「え?今、何ておっしゃいましたの?」
「だからさ、アリスの嫁ぎ先が決まったって。」
アリス王女は今年12歳になる、ルフィとビビの娘である。
とある国の出来事 −1−
「第二王妃がお渡りになられます。」
侍女の声が響いた。
ここはとある国の後宮の一室。
後宮には国王の寝所を中心に幾つもの部屋がある。其々が一人の女性に宛がわれている。現在使用されている部屋は5つ。つまりこの後宮には5人の妃がいるということ。
そしてその中で一番広く、美しく、格式の高い部屋。そこが正妻の第一王妃が住まう部屋である。
「まあ、ビビが?久しぶりね、お会いするのは。みんな、辺りを片付けてちょうだい。」
第一王妃の美しい一声で10人に上る王妃付きの侍女が一斉に働きはじめる。
やがて、第二王妃が第一王妃の部屋に到着した。
「長らくご無沙汰をしてしまいまして。こんな夜遅くに申し訳ございません。第一王妃殿下におかれましては、ご機嫌麗しく・・・。」
ビビ第二王妃はこの後宮の中で唯一人、国外から嫁いできた人である。彼女は自国とは違うこの国のしきたりに最初は戸惑いながらも、持ち前の明るさと気丈さを発揮して、すぐにこの国になじんだ。
王の寵愛も篤く、男女2人の子供に恵まれた。
男の子の方は第一王子であったので、成人のあかつきには王太子の地位に就くものと思われる。
「堅い挨拶は抜き。それにナミでいいわよ。」
ナミは絨毯の上にひざまづいて頭を垂れるビビの手を取って立ち上がらせ、奥の居間へと導く。ソファにビビを座らせ、ナミはテーブルの上に既に用意されていた飲み物の準備をする。
自分の分とビビの分を作り終えると、ナミもビビに並んでソファに着席した。
「ナミ・・・さん。う・・・。」
途端にビビは両手で顔を覆って泣き崩れる。
「ちょっと、ビビ!どうしたの?」
「私、もう、ナミさんにしか御すがりできなくて。」
「何なの?何があったの?」
ナミはビビの背中に手を回し、優しくなでさすった。
しばらくビビは嗚咽を漏らしていたが、やがて顔を上げて、事情を話し始めた。
「王が今日の午後にお見えになられて。」
「ルフィが?それで?」
「アリスの縁談が決まったと。」
「ええっ?!」
アリス王女はルフィとビビの娘である。
しかし年齢はまだ12歳。王位継承者なら早くに婚約だけ整うこともあるが、彼女の王位継承権は第5位。縁談話は早すぎる。
それに彼女の上には腹違いの姉が2人もおり、彼女達を差し置いてアリスの縁談がまとまるのは不自然である。
「一体、相手はどなたなの?」
「ランスール伯爵・・・。」
「ランスール伯爵ですって?!」
ランスール家はこの国の建国以来の忠臣の家系で、家柄としては王女の相手として申し分ない。しかし当代の当主が問題ありだ。
彼はこの国の議会である元老院の一員であると同時に敏腕な実業家でもある。
ホテルやレストランなどのサービス業を中心に広く事業を手がけている。
そこまではいい。
問題は彼が無類の女好きというところだ。正妻を迎えてもいないのに、妾の数は両手に余ると言われている。当主付きの侍女は次々お手つきになるという噂もある。
「でも、確かランスール伯にお子はおられないはず。王女に釣り合う年齢のお子さまなんていないのにどうして―――ってまさか・・・。」
ビビは涙を目に溜めたまま頷く。
そう、ランスール家当主、サンジは自分の正妻に王女を迎えようしているのだ。
いくら艶福家の誉れが高いといってもこんな年端もいかない少女を求めるなんて。ナミは唇を噛んだ。
確かに王家との縁組はその一族に恩恵を与える。家柄に箔がつくだけでなく、王女の降嫁支度金は膨大なものなので、それも魅力となってる。だから歳の差を関係なくして婚姻を求められるが、結果として不幸な結婚を招くことが多い。
誰がかわいい娘にそんな結婚をさせたいだろうか。
「何でも伯爵が特にアリスを望まれたとか。でもどうして王はそれをお許しになったのか。王はアリスのことを疎んじておられたのでしょうか。何故こんな縁談をお受けになったのか理解できません。」
再びビビの目から涙がこぼれた。
疎んじていたなんて、あるはずない。アリスはビビに似てうっとりするほどかわいく、内面も物怖じしない、利発でしっかりした子だ。子のないナミもアリスのことは実の娘のように可愛がっていたし、アリスもナミによく懐いていた。ルフィだって5人の子供の中でも特に目に入れても痛くないほどの可愛がりようだった。
「でも、王が私の意見なんて聞き入れて下さるはずもありません。ここはナミさんに御すがりするしか、術が無くて。」
ルフィは暴君ではないが、突如として突拍子もないことを決めたり、行動したりする。そうなるともう誰も彼を止められなくなるのだ。そんな彼に歯止めが掛けることができるのは、今では正妻であるナミと側近の近衛隊長ぐらいである。
