お父さん WA 心配症 〜Happy Birthday Daddy!!〜 −2−
            

ぞの 様






ピンポーン

玄関のチャイムが鳴った瞬間、オレは立ち上がってものすごい勢いでそこまで走って行った。
しかし、扉を開けるときには心臓がドキドキしていた。

「すまん、ロビン! 原稿は……!」

両手を合わせて、頭を下げた。しばしの沈黙。これが一番怖いんだ。

「何してんの? お父さん」
「んあ?」
おそるおそる顔を上げると、そこには呆れ顔のナミが両手に荷物を抱えて立っていた。
「あ、お父さんおめでとうございまーす!」
その後ろからは諸悪の根元のグルグルマユゲがヘラヘラ笑っている。
「……なんでおめェが一緒なんだ? あァ?」
「いやだなー、お父さん! オレも誕生会に呼ばれてるじゃないですかぁ」
「呼んだ覚えはねェぞ! おいナミッ!」
視線を娘に向けると、ナミは上目遣いでオレを睨みつけた。ちょっとだけドキっとした。
「サンジ君ちでお父さんのケーキ作ってもらったのに……」
「たっ、頼んだ覚えは……!」
「お父さんのバカ。サンジ君、入って!」
そう言ってナミはオレを押しのけて家の中に入って行った。グルグルマユゲはえへへと笑いながらナミの後について行った。

バカって言われた。ナミにバカって言われた……。
オレよりもアイツの方が大事なのか? なあ、ナミよ。オレは非常に悲しいぞ……。

途方に暮れていると、またあのうるせェクラクションが鳴りやがった。

「おやじ、ただいまー」
「お父さん、ただいま」
「お邪魔します、おじさま」
「オッス! オヤジ!」

「ウソップ! なんでおめェが一緒に……ビビ! 健康のために歩けっていつも言ってんだろうが! ああ、カヤちゃんいらっしゃい……ルフィ! オヤジって呼ぶな!」

中学生4人組が仲良くリムジンに乗って帰ってきた。ぞろぞろと連なってオレの目の前を通って家の中に入っていく。

「これからお父さんのお誕生会の準備するから、いいって言うまで覗いちゃダメよ?」
「お、おう……ありがとよ、ビビ」
「おじさま、おめでとうございます。私もお手伝いに来ました」
「カヤちゃん、わざわざ悪いなァ」
「オヤジ! 何か食いもんあるか?」
「オヤジって呼ぶな! おめェにやるもんは何もねェ!」
「ルフィさん、クッキーならあるけど」
「うひょー! サンキュー、ビビ!」
「ビビッ! 甘やかすな!」
「おやじー」
「あァ? 何だウソップ?」
「客」
「客だァ?」

すっかり眉間にしわを寄せた状態で振り返ると、そこには満面の笑みをたたえた背の高い女性が。

「……は」
「おめでとうございます、先生」

人間、本当に怖いモノを見たときは笑っちまうって言うが、それはおそらく本当なんだろうと思う。

「はははは……」
乾いた笑いが流れていく。
「おめでとうございます」
もう一度、一文字ずつ丁寧に丁寧に言われた。
「おう、ありがとよ! じゃっ!」
ひきつった笑顔でそう言って扉を閉めようとしたら、あっと言う間にそれは阻止された。この女は時々、人間技じゃねェくらいに動きが早い。
「ふふ」
「ロッ、ロビン……すまん」
「私へのプレゼントはもう準備してくださいました?」
にっこりと微笑まれると、オレみてェに後ろめたい理由がなければ、普通の男なら骨抜きにされちまうところだ。
「実は……その……」
なるべく目を合わせないようにもごもごしていると、ロビンは素早くカバンから携帯電話を取りだした。
「……もしもし? ニコです。ええ……」
出版社にかけているのだろう。あごに携帯を挟んで、カバンからシステム手帳を取りだし、ペンで何かを書いていたかと思うと、次は封筒を取りだして書類をチェックし、それを別のファイルに移し替えながら、時計の時刻を見ながら爪をかむ。その動作の素早さといったら、一体手が何本あるのかと思わせる。
「……了解。じゃあ今日は帰りませんので」

なにっ!?

