「おにいさん、今日はいい情報があるわよ。」
午前中に買出しなどの用事を済ませて船に戻ってきた私は、前列甲板の欄干に凭れて寝るゾロの前に立つ。
ゾロは片目だけを開けて私を見上げた。
「・・・・いくらだ?」
「察しがいいわね。今日はネタがいいからね〜v 1万ベリーは欲しいわね♪」
「チッ、足元見やがって。」
「どうする?」
「前なら、身体払いで済んだのにな。」
「悪い冗談ね。」
ホントに。
悪い冗談。
愛というもの
今度は、マスト付近で大の字で寝転ぶ麦わら帽子をかぶった男の前に立つ。
「ルフィ、お待たせ。」
「おう。ゾロの用事、済んだか?」
「・・・・ええ。」
私は手にした紙切れを、ポケットの中に無造作に押し込んだ。
ポケットの中でひしゃげて、クシャっという音がする。
ゾロが書いた1万ベリーの借用証だ。
「じゃ行こう!とっとと行こう!」
「きゃ!」
ルフィが私の身体にぐるりぐるりと片方の腕を巻きつけて自分に引き寄せると、もう片方の腕は港にある時計塔の天辺を掴む。あとはゴムが縮む力を利用してひとっ飛び。
怖くて、咄嗟にルフィにしがみつく。ルフィはそんな私を見てシシシと嬉しそうに笑った。
今日久々に島に上陸して、買出しなどの仕事も終えた後、私はルフィと出かける約束をしていた。
ゾロと別れてからも、私は構ってほしい時だけルフィに甘え、ルフィもそれに応じてくれていたから、たまには私もルフィのために何かお返しをすべきかと考えたのだ。
一応付き合っているはずなのに、ルフィは恋人らしい振る舞いをすることがほとんどない。
今も、私より半歩前を両腕を振って市場を歩いている。物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回しながら、何か興味を惹かれたものを見つけてはそこへ駆け出していく。そんなルフィを追うのに一苦労だ。
買出しとかの用事ではなく、初めてプライベートで二人きりで出掛けているのに、このいつもと変わらない調子はどういうこと?
時折、あんた、私のこと好きなんじゃないの?と指を突きつけて聞いてやりたくなる。
ルフィは、むしろまだ私がゾロと恋人関係だった時の方がもっと大胆に私に迫ってきていた。
突然手を握ってきたり、抱き寄せたり、キスしようとしてきたり。
じっと熱い視線で私を追い続けたり。
そのうち何度も好きだの愛しているだのと、どこでそんな言葉を覚えたのかと思うほどの愛の言葉をぶつけてきた。
ルフィも男だったという事実を思い知らされ、正直なところドキドキしていた。少年のようだったルフィにそんな風に想われることが、こそばゆくもあり、誇らしくもあった。
とにかく、あの頃は隙を見つけては私を口説きにきていた。
でも私は相手にしなかったし、そんなところをゾロに見られたらどうしようと邪険に追い払うこともしばしばだった。
その後、ゾロと別れた。
出会った頃から私はゾロのことなら大抵のことは理解できて、だからこそ男の気持ちが自分から移ったことも分かったし、それで自分から別れを切り出した。だから悔いはない。
しかし、そう理性で理解しても感情は簡単にはついてきてはくれず、心にポッカリと穴が開いたような日々。
でもこの状態も、やがては時が解決してくれるだろう。
もうゾロは私の恋人ではない。
そうなんの疑問もわだかまりもなく、受け入れられる日がくるだろう。
そうして、私はルフィと付き合っていくことにした。
ゾロにフラれるような私を好きだなんて酔狂なヤツだという興味と、今は誰かにそばにいてほしいという甘えの気持ちが、私にそういう選択をさせた。
しかし、それは表面上のことで、まだ実質的なことは二人の間には何も起こっていなかった。
唯一あったのが、ゾロと別れた日。
ルフィにすがってわんわん泣いた。
そんな私を、ルフィは何も言わずに抱き留めてくれた。
一人になりたくなくて、しがみついて離れない私をそのままにして、朝まで付き合ってくれた。
そうでもしないとあの日の夜は、とてもじゃないが一人で耐えられなかった。
同じ空の下のどこかで、ゾロがかつて私を抱いたその腕で『彼女』を抱いているかと思うと、胸が張り裂けそうだったのだ。
でも。
それきり何もない。
しばらくルフィは私に何かを求めているような気配を見せたけど、私は気づいてないフリをした。
そんな私に、ルフィも決して深追いしてこない。
そして今は。
「あれなんだ?」
市場を通り抜けた後辿り着いた大きな噴水のある広場で、色鮮やかな衣装を着た男達が手にした二つの棍棒を投げ上げては受け止め、受け止めては投げている。
「ジャグラーね。」
投げてる途中でまた一本棍棒を加える。そしてまた一本。四本の棍棒を投げ上げながら、見事なまでに棍棒を巧みに捌いている。
やがて棍棒を投げる高さがどんどん高くなり、最後には全部の棍棒を投げ上げた後、見事に四本とも同時にキャッチ。次の瞬間には周囲の観客から一斉に歓声と拍手が沸き起こった。
ルフィも例外ではない。すげー!すげー!と叫びながら、頭の上で大きく手を打っていた。
ルフィは、何もなかった頃の無邪気な少年に戻ってしまっていた。
こうしていると、大きな弟の付き添いをしているような気持ちになる。
どうして?
