食堂兼会議室でくつろいでいた時、唐突にバタンと扉が開くと、そこにはチョッパーが立っていた。
それ以外のクルー達は全員その場にいたので、みんなが一斉にチョッパーの方に視線を注ぐ。
チョッパーはそれを意に介さず、目線だけでナミを呼ぶ。

最後の審判が下った、ナミはそう思った。





もう一度信じて  −1−





食堂を出る時、自意識過剰かもしれないが、妙に身体に視線がまとわりつくのを感じた。


チョッパーはナミを促して、女部屋へと向う。ここでサシで話をしようということらしかった。
階段を下り、昼間とはいえ暗い室内でナミの机の上のランプだけを灯す。ほんのりと周りが照らし出された。ナミは自分のテリトリーに戻って少しホッとした。ソファベッドに座って、下を向いて大きく息を吐いた。顔を上げ、チョッパーの顔を見据え、審判が下るのを待つ。
チョッパーは一つ咳払いすると言った。

「検査の結果が出た。」
「うん、どうだった?」
「妊娠してる。」

(ああ、やっぱり)

ナミは目を閉じた。
瞬間、膝から下の力が抜けたようになった。ソファに座っていなかったら、立っていられなかったかもしれない。
覚悟はしていた。してはいたが、事実として告げられると、それはやはり相当な衝撃だった。

「ナミ!だいじょうぶか?!」

ナミが硬い表情で口も聞けずにいると、心配したチョッパーがナミの膝元まで寄ってきて、ナミの顔を覗き込んだ。

「大丈夫、大丈夫よ。」

それでもなお、チョッパーは気遣わしげにナミを見上げている。
ナミが落ち着いたと見届けると、ナミの状態について詳しく説明を始めた。ナミはただウンウンと頷く。
一通り話しが終わった後、それまでの医者としての冷静さを見せていたチョッパーが元のチョッパーに戻った。居心地悪そうにモジモジと身じろぎして問い掛ける。

「あのさ・・・・・」

ナミは目で先の言葉を促した。

「父親は・・・・誰なんだ?」

遠慮がちではあるものの、チョッパーの声は怒気を孕んでいた。
この事態を招いた張本人。一人は言うまでもなくナミ。そしてもう一人いる。
チョッパーが見る限り、ナミに特別な関係の男性がいるようには見えなかった。
そいつはこうなることを予想して、或いは望んでこういう事態をもたらしたのか、それともそんなことも考えてないような不届き者なのか、その点を見極めたい。前者ならよし。後者なら、とっちめてやる、そんな気配だった。

しかし、チョッパーの望みは叶えられない。

「言いたくない。」

それがナミの答えだった。

「この船の奴か?それとも・・・」
「・・・・・・・」
「あのさ、父親にも知る権利があるよ。ナミ一人の子じゃないんだから。」
「分かってる。その人には、私が直接言うから。チョッパーは、誰にも何も言わないで。」

その答えだけで、父親がこの船の住人であることは分かった。
しかし、ナミの「その人」という呼び方が気になった。
どこか他人行儀な呼び方。ステディな関係の相手なら、そんな呼び方はしないような気がした。
この船の上の誰か。でも、ナミと特別な関係ではない。しかしながらヤルことはヤったわけで。
それが一体どういう状況でそうなったのか、想像もできない。
一体誰なんだろう。
自分以外の男達とナミを並べてみる。どれもありそうな気がするし、どれも無さそうな気もする。

いずれにせよ、今のナミは心の扉を硬く閉ざしていて、他人が立ち入る隙を与えていなかった。

「分かった。で、どうするの?」

残酷な問い。でも聞かない訳にはいかない。
産むのか、産まないのか。
産まないのなら、そう決断するまでの猶予はもうあまり残されていない。

「考えさせて。」

そう答えたナミは、決して幸せそうではなかった。




***




今宵は三日月だった。自ら光を発してないはずなのに、今夜の月は妙に冴え冴えと輝いて見える。

ナミが時間を見計らって甲板へ出ると、月光の下、ゾロは一刀を抜いて何か型のようなものを演じていた。
剣の道に詳しくないナミにはそれが何なのかはよく分からない。しかし、その動きは実に流麗で、何かの舞踊のようでもあり、見る者の心を奪わずにはいられない。そんなものを、無骨なゾロがしているなんて信じられないくらいだ。もしも遠目で見たら、まさかゾロがそれをしてるとは思わないだろう。
しかし、その華麗な動きとは対照的に、鋭い気迫が空気の圧力となってナミの肌にも伝わってくるようだった。
不意にその圧力が無くなる。ゾロが動きを止め、ナミの方を見ていた。

「なんだよ?」

不機嫌そうな声。鍛錬の邪魔をされて気を悪くしているようだ。

「ちょっと話があって。」

ナミがそう言うと、ゾロは刀を鞘に戻して床に横たえた。そして欄干に掛かっていたタオルを取り、汗を拭き始める。そのまま欄干にもたれてナミを見た。そこで話を聞くつもりらしい。
ナミも倣って傍に立つ。欄干にそっと手を添えて、ゾロとは逆に、海側を向いて。

