魔女の瞳はにゃんこの目  −11−

びょり 様




次第にトンネルが先細り、中吹く風に髪が強く乱される頃。
身を屈め、道に溜っていた砂利を掻き分け進んでいた4人の前に、大きな水晶の塊が立塞がりました。
風はどうやらその向うから吹いて来るようです。


「驚いた…紅水晶だわ…!塊で持ち帰ったら、結構な値が付くかしら…?」


ランプに反射して淡紅色に輝く結晶を、ナミはうっとりと撫で回しました。


「何とか此処まで掘り進んだけれど…これは硬過ぎて歯が立たなかった…隙間から風が漏れてる…これさえ越えれば外に出られそうなのに…。」


ヘンリーが欠けた歯で悔しそうに歯軋りをしました。


「水晶ってそんな硬いのかー?なら俺に任せとけよ!俺の左パンチはダイヤだって打ち抜くくらい強ェから♪」


左腕をぶん回し、にいっと笑ってルフィが前に出ます。
やる気満々な体勢を見て、ナミが慌てて引き止めました。


「ルフィ!!あんたは出て来ちゃ駄目!!此処は……ゾロの出番よ!!」
「何故そこで俺を出す!?」
「そうだ!!何で俺じゃなくてゾロなんだよ!?」


指をビシッッと突き刺されての指名にゾロが喚きます。
逆に立候補を退けられたルフィは、不満を露にしました。


「床の一件忘れたの!?此処でまたあんたに馬鹿力発揮されたら地下崩落、全員生埋め必至だわ!!…という訳でゾロ、頼んだわよ!」
「ふざけんな!!てめェの言う通り動かなきゃならねェ義理が何処に有る!?」
「あら?ひょっとして自信無い?確かに水晶は鉄よりも硬い物質だけど…あんたの腕と持っている妖刀でなら、斬れると踏んだんだけどなァァ。」
「自信が無い訳有るかっっ!!!俺は人に命令されて動くのが大嫌ェなんだよっっ!!!」
「別に命令なんてしないわ。嫌だったらルフィに頼むだけ。…その結果がどうなろうと私は知らない。いざとなったら1人で瞬間移動して逃げるから。」
「わぁった!!斬りゃ良いんだろが斬りゃ!!!…ったく、んな魔法使えんだったら、その手で行きゃあ良いじゃねェか…!人使う必要有んのかよ…!?」


ナミにやり込められブツクサ文句零しつつも、ゾロは背中から刀を1本引き抜き構えました。

血の様に赤い色した柄の妖刀、『鬼徹』――

気合を高めてくと共に、辺りの空気が研ぎ澄まされます。


「…おい…おめェらなるたけ後ろ下がってろ…穴が開くと同時に、風圧でそこら中のもんが飛ばされて来っだろうから…!」


振返りもせず言葉を告げられ、3人は一目散にゾロから離れました。




全員避難したのを確認したゾロは、両目を吊上げ益々気合を高めて行きます。

全身から闘気を漲らせ、電光石火の早業で一閃二閃三閃四閃…!


耳を劈く轟音と同時に、砕け散る水晶の壁。
途端に流れ込んで来る突風。
吹き飛ぶ水晶の欠片や砂利で、トンネル内に砂嵐が起り、岩肌が削り取られます。

避難した3人は必死で地面にしがみ付き、掛かる風圧を堪えました。




風が弱まった頃、恐る恐る瞼を開けて見れば……さっきまで道を塞いでいた塊は、綺麗さっぱり消え去っていました。

足が埋まる程道に溜っていた砂利まで、跡形無く片付けられています。

前方大きく口を開けた裂け目から覗く空の色。
未だ夜は明けてない様でしたが、地下より薄い色の闇を見た3人の口から、歓声が湧起りました。
飛ばされて地面に転がっていたゾロを抱き起し、口々に称えます。


「すっごいわねェ〜あんた!!本当に水晶斬っちゃうなんて!!態度のデカさは伊達じゃなかったのね!!」
「有難う!!有難う!!苦節500年…漸く外に出られた…!!本当に有難う!!」
「やったなゾロ!!すっげーカッコ良かったぞ!!…斬った後ポーズ決めてりゃ、もっとカッコ良かったけどな♪」
「痛っっ!!痛ェ!!…バシバシ叩くんじゃねェよルフィ!!痛ェだろって――痛ェェ!!!」


受けた衝撃で体のあちこちを負傷したゾロは、ルフィに頭の天辺から脛まで思い切り叩かれ、悲鳴を上げました。


「けどちょぉっと考え足りないわよねェ〜。折角の紅水晶の塊が木端微塵。おまけに風で欠片も残さず全部吹き飛ばされて…。もっと上手い事カットしてくれりゃあ、お金になったのに!」
「うっせェェ!!!ジュエリーデザイナーじゃあるまいし、んな器用な真似出来るかっての!!!」
「よぅし!!!そんじゃ外へ脱出するぞ!!全員、俺の後ついて来い!!!」