確かに、ルフィの求めを散々無視してきたのは私の方だったけど。
今は私ももうルフィだけを見つめていこうと心に決めたのよ。
それなのにルフィは、私に興味を無くしてしまったのだろうか。
ゾロと別れた途端に、もう私のことはどうでもよくなった?
ルフィのことは、私には分からないことばかり。
何を考えているのか、これからどうしようとしてるのか。
ゾロにならばすぐ働く勘のようなものが、ルフィに対しては、ほとんど全く働かないのだ。
広場のあちこちで、他にも操り人形やパントマイム、動物を操ったショーなどの様々な大道芸が行われていた。
それを順々にルフィは見物していって、ひとしきり歓声を上げる。
ようやく見終わって、疲れた私は広場に設けられたベンチの一つに腰掛けた。
ルフィもぴょんと飛んできて、私の横に座る。
両足を伸ばして前に投げ出して、満足そうな笑顔。
「あー面白かった!」
「あんたはそうでしょうね。」
「・・・・・。」
「どしたの?」
「ナミは・・・・面白くなかったのか?」
さっきまでの笑顔はどこへやら、急に神妙な顔つきになって、ルフィがじっと私を見る。さも心配そうに。
な、なんで急にそんな私を気遣うようなセリフを言うのよ。
少年に戻ったルフィ。
でも。
やはりルフィは、もう昔のような無邪気なままの少年ではなくなっていた。
「よし!次はナミの好きなところ行こう!」
「え、いいわよ別に。」
「そうか?」
なんでそうアッサリ引き下がるのよ。
ここはもう一押しする場面でしょ。
「じゃ、俺行きたいとこあるんだ。朝に一人でブラついてる時に見つけたんだけど。」
もうルフィの頭の中は次なる興味に移っていた。
そんなルフィに苦笑いしながらも尋ねる。
「どこ?」
「分かんね。」
「それじゃ行けないじゃない。」
「でも行きたいんだ。」
「そんなこと言っても、場所の目星もつかないんじゃ行けないわ。何か目印とかないの?」
ぶんぶんとルフィは首を振る。
はぁと私は溜息が出た。こういう地理に対する姿勢はどうしてこうもゾロと似てるのか。
「なんかさ〜〜、薄暗くて、細い道でクネクネしてて。」
薄暗い表情をし、両腕を伸ばしてくねくねと蛇のように動かす。
しかし、そういう抽象的な情報では辿り着けない。
「それから〜、ドクロのマークが入った看板があって〜。」
今度は空中に指を突き出して、その絵を描こうとしていた。
そして私はその言葉を聞いてピンと来た。
その看板は私も午前中の買出しの道中に見た覚えがある。
あれは確か・・・・。
「こっちよ!ついてきて。」
約20分後、私が午前中に見かけた看板の場所まで辿り着いた。
看板の絵はジョリー・ロジャー。ルフィが惹かれるわけだ。
「お、これだこれだ。」
「端に場所の地図が書いてある。この路地の奥にあるんですって。飲み屋さんみたいよ。」
「よし、行ってみよう。」
そうね。海賊である私達に相応しい店かもしれない。今夜はそこで夕食をとるのも悪くない。
思った以上に大道芸広場で時間を過ごしたようで、日が傾き始めていた。
空を見上げて時間を読む私の手に、すっと指が絡んできて驚いた。
ルフィが、私の手を握っている。
ちらりと隣に立つルフィの顔を覗きこむと、いたずらを見つけられたような、それでいて照れた顔。
ルフィがこういう行動に出たのは久しぶりのことだった。私は素直にちょっと嬉しくなった。
少しだけ力を入れて握り返すと、もっと力強く力で手を握り返された。
そのまま手を引かれて歩き出す。
最初は歩いてたのだけれど、ルフィは途中から走り出した。その実、本人はどうもスキップしてるつもりらしい。それくらいルフィが浮かれている。そんな気持ちが手を通して私にもじわりと伝わってきて、いつしか私も心が浮き立ってきた。
前につんのめりそうになりながら、私は必死でルフィについていった。
しかし、突然ルフィが急ブレーキをかけたように立ち止まった。
あまりに急だったので、私はルフィの背中に顔をぶつけてしまう。
したたかに打った鼻先を手で覆った。
「もう、急に止まらないでよ!」
「戻ろう。」
「え、なんで」
ルフィがこちらを振り返った時、ルフィの肩越しに路地の奥を見えた。
(・・・・!!)
