久しぶりにルフィの夢を見た。
真っ白な濃霧の中、かろうじて姿の見えるルフィが身振り手振りをして、何か語りかけている。
目も口も大きく開けて、満面の笑顔で体を揺するように、飛び跳ねるように。

しかし、何を言っているのかは分からない。
ただ、ナミと、名前を呼んでいるのだけは理解できた。

そのほかは何かに耳障りな音――砂嵐のような――に防音されているように聞き取れない。

ああ、もどかしい。


――なんなのよ!聞こえないったらーー!





愛のある島2  



act1:ナミ


ナミは、癇癪を起こした自分の叫び声に驚いて目を覚ました。
こんな起き方をしたのは初めてのこと。しかし、起きた直後はなぜ自分があんなにも叫んだのか、そして自分がどこにいるのか分かららない。しばし混乱。
しばらくして、ああ自分は夢を、ルフィの夢を見ていたのだと得心する。

ルフィの夢なんか見たから、記憶が混乱したのだろう。まるで、昔の海賊の頃に戻ったような気持ちになってしまった。
ルフィがそばにいて、頼もしい仲間達と一緒に広い海を航海してた頃の。

けれど、見回すと、やはりここは自分の部屋で、自分のベッドの上で、いつもと何ら変わらない光景で。
そんな自分に苦笑いしながら、ナミは掛け布団をめくり、静かにベッドから足を下ろした。
フローリングの床を素足で歩き、窓辺に寄り添った。
もうカーテンでは遮り切れないほどの外の明かりが、ナミの部屋の中に忍び込もうと目論んで生成り色の麻布と最後の揉み合いをしているようだった。
そんなカーテンの合わせ目に両手を掛け、思いっきり左右に引くと、その勢いのまま窓を押し開けた。
途端に眩しいほどの陽光が部屋に差し込んできて、ナミの身体を射し照らしぬく。
思わず目の前に手を翳して太陽の光線を遮る。
指と指の間の向こうには、抜けるような青空が広がっているのが見えた。

「いいお天気ー。」

(今日はなんだか良いことがありそうな予感がする)

根拠のなくそう思い、今日の予定を確認しようと壁掛けのカレンダーを見る。
今日の日付欄に予定が書き込まれていた。
今日はサンジがこの島――カテドラルアイランドへやって来る日だ。
確か、昼には港に着くと、彼はナミに手紙で伝えてきていた。それで、ナミは港まで彼を迎えに行く約束をしてたのだった。
そうと気づくと、今度は時間が気になった。本棚の上の時計を見やると11時。

「えーー!? うっそーー!」

道理で外が明るいわけだ。太陽はあと1時間で南中する時刻だったのだ。
ここから港までは車で早くても40分はかかる。サンジは昼には港に着くというのに。
どうしてこんなに寝坊をしてしまったのか。目覚ましを掛け忘れていたというのもあるが、昨日深夜に大学での仕事がようやく一段落して気が抜けていたというのが理由としては大きいだろう。
慌ててクローゼットを開いて、着替える。目にも鮮やかなコバルトブルーのTシャツ。胸元には大きく「PIRATES」という白文字が抜かれている。そして色褪せて膝小僧が擦り切れたジーンズ。大学教授として働くナミは普段パリッとしたスーツを着ているが、オフの日ぐらいはラフな格好で過ごしたい。
階下に下りる前に、隣の部屋をノックすると同時に開ける。

「ジュニア!今日サンジくんが来る日でしょ?迎えに行くわよ!」

枕を抱いて、ベッドの天と地とは反対にジュニアが腹這いになって眠っている。
ジュニアは寝相が悪い。そして、寝起きも悪い。
だから、これしきの声ではピクリとも反応しなかった。

(これは父親の血かしらね)

ナミはそんなことを思った。

「ジュニアーー!」

もっと大声を出して耳を引っ張った。
ようやく目が半分ほど開く。でもまだトロンとしている。

「サンジくんを迎えに行くって、夕べ言ったでしょう?もう11時なの。早く起きないと、彼を待たせることになっちゃうわ。」

すると、「家で待ってる・・・」という、なんとも緩慢な寝ぼけた声が返ってきた。
そしてそのまま、再び夢の世界に旅立ってしまったのか、もういくら呼んでも反応しなくなった。
やれやれと肩を竦めて、ナミはジュニアの部屋を後にした。

ルフィとナミの子、ジュニアことモンキー・D・ルフィJr は、12歳になった。来年の春には小学校を卒業する。
ジュニアは卒業後の進路を、ナミが勧めた自宅近くの進学先ではなく、郊外にある難関の全寮制学校を目指すと一人で決めてしまった。
友達が目指しているから、自分もそこを狙いたいのだという。
そのため、この頃は夜遅くまで受験勉強に励んでいる。
そのこと自体は別にいい。
問題は、そのため部屋に閉じこもりがちになったこと。出てきても居間のソファでだらだら寝て過ごしたりしていること。それでナミが小言を言うと、うるさそうに耳を塞いだりすること。

友達の影響なのだろうか、ジュニアは少し変わった。急に大人びたような物言いをするようになった。あまり、ナミの言うことを聞かなくなった。

(あんなに素直だったのに)

ちょっと前までは、“母さん母さん”って、甘えてきたのに。
12歳ならまだまだ親に甘えてもいい年頃だと思うけど。
しかし、ジュニアは小さい頃からとてもしっかりした子供だった。だから普通の子と比べるのは間違っているのかもしれない。
ナミもジュニアが今、思春期の入り口に立っていることは頭では理解できている。でも、心がまだついてきていなかった。
ともすれば、いつまでも素直な子供のままのジュニアを求めてしまう。

受験に無事合格すれば、春からジュニアは家を出て寮生活だ。戻ってくるのは週末だけになるだろう。
これからはどんどん難しい年頃になっていく。どんどんナミから離れていく。やがては自分の仲間を見つけて、自分の世界を作っていく。
それが成長だと分かってはいても、やはりどこか寂しかった。

階段を下りて洗面所へ向かい、オレンジ色の髪を後ろに一つに束ねてヘアバンドをしてから顔を洗い、薄くメイクした。
リビングのソファに昨夜放り出したままになっていたバッグを肩に掛け、玄関ホールへ。
下駄箱の上に置いてある車のキーを引っつかむと、扉を開いて家の外のガレージに向かった。

車で閑静な住宅街を通り過ぎて行く。
ナミの車は幌を外すとオープンカーとなる。今日はすこぶる天気がいいので、久しぶりにオープンにした。
何ものにも遮られることのない初夏の日差しがキラキラとまぶしい。
ダッシュボードからサングラスを手探りで取り出し軽快にかけて、またハンドルを握り直した。
ナミは夏生まれなせいか暑さには強い方だ。
それにこの時期になると心も体も浮き立つ。
誕生日がある月だからだろうか、何か特別な月なのだ。

特徴のある黒い屋根と白い建物が並ぶ中心街を抜けると、途端に木々の緑が多くなった。ナミの車にやさしい木漏れ日が投げかけられる。頬を撫でる風もずっと涼しくて爽やかだ。街の中心部よりも、少なくとも3度は気温が低くなった気がする。
街中と違い、ここまでくると、車の数もぐんと減った。これは港まで、快適なドライブとなりそうだ。

さぁて、あともうひとふんばり。気を引き締めていきますか。
ナミはハンドルを握り締め、少しアクセルを強く踏んだ。

港へ行けば、ここのところ忙しくて行けなかった海を見られるだろう。

大好きな青い海がナミを迎えてくれるだろう。




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