イーストレイクの魔女 −5−




一週間後、再びゾロは東の湖の前に立っていた。
今日はちゃんと午前中にたどり着いたので、悠々と吊り橋を渡っていく。
湖面は水を打ったように静かで、この下に恐ろしい大蛇が眠っているとは想像だにできない。

魔女の城門まで来ると、「受付はこちら」と張り紙がしてある。
魔法というからには、何やらおどろおどろしてて摩訶不思議なことばかりかと思いきや、案外事務的というか、庶民的ななもんだなと感じてしまう。

「あ、ゾロー!どうしたの?」

受付には、チョッパーがいた。

「代金の支払いに。」
「それならここ(受付)で預かるよ。」
「いや、直接渡したい。」
「そう?今日は依頼者が多いんだ。しばらく待つことになるけど、それでもいい?」
「ああ、構わねぇ。」
「あ、揉め事は収まった?」
「おかげさまでな。」
「そうか、よかったな!ナミがわざわざ出向いたから、上手くいくだろうとは思ってたけど・・・・・。ナミが依頼事で城を出るなんて、めったにないんだよね。」
「・・・・・へぇ。」

相談者が多いという割には、ゾロが城内に入ってからも、そういった人々とは一人も出会わなかった。巧みに分断されてるのか、それとも相談者でない自分は別室に招かれているのか、その辺のところは分からないが。
ともかくもゾロは一つの居間に通されて、ナミがやってくるのを待った。

しばらくして、ナミが姿を現した。気だるそうに戸口にもたれている。数々の依頼をこなして疲れているのだろうか。
それでも相変わらず大きくて勝気な瞳でゾロをまっすぐ見つめてくる。
ゾロもまた魅入られたように目が離せなくなった。

「その後どう?」

居間に入ってくるなり、おもむろにナミはゾロに問いかけた。

「あ?」
「ユパ家の様子よ。」
「ああ、お前が言った通り、2日後にスカイピア家の当主が直々に挨拶に来た。詳しい事情は語らなかったが、縁談を無かったことにしてほしいって。うちの主人も、無条件でそれを了承した。」
「無条件とは、人が好いいのね。」

にやっとナミは笑って見せた。

「こっちも相手を責められる資格ねぇからな。」
「それもそうね。で、全てコトが済んだから、代金を支払いに来てくれたってワケね。」
「まぁそれもあるが。」

言いかけて止めたので、ナミは訝しげにゾロを見た。
ゾロはひたとナミを見つめ、頭を下げた。

「ありがとう。」

これにはナミも面食らった。
魔女との取引で、礼を言われるなんてことはめったにない。しかもまともに頭を下げられるなど。
大勢の依頼者は、魔女をただの道具だと思っている。
金を出せばなんでもする都合のいい道具。金を出せば全てが済むんだと。
そこに温かい感情や恩義は感じられない。
魔女は元来ヒトの欲望に取り入るものだが、それはお互い様だ。
ヒトも自分の欲望のために、良心を売り渡して魔女を利用している。
だから余計にゾロのこの態度には戸惑った。

「な、何言ってんのよ。止めてよ。私はただお金のために・・・・。」
「最初の依頼――コーザの捜索――でも、あんたはすぐにコーザを探し出してくれた。そして、ユパ家では当主の命を救ってくれた。あんたがあの時、剣を水にしてくれなければ、今頃どうなっていたか。」

考えるだに恐ろしい。
そして、めったに城から出ないという魔女が、わざわざユパ家まで駆けつけた理由は―――俺への罪滅ぼしか? いや、これは自惚れかもしれないが。

「べ、別に、単に代金を取り立てに行っただけよ!ついでよ。たまたまよ。ちょっと気が向いただけなの!」

なるほど、魔女に関する噂に「気まぐれ」というのもあったな。
自分の説明のつけられない行動が気恥ずかしいのか、ナミはカッと顔を赤くして、苦しい言い訳を一気にまくしたてる。
真意を必死で隠そうとするナミが妙に可愛くて、ゾロはふっと笑った。

こいつは、イイ奴だ。
魔女だけど、イイ奴なんだ。

「じゃあ、これが代金だ。昨日の分も合わせて、2億ベリーの小切手だ。」
「ええっ!」
「そんなに驚くことか。しょっちゅう見てるんだろ。」
「え?ええ、もちろんそうね。」

