「ぐぅっ・・・!!」

どこから見ても屈強に見えた大男はその男のたったの一蹴りでうずくまってしまった。
それを見て、他の海賊どもはひるむ。

「おらおら、クソ野郎ども、さっさと先へ行ってレディを助けて来い。ここは俺がやる。」

その声で仲間の2人は奥の船室へ進むべく駆け出した。





航海 −1−





倒れた大男は吐血しながら見上げた。

「て、てめえは!! に、二代目赫足!!!」

「俺の顔は知ってるようだな。しかし、うちの航海長の顔を知らねぇとはお前さん達、大した海賊じゃねえな。」

「え・・・てぇことは・・・・あの女はまさか。」

「そうさ、お前さん達が昨日攫って行ったのはうちの航海長さ。」

大男は愕然とし、先ほど駆け出した2人の一人は麦わらをかぶり、もう一人は三刀を帯刀していたことを思い出した。

「そ、そんな、知らなかったんだ。ホントに。まさかあの女が・・・!!」

海賊王の右腕だったなんて。

「そんなだから、てめぇらは三流海賊なんだ。」

次の瞬間、残りの雑魚どもは一蹴のうちに倒された。

「覚えとけ。あのひとへの手出しは、万死に値するってな。ってもう誰も聞いてねぇか。」



海賊王自らの襲来とあって、その海賊の戦意はすぐさま喪失され、三流海賊どもは散り散りに遁走していったようだ。静かになった船内、ルフィとゾロが最後に辿り着いた船底の倉庫にナミはいた。

「あんたら遅いのよ。いつも来るのが。」

ナミは後ろ手に両手両足を縛られてぐったりと横たわっていたが、ルフィとゾロに気付いた途端にそう言った。

「いやぁ、わりい、わりい。ししし。」

「開口一番がそれかよ。」

ルフィののん気な発言とは対照的に冷たい目をして怒るゾロ。

「早くこの縄解いてくれる?」

反省の色のないナミの弁にイライラしつつも、ゾロは一刀を振り上げ、縄を切断する。

「あー痛かった。うわぁ、赤くなってる。」

立ち上がったナミは自分の手首を見て呟いた。彼女の白い両手首は荒縄で擦り切れ、血がにじんでいた。両足首も然り。
彼女が脱出を試みた痕である。それを見てゾロは顔を顰めた。

「おい、ルフィ、包帯になるようなもん持ってるか?」

「俺がそんなもの持ってるわけがないだろう。」

自信たっぷりに答えるルフィ。
確かになとゾロは呟いて、腕に縛ってある黒手ぬぐいをほどいて4本に裂き、ナミの両手両足首に巻いた。
その所作にはナミも呆気にとられて、

「ありがとう・・・。」

と先ほどよりずっと素直な語感で言うことができた。
ところが、

「そもそもなんであんな少ない護衛で街に出たんだ。」

「大人数の男達の護衛でブティックに入れると思う?」

「いつもはそうしてるだろ。何をいまさら。」

「嫌々、仕方なくね!たまには一人で行きたいのよ。」

「それでこの様かよ。」

「いいじゃない、助かったんだし。」

「誰のおかげだと思ってんだ?」

「はいはい、ルフィとゾロとサンジくんのおかげです。」

「てめぇ・・・何だその言い草は。」

「他にどう言えばいいっていうのよ。」

「何だと?」

思わずゾロは刀の鯉口を切ってしまう。
黙って眺めるルフィ。

「こら、クソ剣士、ナミさんに向かって何する気だ。彼女の顔色を見ろよ。そんな言い争いしている場合じゃねぇだろ。」

間に割って入ってきたサンジの一言にゾロはナミを一瞥する。
よく見るとナミの顔色は白磁器のようだった。それでもナミは強気の表情を崩さない。

「サンジくんもありがとね。」

ナミはサンジに向ってニッコリと微笑んだ。

「どういたしまして。さあ、お疲れでしょう。お手をどうぞ。」

サンジはナミに向って手を差し出した。

ナミもその手を取ろうと右手を伸ばして、
そのまま崩れるように気を失ってしまった。



***



まだワンピースは手に入れていない。それが何なのか未だに分からない。だが、いつ頃からかモンキー・D・ルフィのことを彼に助けられた人々は海賊王と呼ぶようになっていた。
現在ルフィ海賊団の陣容も大きく様変わりしていて、巨大なガレオン船を3隻擁する。海賊団は3隊に分かれていて、第1隊は言うまでもなくルフィが、第2隊はゾロ、そして第3隊はルフィ海賊団の航海長でもあるナミが率いている。
ルフィ海賊団は今、ノースブルーを航海中だ。