ピッ、と携帯を切ると、ロビンはもう一度微笑んで「そういうことですから」と言った。
「お誕生会が終わるまではおとなしくしていますから。私もお手伝いしてきますね」
何というか、オレはヘビに睨まれたカエルのように身動きひとつ取れなかった。

……言えねェ。娘のスカートの心配をしていて、原稿が書けなかったなんて、絶対に言えねェ!

がしがしと頭をかいて、オレも家の中に入った。とりあえず、誕生会まで頑張ってみるとするか……。

「師匠、お茶を入れてきました」
障子の向こう側からたしぎの声がして、道着姿のまま茶を持って入ってきた。
「あァ? 一人で練習してんのか? 何だったら相手してやろうか?」
「いえ、大丈夫です。師匠はお忙しいようですし……」
すり足で畳の上を歩いてくるたしぎの足もとに、何か妙にイヤな予感がした。身構える。
「みなさんはお誕生会の準備でバタバタしているし、私は何もお手伝いできな……きゃあっ!!」
見事に予感は的中し、たしぎは自分の道着を踏んで前のめりにつまづいた。小さな盆と湯呑みは宙に放り出され、スローモーションでオレの方に向かってくる。

原稿だけは守らねば!

視界の遠くにたしぎがうつぶせになって倒れている姿を確認しながら、オレは盆と湯呑みをハッシと掴まえて、体で原稿が置いてあるテーブルをさえぎった。

バシャッ……

「うぁッッちィィィッッ!!!」

湯呑みより少し遅れて飛んできた茶は、真上から降ってきて、オレの頭から上着からハラマキまでびしょぬれにしてしまった。
「し、師匠、すいませんっ!!」
わたわたとメガネをかけ直してオレの方を心配そうに見ているたしぎをよそに、オレはじんわりと染み入ってくる熱さにしばらくの間身もだえていた。

ったく、何て誕生日だ。

キキィッ!

ぶすっとした顔でティーシャツに着替えていると、垣根の向こうにトナカイ運輸のクール便のトラックが止まった。
「ゾロー! 来たぞー!」
「おう、チョッパー」
「北海道からすっげえ海の幸を持ってきたぞ! オレからのプレゼントだ」
「そうか、ありがとうよ」
チョッパーの登場に少しホッするのもつかの間、何やら黒くてでっけェカタマリがトラックから白い冷気をまといながら運び出された。

どどんっ!

「……気持ちはうれしいが、これを一体どうしろってんだ? チョッパー」
マグロのように横たわってるそいつは……、いや表現が悪い。そいつは正真正銘のマグロなんだ。
「めったにお目にかかれねえんだぞ! エレファントホンマグロ!」
「いや、だからよ……どうやって食えってんだよ!」
親切も、行き過ぎるとただの迷惑ってェのはこういうことなんだろうか。

「おおっ! エレファントホンマグロじゃねえか! トナカイのおっさんが持ってきたのか?」

振り返ると、目をキラキラさせて、うずうずしているグルグルマユゲがいた。その隣で「なになに?」と顔を出すナミ。くっつき過ぎだ! 離れろってんだ。

「うおーっ! うまほーっ!!」

今度は反対側ででっけェ声を出すルフィ。「うわあ、すごい!」とルフィの肩越しに顔を覗かせるビビ。おめェらもくっつき過ぎだ! 

「どうやって食うんだ?」

呆れて腕組みをしながら立っているウソップ。そこからちょっと距離を置いた場所でカヤちゃんがため息をついて興味深そうにマグロを見ている。……おめェはもうちょっとカヤちゃんに近づく努力しろ、ウソップ。なあ。

「オレに任せとけ! 余すところなく調理してやるよ!」
そう言って自信満々に胸を叩くグルグルマユゲ。そこにいる全員がおおーっと羨望のまなざしでヤツを見る。ナミなんて、何だ? 「期待しててよー?」なんて鼻高々に言いやがった。まるで女房気取りだ。

おもしろくねェ。非常におもしろくねェ! オレの誕生日だってェのに、ちっとも楽しくねェぞ!

