魔女の瞳はにゃんこの目  −9−

びょり 様




「…それにしても長いトンネルだな。自然に出来上がった物か、とも、人為的に造られた物か…。」
「最初の数十mまでは自然の洞窟。けど、それ以降は人が掘って拵えたみたいね…しかも手掘りで。」
「手掘りィィ!?1qもかよ!?まさかァ!!」
「引掻き傷の様な跡が随所に見られるもの。ちょっと信じ難いけど、地道に何百年も懸けて、人の手だけで掘り進んだみたい。」


ゾロの背中越しにランプを掲げ、ナミは岩肌を検分します。
灯りに照らされた岩肌は不規則にデコボコしていて、所々貝の化石が埋ってるのが見えました。
きっと大昔は海の底に在ったのでしょう。


「しかしなァ〜、手掘りまでして…宝隠してる訳じゃ無ェんだろ?一体誰が何を企み、んな手間懸けたんだか…。」

「…金の瞳の時、ちらっとだけど、奥に視えた影が在ったの。……恐らく、ヘンリー・メイヤーズの死体だわ。」

「ヘンリー?500年前迄館の主だったっつう、女にフラレて気も触れちまい、幽霊なって彷徨ってるっつう噂の奴のか?」

「伝えられてる噂ではそうだけど……真相は違うのよ。」


言いよどむ様なナミの語りを、ゾロは背中で聞きながら、黙々と歩いて行きました。




ヘンリーは裕福な商人家庭に産れた青年で、怪奇マニアだった彼の父親は、当時から奇怪な館と評判だった、あの館を買い取ったの。
両親の死後、館は彼の財産の一部として残された。
その頃、或る街から1人の女がふらりとヘンリーを訪ねて来てね。
絶世の美女だった彼女とヘンリーは婚約したの。

そして結婚式の前日……ヘンリーは彼女に殺されてしまった。
彼女にヘンリーと結婚する意志は無かった。

…初めから、財産目当てだったのよ…。




「……殺されちまった事は、噂に上らなかったのか?」




…両親亡くして以来、ヘンリーは親族との付き合いも無く、独り身だったし。
事件は下男も女中も居ない、彼女と2人っきりの時に起きた。
殺した後、彼女は仲間とともに、持出せる財産を奪って遠くの街に逃亡。
逃亡する前に、館に誰も入れないよう、鍵を掛けてね。

暫く置いてから彼女は仲間を使い、『ヘンリーは婚約を破棄された事で気が触れてしまい、館に閉籠ってる』という、噂を広めて行った。

時が経ち……此処はすっかり幽霊屋敷として有名になってしまったの。
勇敢な人間が鍵を壊して調査に入ったり、酔狂な人間が買い取って住んだりもしたけど……嘘か真か、皆幽霊が出るって怯えて、結局は逃げ出しちゃって…今では住む者の無い廃墟という訳。




「中々悲惨な話だな。…で?お前がそれを知り得たのは『力』を使ってなのか?使ってまで知った事実を、何故公表しなかった?」


ぴくりと、強張る気配を感じました。




……500年前、私は暫くこの近くに住んでた事が有った。
ヘンリーとはその時出会って……結構、親しくしてたわ。
結婚を前に姿を消した理由を…知ろうと思って館の扉に触れた瞬間……

………ヘンリーが彼女と、仲間に、ナイフで刺されてる所を視たわ……!

…今夜此処に来て…彼の死体を視付けてしまいやしないかって…内心、恐れてた。
入って何処にも見当らなくて…ほっとしたわ…。
長い間…調査に入った人間が居ても、見付らなかったんだもの…きっと、外に埋められたかしたんだろうなって……なのに……!




震える声でナミは話し続けます。
肩に強く食い込む手。
ゾロは黙って話を促しました。




……彼女と婚約する前に…ヘンリーには、結婚を誓い合っていた娘が居たの。
『メアリ』っていう……病弱で、大人しくて……けど、優しい、良い娘だった…。
2人は幼馴染で…私も、彼女とは親しくしてたわ…。
本当に仲が良くて……将来、必ず、結婚するんだって…そう約束してたのに…!!

あいつはメアリを裏切って他の女と婚約したのよ…!!!

