・」

「そうね」

ナミは何とはなしにそこら辺に咲いている露草を摘みだした。
気のせいか吹いてくる風が少し涼しくなっている。セミの鳴き声ももうあまり聞こえない。
湖畔は海と違って優しくゆっくりと波立ち、心地良いリズミカルな波音を響かせていた。
ゾロは目を閉じて、また眠ってしまったようにピクリとも動かない。
しかし、太陽が眩しいのか眉をしかめたので、ナミは自分が被っていた麦藁帽子をゾロの顔の上にそっと置いてやった。

「・・・・サンキュー・・・」

ゾロのくぐもった声が聞こえた。

ナミはつかの間の陸の平和をかみしめていた。


ナミの手に花束になるくらい露草が集まった時、チョッパーの声が遠くから聞こえてきた。

「ゾローッ!ナミーッ!お待たせーッ!!」

チョッパーはもらった巾着袋を大事そうに両手で抱えながらこちらに向かって走ってきた。

ログハウスの玄関先にはヨハンじいさんがパイプを咥えておだやかな笑みを浮かべ、そんなチョッパーの後姿を見送っていた。

ナミは集めた露草をその場に置くと、ゾロの顔の上に置いていた麦藁帽子を取り上げ自分の頭の上にのせた。

ゾロは急に眩しくなったので思いっきりしかめっつらになったが、何も言われないのに自分から上半身を起こした。

チョッパーがゾロのそばまで駆け寄ってきて、手にした巾着を自慢げに見せながら言った。

「ほら!リステアル!手に入ったぞッ!」

「ほぅ・・・。これで今まで以上に無茶できるわけだ」

ゾロがニヤッと笑ってチョッパーを見た。

「ダッ駄目だぞ!ゾロはこれ以上どうやって無茶するっていうんだっ!!」

チョッパーは真剣になって怒り出す。

ナミはそんな2人を笑って見つめて、空になったグラスとジャグをヨハンじいさんに返しに行った。何度も礼を言ってログハウスを後にする。

ゾロは両手を自分のほうに差し出すチョッパーの両脇を持って、自転車のかごの中に乗せてやった。サドルをまたいで片足をペダルにかけると、後ろに座っていたナミの腕が自分の腰に回ってきた。

ゾロは再び自転車を漕ぎ出し、帰路につく。

「ありがとー!ありがとー!」

チョッパーとナミはまだ玄関先で自分達を見送っていてくれるヨハンじいさんの方を向いて、何度も何度も声をあげた。

ヨハンじいさんは真夏に吹いたきまぐれな風のような3人の姿が見えなくなるまでずっとそこに立っていた。


 

自転車はゆっくりと進む。



もう夕方になっていた。


夏の夕暮れは不思議なグラデーションを見せてくれる。
まだ空は青いのに陽射しだけはオレンジ色で、水彩絵の具が溶け合うようなその
微妙な色合いは見ているだけで心を落ち着かせてくれる。
吹き抜ける風は昼間のような暑さははらんでおらず、熱のこもった身体を優しく撫で付けていた。

遠くから聞き慣れぬ虫の声がする。

カナ カナ カナ カナ・・・・・・

セミなのだろうか・・・。昼間のそれとは違う声に、ナミは独り言のように呟いた。

「・・・・セミ・・・・・なのかなぁ・・・?」

「ヒグラシっていうんだ。夕方になると鳴き始める」

その独り言にゾロが答えた。

「ふ〜ん」

ナミはそう言うとゾロを見下ろした。ナミは器用に台座の上に立っていた。手をゾロの肩の上に乗せて、いつもよりずっと高い視界を楽しむようにキョロキョロと流れる景色を楽しんでいた。