「先生、お誕生会まではもうちょっと時間があるみたいですよ?」
ロビンがオレの背後でふふっと笑って言った。

あァ……楽しくねェ誕生日だ。



「お誕生日おめでとう!!」

座敷のでっけェテーブルを囲んで、オレの誕生会が始まった。
「はい、お父さん」
ビビがあれこれ料理を皿に取って、オレの前に並べてくれる。やっぱり気配りのきくいい子だ。それに、ルフィとは離れて、オレの隣に座ってくれる。ルフィはちょうどオレの真正面の席で、マグロのお頭にかぶりついている。
「鼻がうめぇよ! エレファントホンマグロ!」

「ナミさん、あーん!」
ナミに向かってデレデレしながら口を開けているグルグルマユゲ。オレは睨みをきかす。何かやってみろ。すかさずオレは背後にある真剣「和道一文字」を引き抜いて、おめェののどもとに当ててやるからな!
「自分で食べなさいよ」
あっさりとかわすナミの姿に、ほっと胸をなで下ろす。
「カヤ、もっと食えよ」
「うん、ありがとう」
ぎこちなーい距離でほのぼのと会話を交わしているウソップとカヤちゃん。
だから、おめェはもうちょっとプッシュしてもいいっつの、ウソップよ。
「ビビ! これうめぇぞ! ホラ食え!」
そう言ってビビの口にスプーンを持っていくルフィ。
何してやがる。ビビがそんなはしたねェマネするわけねェ……。
「うん、おいしい」
「!?」
ビビが……! ビビがっ! あのビビがっ!!
何のためらいもなく、ビビはルフィが差し出したスプーンをパクっとくわえた。
その様子を見ていたナミとグルグルマユゲは一瞬「あっ」と声を出して固まった。
「ナミさぁん、オレたちもー」
「いやよ、恥ずかしい」
グルグルマユゲはスプーンをナミの口元へ持っていく。ナミは顔を赤くしてそっぽを向く。
そう、それでいいんだ、ナミ! 男女の関係は清く正しく美しくだ! 

「先生、いかがですか?」
隣に座ったロビンが、ビール瓶を持ち上げる。
「おう、悪りィな」
「サービスするのは今だけですから」
スパッとそう言われて、オレの口元はひきつった。ロビンはくすくすと笑っている。
「先生、さっきからものすごく怖い顔してますよ?」
「なっ……!」

……見透かされてる。

かあっと赤くなると、ロビンはトクトクとオレのグラスにビールをそそぐ。そんな様子を見たチョッパーがひやかした。
「ゾロ! なんだかお似合いだぞ! 誕生日プレゼントに新しいお嫁さんをもらうってのはどうだ?」
「何を……!」
さらに真っ赤になって慌てふためくと、そこにいる全員がワハハと笑った。

ナミをのぞいては。

「何言ってんのよっ!」

ずかずかと短いスカートをひるがえして、ナミはオレとロビンの間にやってくるなりそこに割り込んで座った。
「変なこと言わないでよね! たぬきおじさん!」
「トナカイだっ!」
間髪入れずにチョッパーが言い返す。でも、ナミはそんなことにはおかまいなしに怒鳴り続ける。
「あんたも何よ? 編集者のくせになんでここにいるのよ? ずうずうしいにもほどがあるわよ」
そう言ってロビンにつっかかるナミの肩を押さえてオレも大きな声を出した。
「ナミッ! 何てこと言うんだ。失礼だぞ? ロビンに謝れ」
キッとオレを睨んだナミの目には涙が溜まっていた。
「お父さんは、お母さんのこと、もう好きじゃないんだ? そうなんだ?」
「ナミッ!!」
さすがにオレも怒鳴ったら、ナミはオレの手をはたき落として目をこすりながら立ち上がった。
「お父さんのバカッ!!」

今の「バカ」は一番オレの心に突き刺さった。

バタバタと廊下を走っていくナミの足音が遠くなって消えてしまうと、座敷の中は静まりかえってしまった。
「早く追いかけろよな、おやじー」
ため息をつきながらウソップが言った。心配そうな顔のグルグルマユゲも、席を立とうとはしない。
「お父さん、おねえちゃんはきっと、お父さんを取られちゃうと思ったのよ」
ビビが訴えかけるような目をしてオレを見上げた。
「ごめんなさい、何か誤解させてしまったようですね、私」
ロビンが悪びれた様子もなく、淡々と言った。
「いや……すまん」
一言だけ謝って、オレは部屋を出た。

