温かい眠りをください −2−

 

翌朝、いつものようにサンジは誰よりも早く起床した。
防寒具に身を包み、相変わらずの寒さに震えながらも顔を洗った後、散歩がてらに甲板に出た。
すると、船首のところで人影を認めた。

(あれは・・・桃色御殿で一夜を過ごしたチョッパーくんじゃあないか。)

と、心の中で幾分の嫉妬を含めて呟く。
昨夜、ナミとビビのたっての頼みを断りきれず、湯たんぽがわりのように抱かれたはずのチョッパー。
一体どんな夜だったのか、やはり非常に興味がある。自分では絶対に入ることはできない禁断の花園に彼は潜入したのだから。

チョッパーはルフィの特等席の左下辺りの欄干の隙間から顔を突き出すようにして海を眺めていた。

「よう、チョッパー。おはよう。夕べはどうだった?」

サンジは彼の真後ろに立ち、陽気に声をかけた。しかし、チョッパーは気付いていないのか、すぐには振り返らなかった。
不審に思ったサンジは欄干の上から覗き込むようにしてチョッパーの顔を見た。
驚いたことに、チョッパーは完全にベソかいていた。

「チョッパー?」

慌てたサンジがもう一度呼びかけると、チョッパーはようやく気付いたかのように、ゆっくりと頭上のサンジの方を向いた。そして、

「うわあぁぁぁん!!」

と大泣きして、振り向き様にサンジの長い足にしがみついた。

「お、おい?」

サンジはちょっと動揺した。足とはいえ、男にこのような形でしがみつかれるとは。

「泣いてたってわかんねぇ。一体どうしたんだよ?」

「オレ、オレ、ナミに嫌われた!」

ナミに嫌われただぁ?ナミさんがチョッパーのことを嫌いになるわけがねーだろ。それなのに嫌われたと思い込むとは?それは嫌われるようなことをナミさんにしたってことか?

「おい、このクソトナカイ!まさかナミさんに手ぇ出したんじゃ!!」

サンジは足元にいるチョッパーの上着の胸倉をつかんで、目の前まで引き上げた。

「くそう、俺、お前のこと信用して。俺は一体なんてこと許しちまったんだ!!」

「違うよ!オレ、手なんか出してないよ。そんなことしてない!!」

涙目ながらも、キッとした表情でチョッパーは反論した。

「ああ?じゃ、なんでナミさんがおまえのこと嫌いになったって思う?」

「それは・・・。」

「言えよ。俺にも責任あんだから。」

「うん・・・。」

サンジは掴み上げていたチョッパーを床の上に下ろし、今度は自分がチョッパーの目線に合わせるためにしゃがみこんだ。
チョッパーは話始めた。

「夕べ、ナミの部屋に行ったら、なんか歓迎会みたいなのされたんだ。お酒飲んで、お菓子食べて、珍しい本を見せてもらって、ウソップが作ったすご六やチェスで遊んで・・・。」

(まるで子供のお泊り会だな。)
サンジはそう思ったが、口には出さなかった。

「オレ、あんまりお酒強くないから、途中で眠っちゃって、自分で布団の中に入った記憶とか全然無いんだ。だから今朝・・・。」

そこでチョッパーは顔を赤らめて言いよどんだ。どうやら話の核心に近づいてきたらしい。

「今朝?」

サンジが先を促す。

「今朝、目が覚めたら、オレ、ナミとビビに挟まれて寝てたんだ。」

クソうらやましい。

「オレは顔を、その、ナミの方に向けてて、ナミはアレをつけてなかったから・・・。」

「アレ?」

「うん、アレ。」

「アレってなんだよ?」

「アレはアレだよ。」

「だからアレってなんだ?」

「アレと言えばアレだろ。」

「分かるか!もっと具体的に言ってみろ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・を・・・・・いるやつ・・・。」

