キミと分け合った温かな眠りが忘れられない。
僕の凍てついた心に、その誰よりも情熱的な心で触れてきてくれたね。

白い、どこまでも白いキミ。

僕の愛しいスノウ・ホワイト。





白雪姫  −1−





彼女と初めて会ったのは、ある冬島の、大きな市場がある賑やかな町だった。
さまざまな食材が取引される場所。
俺はサンジと一緒に通りを歩く。トナカイ型で。
ナミからまとまったお金を預かり、当面の食料の買出しにやってきたのだ。
もしあれば、鍵付き冷蔵庫も買いたい。

市場では、目を覆いたくなるようなものも並んでいる。
丸ごとの牛だとか豚だとかが、店の軒先に頭を下にしてぶら下がっている。
彼らの生気のない虚ろな眼が怖い。
一歩間違えば、自分もあんな風になるかと思うと。
最初ルフィやサンジには食材扱いされた俺に、サンジはよくその光景を見せては俺の反応を窺って楽しむ。まったく悪趣味だ。
と、その時、後ろからドンと誰かにぶつかられた。
俺は前につんのめって倒れ込んだ。

「ごめん!」

それは、俺にしか分からない言葉で語りかけてきた。
目の前には、白い四本足の生き物。
生き物といっても、もっとも俺が慣れ親しんでいるもの。
トナカイ。
だよな?
大きさも歳も俺と同じくらいの、トナカイに見えた。
ただし、毛の色が全然違う。俺の濃茶色の毛に対し、その生き物は真っ白な毛皮をしていた。
瞳の色も違う。俺の黒いのに対して、その生き物は赤かった。
まるで真っ白い雪原にいる、赤い目の白ウサギのようだ。
俺は何か不思議なものを見るように、少しぼぅっとなって、その白いトナカイを見つめ続けた。

(なんてキレイなんだろう・・・・。)

そのなんともキレイな生き物が、俺の顔を心配気に覗き込んでいた。

「大丈夫?」
「あ?うん、平気。」
「そう。」

すると、

「おい!そいつを捕まえてくれーーー!!」

背後から、切羽詰った男達の声。

「ごめんね、さよなら!」

声に反応して、白いトナカイはハッとなって身を離し、また駆け出した。
俺もサンジも訳が分からないまま、呆然と見送った。

「おい、なんだよあれは?」
「俺もよく分かんないんだけど・・・・。」

その後すぐに男2人がソレを追い駆けて、またもやチョッパー達を追い越していった。
更にその後に続く第3の男が通り過ぎた時、サンジが呼び止めた。

「どうしたんだ?」
「競り(セリ)にかける動物が逃げたんだ!」
「動物?なんの?」
「トナカイだ。」
「トナカイ?あれが、か?」
「そうだ、白いトナカイなんだ。珍しいだろ?珍獣好みにはたまらねぇ逸品さ。高値で金持ちに売りつけるために、やっと捕獲したんだ。」

そう言い残して、その男もまた追いかけていく。
その手に猟銃が携えられているのが目に入った。
競りから逃げ出した動物。
逃げ切れなかった時、その行く末は目に見えている。
頭で考えるよりも早く、俺は言い出していた。

「サンジ、俺追いかけるよ!」
「・・・・・・・・・・。」
「サンジ?聞いてるの!?」
「一つ聞くが・・・・・・・・・ありゃ雌トナカイだったか?」
「え?・・・・・・うん。」
「うし、ここはお前のために一肌脱いでやるか。」
「・・・・・・・・・・。」

俺は何か釈然としないものを抱えつつ、サンジとともに走り出した。


人とトナカイの追いかけっこは、長期戦の様相を呈してきた。
白いトナカイは案外すばしっこく、巧みに人の捕獲網を掻い潜る。なかなか捕まらない。
ついには町の外れを抜け、森へと続く雪原にまでやってきた。彼女のテリトリーまであともう少し。そこへ逃げ込めれば。
更にそこまで来たところで急に空には重い雪雲が垂れこめ、吹雪いてきた。
視界が遮られる。まるで雪が、人間達から白トナカイを多い隠そうとしているみたいだった。
人間たちに焦りの色が見えてきた。これより先は人間に不利だ。

なんとか生きたまま捕獲して、珍獣として売り飛ばしたかった。
肉として売ったとしても、あのトナカイのや痩せ具合から考えても売れる額はたかが知れてる。
しかし、こうまで手を焼かせられてはもう止むを得まい。せめて肉として売り払おう。
あとは白い毛皮を剥いで、売るか。
いや、剥製にするという手もある。