勇んで立ち上ったルフィが、裂け目に突進して行きます。
勢いそのまま、一気に外へ出ようとするのを知って、ナミが大声で止めました。


「馬鹿っっ!!!この穴は崖を目指して掘られてた事を忘れたのっっ!!?」

「……あ。」


――時既に遅し、気付けば目も眩まんばかりに切立った絶壁から、決死のダイブ。


「うあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……………!!!!!!」


絶叫を棚引かせ、ルフィは眼下の急流へと、真っ逆様に落ちて行きました。


「あの馬鹿っっ!!っとに懲りない奴なんだからっっ!!」
「…だから同じ事を飽きず懲りずに繰り返す奴だって言っただろ…!」


悪態吐きながら瞳を素早く金に変え、ナミは呪文を唱えます。
虚空を撫でる手に握られたのは空飛ぶ箒。

息吐く間も無く崖からジャンプすると、箒に跨り落下するルフィを追い駆けます。
掛かる風圧で全開にされる額、はためくマント。

後少しで川面に激突する寸前、魔法の力で宙に浮べられたルフィは、ナミの箒に拾われ事無きを得ました。




「ふーーー…3度目の正直で、今度こそ死ぬかと思った…。」

「仏の顔も三度まで!後1度でも面倒起したら、絶対助けてやんないんだからね!……ったく…あんたらのお陰で、昨日から『力』使い過ぎだわ…!!」


ルフィを背後に、ブツクサとナミがぼやきます。


「『力』使い過ぎると何かまずいのか〜?」

「…あんま連続して魔法使ったり、強力な魔法を使うとね…体内に余熱が蓄積されて、『力』が中々戻んなくなっちゃうの!ずぅぅっと金の瞳で居る事になっちゃうのよ!」

「…それって、困る事なのか??」
「ものすご困るに決まってるでしょォ!?あらゆる情報が飛び込んで来るわ、行きたいと思った場所に体が勝手に移動しちゃうわ、ちょっとでも欲しいなんて考えた物は何時の間にやら手の中よ!!」
「便利じゃねーか!」
「便利過ぎても困るのっっ!!!…まァだから……なるたけ私に魔法を使わせないよう、気を付けて頂戴!」

「……何か良く解んねーけど、解った!気を付ける!!」


2人を乗せ、川面スレスレの宙にピタリと止められた箒。

今一腑に落ちない風でありながら、ルフィは素直に頷き、ナミの腰に手を回しました。


――スカーン!!!


「痛ェェ!!!何で頭叩くんだよっっ!!?」
「魔法使ってる時の私に触れるなって何度言えば解るのよセクハラ小僧!!!」
「しょうがねーじゃん!掴まってた方が安定すんだから!…お前こそ、何でそんなに嫌がるんだ??」

「それは…!」


訳も解らず叩かれ、ルフィは不満顔です。
理由を問われ、ナミは返答に窮しました。


「……解ったわよ。教えたげるから耳の穴かっぽじって良く聞きなさい。……魔法を使ってる時の私に触れるとねェェ!!!直接心が私に伝わって来るの!!!要するにあんたの心が丸見えになるっつう訳!!!どんな秘密を持っててどんな風に私を思ってるのかとか、そうゆうの全部私にバレちゃうのよ!!!解ったかこのチビ黒馬鹿坊主!!!!」

「………なんだ、そんな事気にしてたのか。」


一息で怒鳴り散らし、肩でハァハァと息をするナミ。

燃え盛る様な金の瞳を、ルフィは飄々とした態度で受け流し、尚更しっかりとしがみ付いて来ます。


「ちょっっ!?…ちょっと!!!だから視えちゃうから止めてって…!!!丸見えなっても良いってェのォ〜〜!!?」

「良いさ!!!見えたって!!!見られて困るもんなんて何も無ェし!!!」




――見られて困るもんなんて何も無ェよ!!!




「………まったく……あんたら、揃いも揃って…!!」


突然、箒がぐいんと始動しました。

そのまま崖を這い登る様、上昇して行きます。


「…このまま上に居る2人を乗せて、メアリの沈んだ沼まで飛んで向う!振り落とされない様、しっかり掴まってなさい!!」


背後で「しししっ♪」とルフィが笑っている気配。
耳まで火照るのを感じつつ、ナミは箒を操り、2人が居る裂け目へと近付きます。

裂け目からナミ達を見下ろしてるゾロと目が合いました。
その横からヘンリーも顔を出しています。

ナミを見詰るゾロの瞳が笑っていました。


見上げれば、濃紺色の空に薄れ行く星々。

…聞えて来る鳥の囀りが、間も無く夜明けが近い事を伝えていました。




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