「聞こえねぇ!」

「その・・・・いつも・・・ナミの胸を・・・覆っているやつ・・・。」

「ああ、ブラジャーのことか。」

「!!お前、男なのによくそんな恥ずかしい言葉が言えるな!信じらんねぇ!!」

チョッパーは変態でも見る目つきでサンジを見た。

「あほか!こんなんで言いよどむお前の方がよっぽど恥ずかしいわ!・・・っと、それはどうでもいい。ナミさんがブラジャーをつけていなかった。それで?」

話をもとに戻されて、チョッパーはまた、しどろもどろの態になった。

「そ、それで、ナミ、寒い寒いって言う割には、寝巻きが薄いんだ。もっと厚手のものを着ればいいのに・・・。」

話が逸れそうになって、チョッパーはサンジにジロリと睨まれた。

「だから、寝巻きが薄いから、ナミのアレが布越しに顔に当たって・・・」

またか。何となく、聞かなくても分かるような気はするが。

「アレとは?」

「アレだよ、アレ・・・女の胸の・・・先端に付いてるやつ・・・。」

「お前ね、一応、医療従事者なんだから、身体の部位名くらいサラッと言えよ。つまり、薄手の寝巻き越しにナミさんの乳首がお前の顔に当たっていたと、そういう訳だな?」

「うん・・・。」

「それで?」

チョッパーの目がまた潤み始めた。

「アレが当たってるって気が付いたら、オレ、頭の中が真っ白になって。」

「なって?」

チョッパーは目を固く閉じ、目尻から涙の粒を溢れさせた。

「は、鼻血を・・・。」

「ぶっ放したんだな?」

チョッパーは大きくうなづいた。

「それもすごい量だったんだ。自分でも信じられないくらい、止まらなくって。ナミの寝巻きの前も汚しちゃったし。オレが慌ててたら、ナミが目を覚まして、すごくショックを受けたような顔をしたんだ。きっと、オレのこといやらしい奴って思ったと思う。もう、ナミに合わせる顔がない。」

オイオイとチョッパーは泣き叫ぶ。
そりゃビックリしたろうよ。今の今まで子供だと思っていた奴が急に男になって目の前に現れたら。
けれど、ある意味仕方がない。これはチョッパーが健全な青少年である証拠。
しかし、彼はナミの信頼を失ったことが堪えるらしく、まだポロポロと涙を零し続けている。
その様子を見かねてフーッと溜息をつく。
さてどうしたもんかね。
やがてサンジは口を開いた。

「お前さ、今までのナミさんの扱いに不満はなかったか?」

「え?」

「夕べのことは典型だが、それって、今まで男扱いされてなかったってことだろ?俺だったらヘコむね、きっと。いくら仲間でも、信頼されすぎて男だと意識されないってのは。男だったら、いつも女を緊張させたり、ドキドキさせたいものだろ。」

「・・・・。」

「つまり、お前は今回のことでナミさんに自分は大人の男だって証明したワケよ。ナミさんも自分の胸元で鼻血吹く奴をもう子供とは思ったりしねぇ。」

「大人の男・・・。」

「そうさ。お前は立派な男なんだ。今朝のことは人生の節目だったと思って諦めろ。だからもう泣くな。」

サンジはそう言いながら、チョッパーの青い鼻にティッシュを押し当て、滝のように流れていた鼻水をとりあえず拭ってやった。

「チョッパー!ここにいたの。」

背後から突然、声がかかった。
ナミの声だ。
チョッパーは身体を強張らせ、すぐにはナミを振り返れなかった。ゴシゴシと腕で涙を拭う。
ナミはチョッパーの傍にサンジがいることに気付いて、それ以上声を掛けることに少し躊躇いを見せた。
すかさず、サンジがしゃがんだ姿勢から立ち上がり、フォローを入れる。

「ナミさん、今、こいつの反省会をしていたところなんです。」

「反省会?」

ナミが問い返す。

チョッパーは意を決して、ナミの方に振り返った。

「ゴメン、ナミ!あんなことして!オレ、オレ・・・!!」

その言葉を聞いて、ナミは最初驚いたようだったが、やがて申し訳なさそうな表情になった。

「ううん。チョッパー、あんたは謝らなくていいのよ。悪いのは私の方なの。私、深く考えもせず、あんなお願いしちゃった。ごめんね、子供扱いして。」

「え・・・。」

「チョッパーはもうすぐ16になるのに、あのお願いは無いわよね。私が非常識だった。」

「怒ってないのか?」

「怒ってなんかないわよ。むしろ自分で自分の言動が恥ずかしいくらいよ!チョッパーこそ怒ってない?」

チョッパーはふるふると頭を振った。
そしてようやく、チョッパーは強張らせていた表情を緩めてナミを見上げた。

「汚したパジャマのことは気にしないで。洗ったらすぐ落ちたわ。それから、ビビはこのことに気付いてないの。だから今朝のことは私達だけの秘密ね。」

そう言って、ナミは唇に人差し指を当てながら言った。そしてチョッパーからサンジの方にも目をやる。
サンジはもちろん、という意味で親指を立てた。
ナミはそれを確認すると、チョッパーの方に手を伸ばしかけたが、ためらい、手を引っ込めた。ナミのチョッパーを見つめる瞳が少し寂しげだった。