欄干のそばには酒が置かれていたようだ。タオルと酒をあらかじめ用意して鍛錬を始めたということか。準備のよろしいことで。
ゾロは酒瓶のコルクを抜いて、勢い良くラッパ飲みを始めた。酒が飲み下される度に動く喉仏を眺める。
拭い切れない汗が額から頬、首筋へと一筋流れていく。それもぼんやりと目で追った。
太い首筋、太い二の腕。そして分厚い胸板がいつもの白いシャツとは違い、黒のタンクトップでわずかに覆われている。
これらを今よりももっと間近で見たこがあったなんて信じられない。そう遠い昔のことではないのに。それでいて、時々不意に思い出してナミを慌てさせる。
ゾロはようやくにして瓶から口を離し、かーうまい!と唸った。口角が見事に上がる。
ナミの視線に気付いて、ゾロが酒瓶を向けてきた。飲むか?といういことらしい。ナミは首を横に振った。

なかなか話を切り出せなかった。実に簡単なことなのに、言うことに躊躇いを覚える。その事実の重大さに、ゾロがどんな反応を示すのか。

「身体の調子でも悪いのか?」

話出さないナミに業を煮やしたのか、拭き終わったタオルを首に掛けて、ゾロから先に話し掛けてきた。

「え?なんで?」
「昼間。チョッパーがお前を呼び出したろ。」

もしかしなくても、食堂を出て行く時に感じた視線はゾロのものだったんだろう。
ゾロは、いつも自分のことを気にしてくてれる。あのことがあってから。

おそらく、この甲板に立った瞬間、もうゾロは自分の存在に気付いたに違いないと、ナミはそう確信していた。
ここ数週間の緊張関係。お互いがお互いを意識しすぎていた。それはもう極度の疲労を伴うほどに。
早くそんな状態から抜け出したくてもがいてきた。なるべく普通に振舞おうと、なるべう普通に接しようと、お互い努力してきたのだ。
最近ようやく、元の状態に近づいてきたと思う。よかった、と思っていた。

それなのに。こんなことになるなんて。
ナミは唇を噛んだ。

「チョッパーにね、調べてもらったの。」
「何を?」
「アレが止まったから。」
「アレ?」
「そう、アレ」
「分からん。」
「そうね、分かるわけないか。」

これ知ったら、あんた、ひっくり返るわよ、きっと。

「生理よ」
「ああ、整理か。」
「字が違う!それになにが『ああ』なのよ!・・・・つまりね、赤ちゃんができたみたい。」

言ってやった。
言う瞬間、柄にもなく羞恥心が働いて、意図せず声が震えた。
しかし、言った途端にナミは後悔した。

ゾロの顔が、みるみる強張っていった。

目を見張り、ナミを見る。ナミもじっとゾロを見つめ返した。
しばらくすると、ゾロは目を前方に戻し、もたれていた欄干から背を離した。
そのまま覚束ない足取りでニ、三歩前へと進む。
そして、そのまま天を見上げてしまった。
まるで空が落ちてくるのを心配してるかのようだ。
そのまま数分。微動だにしない。


(こりゃダメだ)


こんなゾロは見てられない。だから、



「なーんてね!ウッソ!」

ゾロが勢い良く振り返った。
鋭い視線で射抜かれる。真実を見極めようとする目だった。
けれど、ナミは人を欺くことにかけては自信がある。

「本気にした?んなワケないでしょう!」
「〜〜〜!!!」
「やーい、ひっかかった、ひっかかった!」

にやにやしながら、ゾロを人差し指で指差して言ってやる。

「てめぇ・・・性質の悪い冗談言ってんじゃねぇぞ!」

からかわれたと気付いたゾロは、顔を真っ赤にして怒鳴り返してきた。

「言うに事欠いて、なんだそれは!シャレになんねぇこと言うな!」

(うん、そうだね。シャレになんないわよね。)

ゾロはからかわれたことを怒ってはいるが、どこかしらホッとしている。それがナミにはよく分かった。
冗談でよかったと、ゾロはそう思っている。

「あー、面白かった!さぁて寝ようっと。」
「さっさと寝ろ!一体何しに来たんだ・・・。」

頭が痛む・・・とでもいうように、ゾロは額に手を当てながら言った。

「寝る前に、ちょっと景気づけを。」
「どういう景気だよ。」
「ハハハ〜、じゃ、おやすみ♪」

バイバイと手を振り、ナミはゾロのそばから離れた。当然ゾロは手など振り返さない。尚も何か言いたそうな顔をしているだけ。


(よく分かったよ、ゾロ。)


(よく分かったから・・・・)




翌朝、ナミはチョッパーが一人でトイレに入ったところへ、自分も押し入った。
チョッパーが何か抗議の声を上げたが羽交い絞めにして、更に手でそのうるさい口を封じ、チョッパーの耳元で小声で囁いた。ただし、きっぱりと。

「堕ろすわ。」




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<あとがき或いは言い訳>
昨年のナミ誕で書こうと思ってて書きこぼした話を今年チャレンジ。がんばろう。
ナミ誕なのにヘビーな話でスンマヘン(-_-;)。

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