このお話は、「すずらん」の続編です。
先にそちらを読まれると分かりやすいです。
その日、ゾロの昔の知り合いの結婚式に仲間達と行くことになった。
午前11時からの式。
私が「会場はどこなの?」と聞いたところ、ゾロは「教会だ」と言うだけで、それ以上の情報を一切持っていなかった。
もっとも、持っていたところで、ゾロの道案内を当てにはできないのだが。
幸い町中の人々がこぞって教会へ向かうので、その群れについていけば自然と教会へたどり着くことができた。
幸福が訪れる
それでもここまでの道のりは大変だった。
サンジくんはともかくとして、ルフィ、ゾロ、ウソップはお呼ばれの時の服なんて持ってなかったから、そのままの格好で行くしかない。
一応服は全部洗濯したものに着替えさせた。
もちろん中身であるご本人達も洗濯、つまり風呂に入らせた。
私は袖なしのスカイブルーのワンピースに、同色のミュールという出で立ち。
胸には、昨夜ゾロから貰ったスズランの花をコサージュのようにして飾った。
私が着替えて現れた時のみんなの反応は上々だった。
みんな私のこんな格好を見たことがなかったから。
ルフィは目を輝かせて、すぐさま私のワンピースに触ろうとした。
それをサンジくんがカカト落としで止める。
ルフィが触ろうとしたのも無理はない。このワンピースの布地はモヘアというもので、フワフワと柔らかく、とても手触りがいいのだ。思わず触りたくなるような布なのである。
その後、サンジくんの褒め言葉をシャワーのように浴びて、すこぶる上機嫌になった。
だから、ウソップの「馬子にも衣装だなぁ」という言葉は、この際聞こえないことにしてあげた。
ゾロは私を一目見て、「へぇ」と一言だけ。
この「へぇ」は、感嘆詞なのだと受け取った。
道中も、ルフィが何度も私の方を振り返る。
彼は、今日の私の格好がとにかく珍しくて仕方が無いのだ。
だから、電信柱にぶつかりそうになることもしょっちゅうだ。
その度にゾロが、無理やりルフィの頭を掴んで前へ向けるという作業を繰り返していた。
それを見てると、私は何度もクスクス笑いの発作に襲われるのだった。
***
オルガンの音が軽やかに響き渡る。
新郎新婦が誓いのキスを交わすと、祝い客から一斉に拍手が沸き起こった。
続いての祝宴は、教会の前庭を開放して行われた。
抜けるような青空に、初夏の風。
緑の芝生が目に眩しく、その上に真っ白のクロスがかかった大きめのテーブルがそこかしこに並べられていた。テーブルの上には到底食べ尽くせないのではないかと思うほどの料理が乗っていて、どれもお祝いの食べ物らしく華やかで見た目にも美味しい。
それと同じくらい祝いにかけつけたお客さん達で前庭は大賑わい。大変な混雑だった。
「ウッホー!すごい人出だなぁ!」
「ホント、町中の人々がお祝いに集まってるみたいね。」
「ナミ!見ろよ!すげーご馳走だぞ!あれ、全部食っていいのか?!」
「全部な訳ないでしょ。ルフィ、あんた、行儀良くするのよ?仲間に恥掻かせないでね?」
私の警告が耳に入ったかどうか・・・・ルフィは祝宴が始まると同時に、クラウチングスタートで位置に着いていた選手よろしく突っ走っていってしまった。
サンジくんは、始めは私のそばに立って、甲斐甲斐しく料理を皿に取ってくれたが、向こうでノドを詰まらせて青い顔になってるルフィを認めると、悪態をつきながらも水を引っつかんで救援に向かった。
ウソップはいつの間に集めたのか、子供達に囲まれて、初めて聞く冒険話を始めていた。子供達の目はキラキラと輝き、ウソップを羨望のまなざしで見つめて聞き入っている。
そうなると、後は自然と残りの人物――ゾロ――を探していた。
お酒でも取りに行ったのかと思い、飲み物がサーブされているテーブルへと目を向けた。
しかしそこにはゾロはいなかった。
ゾロはどこへ行ったのだろう?
つい先程までそばにいたような気がするのに。
けれど、私はそんなに心配はしていなかった。
私には自信があった。
どんなに人混みに紛れても、ゾロのことを見つけ出す能力が私にはあると。
案の定、その数分後に目的の緑頭を発見した。何個分かのテーブルの向こう。木立ちの傍で、私の方に背を向け、誰かと話している。
ホッとしたのも束の間、ゾロの話し相手を見て、突然胸の中に氷が転がり込んできたような気がした。
ゾロは、今日の主役である新婦と話していた。
彼女の顔ははにかみながらも喜びで満ちている。
私は思わず目を逸らしてしまった―――
すぐさま、なんで目を逸らしてしまうのかと、自分に腹が立った。
気を取り直して、目の前のテーブルの上にデン!と置かれたビールピッチャーを掴み、グラスに注ぎいれ、そのままグイと飲み干した。
けれど、ゾロは一体どんな顔をして彼女と話しているのかどうしても気になって、そっと目を向けた。
しかし相変わらずこちらに背を向けているため、その表情を伺い知ることができない。
代わりに彼女を見つめる。
綺麗な人―――と改めて思った。
昨日、道の往来で出会った時も、清楚で慎ましやかな雰囲気を感じた。
今日の彼女は、大人っぽいマーメイドラインのウエディングドレスに身を包み、昨日とは比べものにならないくらい美しく輝いていた。
ゾロは1年前、彼女のことを新郎と争った、と言った。
でもそれは形だけで、実は彼女の方が一方的に新郎からゾロに想いを移したのだという。
ゾロにはその気は無かったみたいだ。
でも―――こんなに美しい女性に想いを寄せられて、動じない男なんているんだろうか。
ゾロだって男なのだし、多少なりとも嬉しく感じたのではないか。
もしかしたら、少しは彼女に想いが傾いたりしたかも?