「ヒグラシは一鳴きするたびに、木を少しづつ移動するんだ。だからたくさんいるように聞こえるんだ」

「へぇ〜・・・」

ナミは感心したようにそう呟くと、ヒグラシの鳴き声が聞こえてくる林の方を見た。
その時自転車のスピードがほんの少し落ちたような気がした。
ナミが前方に目をやると、かごの中のチョッパーがコクリコクリとふねをこいでいるのが後姿でもわかった。

「・・・・疲れちゃったのかな・・・」

ナミは思わずクスッと笑いながら言った。

「みたいだな。えらくはしゃいでたからな・・・」

ゾロが答えた。

「トナカイってのは夏には弱いんだろ?本当は」

「根性あるからね!チョッパーは」

「俺もあるぜッ!・・・売るほど」

「ならそれ売って、借金早くかえしてよ!」

「るっせぇっ!!」

そう言うとゾロは嫌みったらしく付け加えた。

「口を閉じてろっ!ナミ マイ ナミ!」

ナミはハッとなって、顔を赤くして叫ぶ。

「やッ!やめてよッ!それッ!みんなの前でそれ言ったら、借金倍にするわよッ!」


「俺が黙ってたって、チョッパーが流行らすさ!」

ゾロはヘラヘラと答える。

「もうッ!!」

ナミはこっぱずかしくて、身の置き所がなくなり、とりあえずゾロの頭頂部に手刀を振り落とした。
とうっ!!

「・・って!何で俺が殴られなけりゃならねぇんだっ!!」

「うっうるさいっ!!目の前にあんだもんっ!!」

2人の他愛もない会話は島の中心に戻ってくるまで続いた。


自転車を返し、『ものじち』だった白い刀を腰に納めるとゾロの翡翠色の瞳の色に一瞬ほんの少し金色が混じる。付き合いの長いナミだからわかるごくささいな変化だが、この金色の光彩をゾロの瞳の中に見つけると、ナミはゾロのなかの剣士という存在を改めて認識させられ、少し落ち着かなくなる。

「・・・さて、帰るか!」

ゾロは一息ついてからそう言うと歩き出そうとした。

自転車を返す時に起こされたチョッパーは目をこすりながら、ナミは自転車の持ち主のおじさんにお礼を言いながら、同時に叫んだ。

「「そっちじゃない・・・!!」」

「・・・・・・・。」

ゾロは振り上げた足の落としどころがなくなって、たまたま目の前にあった小石を蹴飛ばして見せた。
ふてくされて・・・。

ゴーイングメリー号につく頃にはもうすっかりあたりは薄暗くなっていた。夜気が昼間の熱をすっかり追い払ってしまい、気持ちいいくらいだ。
ルフィが3人を見つけて「お〜い!!」と船首に座りながら手を振っているのが見えた。
どうやら、他のクルーも全員復活しているようだ。

3人が戻るとすぐに出航となった。

ゴーイングメリー号は夏の島を後にした。



サンジは朝と昼の分まとめたような豪勢な夕食を作っていてくれた。食事中、チョッ
パーはずっと今日一日の出来事を皆にしゃべり続けている。

自転車のことや、親切だった島民のこと、ヨハンじいさんが無料でリステアルをくれたこと・・・。

そして・・・

「・・・・ナミ マイ ナミ!」

チョッパーの口からとうとうその言葉が飛び出した。

「ぶっっ!!」

サラダを咀嚼中だったナミはそれを聞いたとたん吹き出しそうになった。

それを見てゾロがクックックッと肩を揺らして、隣で笑った。

(・・・な?言ったろ?)