……寂しいのはオレだけかと思ってた

ナミもビビもウソップも、オレの知らないところで勝手に大人になっていくような気がしていた。
くいなが生きていたら、きっといろんな悩みを聞いてやったんだろうが、男のオレにはそんな甲斐性もねェ。でも、心配で心配でたまらねェから、ついつい大声で怒鳴っちまう。オレにはそういうやり方でしかあいつらとの接点が持てねェんだ。

寂しかったんだ。4人で手を繋いでいたのは、ほんの数年前のことなのに。
どんどんどんどん、ひとりでなんでもできるようになって、彼氏だか彼女だかそんな相手を見つけてきて。オレだけの子供たちじゃなくなっちまった。
寂しかったんだ。オレひとりが置いていかれるような気がして。

オレは、寂しかったんだぞ?

「……ナミ」
道場の裏にうずくまっているナミの姿。そういやオレに怒られたら必ずここに来てうずくまっていた。
要領のいいウソップや、優等生のビビを叱ることなんて滅多になかった。いつもナミを叱っては、ここに迎えに来ていた。

最後にここに来たのは、いつだっけなァ……。

「あっち行け! バカッ!」
「ナミ、悪かった」
それでもナミはうずくまったまま、顔を上げようとしない。
「お父さんなんて、再婚でもなんでもすればいいじゃない!」
「だからナミ……」
「それで、お父さんはお母さんのことなんて忘れていっちゃうんだ!」
ひっく、と肩を揺らして泣いているナミに近づいて、その肩をがしっと掴んで引き寄せた。
「オレはなあ、ナミ」
ふと空を見上げると、夕焼け色に染まった雲が流れていった。
「母さんのことを思わない日なんて、一日もなかったぞ?」
顔を伏せたまま、ナミはじっとしていた。
「……一日たりとも?」
「あァ、一日たりとも。毎朝、写真に向かって手を合わせて、母さんと会話してるぞ?」
「……お母さんのこと、好き?」
「もちろんだ」
「一番好き?」
「あァ、一番だ! 今までも、これからもずっとな!」
ナミのオレンジ色の髪をわしゃわしゃと撫でてやる。
「おめェこそ……その、オレなんかよりアイツの方が好きなんだろ?」
「……アイツ?」
ようやく顔を上げたナミの目は、少し赤くなっていた。
「あのグルグルマユゲ……ビビはルフィだし、ウソップもカヤちゃんと……おめェらこそオレのことなんてどうでもよくなってんじゃねェのか?」
きょとん、とした顔でしばらくオレを見ていたナミは、プッと吹き出してケラケラと笑った。
「何言ってんの? お父さんはお父さんじゃないの!」
ばっと立ち上がったナミのスカートがひるがえって、やっぱりオレは顔をそむけたけど、ナミは笑いながら言った。

「私たちはお父さんが大好きよ! 今までも、これからもずっと、ね!」

じわり、と目頭に熱いものを感じた。ゴシゴシとこすってごまかして、ぼんやりする視界であたりを見回すと、そこには家家の隙間を縫って差し込んだ夕陽の光に溢れていた。思わず目を凝らす。

「ナミ、あの白い花は……」
道場と塀の間にあるだだっ広い草むらに、その白い花は揺れながら群生していた。
「うん、お母さんの花よね」
「いつの間にこんなところに……」
白い花はオレンジ色の光を受けて、温かい空気をまとって揺れている。オレと子供たちをやさしく包んでくれた、くいなの温かさそのものだ。
「私もこの間気づいたのよ。今日はお父さんの誕生日だから、昨日摘んできてテーブルに飾っておいたの。気づいてた?」
「あァ……もちろんだ」

クッ、クッ、とこみ上げる笑いをこらえる。飛んだ取り越し苦労だったなァ、くいな。
お前はこんなすぐそばに、オレたちのすぐそばにいてくれたんだな。

……ナミのスカートの中が誰の目にもさらされなくてよかった。本当に、よかった。


「おめでとう、おやじ!」
「おめでとうございます、おじさま」
ウソップはカヤちゃんの見立てで、オレに新しい万年筆をくれた。絶対にこれを口実にして、ウソップはカヤちゃんを誘って買い物に行ったのだと思うと、微笑ましくて、このオクテな長男の恋が是非とも成就すればいいと願う。