そんなことを考えていたら、胸の奥がどんどん凍てついていくのが分かった。
「あの、すみません。そのビール、私にも注いでもらえませんか。」
突然声を掛けられ、我に返る。気づくと、私はビールのピッチャーの取っ手を握り締めたままであった。
「ご、ごめんなさい!」
慌ててピッチャーを声の主に差し出す。
声を掛けてきたのは、今日のもう一人の主役―――新郎だった。
新郎は私を見るなり、ニコっと微笑んだ。その印象がとてもさわやかで、一瞬見とれるほどだ。
歳の頃は25、6才だろうか。ゾロと同じくらいの上背にガッチリとした体格。
その体が今日は白のタキシードで包まれている。
私はすぐさまお祝いの言葉を述べた。
「ありがとう。ゾロの仲間の方ですよね。航海士をされている・・・・。」
どうしてご存知なのだろう?
「昨夜、ゾロから聞きました。女性が航海士なのだと。そして、ゾロが今日一緒来た人達の中で、女性はあなただけだった。」
なるほど。
「昨夜はゾロを遅くまで引き止めて申し訳ありませんでした。」
「いえ、久しぶりの再会だったのですから・・・。」
そう言いながら、また目をゾロと彼女の方へ向けた。まだ話してる。
私は居たたまれない気持ちになり、ビールを口に運び、一口飲んだ。
「大丈夫ですよ。もう彼女はゾロのことはなんとも思ってない。」
新郎の、私の心を見透かしたかのような言葉に、私は頬が熱くなるのを感じた。
「もしかして昨夜も随分と心配されたんではないですか?」
「いえ!そんなことは・・・・!」
必死に虚勢を張ったが、どこまで信じてもらえたかどうか。
「あれだけの男だからね。女なら誰でも惚れるだろう。」
どこか達観したような新郎の発言に、ついつい余計な質問が口を突いて出てしまった。
「あの・・・あなたの方こそ、心配ではないんですか?その、彼女が・・・・ゾロと一緒にいるところを見て・・・・。」
「それは・・・・。」
少し顔をしかめて、新郎は答える。
「確かに多少・・・・はね。でも、彼女のことを信じていますから。」
その言葉に揺らぎは無かった。
「ゾロから、私達のことを聞かれたんですね?」
私はバツが悪いと思いつつも、うなずいた。
「ゾロが・・・・うちの道場に来たその日に手合わせしました。信じられないかもしれないけど、その時は私が勝ったんですよ。それで、ゾロがうちの道場で少し修業をしたいと言ってきて、逗留することになったんです。」
私は目を見開いた。ゾロが1年ほど前に新郎の道場に住み込んでいたとは聞いていた。
1年前なら、彼はもう『海賊狩り』の異名を持っていたはず。
そのゾロを負かすとは、この人も相当腕の立つ剣士なのだ。
「私は舎弟ができたようで、かなり天狗になってました。時を同じくして、道場への見物人が増え始めました。特に女性のね。それも私の手柄だと思い込んでましたが、実はゾロが原因だったんですよね。みんなゾロの見事な剣技を見に来てたんです・・・・それを見つめている者の中に自分の恋人も入っているとは、夢にも思っていませんでしたが。」
新郎は苦笑いした。
「ゾロと彼女が連れ立って歩いているのを目の当たりにした時は、嫉妬で逆上しましたよ。それで勝負を申し込んだ。後はご存知の通りです。ゾロが去った後、どうにか彼女の心を取り戻すことができたと言う訳で。」
そう自嘲気味に話した後、俯いた。
「男というのは馬鹿なものですね・・・。嫉妬して初めて気がついたんです。」
「・・・・彼女の心が・・・・離れていっていることに?」
私が問い掛ける。
彼は顔を上げ、虚空を見つめながら答えた。
「いいえ―――自分がこんなにも彼女を愛していたのか―――ということにです。」
その言葉は、私に対して言われた言葉ではないのに、強く私の胸を打った。
なんて真摯な愛の言葉だろうか―――
でも・・・・それは・・・・
「とてもよく分かります。」
反射的に答えていた。
「それは、女も同じですから・・・・。」
そう、女もまったく同じ。
嫉妬して、初めて自分の本心に気づくのだ。
どうして、ゾロと彼女を見て、胸が痛んだのか
どうして、昨夜、帰りの遅いゾロを思って涙したのか
全てはこの想いに繋がるから
―――私は、ゾロが好きなんだ
今まで喉の奥にひっかかっていた想いが、今ストンと落ち、居場所を見つけたかのように胸の中にぴったりと納まった。
