サンジは港の岸壁に立っていた。
間もなく、カテドラルアイランド行きの周航船の出航時刻だ。
そんなサンジの背後に近寄る影が。

「サンジさん・・・。」
「うわ、ビックリした!なんだギンかよ。驚かせんな。」
「済まねぇ、サンジさん。これから、どこかへ出かけるところですか。」
「ああ、ちょっとな。」
「どこへ?」
「聞くなよ、野暮用だ。悪ぃな。いつも食いに来てくれてんのに。今日から3日ほど、店も休むんだ。」
「いいんだ、サンジさん。今日はコレを届けに来ただけだから・・・。」

え、と思いながら、ギンが差し出す紙片を受け取る。

「これは・・・・」

その時、サンジの背後で、出航を告げるドラの音が鳴り響いた。





愛のある島2  



act2:サンジ


「ちょっと待てよ!それは前回までは没収されなかったぞ!」

愛用の包丁やぺティナイフが入国審査で引っかかった時、サンジは珍しく声を荒げた。

「前回の入国は1ヶ月前ですね?申し訳ございません。規定が2週間前に変わりまして、ナイフ、包丁類も持ち込みができなくなりました。」

マジかよ。

「所有権を放棄されない場合は、当局で出国時までお預かりいたします。いかがいたしますか?」

所有権を放棄すれば、即廃棄というわけだ。
もちろん、放棄するはずがない。今まで苦楽を共にしてきた道具だ。
もはや道具と呼ぶのは間違っている気がする。第2の手と言っても過言ではないほど大切なものなのだ。

「それでは、保管料として10000ベリーを徴収させていただきます。代用の品は免税店でお求めになれます。では保管の証として、このナンバープレートをお持ちください。」

入国審査官は、まるで機械のような表情と音声で話し終えると、サンジの前に真鍮製のナンバープレートを差し出した。


「クソ!」

入国審査所の門を出て、開口一番にサンジの口から漏れた。
ギリと、タバコのフィルターを口の端で噛み締める。
腹いせに足元に転がっていた空き缶を蹴っ飛ばした。カーンと乾いた音が響く。
見ても仕方ないと思いつつ、恨みがましくも愛用のナイフ類から、今は変わり果てた姿となったナンバープレートを睨みつける。

ここはカテドラルアイランド。サウスブルーにある世界政府非加盟国。
世界政府のならず者達もこの国に入国すれば、世界政府の法権力が及ばないため、それらの輩の入国申請が後を断たない。しかし、入国の際には非常に厳しい入国審査を受けることになる。簡単には入国できないのもこの国の特徴だ。

ナミがこの島に移住してから5年。サンジは既に20回以上入国しているが、段々と審査基準が厳しくなっているような気がする。
今までは調理道具は厳しいチェックを受けながらも、持ち込むことができた。それなのに、今回来てみれば、持ち込みできないという。
調理道具なんてどれでもいい。確かにそうだ。違う調理道具でも料理はできる。が、サンジにもやはり愛用のものがあった。
そして、その道具によってもてなす相手が、他でもない彼女であるなら、尚更のことこだわりがある。

とその時、けたたましくクラクションが鳴る。
その音に、サンジは顔を上げた。

「お兄さん、乗ってかない?」

磨き上げられたライトグリーンのボディのオープンカー。
黒のサングラスをかけた運転席の女が、サンジに親しげに手を振る。
その振動で一緒に揺れるオレンジ色の髪。

「ナミすゎーーーん!!!」

入国審査所での憂さも一瞬で忘れて、弾けたようにサンジが両手を高々と掲げて叫んだ。

「ちょっと、サンジくん、いい男が台無しよ。今ちょっとニヒルでいい顔してたのに。」
「え?そう?どう、こんな風だった?」
「もうムリムリ。瞬間芸だったわね。」
「俺の顔は瞬間芸なのかぁ。でもすげぇ嬉しい。ナミさんに迎えに来てもらえるなんて、幸せだ〜。」
「約束してたじゃない。大げさねぇ。」
「ああ、なんて今日は佳き日だ!仕事は?いいの?」
「昨日で一段落しました。さ、乗って乗って。」

促されて、サンジが助手席に乗り込んだ。
ナミがゆるやかに車を発進させる。

「随分お怒りだったわね。」
「え?」
「出てきた時。"クソ!"って」
「聞かれてたか。恥ずかしいな。」
「どうしたの?」
「いやぁ、包丁類を没収されたんでね。さすがにちょっと。」
「なるほど。サンジくんにとっては命みたいなものだものね。」
「このごろ、どんどん規制が厳しくなってるみたいだけど。」
「確かになってるわね。この頃、入国者の犯罪が増えてるの。彼らの多くが、審査の目をごまかして武器を持ち込んでる。だからもっと厳しくしようという方向に動いてるの。」
「でも、料理用の包丁やナイフまで没収ってのは納得いかねぇな。」
「そうね、道具には罪はないのにね。あ、ナンバープレート貰ったのね。」
「あ、うん。」

サンジは真鍮製のナンバープレートを、まだ手の平の上で弄んでいた。

「私も一つ持ってるわ。」
「え?ナミさんが?」
「でもね、カテドラルアイランドの多くの人達も入国審査の厳格化には賛成してる。それだけ治安が悪化してるのよ。」
「へー。」
「特に、世界政府下で賞金首になってる人の入国審査は、狙い撃ちよ。」

ハンドルを握るナミが、チラリと横目でサンジを見る。
当然のことながら、サンジにも現在は賞金がかかっている。
サンジは肩を竦めた。

「もう新規の移住者を受け入れないことも検討してるみたい。それはカテドラルアイランドの精神には反しているんだけど。」

カテドラルアイランドは、そもそも国の創始者が元海賊だったと言われている。
政界政府と海軍に追われ続けて疲れ果てた一船の海賊の船長が、最後にこの島に辿り着き、もう一度人生をやり直すためにこの国を建国したと。
だから、同じように人生をやり直したい者、人生の最後に安息を求める者に救済の手を差し伸べるのが、建国以来の精神となっていた。


ナミの車は、滑らかに海岸沿いの道路へと出た。行きとは違い、帰りの道は海岸線を走ることにしたのだ。行きよりも少し時間がかかることになるが、海を見ながらのドライブは最高だ。
もうすぐそばで、夏の陽光を浴びた海面が、キラキラと眩しい光を放っている。
磯の香りが鼻腔をくすぐる。
オープンカーなので、潮風をダイレクトに肌で感じられる。

「あー!海ーー!久しぶりーー!」
「へ、そうなんだ?じゃ、最近は別荘にも行ってない?」

ナミの別荘は、海を渡った対岸の島にある。カテドラルアイランドは二つの島からなっている。
そこへ行く時には、ナミは自分の船を操っていく。
昔の仲間達がナミを訪ねてくる時は、たいていは別荘でもてなしていた。

「もう随分行ってないわ。」
「じゃ、明日にでも行ってみる?」
「そうね、そうしようか。ああ、こんなことなら無理矢理ジュニアを引っ張ってくるんだったな。そしたら、今このまま港から船を出して行けば済む話だったのに。」
「そういえば、ジュニアは?」
「あの子は留守番。まだ家で寝てるわ。この頃、朝にからきし弱いの。寝惚けてて、てんで使い物にならないんだから。」
「ハハ、そうか。なんか、似てきたね。」
「ええ、そうね。ほんとに・・・・。」

ナミもサンジも、同じ男の顔を頭に思い浮かべていた。




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