と言いつつも挙動不審。明らかに虚勢だな。

「あるところにはあるものなのねぇ。もっと踏だくればよかったわ。」
「なんか言ったか?」
「いえ、こっちの話v」
「しかし、あんたすげぇな。未来も見えるなんて。」
「え?」
「ほら、ユパ家に繁栄が来るって。」
「ああ、あれはハッタリよ。」
「はぁ!?」
「未来は読めなくもないんだけど、今の私にはまだけっこう難しいの。あの時は、ああ言った方がいいかなーって思っただけ。」

ナミはあっけらかんと言う。
じゃあ何か、ただのハッタリに、俺達はコロっと騙されたってわけか。
魔女の言葉を真に受けて。
信じて。

「ハハ、ハハハハハ・・・!!」

ゾロは可笑しくて、突然笑いが止まらなくなった。
まんまといっぱい食わされた形だが、嘘も方便とはよくいったものだ。
事実、魔女が現れて以降、全てが好転していった。
ユパ家は今、幸せ色に染まっている。婚儀に向けて、着々と準備を進めている。
それに、コーザとビビならハッタリもハッタリでなくなるかもしれない。

「だ、だいじょうぶ?」

そんなゾロを、気は確かかと心配そうにナミが見ている。
それでも、ゾロはしばしの間、こみ上げる笑いを止めることができなかった。
ナミは呆れながらもゾロが笑いが収まるのを待って、ローブの下から紙とペンを取り出した。
さらさらと書き付ける。

「じゃ、これが領収書よ。」

それをゾロに寄越す。
ゾロがそれを掴むと、二人の手が一片の紙を介して繋がった。

「それじゃあ・・・もうこれで会うこともないでしょう。」

ナミは澄んだ瞳でゾロを見上げ、微笑んだ。


「さようなら。」


そう言って、ナミが紙片から手を離したのと、ゾロが紙片を離したのは同時だった。
ヒラヒラと領収証が床の上へと舞い落ちていく。
それを見て驚いたナミが、ゾロを見上げる。
ゾロはすかさずナミの手を掴んでいた。

「あー、」
「?」
「その、なんだ。」
「どうしたの?」
「どうしたっていうか・・・」
「何なのよ?」
「・・・・・ひとつ聞きたいことがあるんだが。」
「何?ものによってはお金取るけど。」

金とるのかよ、と言いたいのをぐっとこらえる。

「お前、午後からヒマか?」
「は?」
「その、午前中で魔法の相談事は終わるんだろ?」
「ええ。」
「だから、」


「一緒に飯でも食わないかって・・・・・。」


「はぁ?」と口に出した後、ナミはじーっとゾロを見つめた。
ゾロはうろたえて、ナミの様子を伺ったり、明後日の方に向いたりしている。
ゆうに1分は見つめただろうか。

「もしかして、デートに誘ってるの?」
「デー・・・ッ!言うな!そんなこと。」

大きな図体をして、何を照れているのだろう。

「アハッ」

突然、今度はナミがどうしようもなく可笑しくなってきた。
アハハハハと、笑い声を立てる。

「そんなに笑うな!こっちはこう見えて必死なんだ!」
「だって、」

ナミは笑い過ぎて目尻に溜まった涙を指先でぬぐった。
こんなことってあるのだろうか。
こんなこと、初めてだ。
今まで、人はナミを利用することはあれど、個人的にナミと接触を図ろうとしてきた者はいなかった。
たいていは、何か目的を裏に隠し持って近づいてきた。

それなのに、この男は私をデートに誘うだなんて。
茹でダコのように真っ赤な顔をして立つこの男は、見かけの怖い外見とは裏腹に純情で、心に裏表がないことが見透かすまでもなく分かる。
ホントに、こんな男は初めてだ。

面白いじゃない。
このイーストレイクの魔女を誘うだなんて大した度胸ね。

「いいわ。午後からデートしましょう。」

だからデートって言うなと口をもごもごさせながらも、ゾロが明らかにホッとした顔をした。
その表情が可愛いと、ナミは思った。




何か良いことがありそうな予感がするの。


予感、当たったわ。




FIN


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<あとがき或いは言い訳>
【麦わらクラブ】様のゾロ誕「Est,ergo sum」に投稿させていただきました。
これは最後のゾロがナミを誘うシーンがまずありきで考え始めたお話。
当初はコザビビやワイコニの要素はなく、ルビビを想定してたんですが、せっかくだから投稿先のこむぎさんの推奨カプに合わせてみようと思いまして、こういうカップリングになりました^^;。新鮮で楽しかったです。

今更ですが(汗)、ゾロ、誕生日おめでとう!キミの未来に幸い多かれ!!

 

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