「そういう告白は本人の目の前でやってくださいます?」
突然掛けられた声に、2人して驚いた。
いつの間にか、彼の背後にぴったりと、当の新婦が立っていた。嬉しそうな笑みを浮かべて。
途端に新郎の顔が真っ赤に染まったのを、私は微笑ましく見つめた。
「昨日は突然声をお掛けして、びっくりなさったでしょう。」
新婦が今度は私の方を向いて言った。
「いえ、私の方こそ失礼な応対をしてしまって・・・・」
昨日、素っ気無く彼女のもとから立ち去ったことを、今更ながら恥ずかしく思う。
「ゾロを強引に引っ張っていってごめんなさい。さぞやご不快に思われたでしょう?」
どうもお見通しのようだ。女ってすごい。
「でもね、ご安心くださいな。本当に私とのことは、昔のことなんですよ。」
彼女はやさしく私に言い聞かせるように語る。
「さあ、私達はそろそろ行かないと。船の出航時間に遅れてしまうわ。新婚旅行に行けないなんて嫌ですからね。」
気を取り直したように、彼女は新郎に言う。
「ああ、そうだね。じゃ、」
と、新郎が私への別れの挨拶を告げようとしている時に、新婦がいたずらっぽく微笑むと、新郎に何か耳打ちした。
新郎もニッコリと笑って大きく頷くと、今度は先ほどより大きな声で話し始めた。
「私たちはこれで出発します!パーティーは料理がなくなるまで存分にお楽しみください。
それじゃ、ナミさん、あなたに幸福が訪れますように・・・」
新郎はそこまで言うと、突然私の両肩に手を置き、ぐいと抱き寄せた。
なんだろう?と思う間もなく、もう目の前に新郎の顔が迫っていた。
そして、キスされた。
口唇よりほんの少し右側に。
私は頭の中が真っ白になった。
状況が掴めず、ただただ驚いて、口をぱくぱくさせる。
「彼も男だからね。これで効果テキメンだと思うよ。」
新郎は私に向ってウィンクした。そして、いかにも楽しそうに、私の頭越しに後ろを見た。
(は? 彼? 彼ってまさか・・・)
私は、恐る恐る後ろを振り向く。
少し離れた木立に背を預けて、鋭くこちらを睨みつけているゾロが目に入った―――
サーーーッと血の気が引いてくのが分かる。
(み、見られた!)
キスは、決して唇にされたわけではない。
でも、それが分かるのは私と新郎新婦だけで。
傍から見れば、唇へのキスに見えただろう。
そんなシーンをよりによってゾロに見られるなんて。
今にも顔から火が出そうだった。
(恨むよ!新郎〜!)
もう少しで出かけた言葉をなんとか飲み込んだ。
次に、新婦が近づき、私の左頬にキスしてくれた。そして、
「これをあなたに。スズランの花言葉はね、『純潔』以外に『幸福が訪れる』という意味があるんですよ。」
そう言いながら、今度は新婦がブライダルブーケを私の手に握らせた。
スズランをふんだんに使った花束。
やがて、新郎新婦はワイワイと歓声をあげて見送る人混みの中を滑りぬけると、用意していた車に乗り込み、緩やかに走り去った。
車の後ろに紐で繋がれたたくさんの色とりどりの空き缶が、けたたましい音を響かせていた。
車の姿が見えなくなっても、いつまでも人々の拍手喝采は鳴り響いていた。
その様子を私は呆気に取られて見送った。
そんな時、
「おい。」
低い声が背後から響く。慣れ親しんだ声なのに、今は身が竦む。
勇気を振り絞って後ろに振り返った。
目の前に立つゾロは、明らかに気色ばんでいて、疑わしげな視線を私に向けてくる。
「今、何された?」
その質問に、私は咄嗟に口元を右手で覆い隠してしまった。
が、それが返って良くなかった。
その手が、どこにキスされたかを示しているようで―――
ゾロは眉間に皺を寄せ、益々不機嫌そうに私を睨みつけた。
次にはむんずと腕を掴まれ、引っぱられる。
いつものゾロと違う。
捕まれる腕が、熱い。
ゾロの手が、熱い。
「ちょ、ちょっと、ゾロ。誤解しないでね?あれは違うのよ?話を聞いてよ?」
慌てて私は言葉を付け足すが、その言葉がゾロの耳に届いたのかどうか。
とにかく問答無用で引きずられていく。
そして、
そのまま人気の無い教会の裏側まで連れて行かれてしまった・・・。
それから・・・・
それからどうなったかというと・・・・
ちょっとここでは言えません。
FIN