ナミが攫われた事件が起こってから3ヶ月が経った。ナミは事件後2、3日臥せっていたが、すぐに回復し、本来の職務に復帰した。

ゾロはあの事件の日以来ナミと2、3度しか会っていない。
別に避けあっているとかそういう訳ではない。そもそもめったに出くわさないのだ。昔のゴーイングメリー号のような小さい船であれば、毎日嫌でも顔を付き合わせることになるのだろうが、この巨大な船、しかも別々の船にいては、戦闘でもない限り、幹部が会うことはそうそう無かった。
例外はルフィで、彼は1番隊の船を離れてちょくちょくとゾロやナミの船に現れた。今の彼の最大の楽しみは新入りの前に姿を現して慌てふためく彼らを見ることだった(悪趣味である)。

会わないが近況は漏れ聞こえてくる。大きな船団とはいえ、海の上では閉鎖された社会である。だから毎日様々な噂や伝聞が飛び交う。特にナミはこの船団の唯一の女幹部とあって、彼女のことが話題に上らない日は無かった。

「航海長が甲板に出て甲板員を激励した。」
「航海長は今日、航海図士と打ち合わせをした。」
「航海長がみかん畑の世話の仕方を新入りに教えていた。」
「航海長が俺のことを見てくれた。」
「航海長が話かけてくれた。」
「航海長が俺の前を歩いた。」

航海長が航海長が航海長が。

聞くだにうっとうしくなるが、彼女の人気は船員達にどの隊に入りたいかという意見調査結果にも如実に現れてくる。


そして、今回「その噂」を持ってきたのは何とルフィだった。



「よう、ゾロ。」

もうすぐ25歳になろうとしているのに、未だに少年のような面影を残しているルフィがさっと片手を挙げてノックも無しにゾロの私室に入って来た。

「何だよ。もう寝るところなんだが。」

慣れているゾロはさほど動じない。今の時刻は夜の11時。

「いつも寝てんじゃん。別にいいだろ。それよりさ、面白い話聞いて、居ても立ってもいられなくなっちまってさ。」

「面白い話?」

一応聞き返す。しかしどうせロクな話じゃない。ルフィが持ってくる話はいつもガセネタが多い。船長付きの船員がルフィの反応が面白くてあること無いことを話して聞かせるのだろう。
そういう態度が露骨に出てしまったのか、急にルフィは拗ねたような気配を見せた。

「何だよ。別に聞きたくないならいいけどさ。ナミの話なんだけど。」

ナミの話はもういい、と思いつつもピクッと眉毛が跳ね上がってしまった。ルフィもそれを見逃さない。

「聞きたいだろ?」

目を輝かせて訊いてくる。

「聞かないつってもお前は勝手に話すだろ、いつも。」

「ま、そういえばそうだな。」

「で、何だよ。」

それでもいつもよりは興味を示しているゾロ。

「うんとさ、ナミが、結婚するんだと。」

「・・・・・・。」

一瞬、時が止まったようになった。

「聞えたか?ナミが、」

「いや、聞こえた。ガセネタだろ。」

にべも無く、呆れ顔でゾロは言う。

「なんでそんなことが分かるんだ。」

腑に落ちない風のルフィ。

「あれが結婚なんかするタマかよ。そもそも海賊が結婚してどうすんだ。」

「ウソップの父ちゃんは結婚してただろ。」

「そりゃ海賊になる前の話だろ。それに相手はどこにいるんだよ。」

この船上、広いようで狭い人間関係である。ナミが仲間の中からそんな相手を見つけるとしたら、ルフィかサンジぐらいしかゾロには考えつかない。

「なんでも、先月入った新入りらしい。」

ますますガセだなとゾロは思った。ナミがそんな子供を相手にするはずがない。

「なぁ、今からナミんとこ行って、確かめてこねえ?」

「はぁ?」

ルフィの提案にゾロは目をむき、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
しかし、好奇心に満ちたルフィは今にも飛び出さんばかりである。

