「では、明日の鍛錬に参加する人は、11時半に道場に集合ということで。
参加しない人は明日の練習は休みだからね。じゃ、今日は解散。」
笑顔のままでいて
年に一度、晩秋の祝日に行われる深夜12時からの鍛錬。
鍛錬というよりも一種のお祭り行事のようなもので。
ゾロの道場はもちろんのこと、周辺の道場の門下生達が一堂に集い、夜が明けるまで剣を交わし、戦う。
道場対抗戦の様相があり、すごく盛り上がるのだという。
しかし、せっかく自分の道場以外の剣士達と腕試しができる絶好の機会だというのに、深夜の行事とあって、年齢制限が設けられていた。12歳以上でないと参加できないのである。
12歳。ゾロにとっては、あと2年後。
2年も待たなくてはならないことにゾロはイライラした。
対して、ライバルのくいなは12歳。今年から参加ができる。
おそらく彼女は初参加の今年から強豪達をなぎ倒していくに違いない。
差が開いてしまう。
そのことにますますイライラした。
チラッとくいなに目をやる。
練習の終了後、喧騒の中の道場の片隅で、彼女は他の門下生達と話し興じることなく、座して佇んでいた。
丁寧に竹刀を手ぬぐいで拭い清めている。
やがて立ち上がり、道場と母屋を結ぶ廊下に出てから振り返り、道場に向って一礼すると、また振り返って今度こそ母屋へ向って歩いて行った。
彼女はこの道場の娘だから、他の門下生達と一緒に連れ立って家に帰るということがない。
だから、多くの友達とつるむということがほとんどない。
いつも物静かで、凛とした姿勢を崩さないくいな。
どこか人とは違う、超然としたところがあるくいな。
そんな彼女の後姿をいつまでも見送っていた時、不意にその姿が誰かの身体で隠された。
師匠だった。師匠も母屋へ行こうとしているのだ。
急いで追いかける。
「先生、俺も参加させてくれよ!」
「う〜ん、ゾロ、気持ちは分かるけどね。君にはまだ無理だろう。多分起きていられないと思うよ。」
この言葉にゾロはカッとなった。
いつも昼寝ばかりしているから、そんな風に思われるんだと。
実際のところ、多少自覚はあるくらい、ゾロはよく寝てばかりいた。
子供らしからぬことこの上ない。
「俺だってやる時はやるんだ。じゃ、ちゃんと起きてたら、参加してもいい?」
「分かったよ。集合時間の11時半に来ることができたら、特別に参加させてあげよう。ゾロの熱意に免じて。」
「やったー!」
ゾロは飛び上がって喜んだ。
「絶対行くから。」
「期待してるよ。」
師匠は眼鏡の奥の目を一層細めて微笑むと、今度こそ母屋へ消えていった。
「へん!11時半なんて、真っ昼間じゃんか。楽勝!楽勝!」
***
翌日、午前11時半。
ゾロは道場の前に来ていた。
「よし、時間ピッタリ。どんなもんだ!」
勢い込んで道場の中に入っていくと、そこには誰もいなかった。
「あれ?」
当然、自分より遥かに年長の門下生達の熱気でひしめいていると思っていたのに、拍子抜けだ。
そこへ道場と母屋へと繋がる廊下を隔てる引き戸がガラッと開いた。
くいなが立っていた。
右手に桶、左手に雑巾を持って。道場の床拭き掃除に来たのだった。
道場の真中で一人佇むゾロを見つけて、くいなは驚いたように目を見開いた。
練習は休みなのに、どうしてゾロがいるのかと。
「どうしたの、ゾロ?」
くいなの問いかけに、ゾロは混乱して言葉が続かなかった。
どうしたの?と聞きたいのはこっちの方だ、と思った。
どうして誰もいないのか?