「師匠、私からはこれを」
たしぎがくれたのは、果たしてどうやって使ってよいものか、「剣之道」と書かれた銅器の置物。
まあ、道場のどこかに飾っておいてやろう。
「ありがとうよ。もうひとつ、大学推薦入試合格もプレゼントしてくれよ?」
「は、はいっ。がんばります!」

「お父さん、はい!」
次女のビビがくれたのは、手編みのハラマキ。
「お父さん、今ちょうどハラマキしてないし、つけてみて? ね!」
満面の笑みでそう言われると、つけないわけにもいかず、オレはうつむきながら「
LOVE DADDY」とオレンジ色の文字の入った緑のハラマキをつけた。
「わあ、お父さん、素敵よ! とっても似合ってる」
そう言って手を組んで喜ぶビビを見ていると、その場にいる誰もが笑ってはいけないと必死でこらえていたということは、本人には言わない方がいいんだろうと思った。

「オヤジ! オレからもプレゼントやるよ!」
「だから、オヤジって呼ぶなって言ってんだろ!」
ルフィはにししし、と笑って両手を頭の後ろに置いた。
「ここにいるみんなを、バリにあるオレんちの別荘に招待してやるぞ!」
おおーっ、と全員がどよめくと、ルフィは得意そうにまたしししっと笑った。

……ちなみに、オレは飛行機が大ッきれえだ。

「んじゃ、お父さん! オレからは」
「おめェからはいらん!」
間髪入れずにグルグルマユゲの言葉をさえぎったが、ヤツは余裕の表情でふふーんと笑っている。
「そんなこと言っていいのかなー? これはナミさんのリクエストなんだけどなぁ」
「なにィ?」
「そうよ、お父さん。私がサンジ君のおうちに頼んで、特別に作ってもらったの」
ナミにそう言われると、受け取らざるを得ず、オレはその白い大きな箱のフタを開けた。
「じゃーん! まりもケーキでーす!」
嬉しそうにオレの顔をのぞきこむナミには見えない場所で、オレの顔はひきつっていた。

でっけェ緑の丸いケーキに、眉をひそめた無愛想な顔が描かれている。

ナミといい、ビビといい、我が娘ながらこいつらのセンスはよくわからねェ……。

「オレはエレファントホンマグロだったからな!」
チョッパーが嬉しそうに言った。
「ごめんなさい、先生。私は……」
ロビンがふふ、と笑った。
「おう、わかってるって。気持ちだけで十分さ、ありがとうよ」

そう言って、そこにいる全員を見渡して、オレは正座して姿勢を正した。

「みんな、今日は本当にありがとう。オレは幸せもんだと心から思う」

こんなこと、そうそう言ったりしねェんだが、今年の誕生日は何か非常に特別に思えたから、顔を真っ赤にしながらも、オレはその場にいる全員に礼を言いたかったんだ。

「そうよ。こんな素敵な娘がいるんだから!」
「お父さんは幸せね!」
そう言ってオレの両側に座ってナミとビビが腕を組んできた。
「素晴らしい息子だっているぜ? なあ、おやじ!」
ウソップがオレの背後に立って両肩に手を置いた。

「あ、ちょうどいい! 親子そろって写真撮ってやるよ!」
そう言ってチョッパーがカメラをかまえた。
「じゃあ写すぞー?」
「あ、ちょっと待ってください!」
そう言ってたしぎが立ち上がったとき、やっぱりオレはちょっとイヤな予感がした。
「せっかくですから、このケーキも一緒に……わあっ!!」

つまづいたたしぎの手から離れた「まりもケーキ」は放物線を描いて、オレたち親子の方へ飛んできた。
「わっ!」
「きゃっ!」
「うおっ!」
三人の声が同時に背後から聞こえたと思った瞬間、眉をひそめた無愛想なまりもの顔がオレの目の前にどアップで迫ってきていた。

後で見た写真には、オレを盾に体をひそめている子供三人と、ものすごい形相でまりもケーキと対峙しているオレの姿。飛んでいるまりもケーキはブレていた。


「さて……これから原稿か。徹夜覚悟だな……」
風呂上がりの濡れた髪をタオルでゴシゴシこすりながら、濃いコーヒーを持ってオレは仕事部屋に入った。
「おや?」
そこにいるはずのロビンの姿がない。テーブルの上を見るとさっきたしぎからもらった「剣之道」の銅器をペーパーウェイト代わりに、一枚のメモがあった。

