魔女の瞳はにゃんこの目  −10−

びょり 様



古くから『アン・ヴォーレイの館には宝が隠されてる』という噂が有った。
彼女はその宝目的で、俺に近付いて来てたんだ。

式の前日、『2人きりで夜を過したい』と彼女にせがまれ、俺は下男と女中に暇を出した。

その夜俺は……彼女と、彼女の仲間から、宝の在り処について尋問を受け…答えられず殺された。
館中捜索しても宝が出て来ない事に苛立った彼女と仲間は、腹立ち紛れに床下に見付けた深い穴へ、殺した俺を突落した。

床下の穴は、俺が館の主になる前から在る、とてつもなく深い物だった。
財産として譲り受けた時、親父に言われたよ。


『真偽は判らないけれど、この穴は冥界まで続くと伝えられている』と。


光も音も無い底で、俺は独り横たわっていた。

殺された俺は…何故か死ねなかった。

朝も昼も夜も判らない闇の中に居て。
次第に腐り、崩れ落ちてく自分の体で、時が経っている事を知った。

……でも、死ねない。

骨だけになってしまっても、未だ死ねない。

殺された恨みなら、既に無かった。
とうに彼女の名前すら忘れてしまって居たし。
所詮自分も同じ裏切り者…これは天罰だと考えたんだ。

そして理解した…自分が抱えてる未練…死ねずに居る訳を。

『メアリ』に……謝りたいと思った。

俺に裏切られ、沼に身を沈めたメアリ。
独り水底に沈んで……どんなに冷たく、辛く、寂しい思いをしてる事だろう。


――謝りに行かなきゃ!


骨だけの体で、俺は暗く深い穴を登って行った。
けど…何処まで行っても地上が見えない。

段々と焦り出した頃、途中の岩壁に洞窟を見付けた。


『ひょっとしてこの穴から出られるかも!?』


嬉々として奥を目指したけど…その喜びは長く続かなかった。
洞窟は数十m行った先で、行き止まりになってたんだ。
落胆し途方に暮れたけど…直ぐに新たな考えが浮んだ。


『そうだ!この館は崖の近くに建っている!此処から横にずっと掘り進んで行けば、何時か外に出られるんじゃないか!?』と…。


そうして俺はトンネル掘りに没頭してった。
最初は自分の胸に刺さってたナイフを使って掘り進んだけど、錆びたそれは直ぐに用を為さなくなっちゃって…。

止む無く自分の肋骨を使って今度は掘り進めてった。
泥岩の壁は柔らかく、骨でも何とか掘れてったよ。
そしたら幸運にも貝の化石を掘り起こしたりして…今度はそれと指を使って掘り進んでった。

所が手元の化石が尽きて指が全部磨耗しちまっても…未だ外に出られなくてねェ。
最後の手段とばかりに、歯で齧って掘って行ってたんだ。




「…そして私達に出会い、今に至る、と…?」

「…うん…そうゆう訳…。」


髑髏を胴体に繋ぎ、抑揚の無い声で己の過去を語るヘンリー。
彼を囲み座った3人は、その昔話を感心とも呆気とも付かない表情で清聴したのでした。


「おっさんすげーなー!自分のろっ骨や歯でトンネル掘っちまうなんて、俺にはマネ出来ねーよ!痛かっただろォ!?」
「いや死んでるし、俺…幸い、痛みは感じなかったよ…。」
「そうか!!良かったなァおっさん!!死んでてラッキーだったじゃねェか!!」
「そ…そうかな?…言われてみるとラッキーだったかも…。」
「納得すなっっ!!…にしても掘って出た土はどうしたの??」
「ああそれは、自分が落ちた深い縦穴に捨ててったんだ…大量に落してって…その内溢れやしないかと不安になったけど…底無しで助かったよ…。」
「ほら!私の推理通りだったじゃない!」


回答を聞いてナミは、隣に座るゾロに向い、胸を反らして得意がりました。


「って何勝ち誇ってんだよてめェは!?…あんたなァ、んな苦労するくらいだったらストレートに穴登ってった方が早いって、露程も考えなかったのか??」
「考えなかった訳じゃないけど…1度断念した道は中々戻り難いって言うか…。」