目でそう言う。

ナミは慌ててチョッパーを口止めしようとしたがもう遅かった。

「・・・・?何だそりゃ?」

サンジが眉をひそめて聞き返したのだ。

「ナミのことをそう呼んだんだ!優しい言葉だろ?
だからナミのことこう呼ぶんだ!ナミ マイ ナミって!」

「・・・・・・・・・・・。」

チョッパーの台詞にクルーは全員無言のまま顔を見合わすと同時にニヤッと笑った。

無邪気なトナカイの口から漏れた、不思議と言った方も、言われた方も心が温かくなるその言葉は、かくして・・・・・



クルーの間で大流行した。



「ナミ マイ ナミ ハーブティーはいかがですか?」

一番真っ先に使ったのはサンジだった。ことあるごとに『ナミ マイ ナミ』を連発する。

「女部屋のドア、修理しといてやったぜ!他に用はないか?ナミ マイ ナミ?」

ウソップも面白がってよく使った。

「お〜い!あれ島か?上陸できるか?ナミ マイ ナミ!」

ルフィもごく当たり前のようにそう呼んだ。

「ナミ マイ ナミ。この本借りてもいいかしら?」

しまいにはロビンにまでそう呼ばれナミは覚悟を決めた。

それにその言葉は照れくさいが嫌な気分にはならないことは事実だった。



ナミ マイ ナミ ! 僕の・・・ナミ!!



ナミはあの日以来手紙を書き続けている。
幾ら書いても書き足りないのだ。書いた手紙は山のように溜まっていく。ノジコに今の自分の気持ちを素直に書きとめていった結果だった。

それは、カモメ郵便がその分厚い手紙の束を一目見て「くぇ〜」と抗議の声をあげたくらいの量になった。ナミは珍しく料金をはずんでやった。
「お願いねぇ〜」と、空高く舞い上がったカモメに声をかけ、手を振る。

ココヤシ村までは一ヶ月以上はかかるだろう・・・。
あの手紙がノジコにつく頃には、また書き連ねた手紙が山のように積まれているに違いない・・・。


ナミが手紙をカモメ郵便に託す頃になると
『ナミ マイ ナミ』は影を潜め、誰の口からも聞かれなくなった。
飽きっぽいクルーの性格に感謝しつつも、ちょっと寂しくなっている自分がいることに気づき、ナミは苦笑する。


ただ・・・・


なぜだろう・・・・。


ナミが自分でも気づかないほどの寂しさを感じたり、訳もなく少し落ち込んだりする時、必ずあの翡翠色の髪と瞳を持つ剣士は、決まって少し口角をあげて、静かな声でこう言ってくれるのだ・・・・。

「・・・・・どうした?・・・何かあったのか?」


「・・・・ナミ マイ ナミ・・・・」


『僕の、ナミ。』と・・・・。






Fin




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<管理人のつぶやき>
キた?涙腺にキたでしょ?(うるうる)

ゾロ、ナミ、チョッパーの薬を求めての自転車道中記。話の中で彼らと共に自転車に乗って、爽快な風を全身に浴びた気がします。
坂道との挌闘は自転車に乗ったことのある人なら誰もが分かる困難な場面。「うえ〜」って思うよね。でも、だからこそ共感できる。ゾロがその荒行に挑み、それを応援するナミとチョパに見事に同調できました。
その楽しい体験を通じて、チョパの記憶が揺り起こされます。昔、本を読んで覚えた素敵な言葉。それを誰かに言ってあげようって思うところがまた健気じゃないですか(涙)。しかもナミに対して言ってくれるなんて感激です。繰り返し言われる度にじんわりと心に響きます。ゾロも言ったときは嬉しくてひっくり返りそうになったよ!(笑)
炎天下で、暑くてたまらなくて。でも、とても幸せに包まれた旅でした。

個人的には、ナミが麦藁帽子をゾロの顔の上に置いてあげたシーンが大好き。なんて素敵なのかしら〜。
帰りは行きと違ってちょっとシットリと。夕方の情景が目に浮かぶよう。
前かごチョパは最後まで殺人的に可愛かったv(笑)

でもなんと言ってもラストが素晴らしかったです。それまで元気いっぱいで明るい調子だったのが、最後は静かにやさしく物語の幕が下りたような気がします。

ててこさん、素晴らしいお話をどうもありがとうございました!
読めてとても幸せだったよ。そして、連載完結おめでとう&お疲れ様でした!!

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