ゴーイングメリー号はここ一週間ほど冬島付近を航行中。

今までに例を見ない極寒の気候にみんな辟易していた。

 

温かい眠りをください −1−

 

外は絶え間なく雪が降っている。
雪は雨と違って音がしないから、その存在は目でしか捉えられない。
また、逆にそれ以外のものも見えなくしてしまう。
白い雪の煙幕によって視界を閉ざされ、まるでこの海の上にはゴーイングメリー号しか存在しないかのようだ。
甲板の上ではルフィとウソップが飽きもせず、雪遊びに興じている。
ゾロの姿が見えない。きっと男部屋で寝ているのだろう。

「いやー冷えますねー。」

サンジは午後のお茶を入れながら、テーブルについているナミとビビに話し掛ける。

「ほんとね。凍えそう。いくら火気厳禁の船上とはいえ、ストーブは欲しいわね。」

ナミは相槌を打った。
船内にいても、3人とも防寒着に身を包んでいる。吐く息も白くなる始末。

「ええ、夜なんて本当に酷くて、ゆっくり眠れないもの。」

「じゃあ、僕が温めてさしあげましょうか?」

サンジがビビの前にティーカップを給仕しながら、恭しい物腰で言う。

「いえ、遠慮します。」

ビビに即、断られて少し意気消沈するが、当然返ってくる答えだろうと思っていたので、それほど気にはしない。

「そうよー、サンジくん。ビビには私っていう人がいるの。ねー?」

ナミは目の前に置かれたカップで手の暖をとり、意味ありげな笑いを浮かべながら、ビビに同意を求めた。

「ええ、ナミさんv」

とビビはニッコリ微笑んでナミに相槌を打つ。

「どういうことです?」

意味を図りかねて、サンジが少し怪訝そうな顔で訊く。

「あのね、私達、毎晩抱き合って寝てるの。」

ナミが笑顔で言った。

抱き合って寝てるの。

たっぷり3回、サンジの頭の中でエコーがかかった。

「あの、それって・・・。」

「ぶッ。サンジくん、なんて顔してるの?変なこと想像しないでよ。寒いから別々で寝るより、2人の体温で温めた方が布団も温かいでしょ?」

「あの、サンジさん。変な意味じゃないんですよ?」

「あ、ああ。そういうワケね。」

「毎晩、くっついて寝てるのよねー?」

ナミとビビが楽しそうに目を合わせて、声を合わせて言う。

夜毎、見目麗しい2人の女性が抱き合ってベッドの中で戯れる――――図を想像してしまい、サンジの頭の中はピンク色に染まった。

「最近はジャンケンで負けた方が布団に先に入って温めておくの。勝った方は負けた人の体温で布団が温かくなってから入れるのよ。」

「へー。」

「昨夜は私が勝ったのね。それでビビの後に布団に入ったんだけど・・・。」

ナミがそう言いかけると、

「ナミさんたら、ひどいんですよ!入ってくるなり、冷たい足をせっかく温かくなってきた私の足に押し当てるんです!」

「冷たさにビックリしたビビが私に顔面パンチをくれてね。」

「だから、あれはナミさんが突然あんなことするから!」

「あはは。分かってる。」

(なんか、女部屋って楽しそうだなぁ。俺も混ざりてぇ。)