ゾロに呆れ返られ、ヘンリーは指の無い手で頭をボリボリ掻きながら、気まずそうに事情説明を続けました。




『トンネルを掘る』という明確な目標を定めて以来、俺は来る日も来る日も岩を掘り続けた。
掘るのに疲れたら一休みして、溜った砂利を掻き出し、穴に捨てに行く。
捨て終わったら、またトンネルを掘る。

作業を繰り返してく内に…段々と凝り出してね。
どうせ掘るなら、なるたけ幅を統一して通り易くしようとか。

そうだ!何百年か先の未来…後世の人が目を見張る程の、素晴しい地下道を造ろうじゃないか!!
俺の前に道は無い!俺の後に道は造られるのだ!!




「…馬鹿かあんた?こんな地下深くに在る道、モグラだって通らねェよ。」


何処か夢見がちに語るヘンリーに、ゾロの辛辣なツッコミが掛かりました。


「……ひたすた退屈で、独りきりの毎日だったし…後悔した時には指が磨り減り無くなってて……もうトンネル掘るしか、生き甲斐残って無かったのさ。」


冷たい視線で見詰るゾロに向い、ヘンリーは力無く笑いながら、指を無くした両手をカシャカシャと振って見せました。


「……後悔すんなら磨り減らす前にしとけよ…ったく、こんなん掘ってよく地下崩落起さなかったなっつか…下手すりゃ生埋めなってたぞ、あんた…。
「いや死んでるし、俺…。」
「ヘンリー、生前から几帳面で凝り性だったものねェ。」
「納得してんなよナミ!!」
「こり性だっつうなら、もっと道枝分かれさせて迷路みたくするとか、急坂にするとか、トラップいっぱい仕掛けるとか、もっとそーいくふーが欲しかったよなァ。サービス足んねーぞ、おっさん!」
「…そこを問題にするのかよルフィ?」
「…にしても500年懸けて良くぞ此処まで…ゾンビの一念岩をも通すだわ。」


ほぼ均一な幅で一直線に続いてく地下トンネル。
遥か先の消失点を見遣りつつ、ナミはしみじみと溜息を吐きました。


「…え?俺が死んでから500年も経ってるの!?…そうか、道理で最近、歯が弱くなったなァと思ったよ。」
「苦労が随分顔に出てるわ。頬なんかげっそりこけてる。」
「あははー、何せ死んで骨だけだからねェ…ナミはちっとも変らず、若々しくて良いなァ…。」
「当然でしょ、魔女だもの。」

「……駄目だ俺…頭痛くなって来た。」


ツッコミ疲れたゾロが、頭を抱えてしまいました。


「…500年間、独り死ねずに居て…正直、絶望を感じて居たけれど…待った甲斐が有った…!」


突然ヘンリーが、ナミの前でペコリと頭を垂れました。


「お願いが有るんだ、ナミ…!俺を……『メアリ』の沈んだ沼まで連れてってくれ…!!」


指の無い両手をぴっちりと合せ、顔を砂利に擦り付け懇願して来ます。
その姿をナミは、冷やかに見下ろしました。


「……嫌よ!」

「ナミ…!!頼むよ…!!」


即答で断るナミに、ヘンリーは尚も必死に縋ります。
しかしナミは険しい顔して、にべも無くはね除けました。


「今更何が『謝りたい』よ!?謝るくらいなら、どうしてあの娘を裏切ったの!?…あの娘が…どんな気持ちで沼に身を沈めたか……何したってもう手遅れだわっっ…!!!」
「…連れてってやれよ、ナミ。」


声を震わせ叫ぶナミに、ルフィが言葉を掛けました。
黒く円らな瞳でもって、真向いからじっと見詰て来ます。


「おっさん、『謝りたい』っつってんじゃん。謝らせてやれよ。」

「うっさい!!!事情も知らない部外者が話に割込んで来んな!!!……ヘンリー…あんたまさか、自分が成仏したくって『謝りたい』って言ってんじゃないでしょうね…?――だとしたら断固連れてくもんか!!!あんたなんか……一生成仏出来ずに独り此処で彷徨ってれば良いんだ…!!!」