なに・・・・・あれ・・・・・・・。
時が止まる。
呼吸が止まる。
外界の音の全てが遮断される。
身体から一瞬で血の気が引く。
それなのに心臓の拍動だけが走り出す。
見たのは一瞬だったけども。
それは、ゾロと“彼女”が抱き合う姿。
「ひゃぁ!」
ルフィが、凍りついたように動けないでいた私を肩の上に担ぎ上げ、一目散に今来た道を戻っていった。
「大丈夫か?」
もう十分離れた場所まで来て、ようやくルフィは私を地面に下ろした。
声を掛けられて、ようやくハッと我に返り、ルフィの困惑した眼差しを受け止める。
「大丈夫。ちょっと、びっくりしただけ。」
そう言って私は目を伏せた。
ホントに、チョット、ビックリしただけ。
だって、こうなるよう仕向けたのは、私なんだもの。
こうなることを望んで、あの情報をゾロに与えたんだもの。
ゾロに売った情報。
それは“彼女”に関するものだった。
海軍が――彼女が――この島に駐留している、という情報を。
私は午前中の買出し中に街で彼女を見かけた。
ゾロと彼女は、そのお互いの属性から、ほとんど会う機会がないから、この知らせはゾロにとっての朗報だろうと思った。もちろん、あからさまに喜色の表情なんて見せはしないだろうということは分かっていたけど。
そして案の定、ゾロは私からその情報を買った。
私から、大嫌いな借金までして。
そんなにまでして彼女に会いたかったのね。
彼女のためにそこまでするゾロが憎らしい。
ゾロにそこまでしてもらえる彼女がうらやましい。
―――前なら、身体払いができたのにな
本当に悪い冗談だったわ。
あの時、かつてゾロの手が私の肌を撫でた感触を思い出し、身体の奥がじんと疼いた。
もう忘れたい、忘れなくてはならない、あの甘い痺れ。
物分りのいいふりをしてゾロと別れたけれど、本当は心の中は悔しくて悲しくて堪らなかった。
そんな自分が嫌で、内心をひた隠して表面上はなんでもないかのように振舞う。
我ながら呆れるほどの虚勢だ。
それもこれも、ゾロにだけは幻滅されたくないという理由なのだから、大した未練だわ。
でも、それが私に残された最後のプライドだった。
―――でもこの状態も、やがては時が解決してくれるだろう
―――もうゾロは私の恋人ではない
―――そうなんの疑問もわだかまりもなく受け入れられる日がくるだろう
そう思っていた。
でも、果たしてそうだろうか?