と、サンジがほのぼのとそう思った時、キッチンのドアが開き、チョッパーが入ってきた。小脇に医学書を携えて。トコトコとそばに寄って来て、ナミの隣りに座る。

「なんか楽しそうだな。何の話だ?」

「寒くて夜、眠れないって話。チョッパーは平気?」

「オレはもともと、冬島育ちだから寒さには強いんだ。」

チョッパーは胸を反らせて、少し誇らし気に言った。

「トニー君がうらやましいわ。私は暑いところで育ったから、寒さは苦手で。」

「私もどっちかっていうとそう。ココヤシ村は年中暖かかったから。ねぇ、チョッパー、何か夜、寒くても温かく眠れるクスリとかって無いの?」

「何でもクスリに頼るのは良くないぞ。風呂に入って身体を温めた後、すぐ寝ることだな。そうか寝る前に温かい飲み物を飲んで身体の中を温めるんだ。」

「その方法はよく聞きますね。」

「温かい飲み物なら寝る前に限らず、いつでもお作りいたしますよ。」

サンジがハートの煙を飛ばしながら揉み手でナミに言う。しかしナミはサンジの方には目もくれず、

「それは既に実行してるのよ。それでも寒さが厳しいから、私達、抱き合って寝てるの。他に方法は無いの?」

「うーん、あとは漢方薬とか使って・・・。」

「漢方薬?」

「うん、簡単に言うと、唐辛子とか、そういう発汗作用を促す生薬を飲んだら、身体が温かくなる。」

その方法は身体が温かくなるどころではなく、熱くなりそうだ。それに寝る前に唐辛子をあえて食べる人がいるだろうか?

「それはちょっと遠慮したいわ・・・。私が欲しいのは、もっとこう、ふんわりと温かさに誘われるような眠りなのよ。」
「そうすると・・・。」

と、他の生薬の名前を思い出そうとしているチョッパーの手首あたりから肩までを、ナミはそろりと撫で上げた。

「うわっ、何すんだ!」

その感触にビクリとした反応を返すチョッパー。
ナミは目を白黒させているチョッパーを面白がって眺めている。
サンジとビビはそんな2人を少し驚いた目で見つめる。

「ごめん、ごめん。でもこの毛皮がいいわー。私もコレが欲しい。」

なおも、ナミはチョッパーの腕の毛をさわさわと撫でながら言う。
チョッパーは今、冬毛で、見た目にもモコモコしていて、確かに非常に温かそうな様子だった。

「そんな、コレはやりたくてもやれるもんじゃないぞ!」

道理である。

「分かってるって。ほら、ビビも触ってみて。こんなにフカフカ。」

ビビは向かいの席から手を伸ばし、チョッパーの肩に触れた。初めはおずおずとした形で、でも一旦触れると、その温もりと手触りの良さに誘われて撫でつけるように触れていく。チョッパーはくすぐったそうに身を捩った。

「ホント。すごく気持ちいい。ふわふわしてる。」

「でしょ?こんな毛皮に包まれて寝たら、温かくて気持ちいいだろうなー・・・。」

ナミは叶いそうもない願いを口に出してみる。・・・が、そこでナミの口角はゆっくりと上がった。
何かを目論んだ時のナミの表情。

「ねぇ、チョッパー。今夜一緒に寝ない?」

「「「は?」」」

ナミの誘い文句にサンジ、ビビ、チョッパーが同時に間の抜けた声を発した。

「チョッパーを抱きしめて寝たらきっと温かいと思うのよ。なんたって、全身、純毛のウール100%だもん。ゾロの腹巻なんて目じゃないわよね。」

自分の腹巻がこんなところで引き合いに出されているとは、ここにはいないゾロは夢にも思わないだろう。
しかし、ナミの言葉を聞いたサンジはすぐさま思った。

(ナミさん、こいつだって、もうすぐ16になろうとしている年頃の男なんですよ?)

夜に男部屋で時々囁かれる猥談。
チョッパーが聞かないフリをしつつも、良い耳でしっかり聞き耳を立てていることをサンジはよく知っていた。話に乗ってくるのも時間の問題だろう。
いや、別に変なことじゃない。自然なことだ。男だったらそういう話に興味があるのは当然だ。
そんなチョッパーがナミとくっついて寝たりしたら、興奮して鼻血どころの騒ぎではすまないのではないか。
しかし、ナミはそうは思っていないらしい。見た目のせいもあるのだろうが、まだチョッパーを男の範疇に入れて見ていないから平気で先ほどのようなことが言える。
サンジは少しチョッパーのことが気の毒に思えた。

