白雪姫 −2−
「さて、そろそろ寝ようか。夜が明けて晴れてたら、ここから脱出するぞ。」
明日も一日晴れなかったらどうしよう。またここで野宿だ。飲み水はともかく、食料がない。
自分はともかく、彼女の体力が心配だ。明日は何が何でも晴れてほしい。
スノウからアルコールランプを挟んだ場所に俺は横になった。
スノウが目を閉じたのを見計らって、ランプの火を消そうとしたが、なぜかしばしスノウの寝顔を見入ってしまった。
なんて綺麗な寝顔なんだろう・・・・。
そうすると、パチッとスノウが目を開けた。訝しそうに俺を見る。
どうしたの?灯り消すんじゃないの?と目が問うている。それで慌てて火を消した。
辺りは暗闇に包まれた。
それでも不思議だった。夜目が利くせいもあるけど、スノウの身体は白いからか、ぼんやりと闇に浮かんで見える。
トナカイ同士で休むなんて一体何年ぶりだろう。
そう思いながら俺は目を閉じた。
少し緊張していた。ルフィ達と一緒に寝る時とは明らかに違う。
俺は自分がもうすっかり人に慣れたんだなと思った。
けれど・・・・どうもそれだけではない気がしてきた。緊張してる、確かに。
でもこれはどちらかというと、ドキドキしている。
なんでドキドキしているのか。
ガサッ
びっくりした。
スノウが身じろぎしたんだ。
はぁ、心臓が飛び出るかと思った。
スノウにこんなに反応するなんて―――
そうか。
スノウのそばにいるからドキドキしてるんだ。
スノウが女の子だから?
それもあるけど、それだけじゃない。
(そんな・・・・・こんなに綺麗なのに。白くて、手足もすんなりしてて、俺、好きだな。)
自分が言った言葉を反芻する。
はっくしょん!
スノウが大きくクシャミをした。
「寒い?」
そう言いながらスノウのそばに近づいた。
額を彼女の身体に押し付けると、自分よりもはるかに熱かった。
やはり熱が出ている。銃の傷は熱が出やすいから。
「そばで寝ていい?」
「え?」
「寄り添って寝た方が温かいから・・・・。」
返事も待たずに俺はスノウにピッタリと身体を密着させた。
驚いたスノウは少し後ずさりしたが、追うようにまた身体を添わせた。
彼女から直に熱が伝わってくる。自分の熱も彼女に伝わるといいけど。
「あったかい・・・・。」
スノウがポツリと漏らした。
「そう?よかった。」
「私・・・・。」
「うん?」
「笑わないでね。私、こんな風に誰かと寄り添って休んだ記憶が無いの。少なくとも物心がついてからは。みんな私のこと変な目で見て、寄りつきもしない。私だってそんな奴らと一緒休みたくなんてなかったし。」
勝気な赤い瞳が潤んで揺れているが、闇の中でも分かる。
「でも・・・・やっぱり仲間と寄り添いたかった。」
「普通の身体に生まれていれば・・・」
スノウの言葉はそこで途切れた。
「スノウ・・・・。」
「このまま生きてたって、ずっとひとりぼっちよ。」
ああ、分かった。
彼女が助けてくれなくてもよかったのに、って言った理由が。
寂しかったんだ。寂しくて死にたくなるくらいに。
昔の俺と全く同じだ。強がってはいるけれど、彼女だって仲間がほしいんだ。
今の俺には仲間がいるけれど・・・
そして、俺はとてもいいことを思いついた。
「ねぇ、俺と一緒に海に出ないか?」
「海?」
「俺さ、海賊なんだ!俺はトナカイとも人間ともつかないバケモノだけど、それでもいいって仲間にしてくれた奴らと一緒なんだ。みんなイイ奴等だから、きっとスノウのことも仲間にしてくれるよ!ねぇ、一緒に行こうよ。」
「海へ出る・・・・この島を離れて?」
「そうだよ。俺もドラムって島から出てきてここまで来たんだ。いろんな冒険したよ。大変なこともあったけど、楽しかった!それに何よりも仲間が一緒だしね。スノウだってこれからはもう一人じゃないんだよ!」
「でも私はヒトじゃないわ。白いこと以外は、本当にただのトナカイなのよ?」
「そんなの関係無い!」
「でも・・・。」
「心配無いって。じゃ、いつでも俺がそばについててあげるよ!それでも不安?」
「・・・・ううん、そんなことない。チョッパーがそばにいてくれるなら、とっても心強いわ。」
「じゃ、決まり!明日、脱出したら港に出よう!そしたらすぐに出航だ!いいね?」
「島を出る・・・そんなこと考えたこともなかったわ・・・・。」
スノウはどこか夢見心地で呟いた。
「じゃあ、今度こそホントに寝よう。明日からは冒険だよ。」
明日からスノウも一緒に海に行くんだ。
スノウは外の世界のことを何も知らないに違いない。
これからは、俺がひとつずつ教えてあげよう。
今まで見たもの全てをスノウにも見せてあげたい。
寂しかったことなんか忘れるくらいに賑やかに楽しく過ごそう。
みんなにスノウを紹介したら、どんな顔をするだろう?