もしかしたら、私はいつまでもゾロに囚われたままなのでは。
そして私が、いつまでも本当の意味でルフィを受け入れられないでいるのも、
きっと心のどこかでゾロが私の元に戻ってくるのを待っているからだろう。
ルフィと、その、深い関係になったら、もう後戻りができなくなるから。
なんて浅ましい考え。
つくづくそんな自分に嫌気がさした。
「ルフィ。」
「うん?」
「次は、私が行きたいところへ、行っていい?」
***
宿の前に立った時、ルフィはすぐに私の意図を察したようだ。ぎょっと目を見開いていた。
でも私はルフィの制止を振り払って、フロントで一部屋のキーを受け取った。
そのまま振り返りもせずに宿の奥へと歩いていく。
ルフィがついてこないならば、それでもいい。
そんな気持ちで私は部屋に向かった。
そしてルフィは、ついてきた。
場末の宿の部屋は、ドアの建て付けが悪く、開閉の度にギィギィとうるさかった。
ドアを開けばすぐにベッドに足を取られそうなほどの狭い部屋。
先に入った私が、後ろについてきたルフィに振り返る。
でも、彼の表情を見る勇気は私には無かった。
「ルフィ・・・・。」
静かに、そして自分でも嫌になるほど甘い声で囁いて、ルフィにしな垂れかかった。
途端にルフィの身体が強張る。
「やめろ、ナミ。」
そう言われて、くじけそうになる自分を叱咤して、両腕をルフィの首に回してしがみつこうとした。
しかし、ルフィが私の手首を掴み、それを阻止した。
ようやくルフィの顔を見る。
明らかに怒気を孕んでいた。
「やめねぇと・・・・。」
ホントに襲うぞ、とルフィが驚くほど低い声で囁いた。
「構わないわよ。だって私は、あんたの女なんだもの。」
私の言葉に、ルフィは少し憮然とした表情をする。
分からない。どうしてそんな顔をするの?
単純なことじゃない。
私には、なかなか抱こうとしないあんたの方が不思議だわ。
「辛抱強いのね。本当は私を抱きたいんでしょう?」
もう辛抱する必要なんてないのよ。
私は右手を伸ばし、ルフィの頬をくすぐるようにして撫でる。
ルフィは顔をしかめて私の手を掴み、自分の顔から引き離した。
すこし目を吊り上げて私を見る。
「泣いてるヤツを、無理ヤリ抱けるか。」
その言葉に、私は目を見開いた。
「泣いてる?私が?」
「ああ、そうだ。ワンワン泣いてる。あの時も、今も。」
あの時とは、私がゾロと別れた直後のことを言っているのだろう。
でも今は、私の目には涙は無い。
私がそう考えたのを見越したように、ルフィは続けた。
「涙がなくったって、今ナミは泣いてる。悲鳴上げてる。それが分かるんだ。さっきゾロを見た時から。そうだろ?」
「そんなこと・・・・」
「ない、なんて言わせねぇ。」
そう言って、強い瞳で射抜かれた。
やはり、ルフィにウソはつけない。
分かっていたことなのに。
なんで、なんでルフィには分かるんだろう。
私の考えていることが。
そして――ゾロは決して気づいてくれなかったことが。
「そんなナミを、どうこうしようなんて思わねぇ。」
「でも私は、もうあんたのものになってしまいたいの。なりたいって思って、今ここまで来たのよ。」
「別に今じゃなくていいだろ。」
「でも、それじゃ、」
いつになったら、私を抱けるか分からないわよ?
私は一体いつになったらゾロから解き放たれるのかなんて、分からないんだもの。
「大丈夫だ。すぐにそういう時が来る。」
「だって俺とナミは、絶対うまくいくから!」
そう言ってルフィはニカッと笑った。
打算も衒いもない笑み。
どうして・・・・いつも自信満々にこういうことが言えるのだろう。
しかも何よりも胸をすくような嬉しい言葉をこともなげに。
そして、こういうところが、ルフィのたまらない魅力なのだ。
「さぁて、寝るかぁ。」
「寝るには早いわよ。」
「なんか眠くなってきた。今日はキンチョーしたからなぁ。」
「緊張?ルフィが?」
「ナミと出かけるなんて初めてじゃん。もう心臓バクバク。」
それだけ言うと、ルフィはそのままゴロンと大の字になって備え付けのベッドに寝転んだ。
これまたドアと同じようにギシギシと音を立てて軋む。
「ナミも早く。」
え?私も?と思った次の瞬間にはもう身体にゴムの手が巻きついて、ベッドに引きずりこまれ、仰向けのルフィに身体を抱きとめられていた。
今日はこんなのばっかり。
「ちょ、アンタ、何もしないって。」
「何もしないけど、いっしょに寝るぐらいいーじゃん。」
「でも・・・・。」
もごもごと口の中で呟いてみたものの、身体をずらしてルフィの腕を枕にしたら、もう起きる気がなくなった。
とても心地がいい。
それと同時に妙な気持ちにもなった。
今までに感じたことのない違和感。
ゾロとなら、もう何度も寝てきた。
もちろん、今までにもゾロだけでなく、何人かの男とベッドを共にしてきた。
でもそのどの時とも違う。
安心感というのだろうか、信頼感。
そう言ったら、ルフィは怒るだろうか。
男として見てないと。
「俺さぁ、ナミの気持ち、すげぇよく分かる。」
ルフィが唐突に話し出す。
私の気持ちというのは、あの、ゾロと彼女の姿を見た時の、身も心もが冷え切るような気持ちのことだろうか?