「それ、いい考えですね!」

ビビも顔を輝かせて叫ぶ。ナミと同類で、やはりチョッパーを男と見ていないクチだ。
サンジはやれやれといった風に目を閉じ、額に手をあてた。

「そうでしょう?私とビビでチョッパーを挟んで寝るの。すっごく温かいわよ、きっと!」

ナミとビビは嬉々としてうなずきあっている。
サンジは想像してしまった。2人の肢体に挟まれてもみくちゃにされているトナカイを。

想像したのはサンジだけではなかった。今夜自分に降りかかるであろう身の上の出来事に思いを巡らせ、当のチョッパーはあわあわと口を開けて、真っ赤になっている。

「ね?チョッパー、いいでしょう?」

「トニー君、お願い!」

美女2人からのお願い攻勢に勝てる男がいるだろうか。

「えーっと、その・・・。」

いや、いない。

「・・・いいぞ・・・。」

チョッパーは形だけは渋々といった風に応じた。

その返答を聞いて、サンジは口に咥えていたタバコを落としそうになった。
この真面目なトナカイはきっと2人の申し出を断るだろうと思っていたのに。
(―――このエロトナカイめ。)
先ほど抱いたトナカイに対する同情が一瞬にして消える。

「ありがとう!チョッパー!」

ナミは嬉しさ余って咄嗟に隣りに座るチョッパーにギュッと抱きついた。

「わ、わ、やめろ!離せ!」

ナミの豊かな胸もとに顔面を埋めながら、ますます真っ赤になったチョッパーが必死で身を捩って抵抗するが、ナミは意に介さず、あーん、やっぱり温かい〜とかなんとか言っている。
チョッパーは嫌がりながらも嬉しさを隠し切れない。
ナミはチョッパーに対してはよくそうするので見慣れているとはいえ、目の前で繰り広げられる光景にサンジは少しだけ自分もトナカイに生まれたらよかったと思った。
言葉を差し挟みたいところだったが、2人の女性のあまりにも嬉しそうな表情を見ていると、機会を逸してしまった。

「じゃあ私達、今夜のために部屋を片付けてくるわ。チョッパー、今夜お願いねV」

ナミとビビはそう言うと、チョッパーに対して手を振りながらいそいそとキッチンを出て行く。
チョッパーはニコニコ顔で手を振り返した。
サンジはというと、そんなのどかな場面をモニターで見る観客のような疎外感。

サンジとチョッパーだけがキッチンに残った。

「おい、チョッパー。」

サンジのいつにない錆びを含んだ声にそれまでナミ達に向けていたニヤついた顔を瞬時に消して、チョッパーは恐る恐るサンジの方を見る。

「な、何?」

「おまえ、もうすぐ誕生日だったよな?」

サンジは胸ポケットから新しいタバコを一本取り出し、口に咥える。

「うん。」

タバコに火を点け、一息吸い込んで、また煙を吐き出した。長い煙が帯のように流れる。

「それに免じて許してやる。いい思いしてきやがれ。鼻血出すなよ。」

「え!」

てっきり、サンジから女部屋行き禁止令が出るとばかり思っていたチョッパーは、パッと顔を輝かせた。

「但し、今夜だけだ。明日もノコノコ女部屋へ行きやがったら、船外に蹴り出してやるし、このことを他の男連中にバラす。わかったな?」

「わ、わかった!」

チョッパーはビビリながらも大きく肯く。

(サンジは今夜は見逃してくれるんだ。もうすぐオレの誕生日だから。)

その心遣いがなんだか嬉しい。

(でも、なんか俺、すごくモテてるみたいで・・・。ああ、どうしよう。今夜は眠れそうにない。)

嬉しさが傍目にもわかるほど、チョッパーは口元を両手で押さえ、クフクフと笑いを漏らし始めた。
そんなチョッパーを見て、サンジは実に癪にさわったが、自分が許可を与えたことだから仕方がない。

「いいな?今夜だけだぞ!しかも一緒に並んで寝るだけだからな!手なんか出してみろ。今夜中に抹殺してやる!!」

「うふふふふ。」

「・・・・聞いてねーし。」

その夜、なぜか見張りでもないのに姿が見えないチョッパーのことが男部屋で話題になったが、サンジの取り成しのおかげで、それ以上彼の居場所が追求されることは無かった。

 

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