………可哀想に…メアリは…婚約の話を聞いて……沼に身を沈めたわ…!




激昂するナミは涙声でした。
感情を爆発させ、肩が痛むくらい強くしがみ付いて来ます。


「………あんたって本当、勘が良い……嫌われるんだからね…そういう奴って…。」


背中に伝わるナミの言葉を、ゾロは無言で聞いていました。




道は途中、坂になる事も狭まる事も分れる事も無く、ひたすら平坦に続きます。
最初こそ神経張巡らせ慎重に歩を進めていたゾロでしたが、何の仕掛けも無く300m迄来た地点で、流石に拍子抜けせずには居られませんでした。
道に溜った砂利を足で払ってまで警戒し歩いて来た自分が、馬鹿みたいに思えます。
岩肌を照らしつぶさに見てくも、暗号と思しき目印は皆目見当りません。


一体どんな謎を秘めて、あの鏡は館を指したのか…?
シャンクスは宝の在り処を示す物だと言って、姿を消した。
しかし本当に、此処に宝が隠されているのか?


…あれこれ考え巡らす内に、ゾロは段々不安になって来ました。

ちろりと背後におぶってるナミを伺います。

…興奮から冷めた様子で、すっかり大人しくなっていました。
背中にもたれている為表情は読めませんが、呼吸は安らかです。


『…っつか、ちゃっかり寝てんじゃねェだろうな、こいつ?』


伝わる柔らかな重みと熱に、何となく心が焦ります。
千年生きてる魔女と言えど、見掛けは丸っきり普通の人間の少女でした。


魔女の瞳であれば、全ての謎が簡単に解けるかもしれない。
ひょっとしたら、シャンクスの居場所も掴めるかもしれない。


けど………ギリギリまでそれをさせたくはないな、とゾロは思いました。


「…しかし此処まで良く掘ったもんだ。…誰だか知んねェけど、余程暇持て余してたんだな。」

「……恐らく、掘ったのはヘンリーだと思うわ。」


てっきり寝てると思っていたナミが、後ろから急に口を出して来ました。


「何だ、てめェ、起きてたのか!」

「…自分でも荒唐無稽な推理だと思うけど…聞いてくれる?

 ナイフで刺されたヘンリーは、館の床下に元々在った落し穴に落された。
 けどヘンリーは何とか外に出ようと穴を登り…しかしあまりの深さに登る事は諦め、途中見付けた洞窟の先を掘り進めて、横から出ようとした――」

「おいおいちょっと待て!!幾ら何でもその説は無茶過ぎだろう!!ナイフ刺されて死んだ筈の男が穴登ってって、途中から横穴掘って外出ようとしたァァ!?荒唐無稽にも程が有るだろうが!!」
「だから自分でもそう言ってるでしょ!?私だって有得無いとは思ってるわよ!!…けど…でないと、トンネル奥に何故ヘンリーが居たのか…説明が付かないのよ…!」
「殺した女とその仲間が、死体が見付って犯罪発覚するのを恐れて隠したんじゃねェの?」
「だったら穴突落して土でも被せときゃ良いだけよ!!わざわざ1qも横穴掘ってまで隠す必要無いでしょ!?」

「そういや掘って出た土は何処捨てたんだろうな?1q分たら相当な量になるだろうに。…奥から風が来るって事は外に繋がってる訳で、つまり逆から掘ってったって訳だろ?そうして土は外に捨ててって……ま、すっきりはしねェが、やっぱり何らかの理由有って犯人達が穴を掘り、死体を置いたと考える方が自然っつか…」
「違う。岩肌の削り跡見る限り、私達の進行方向と同じに掘り進んでってるわ…大体、この穴の先は崖の筈よ!だとすれば…私達が落ちた最初の縦穴に捨ててったとしか……あの穴…元はもっとずっとずっとずっとずっと、深かったんじゃないかしら…?」