「集合時間だから・・・・。」
「?」
「集合時間の11時半・・・・。」
くいなはそれで合点がいった。
「ゾロ、集合時間は夜の11時半よ。朝じゃなくて。」
「ええっ!?」
「勘違いしたの?残念でした。もう一度出直してくるのね。」
「・・・・11時半は、夜にもあるの?」
「・・・・は?」
くいなは、一瞬、ゾロの言ってることが理解できなかった。
ゾロは、朝の6時に起きて、夜の9時には寝るという健康的な生活をしていた。
そんな彼の生活の中で、11時半という時間は、午前中の1回きり。
だから、11時半という時間は朝にしかないものだと思い込んでいた。
まさか、夜にも11時半という時間があるとは思ってもみなかった。
ゾロには、一日24時間や、午前12時間、午後12時間の概念がまだ完全に備わっていなかったのだ。
それに気がついて、くいなは、
「アーッハッハッハッハ!」
声を上げて笑い始めた。
「う、うそみたい、ゾロ、もう10歳なのに・・・・そんなことも知らないなんて・・・・アハハハハ!!」
くいなは手にしてた桶を道場の床に置いて、お腹を押え身体をくの字に曲げて大笑いを続ける。
「信じられない〜、アー、可笑しい!ハハハハハ!」
ゾロは、自分の間違いに気づいて、顔から火が出そうになった。
一方的に笑われて、ますます真っ赤になった。
笑うな、と言いかけて、ハッとなって口をつぐむ。
笑顔。全開の笑顔。
くいながこんなに開けっ広げに大笑いするのを初めて見た。
いつもどこか一歩引いて、物静かなくいな。
同じ年頃の子達よりも、ずっと大人びているくいな。
でも、笑うと、確かに12歳の女の子だった。
笑顔のよく似合う女の子だった。
「は、ははは・・・・。」
ゾロも一緒になって笑い出す。
「俺、夜は9時で終わりだと思ってた! 11時があるなんて・・・思ってもみなかった!」
更にゾロがそう付け足して言うと、プーッとくいながまた吹き出した。
「アハハハハ!ゾロ、あんま・・・・笑わせないで、お、お願い!」
目尻に涙を浮かべて、お腹を押さえ、息も絶え絶えにくいなが言う。
そう言いながらも、まだまだくいなの笑いは収まることがなかった。
このまま続けばいい。
ずーっと笑顔のままでいればいい。
ゾロはそう思って、次から次へと自分の勘違いや失敗を、おもしろ可笑しくしゃべり続けた。
***
「ああ、結局ゾロは来れなかったか。あの子には無理なんだよねぇ。こんな遅くまで起きているのは。」
午後11時半。
猛者ぞろいの門下生が一堂に会した道場を見回して、師匠は溜息をついた。
「2年後だって彼がこの鍛錬に参加できるかどうか、疑問だね。そう思わないか?くいな。」
師匠は、日頃のゾロの寝てばかりいる姿を思い浮かべ、弱りきったような顔をして、娘に問い掛けた。
「ええ、そうですね。お父様。」
そう返事をしながら、くいなは輝くような笑顔をこぼした。
その頃ゾロは、
昼間の笑い過ぎと、その後くいなと一緒に行った道場の床拭きや剣の練習で疲れきり、
くいなの布団の中で、ぐっすりと眠りこけていた。
FIN
<あとがき或いは言い訳>
ゾロ誕用に書きたいと思ってたお話です。リハビリも兼ねて書きました。
書いたらすぐにアップしたくなって、アップしてしまいました(汗)。
昨年のゾロ誕SSの「とりあえず今日は」では激昂したくいなを、今回のお話では笑顔のくいなを書きたかった。
ゾロの誕生日なのに、くいなにスポットが当たってるようだけど?って全くその通りで。しょせん私はおなごスキーなのさ〜。
こんなものですが、DLフリーです。よろしければお持ち帰りくださいましv
報告不要。もちろん転載可でございます〜。
ゾロ、誕生日おめでとう!キミの未来が輝かしいものでありますように!!