「じゃあ、私は部屋に戻るわ。また後でね。」

気を取り直したナミは明るくそう言って、二人のもとから歩き去った。

「良かったな。」

「うん・・・。」

「何だよ。まだ浮かない顔だな。」

「ナミ、やっぱりオレのこと嫌いになったんじゃないかな。」

「なんでまた。」

「だって、ナミはオレと話す時、どこかしらオレに触れていくんだ。帽子をこづいたり、ほっぺた撫でたり、肩に手を掛けたり。でも、今日は1回も触れてくれなかった。」

それを聞いて、サンジはまたもや溜息をついた。

「あのなー、ナミさんは俺やゾロと話す時には俺たちの頬を撫でたりしないだろ?」

「そんなの当たり前だろ。オレだからナミはそうするんだ。」

「そう、そしてそれはお前のことを子供と思っていたからだ。」

「あ」

「男と女はな、大人になると容易く触れ合えなくなるんだ。つまり、ナミさんがお前に触れなくなったのは、お前を大人の男として認識したってことだ。だからもっと喜べよ。」

チョッパーはサンジの言葉を聞いた後、少し俯いて、しばらく沈黙した。

「・・・・大人になるって、なんだか寂しいもんなんだな。」

「ああ?」

「オレさ、ナミに男として認めてもらえたっていうのは嬉しいよ。でも、もう前みたいにギュッて抱きしめてくれないんだ・・・って思うと。」

贅沢な悩みを言ってやがる、とサンジは思った。しかし、一理あるとも思う。

「そうだな。大人ってのは寂しいもんだ。だからよけいに求めちまうんだ。自分に触れてくれる相手を。」

「触れてくれる相手?」

「そうさ。大人になると触れ合いたくても触れ合えない。でも触れられたいと願っている。しかもガキの頃の触れ合いなんかじゃダメだ。自分の身体にも心にも触れて抱きしめてくれる相手でないと。そんな相手はそうそういるもんじゃない。それはまさしく自分にとって運命の女性なんだ。」

「運命の女性・・・。」

「唯一の女性を捜し求めて生きる。それが大人の男の人生ってもんだ。そんな女性と出会って抱き合えたら、お前、人生最高だぜ。」

サンジはそう言いながら、コートのポケットからタバコを取り出し、火を点けた。本日最初の1本。

チョッパーは紫煙をたなびかせて去っていくサンジを見送って、再び船首の欄干の間から顔を出して、今度は海ではなく、空を見上げた。
冬島を離れていっているのか、今朝は雪雲ばかりではなく、微かに青空が覗いている。

何となくだけど、サンジの言ったことの意味が分かる。
無意識のうちに今までも自分にとって大切なヒトを捜し求めていたような気がする。これは本能なのかもしれない。

ナミはオレのことをよく抱きしめてくれたけど、オレを運命のヒトと思ってそうしたわけじゃない。
むしろ、その候補にも入ってなかったから、抱きしめてくれてたんだ。
今日からはオレもその候補に入れてくれたのかな。
でも、もう今までのようにオレに触れてはくれないんだ。

誰かに求められて触れられたい。誰かを求めて触れ合いたい。

いつか運命の女性と出会って、
オレのことを身も心も抱きしめてくれて、オレもその女性を抱きしめる。

それはきっと人生最高の瞬間。

日々は輝きに満ち、身体は喜びに満ち、心は安らぎに満ちる。

そんな女性とともに生きていきたい。

そして夜には抱きあって、その時こそ本物の温かい眠りにつきたい。



Fin

 

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<あとがき或いは言い訳>
ワンピ小説第2弾。これを書いたのはチョパの誕生祭が華やかなりし頃でした。
「冬季限定抱かれたい男NO1のチョッパー」をモチーフにして書いたものでございます。実は最初は1のみのお話でした。「この後どうなったんだろ?」という自分の気持ちから生まれて来たのが2のお話です。
CARRY ON」様のチョッパー誕生祭に投稿いたしました。

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