驚くだろうな。
もしルフィがダメって言ったらどうしよう・・・・その時は力づくでうんと言わせよう、うん。
ゾロとウソップはきっと歓迎してくれるだろうな。
サンジからは彼女を守らなくちゃな。
ナミとロビンとは、女の子同士で仲良くなれるかな。
俺は未来への期待に胸が膨らんで、ワクワクしていた。
明日に備えて眠らないといけないのに、眠れないくらいに。
「チョッパー。」
不意にスノウが声を掛けてきた。
「どうしたの?」
「私のこと、綺麗って、好きって言ってくれたわね。」
「あ、うん」
「私もチョッパーの青い鼻、好きよ。綺麗でピカピカしてる。」
「え?え?」
先ほどまでの、心臓に悪いくらいのドキドキが戻ってきた。
なんとも言えない沸き立つような高揚感。
俺の鼻、青い鼻が好きってスノウは今言った?
「今日は、助けてくれてありがと・・・。」
今日会った中で一番の、スノウの素直な気持ちが込められた言葉だった。
そう言って、スノウはさっきよりも強く俺に身体を押し付けてきた。
途端にそこから血液が逆流したかのように、血液が体内を駆け巡る。
でも、とてもやわらかくて、温かな彼女の身体。
じんわりと彼女のぬくもりが伝わってくる。
その感触に、天にも舞い上がりそうな気持ちになった。
ああ、温かい。
身体だけじゃない。心もぽかぽかだ。
彼女が自分に向けてくる、真っ直ぐで純粋な信頼を全身で感じているから。
それが身体の隅々まで染み渡っていく。
先ほどまでの高浪のような高揚感が段々と凪いで、穏やかな波へと変わっていく。
こんな温かくて、幸せで、安らかな気持ちは初めてだ。
永遠に続けばいいのに・・・・。
心地よさに誘われるまま、俺はいつのまにか深い眠りに落ちていった。
翌朝、願いが通じて雪は止み、晴れ渡った。
外に出て見上げると、昨日自分達が落下してきたと思われる崖の端が、今度はちゃんと視界に捉えることができた。
「ランブル!――ジャンピング・ポイント!!」
俺はスノウを抱え、崖の上をめがけて大跳躍する。
スノウにかっこいいところを見せたくて、難なく到達することができた。
スノウを下ろし、再び獣型に戻る。
二人して崖の下を見下ろした。あんなところにいたんだなと感慨深く思った。
そして、顔を見合わせて笑い合う。
「さあ、行こう!」
「ええ!」
俺は意気揚揚として歩を進めた。
ポスポスと、雪原に俺の足跡が残っていく。
そこにはスノウの足跡もついてきてるはずだった。
しかし、彼女がついてきている気配がない。
不審に思ってスノウの方を振り返った。
「スノウ?」
呼びかけても返事がない。
スノウは、これから向かう町や港とは反対の方向―――森の方をじっと見据えていた。
白い雪原の向こうに見える黒い鬱蒼とした森。
それを少し出た場所に、一頭の雄トナカイが立っていた。
俺よりも一回り以上大きい逞しい体格。
立派な2本の角。その大きさや枝分かれから、俺よりも、スノウよりも年上だと分かる。
漂う堂々とした風格には威圧感があった。
俺は彼女のそばまで戻り、そっとその表情を覗き見ると、恐れとも喜びともつかぬ顔をしていた。
それで、その雄のトナカイが、スノウのお兄さんであり、スノウが属している群のリーダーなのだと悟った。
彼女の全身から戸惑いが発せられてるのを感じた。崖の下にいた時とは打って変わって、彼女はひどく動揺している。このまま俺と一緒に行くべきか、行かざるべきか迷っている。
群からほとんど遺棄されているとはいえ、彼女は本当は仲間を欲している。
しかもリーダーであるお兄さんからだけは庇護されているという自覚もある。
そのお兄さん自らが、危険を侵してこんな森の外れにまで出てきて姿を現した。
なぜ現したか。スノウを心配してやって来たのは明白だ。
スノウもそのことを、感じ取ってるはずだ。
しかし、スノウは少し震えながらも俺の方を振り向いた。
「行きましょう、チョッパー。」
「スノウ・・・・いいの?」
「いいの。あそこにいても、私の居場所はないのよ。」
そう呟いて、お兄さんに背を向けて雪原を歩いていく。
その時、
「スノウ・ホワイト!!」
あの雄トナカイの、恫喝するような声が響き渡った。