それでいて、怒りと悔しさで身を焼かれるような苦しみのことだろうか?
天井を見つめて話すルフィの横顔を、そのまま見つめる。
「なんでかっていうと、俺もそうだったから。」
「ゾロとナミが二人でいるところを見ては、俺も泣いてた。」
それは、ルフィも私達を見て嫉妬していたということ。
私は意外で、思わず白熱灯の明かりの下で見えるルフィの横顔をじっと見つめた。
いつもどこか達観しているルフィ。
人と違う感覚で、私達を驚かせ、まごつかせる。
そのルフィが嫉妬するなんて。
しかも、泣いてただなんて、信じられない。
きっと涙を流したりはしなかったのだろう。
今日の私と同じ。涙のない、私と同じ泣き方で。
私の視線を感じたのか、ルフィも顔を横に向けて私の方を見た。
「意外だったか?」
「ええ、とても。」
「その時に比べたら、今は、何百倍も幸せだ!」
「だって、ナミがちゃんと俺の方を向いてくれてるから。」
いつもゾロのことばかり見て、ゾロのことばかり考いていたナミ。
少しは俺のことも見てくれよ。
俺のことも気にしてくれよ。
でも今は、もうゾロとは別れた。
これからは俺の方だけを向いてくれようとしてる。
そのことが嬉しくて仕方が無い。
だから、抱くかどうとかなんて、どうでもいい。小さいことだ。
「あ、もちろん、ホントは今すぐでもいいんだけど。」
慌てたように、ルフィはそんなことを付け足した。
そんなルフィが可笑しくて、私は小さく笑った。
「なぁナミ、抱きしめてもいいか?」
自信無さそうにルフィが言う。
いつも自信満々なくせに。しかも私に対してこんなお伺いを立てるなんて。
私がいいわよと許しを与えると、子供のように無邪気に喜んで私の身体を抱き寄せた。
その力は紛れも無く男のものなのだけれど、それに対する怖さや恐れは全然無かった。
スッポリと身体を包み込むように抱かれ、私はルフィの胸に顔を埋めた。
背中にルフィの手が回る。温かい。
決して無体なことはしてこない。そう信じられる。
ヤル時はヤルと言う。それがルフィだろうと思う。
身体を預けながらふと思う。
出会った頃は、上背も私と同じくらいだったのに、いつの間にかルフィは私の背を遥かに追い越し、肩幅も大きくなった。
ゾロは出会った時から背が高くて逞しかった。
何度も助けてもらって、その優しさに気がついた。
闘いを挑み続ける気高い精神に恐れながらも惹かれた。
だから、ゾロが応えてくれた時は嬉しかった。
永遠に続くと思っていたのに。
もちろん、ゾロは今でも私にとっては大切な人。
でも、結局私は彼に応えるだけのものを持っていなかった。
それを持っていたのは“彼女”だったのだ。
先ほど見た二人の姿が脳裏に蘇る。
私はまた砂を噛むような気持ちになった。
不意にルフィが私を抱く力を強くした。
まるで、ゾロのことは考えるなというように。
やっぱりルフィには何でも見透かされてしまう。
私もそれに応えるように、ルフィの胸元のシャツをきゅっと掴んだ。
私は、ルフィは太陽だと思っていた。
この船を、仲間達を、果てはこの世界を、あまねく照らす太陽。
温かく万物を包み込むが、決して手が届かない。
太陽を手に入れられるはずがないのだから。
私のように太陽の周りを回っている衛星ではなおさらのこと。
でも、衛星は太陽に照らされることによって初めて輝く。
私は、ルフィによってもう一度輝きを取り戻せるだろうか。
ルフィの温かい腕に抱かれながら、私は目を閉じた。
その腕を通して私の身体の中に流れ込むのは、
確かなルフィの
愛というもの
FIN