そんな判断が人間たちに働くのは時間の問題だった。

「撃て!」

人間たちが一斉に銃を構えた。
標的は前方を走る白いトナカイ。

「やめてーーー!撃たないでーーー!」

後から追いかけてきた俺は叫んだ。
しかし男はキョロキョロと辺りを見渡しはしたが、その声を発した人物を特定できなかった。
トナカイ型の俺が、言葉を発したとは思わなかったようだ。
男は首を傾げつつ、もう一度銃を構えなおす。

「止めろ!撃つな!」

次いで追いついたサンジがそう言うと、初めて男は少し躊躇したように銃を下ろし、サンジに向き直った。

「これ以上離れると、雪原と吹雪きの中であの白さだ。見失っちまう!」
「だからって撃つことないだろう!」
「あれを捕まえるのにも元手がかかってんだ!せめて元手分くらいは取り戻さにゃあならねぇんだ!」

ズガーーーン!!

言い捨てて、男は銃を構えたかと思うとすぐさま発砲した。
その音で、白トナカイは狂ったように走り出す。
森は目の前なのに、森の方ではなく、なぜか右へ右へと変な方向へ逸れていく。
銃の衝撃で方向感覚が狂ったのかもしれない。

「オイ、あっちは崖だぜ!なんであんな方向へ行くんだ!」

仲間の男が大声でわめく。

「くそう!落ちたらどうする!あの身体を手に入れられなけゃ、元も子もねぇ!早く撃て!仕留めろ!」
「やめてー!」
「やめろっつってるだろ!!」

俺とサンジは同時に絶叫した。

「兄ちゃん、あんたにはそんなこと言う権利ねぇよ!アレをどうしようと俺達の勝手だ!俺達にも生活がかかってんだから!!」
「元手はいくらだって?」
「は?5万ベリーだが。」
「よし、色つけて6万ベリーだ。アレをお前達から買い取る。だから銃を下ろせ!」

サンジは懐からピラッと6枚の紙幣を取り出し、男の目の前で揺らして見せた。

「あんた・・・・なんでまた・・・・。」

サンジは有無を言わせず男に金を握らせる。
男が呆れたようにサンジを見返した時、

ズガーーーン!!

仲間の男の一人が、無断で発砲したのだった。
真っ白の世界の中で、赤い飛沫が飛び散ったのが微かに見えた。
そのまま、白トナカイは倒れ込むように崖から身を落とす。

「チョッパー!!」
「まかせて!ランブルーー!」

俺はランブルボールを口の中で噛み砕く。

「ジャンピング・ポイント!!」

強化された足のバネで、雪原を踏みしめて一足飛びで崖っぷちまで辿り着いた。
そのまま崖の端を蹴って、更に加速をつけて下方へと飛ぶ。
なんとか自由落下で落ちていく白トナカイに追いつくことができた。
彼女の白い体を両腕で抱きすくめ、そのまま落ちていく。

この下には何があるのか分からない。
地面か急流か、はたまた荒ぶる海か。
そんなところに身を投げ出したというのに、どこかでそんなスリルを味わっていた。
息も詰まるような緊張感と恐怖感。
でも、彼女を抱き留めた時、腹が据わったのだ。
どうとでもなれ。

「ガード・ポイント!!」

いつになく強気になってる自分を自覚しつつ、俺は素早く変形し、落下の衝撃に備えた。

ぼす!

ゴムマリのように変形した体が、深々と雪の中に沈みこみ、大きな穴を穿った。
かなりの距離を落下したような気がするが、ガードポイントと柔らかい雪がクッションとなったおかげで、思ったよりも衝撃は少なかった。
まるで水中をもがくようにして、雪の上へと這い登る。
抱きかかえた白トナカイは温かい。
顔を覗き込むと苦悶の表情をしてはいるが、確かに生きている。
それに少しホッとした。

しかし、容赦なく雪が吹き荒び、俺の身体にぶち当たってくる。
辺りを見渡そうとしても、視界が遮られ、白い世界以外には何も見えない。
だから見上げても、自分がどこから落ちてきたのかすら見えない。
雪が止むまではジッとしているしか無さそうだ。
俺はおもむろに雪の穴を掘り出した。雪洞を作るつもりだった。
その中で当分は雪をやり過ごそうと考えたのだ。
雪の中は存外に温かいことを、経験上知っていた。

雪洞の内壁を固めた後、床に白トナカイを横たえた。
背中からいつも背負っているリュックを下ろし、医療用具を取り出す。
とりあえず、銃の傷を治療しようと思った。
まず灯りが欲しかったので、アルコールランプを点ける。
白トナカイの身体が、雪洞の中でほのかに浮かび上がった。
あまりに白いので、床や周りの雪と同化してしまいそうだ。
銃によって受けた傷は横腹を掠めていて、刀で袈裟斬りにされたような痕があった。
そこから血がにじみ出ていたが、今は止まってる様子だ。
軽症で済んでよかった。弾は逸れている。体内に弾が残ってたらどうしようかと思っていた。
傷を消毒し、ガーゼを当ててテープで固定した。
後は安静にすることが一番だ。
自分も少し横になって休むことにした。
獣型・トナカイに変形する。
彼女が目を覚ました時に、自分を見て驚かないように。