「――良い過ぎだ、ナミ。」


横から鋭い声で、ゾロがたしなめます。


「……解ってんだろ?自分でも。」


その言葉にナミは押し黙り……辺りはしんと静まりました。


「………本当に…メアリには悪い事をしたと思ってる…。」


恐る恐る、ヘンリーが口を開きます。


「…500年間…ずっと心に残ってた……。」


ナミの前に弱々しく垂れた頭は、時を経た分だけカサカサに乾いていました。
手も足も磨り減り、生前スラリと背が高く活き活きとしていた彼の面影は、何処にも有りません。
まるで使い古したボロ雑巾を想起させる風貌でした。


「……沼に行っても、そこにメアリの体はもう無いわ。彼女の遺体は沼から引上げられて火葬された。…私もその手伝いをしたから良く覚えてる。彼女の両親は世間の噂に耐え兼ねて、彼女の骨とともにこの地を離れた。その後の行方は知らない。魔法を使えば追えない事も無いけど……まさかそこまで求める気じゃないでしょうねェ?」


じろりと睨め付け、ナミが言います。
蛇に睨まれた蛙の様に、ヘンリーは小さく縮こまりました。


「…ま、自殺した魂は、成仏出来ずにその場に残るって言うけどね。」

「なんだ。じゃ、居るかもじゃん。ドクロのおっさん連れてってやろーぜー。」
「気軽に言わないでよ!!大体、こいつ連れてって私に何のメリット有るってェの!?文無し者の依頼はあんた達だけで御免だわ!!」
「なァ、おっさんよォ。俺達幽霊やしきに隠された宝を探しに来たんだけど…おっさん、そのやしきの元主だったんだろ?宝の在り処とか知ってたら教えてくんねェ?」


ニヤリとした笑みを引いて、ルフィはヘンリーに尋ねました。


「…宝?…ヒントと思しき物なら知ってるけど……ゴメン……在り処を知るには或る『鏡』が必要らしく、それを俺は持って居ないんだ…。」
「『鏡』ってこれの事かァー?」


話を聞いて、ルフィは自分の被った麦藁帽子を、ゴソゴソと探りました。
取り出した銅鏡を、ヘンリーの前に突き出します。
ツルツルした表面に、ランプの灯りを受けたヘンリーの顔が、ぼんやりと映りました。


「…こ!これ!そう、これだよ!!…絵に描かれ伝えられてるだけで、実際目にした事は無かったけど…一体、何処で手に入れたんだい?」
「『シャンクス』って言う俺の親父から貰った!やっぱこの鏡がカギなんだな?…んじゃおっさん、俺達が『メアリ』っつうヤツに会わせてやったら、宝のヒントを教えてくれるって約束してくれよ!」

「教えるのは構わないけど…別に自分が教えなくとも、ナミの金の瞳で見れば、直ぐに解けるんじゃないのかい?」
「それがこいつすんげェェ〜〜ケチでよォ〜。何でもかんでも出し惜しみしやがんの!」
「るさいっっ!!!勝手にテキパキ交渉進めてんじゃないわよ!!!その程度の謎、魔法使わずとも私の推理力有れば、たちどころに解けるんだからっっ!!!」
「解けてねーじゃん。」
「…ぐっっ!!」


ルフィに真実を突かれ、ナミはぐうの音も出なくなりました。


「……交渉、成立だな。」


黙って状況を見詰ていたゾロが、ニヤニヤ笑いながらナミに言います。


「あ〜〜もう解ったわよっっ!!!連れてってあげるわっっ!!!但し沼まで!!もし会えなかったとしても、面倒見切れるのはそこまでなんだからねっっ!!!」


ルフィに言い負かされた上ゾロに見透かされ、ナミは悔しさで顔を真っ赤にしてヘンリーに向い叫びました。

…しかしヘンリーは3人の会話を他所に、鏡に映った己の顔をしげしげと眺めていました。


「……それにしてもげっそり痩せたなァ…俺…こんな変り果てた面相で、メアリ、俺だって解ってくれるかなァ…?」


――カキィンッ!!!