「分かったわ。なんとかこの話を無かったことにするよう、私からルフィに取り成してみる。だから、ビビ、もう心配しなくていいのよ。」
ナミがビビにやさしくそう話しかけると、ビビはナミを見つめ、幾分表情を和らげた。
そしてくれぐれもお願いしますと深々と頭を下げて退出した。
「さてと。」
ナミはその細い顎に手を当て、思索を巡らす。そして侍女に声を掛けた。
「侍従長を呼んで。」
長い鼻の侍従長が自分の執務室からえっちらおっちら走ってナミの部屋へとやって来た。彼は突然の、しかもこんな夜中の第一王妃の呼び出しに面食らっていた。
「ご苦労様、ウソップ。夜遅くに悪いわね。」
ナミが侍従長の労をねぎらう。
「いや、別にいいが、どうしたんだ?」
2人は幼馴染みであるため、ナミとウソップが二人きりの時は言葉を崩してもいいことになっている。
「実は・・・。」
ナミはざっと先ほどまでの話をウソップに聞かせた。
「そりゃあ、ヒドイ話だな。サンジって幾つだっけ?30歳ぐらい?」
「ゾロと同い年だから31ね。」
「それが12歳のアリス王女を?そりゃ酷すぎるぜ。まるで変態じゃないか。なんでルフィはそんな変態野郎との縁談を受けたんだ?」
歯に衣を着せぬウソップの物言いにナミは苦笑いした。しかしナミもその通りだと思ったので特に反論はしなかった。
「そう、問題はそこなのよね。あのルフィがそんな人で無しなこと思いつくわけがないと思うのよ。ましてや王女の中でも一番可愛がっているアリス王女よ。これは伯爵の方が何かルフィに仕掛けたんじゃないかと。」
「ふんふん、妥当な線だな。それで?俺は何をしたらいいんだ?」
「ウソップには伯爵のことを探ってほしいの。何が目的なのか、彼のこと、彼の周辺事情なんかも。おそらく、アリス王女のことは口実なんだと思うの。真の目的が分かれば、そしてその目的を満たせば、彼女のことをあきらめてくれると思う。私はルフィの方を当たってみるから。」
「よし来た、まかせろ!」
ウソップはドンと己の胸を打った。
「但し、内密にね。決してこの話を表沙汰にしないように。」
もし、この縁談が公に知れて、噂になったりしたら、もうそれだけで婚約話は既成事実化してしまう。
その後に上手く破談にできたとしても、アリス王女に何か不都合があって破談となったなどと心無い物言いをする輩も出てくるだろう。
そうなると、アリス王女が真の結婚適齢期を迎えた時の縁談に支障が生じるかもしれない。
そんなことになっては本当に彼女が可哀想だ。事実、大人の勝手な事情で彼女の運命は左右されようとしているのだから。
「ランスール家って、本業はなんだたっけ?」
「ホテル業が主体で、後は幅広く…。小売業などのサービス業を中心に不動産業まで手がけてるわね。」
「噂でもどこかの部門が不調っていう風には聞いたこともないし、事業がらみじゃないのかもな。」
「ええ。もしそうならもっとストレートにお金を要求してくるでしょうし。もっとも、そうされてもこちらが彼にお金を出す道理なんてないけど。」
「それもそうだな。じゃあ、一体何が目的で…っと考えても埒があかねぇ。調べるとするか。」
「それからウソップ、明日の朝、ルフィがサウス宮殿へ行く前に謁見したいの。その手配をお願い。」
「いや、それが・・・。」
「何?」
「王は最近、ここ(後宮)で寝てないんだ。」
「え?じゃあ、どこにいるの?まさかサウス宮殿で寝泊りしてるの?」
「実はそうなんだ。」
「サウス宮殿」は王国の行政を司る宮殿である。一切の国事行為、政務がサウス宮で行われる。
早い話が王の仕事場である。
一方、ここ「ノース宮殿」は後宮と呼ばれ、王のプライベートな家にあたる。
普通は執務の時間が終了したら、王は後宮に戻り、寝所で休む。
そして気が向けば5人の王妃のうちの誰かを寝所に呼ぶ。
夜に家に戻らず、仕事場で寝るとは奇妙な話である。
「何?今、政務が忙しいの?何かあったのかしら?」
「いや、俺も表向きのことはあまり知らない。ただ、サウス宮に寝泊りするようになる前には、やたら後宮に帰ってくる時間が遅かった。朝方に帰ってくることもあったよ。」
「そうなの?まあいいわ。それなら私が明日の朝、サウス宮に出向きます。王に会えるよう取り計らってくれる?」
「わかった。」
<まえがき或いは言い訳>
満足にゾロナミ小説も無いのに突然パラレル小説に走る管理人。
でも書いてて楽しい・・・。
それにしても、ネーミングセンスゼロだね。サンズィ、ごめんよ。
更に、ロリコンみたいな扱いでごめんよ。
このお話、全部で5話くらいになるかと・・・。お付き合いください。