「きゃっ!」

微かな悲鳴を聞いて、俺は目を開いた。
白トナカイが目を覚ましたのだ。
隣で寝てた俺を見て混乱したのだろう。
赤い瞳が物問いたげに俺を見つめている。
俺は、またもや白ウサギを見ているような気持ちになった。
トナカイの毛皮に雪がついて、光の反射でそれが銀色に見えることはあるが、普通ここまで白くはならない。
これはもともと白い毛皮なのだ。
白い、どこまでも白い。まるで雪のようだ。
それで俺は、ウソップが語って聞かせてくれたことがある寓話を思い出した。
雪のように肌が白いお姫様。そのため、スノウ・ホワイト――白雪姫と呼ばれたという。

「ここは・・・・・?」
「覚えてるかな。人間に追われて、銃で撃たれて、崖から落ちたんだよ。」
「・・・・・・・・・。」
「ここは雪の穴の中なんだ。外はまだすごい吹雪だから。雪が止んだら、脱出方法を考えようね。」
「あなたが助けてくれたの?」
「うん・・・・まあそうなるかな。」

照れながらも、俺は少し得意そうに言った。
けれど、

「助けてくれなくても良かったのに。」

彼女のそんな言葉でにやけた表情も吹き飛んだ。
なんでこんなこと言うんだろう?

「えーと、傷は平気?痛いかな?」

俺が聞くと、彼女は目をパチクリさせて、己が身体を見た。
ガーゼが貼られているのを不思議そうに眺めている。

「これもあなたが・・・・?」
「うん。オレ、医者なんだ!」
「???」
「えーと、人間の世界でいうところのね、傷や病気を治す仕事をしてるんだよ。」

まだ彼女は怪訝そうな顔をしている。
だから俺は打ち明けた。
自分はヒトヒトの実を食べたトナカイなのだと。
それでもまだ彼女は意味を飲み込めてないような表情をして俺を見つめていたが、気にしないようにして、傷のことをもう一度聞いてみた。

「痛いけど、痛みには強いから大丈夫。」
「そうか。ならいいけど、痛くなったら痛み止めがあるからいつでも言ってね。」

彼女は尚も、俺の目をジッと見つめ続ける。
きまりが悪くなって、なんとか彼女の気を逸らそうと、また話題を変えた。

「名前なんていうの?」
「そんなもん、ないわよ。」
「でも、ないと不便だから。」
「好きに呼べばいいでしょ。」

そう言われても。

「そうだなぁ。雪みたいに真っ白だから、スノウ・ホワイトはどうだろう?白雪姫っていう意味。」
「・・・・それ、お兄ちゃんもそう呼んでる・・・・・」
「お兄さんがいるの?それになんだ、やっぱり名前あるんだ。」
「名前なんてもんじゃないわ。識別するためよ。私は真っ白だから。雪みたいだから。便宜的にそう呼んでるだけよ。」
「そう言われると身もフタもないけど・・・・じゃ、やめようか?」
「好きに呼べばいいって言ったでしょ。」
「じゃ、スノウ・ホワイトってことで!略してスノウにしよう。」
「・・・・・あんたの名前は?」
「俺?俺はトニートニー・チョッパー。」
「変な名前。」
「そ、そうかなぁ〜。」

それでも、スノウは少しだけ笑ったような気がした。

「スノウは『アルビノ』なんだね。」
「なにそれ?」
「生まれるつき、色素が全くない身体ってこと。」

体内にメラニン色素が全くないと、皮膚も髪の毛もなにもかもに色がつかず、白くなる。それをアルビノという。
先天的なものが多い。動物ではよく見られ、遺伝的なものや突然変異のものがある。
白ウサギも一種のアルビノだ。
そして目が赤いのは色素ではない。
目の中の血液の色が、そのまま映って見えているのだ。

「そう、それよ。生まれた時からこんな身体だったわ。だから群から忌み嫌われた。不吉だって。」

スノウはそう言ってうなだれた。
俺は少し驚いた。白は清純で神聖なイメージはあっても、不吉だとは思ったことがなかった。

「冬ならともかく、夏になってもこの色なのよ?辺りが新緑に包まれても紅葉しても、目立ってしょうがないでしょ?私がいるために群は敵から発見されやすくなる。そして、人間は無意味に白い動物が好きね。だからいつも追いまわされる。この身体をどんなに呪ったことか。」
「呪うだなんて・・・・。」