呑気に悩むヘンリーの頭に、容赦無く振り下ろされたナミの鉄拳。


「…ゾンビが生意気に外面気にしてんじゃないわよ…誰の為に骨折ろうとしてるか解ってんのヘンリー!!?」


受けた重い衝撃に、彼の頭は再び胴体から離れ、地に転がりました。




無事交渉が纏まると、4人はヘンリーの掘った地下トンネルを、テクテクと歩いて行きました。


「…だから待てよ!てめェの箒で飛んで、穴から出た方が早いだろって!」


ルフィを先頭に、ヘンリー、ナミ、ゾロと続く一行。
ゾロは前を歩くナミの肩を引き止め、問い掛けました。


「…それだと金の目してあの館に出る破目になるじゃない。あんた…また私に殺人の現場視させようっての?」

「…………。」


「ヘンリー、このトンネルは確かに外へ繋がってるの?」

「うん、繋がってる……硬い岩が1つ、未だ道を塞いでは居るけどね。」


ナミに問われ、2人の直ぐ前を歩いていたヘンリーが振り向いて言いました。


「…ま、岩1つくらいなら、こいつらの力で何とかなるでしょ。……魔法をなるべく使わないで済むなら、それに越した事は無いしね。」

「……けどよ…お前、さっき足捻ってただろうが。この先歩いて行けるのかよ?またおぶってやろうか?」

「…え!?ナミ、怪我してるのかい…!?」
「何!?ナミがケガしてるゥ!?――大丈夫か!?何なら俺、おぶってってやるぞ!!」


ゾロの言葉に前を歩いていたヘンリーが反応し、そのヘンリーの言葉に、ランプを持ってかなり先を行っていたルフィが反応して、駆け戻って来ました。


「ほら!!遠慮しねーで早くおぶされ!!」


そう言ってナミの前に背中を向け、腰を落します。


「いや、ルフィ。俺がおぶってくからいい。おめェに任すと途中で落したり忘れてったりしそうで心配だ。」
「しっけーな事言うなゾロ!!ケガ人落したり忘れたりする訳ねーだろバァカ!!」
「日頃の行いから信用出来ねェつってんだよ!いいから先行ってろ!ナミは俺がおぶってくから!」
「いいや俺がおぶってく!!横取りすんなゾロ!!」
「横取りはてめェの方だろうがルフィ!!」

「……驚いた…随分、仲の良い友達が出来たんだね…ナミ…。」


ナミを間に言い合いするルフィとゾロを見て、ヘンリーはナミに向い微笑みました。


「なっっ!!?ちょっっ…!!馬鹿言わないでよヘンリー!!!こんな奴等友達でも何でも無い!!!会ったばかりの赤の他人よっっ!!!」


慌ててナミが強い口調で否定します。
その頬は蒼いランプに照らされていながら、林檎の様に真っ赤に見えました。


「何だよナミィ〜冷てェ〜なァ〜!会ったばかりでも俺達、もう仲間じゃねェ〜かァ〜!」
「うっさい!!!本人の了承無く勝手に仲間登録すなっっ!!!」


吐き捨てる様叫び、そのまま2人を置いて、スタスタ先へと歩いて行きます。


「おおいっっ!!だから足大丈夫かってっっ…!!」


焦って追い駆けて来るゾロの前に、ナミはスッと左足首を持上げて見せました。

……さっきまで赤黒く腫上っていた傷が、跡形も無く消えています。


「…解った?足が千切れようが首がもげようが絶対に死なず、暫くすれば元通りに治ってしまう……これが魔女の『力』よ。御心配には及ばないわ。」


自分の足首を見て息を呑み驚くゾロに、ナミはシニカルな微笑を向けました。

左足首をゆっくり下ろすと、背中を向け再び歩き出します。

…と、振返り、ルフィとゾロにこう言い放ちました。


「…けど、その魔女を傷付け殺せる『力』を、あんた達2人は持っている。……仲間?笑わせないで。むしろ『天敵』だわ!」

「――殺さねーよ!」


自分を冷たく睨むナミを、ルフィは真っ向から見据えました。




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