『お誕生日おめでとうございます、先生。私からは時間をプレゼントします。締め切りは1日延長してもらいました。どうぞ、親子水入らずでお過ごしください。  その気がないわけじゃない編集担当より。』

「はは……3人の子持ちだぞォ?」
冗談ぽく言ってみた。やっぱり、おれは担当に恵まれているらしい。今日のオレがあるのはこの待つのがキライで、その気がないわけじゃない編集担当のおかげだな。


くいなの写真の前で手を合わせる。

今日でオレはお前よりまたひとつ年上になってしまった。これから、どんどんどんどんオレはお前よりも年を取っていく。ナミも、ビビも、ウソップも、いずれお前の年を追い越していくんだなァ……。

どうか、オレたち家族5人、、が、ずっとずっと幸せでいられますように。


慌ただしく過ぎた一日。オレの誕生日が終わる。天井を見上げながら、ゆっくりと目を閉じた。



あたたかい感触がして、うっすらと目を開けた。窓の外はもう朝の淡い青と薄いねずみ色が混ざり合っている。
「……ん?」
見ると、オレの布団の中にもぐりこんできたナミがいた。すやすやと、規則正しい寝息。
ぎゅっとオレの体に抱きついて、胸の上に顔を置いてナミは眠っている。
こんな近くでナミの顔を見るのは久しぶりだな。まだまだあどけねェ顔してやがる。

もう少ししたら、母親に似てくるのだろうか……。
いつかはナミも、ビビも母親になる日が来るんだな……。
どんな男にもらわれていくんだろう。

一瞬、頭に浮かんだグルグルマユゲとルフィの顔を、オレは顔をブンブン振って追いやった。
やらん、やらんぞ! あんなやつらにはオレの大事な娘は絶対にやらねェ! やらねェぞ!

なあ、ナミ。もっともっといい男はいるんだぞ? できれば、誠実で真面目な男と幸せになってくれ。願わくばオレのような……。父親に似た男と。

腕をもぞもぞと動かして、昨日と同じようにナミの髪を撫でてやった。くすぐったかったのか、ナミはくすくす笑いながら首を傾げる。楽しい夢でも見てるんだろうな。きっと、親子で手を繋いで歩いている夢でも……。

「……やぁだー、サンジ君。まだダメだって言ってるじゃないのぉ……」

……んなにィィィィッ!?

「こらっ! ナミッ!!」
飛び起きて布団をひっぺがす。
「きゃあ! いきなり何よ!?」
「おっ、おめェは一体何てェ夢を見てるんだ!?」
「はあ? 夢?」
「あのグルグルマユゲの夢を見ることは、断じて許さんっ!!」
「何言ってんのよ! どんな夢見ようと勝手でしょっ!」
部屋の中に明るい光が射し込んで、新しい一日の始まりを告げる。


くいな、オレはお前の分まで、子供たちを守っていくぞ。命を賭けて。


「……ダメだっ! ダメだダメだダメだ! ダメだったらダメだっ!!」

そしてまた騒々しい朝がやって来る。





おわり



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<管理人のつぶやき>
私、このお話読んで大声出して笑いました。会社だったのに(汗)。
ゾロダディの娘ナミへの溺愛っぷりがたまりませんな(笑)。
ナミは気は強くて、普段は素振りに見せないけど、お父さんが大好きです。もちろん次女のビビも長男のウソップも。それぞれいい彼氏彼女もいて、幸せいっぱい。でもゾロはナミのお相手サンジくんにだけは手厳しい(笑)。それでもいつかは取られちゃうんだろうなァ。父親の悲哀を感じるね〜(面白いケド)。
弟子のたしぎ、編集者のロビン、バイク便屋のチョッパーも温かくゾロ一家を取り巻いて、ゾロの誕生日はほのぼのあったかい素敵な一日になりました。

ZEALOTS' ZENITHAL ZONE様のゾロ誕企画『HARAMAKI UNION』でのDLフリー作品です。
頂こうかどうしようか迷っているうちに時間が経過してしまいましたが、先日お願いして無事頂いて参りましたv ぞのさん、素敵なパラレルハートフルコメディをありがとうございました!

尚、この作品は
ZEALOTS' ZENITHAL ZONE様にて今後連載予定だそうです!
うわ〜めちゃくちゃ楽しみだよう!!

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