こんなにキレイな色なのにと、ちょっとぶしつけにスノウの身体を見てしまった。
すると、じっとスノウも俺のことを見ていた。
妙に照れた。なんて物怖じなく相手の目を見る娘だろう。

「あなたには分からないでしょうね。私は生れ落ちた時から親にも見捨てられた。もちろん仲間からも。今は群のリーダーの妹だから置いてもらってるってだけ。ずっと仲間外れよ。今までも、これからも。」
「・・・・・・俺にも分かるよ、その気持ち。」
「え?」
「俺もずっと仲間外れにされたからさ。やっぱり親からも見離されて。」
「どうして?」

彼女は心底意外そうに俺を見た。

「ほら、俺って鼻が青いだろ?」
「あ、そういえばそうね。それがどうしたの?」

意味が分からないという風にスノウは首を傾げる。

「え・・・・だから、普通トナカイは鼻が赤いから・・・。」
「ええ、だからそれがなんだっていうの?」
「その・・・・」

なんだか調子が狂う。
真っ赤なお鼻のトナカイさん。それなのに一人だけ青っ鼻。
普通なら、「なるほど」と納得してもらえる場面なのに。

「俺だけ鼻の色が青いから、親にも仲間にも気味悪がられたよ。」
「どうして?」

スノウは、俺の頭の天辺から4本足のつま先まで、視線を動かした。

「たったそれだけのことで、アンタを仲間外れにしたっていうの?」
「う、うん。」
「バッカみたい!!」

思ってもみなかった言葉が返ってきた。

「あんたの今のその姿、めちゃくちゃトナカイしてるじゃない!! それをたかが鼻の色くらいで仲間外れにするなんて信じられない!あんたの仲間達は最低ね!そんな奴らなら、こっちからバイバイして正解よ!!」
「・・・・・それだけじゃなく、ヒトヒトの実を食べて、トナカイか人間か分からなくなっちゃったし。」
「ヒトヒトの実だかフトフトの実だか知らないけど、それを食べた今でも、あんたはこの上なく立派なトナカイよ!」

スノウは本当に腹を立ててるようで、赤い瞳がますます燃えるように赤くなった。

そんなことを言われたのは初めてだった。自分がちゃんとしたトナカイだなんて。
青い鼻であること。ヒトヒトの実を食べたこと。
その話をすれば、たいていの人は優しく同情のこもった眼差しを向けてきた。
“仕方ないね”、“でもそんなこと気にするなよ”、“元気出せよ”と。
でもそれは、俺がちゃんとしたトナカイではないことを認めた上での言葉だった。
自分はまともなトナカイじゃない。そう何度も何度も言われているようでもあった。
こんな風に、自分がまともなトナカイだなんて言ってくれた者はいなかった。
それは不思議な感覚だった。
生まれて初めて、自分をトナカイとして肯定してもらったような、そんな気持ち。
もう随分と長く、トナカイとしての誇りはどこかに埋めてしまっていた。
それなのに今、どうしようもなくトナカイである自分を意識してる。それは紛れも無く彼女の影響だった。

しかも、スノウは俺のために怒ってくれている。
親に見捨てられたこと、仲間外れにされたこと、あげくの果てには群から追い出されたこと・・・・。
俺も最初は何が悪いのか、何を恨んでいいのかすら分からなかった。
それがいつの間にか、青鼻なんだし、ヒトヒトの実食べたバケモノだし、仲間外れにされても仕方無かったと自分でも思うようになっていた。
それは運命に逆らっても無駄だという諦めだった。
けれど、本当は憤っていた。どうしてそんな仕打ちを受けなくてはならないのかと。こうなったのは、少なくとも青い鼻なのは自分のせいじゃないのに。
そんな怒りを封じ込め、心の奥深くにしまいこんでいた。
心を凍らせてしまった。そのことでそれ以上痛みを感じないように。
それがとても辛くて、とても悲しかった。
だから、彼女が自分の代わりのようにして怒ってくれたのが嬉しかった。
スノウの猛るように熱い気持ちが、俺の凍てついていた心を激しく揺さぶった。

「私に比べたら、アンタの問題なんてちっぽけなものよ。見てよ、私の不幸を。なんでこんな身体に生まれちゃったんだろ。」

俺の問題なんて小さなものだと彼女は言う。
そんなことをあっさり言ってのける。
彼女は誇り高いんだろう。
彼女の潔さが眩しい。

「そんな・・・・・こんなに綺麗なのに。白くて、手足もすんなりしてて、俺、好きだな。」

思わず、そんな言葉が口をついて出てきて慌てた。
彼女は一瞬目を丸くして、

「あ、ありがと。」

とだけ、呟いた。
心なしか、彼女の全身が赤くなったような気がした。



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