そんなもん一人で行ってこい。

と、いつもなら言うところであるが、ゾロの口は勝手に

「わかったよ。」

と答えていた。



ルフィ海賊団の中で最も美しいと言われている第3隊のナミの船。
美しい主を守るため、警備も人一倍厳しい。
船上に消灯時間とされている時間帯に乗り込んでくる奴はロクな者じゃないはずだ。
暗闇の中、第3隊の船に2人の影が降り立ったところを警備の船員がランプを掲げ、厳しく誰何した。しかし、ほの暗いランプに照らし出された人物を確認すると、今度はその船員は怖気づいたような声をあげた。

「船長!・・・副船長!!」

船長ルフィが唐突に現れることは度々あったが、こんな時間に訪れたのは初めてのことだったし、何よりも副船長が第3隊にやって来るなんてことはついぞ無いことだった。第1隊の船で行われる会議などでの副船長と航海長の口論は有名で、2人をよく知らない者は不仲なのだと信じている。

「よう!見張りご苦労さん。ナミはいるかな?」

ルフィは無邪気に問い掛ける。恐縮しきった船員は慌てて大声で答える。

「は!航海長は消灯時間を過ぎたこともありまして、もう私室で休んでおられます!!」

「大声出すなよ。皆起きるだろう。で、ナミの部屋ってどこだっけか。」

「いえ、只今より公室へ移っていただけますよう、伝令を走らせますので、第3隊長公室でお待ちください!!」

相変わらずの大声で警備は答える。

「いいよ、そんなの面倒くせぇ。いいからナミの部屋に案内しろよ。」

「し、しかし・・・。」

警備は戸惑ったような声を出して、ゾロの方に救いを求めるような視線を送ったが、ゾロもルフィに同感だったので何も言わなかった。もとよりルフィに適うはずもなく、警備はルフィとゾロをナミの私室に案内した。

「ああ、ありがとな。ここまででいいよ。後は自分らで行けるから。お前は戻って警備の続きしてろよ。」

はぁ、と尚も困ったような表情を顔に貼り付かせて警備は戻って行った。
ルフィとゾロが再び歩を進め、目指すナミの私室の前に差し掛かった時、

「誰だ!!」

再び誰何に会った。先ほどよりもずっと殺気を帯びている。おそらくナミ付きの船員で私室を守っているのだろう。しかも、ルフィとゾロを見ても動じない。余程の馬鹿か、
(新入りだな・・・)
とゾロは思った。

「ここを誰の部屋だと心得ている!?」

まるでお姫さまを守るかのような口ぶり。ゾロは思わず吹き出した。

「ナミの部屋だろ。どけよ。ナミに用があるんだよ。」

平然と答えるルフィ。

「あ」

やっと新入りはルフィとゾロ、つまり船長と副船長であることに気付いたようだ。しかし、

「駄目です。消灯時間以降は私室にどなたも入れるなとの航海長の命令です。」

ひるまずに新入りはルフィに向って言う。
ルフィは目を丸くした。彼に逆らう者など、幹部以外にはいない今日この頃である。まさかの抵抗に会って彼は面白くて仕方が無いという表情になった。

「へぇ、船長命令でもか?」

意地悪くルフィが言う。

「そ・・・そうです。私は航海長の命令にしか従いません。船長の命令に従うようにとはまだ誰にも言われていませんから。」

屁理屈だが毅然とした態度で新入りは言う。年の頃は18歳くらいだろうか。ダークブルーの髪に琥珀色の瞳。瞳の色は彼の主と同じ色だ。

「そっか、じゃあしょうがないや。ナミ、起こして公室とやらに呼んでくれよ。そこで待ってっからさ。」

そうルフィが観念したように呟いたところ、

「何事なの?カイト?」

部屋の外の騒々しさに気が付いたナミの声が、私室から漏れた。








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<まえがき或いは言い訳>
管理人による勝手未来小説スタート。ビビがルフィ海賊団に残った場合の設定なので、原作からは完全に乖離しています。しかもオリジナルキャラも出てきてしまう。いけないと思いつつも、書き始めたら止まらなくなってしまって・・・。苦手でなければ、どうぞおつきあいくださいませ。

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