名前を呼ばれ、スノウは肩を震わせて足を止め、お兄さんの方を振り返った。
次いで俺の方を見る。
その顔は泣きそうだった。
そしてまたお兄さんの方を。
揺れるルビーのように赤い瞳が、俺とお兄さんの間を行ったり来たりする。
白いから便宜的にスノウ・ホワイト――白雪姫――と兄は自分のことを呼ぶんだと、スノウは言っていた。
でも、違うと思う。
彼女は気づいてないようだけど、お兄さんはスノウのことをちゃんと想っている。
仲間の手前、それをあからさまにしないだけで。
そうでなければ、こんな美しい名前で彼女を呼ぶはずがない。
俺は溜息をついた。
「スノウ・・・無理しなくていいんだよ?」
「チョッパー、私・・・」
「ここに残りたいんだろ?」
「私、チョッパーと一緒にいたい。ホントよ。・・・・でも、まだここを出て行けない。こんな島でも、私が生まれた島なの。それに――」
スノウは再び畏敬の念がこもった瞳をお兄さんの方へ向けた。
恐らくただひとりの、血を分けた実の兄妹。
彼女の存在を認めている唯一の存在。
彼がいる限り、スノウは群でもひとりぼっちなんかじゃない。
「いいんだ。本当に。スノウがしたいようにすればいいんだ。」
スノウは赤い目を潤ませて、もう何も言わずに、俺の青い鼻先にそっとキスをした。
俺も同じように返す。
お別れのキスだと思った。
そうして、彼女は一頭のトナカイの元へと帰っていった。
何度も何度も、俺の方を振り返りながら。
その姿を見て、何か叫びたくなったけど、必死で堪えた。
スノウ達の姿が森に消えるのを見届けると、俺は人獣型に戻り、トボトボと雪野原を降りていった。
仲間達が待つ港へ向って。
雪の無い街道まで降りてくると、サンジが路傍の切り株に腰を下ろしていた。
俺に気づくと、立ち上がり、俺の目の前にまでやって来た。
「まさか、迎えにきてくれたの?」
俺は目をしばたかせて、サンジを見た。
「迎えに来たってほどじゃない。港へ行くには必ずここを通るから、ここを張ってりゃお前と会えると思っただけだ。」
「そうか。ありがとな!」
「おう。それで?彼女とよろしくやったのか?」
「よ、よろしくなんて!ヤったなんて!俺、俺、なんもしてないぞ!」
「そうかぁ?春になったら、彼女にお前の子ができてたりしねぇだろーなぁ?」
「絶対にそんなことないーーー!」
ポカポカと短い手でサンジの足を殴る。
「おおお、何しやがる。イテ!痛ぇって!ったく、せっかくお前の嫁取りに協力してやったのに。」
「余計なお世話だ。サンジのバカーーーー!!」
尚もサンジの足を叩きつづける。
しかし、バシバシと叩いていた手は、やがて止まった。
悪態をついていた口から、いつしか嗚咽が漏れる。
「チョッパー?」
「ふわぁ〜、うわぁぁぁぁーーん!」
ついに、サンジの片足にしがみついて、大泣きし始めた。
「クソ、またそんなとこで泣き出しやがって!なんなんだ、てめーは!」
頭の上から響くサンジの悪態を聞きながら、俺はしばらく泣き続けた。
離れ離れになっても祈ってる。
キミが幸せでありますようにと。
白い、どこまでも白いキミ。
僕の愛しいスノウ・ホワイト。
FIN
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<あとがき或いは言い訳>
今年は「チョッパーに恋人を」というコンセプトで書きました。
いろいろ錯誤もあるのですが、ノリで読んでいただければ幸いです(^_^;)。
「温かい眠りをください」を書いた後に、チョッパーに恋人作ってやりてぇなぁと思ったのが発端でした。だから微妙に続きのような雰囲気があります。
その後、ワンピのCharacter Song Albumの中に「ダキシメテ」というチョッパーの辛気臭い(笑)歌があり、それを聞いて励ましてやりたくなったという感じですかね(汗)。ついでに言うと、今回チョッパーの変形技名も登場してるのは、同アルバム中の「RUMBLE BALL チョッパー七段変形」という歌の影響です。私はこの歌でチョッパーの技名を覚えました(笑)。
CARRY ONさまのチョッパー誕企画『RUMBLE BOMB!4』に投稿させていただきました。これで4回連続投稿。いつもお世話になっております!