此処まで話を聞いて、ゾロは「はァ……」と、長い溜息を吐きました。
振返り、真剣な面持ちで居るナミの瞳を、じぃっと見詰ます。

金色だった瞳は、茶色に戻っていました。


「……それ、『力』で見たものじゃないんだろ?」

「…信じられないっつうならいいわよ。自分でも馬鹿馬鹿しい説だと思うし。」


拗ねた様にナミが顔を背けます。


「…良いけどよ。……そんな地下数千m級の深い穴、落されただけで普通は即死――」


突然、ゾロが喋るのを止めました。
全身に緊張を漲らせ、前方に目を凝らします。


「……ちょっと…どうしたの…?」


徒ならぬ気配を背中に感じ、思わずナミも身構えました。


「……何かが…凄いスピードで走って来やがる…!」

「…な、何かって…!?」

「まだ解らねェ…おい!ランプを前に向けるな!気付かれちまう!」


聞いた事の無い厳しい声で注意を受け、慌ててナミがランプを逸らします。


「…駄目だ。気付かれちまってる。…真直ぐこっち来るぞ!」

「…ね、ねェ…来るって…私達に敵意を持ってるような何か…?」


怯えて背中にギュッとしがみ付き、ナミは小声で伺いました。


「…いや、殺気は感じねェ。…むしろ何かから逃げてる感じか…?だとしたら、刺激しねェ方が良い…。」


息を詰め戦く2人の耳に、次第にはっきりと足音が響いて来ました。


――…ヒタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ………!


人間とは思えぬ、重量を感じさせない軽い足音。
風の様に駆けて、奥より真直ぐこちらを目指す『何か』。

近付いて来ます…

近付いて来ます…!

近付いて来ます…!!


闇の中から…異形の姿をした者が、ヌッと飛び出して来ました。

目玉を無くし、ぽっかり窪んだ眼孔。
殆ど髪の抜けた頭。
肉が削げ落ち露になった顎と歯。
申し訳程度に纏うボロ布の隙間から覗く体には、肋骨が有りません。

2人の前に飛び出したそれは、見るもおどろおどろしい骸骨でした。


「「ギャアァァァ〜〜〜!!!!!ゾォンビィィィ〜〜〜!!!!!」」


地下トンネル内でハモり木霊する2人の絶叫。
ナミをおぶったまま、ゾロは脱兎の勢いで逆走し出しました。


「ちょちょちょっと!!!ゾンビ追っ駆けて来るよ!!!ねェ何でェェ〜〜!!?」
「な…何でったってっっ…!!!知るかっっそ…んなん…!!!降りてゾンビに聞いて来いよっっ…!!!」


砂利を蹴散らしダダダダダッと高速で逃げてく2人。
が、ゾンビも負けず劣らずの高速でヒタタタタッと追っ駆けて来ます。
深夜の地下トンネルで、熱いデッドヒートが開始されました。


――ダダダダダッ…!!!


――ヒタタタタタタタ…!!


――ダダダダダダダダダダッッ…!!!


――ヒタタタタタタタタタタタタタタタ…!!


――ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッッッ…!!!


――ヒタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ…!!


追いつ追われつ、しかし確実に詰められてく距離。
自分に向け歯をカチカチ鳴らして迫るゾンビの形相に、ナミは身の毛もよだつ恐怖を覚えました。


「ややや!!!ちょっっ!!嫌だ!!!追いつかれるっっ!!!ゾ、ゾロ!!!あんた強いんでしょ!!?早いトコあの気味悪いゾンビぶった斬っちゃってよォォ!!!」
「そ!!!…したくても…!!…ハッ…てめェおぶってっ…から出来ねェんだよっっ!!!戦って欲しきゃちょっと降りろっっ…!!!」
「降りるゥゥ!!?冗談言わないでよ!!!そんな事言ってその隙にあんた、私を犠牲にして自分だけ逃げようって魂胆でしょ!!?その手は食わないわ!!!ずぇぇったい降りてやるもんかァァァ!!!」
「そうじゃねェって馬鹿っっ!!!…ヒッ…おめェが居るから背中の剣引き抜けねェつってんだっっ!!!…ハッ…降りたくなきゃてめェが魔法使って戦えっっ…!!!」
「何で私があんな気味悪いゾンビ相手に戦わなきゃいけないのよ!!?女を守って戦うのが男の仕事でしょお!!?男なら『俺が戦ってる間に君は早く安全な場所へ逃げるんだ!!』とか言ってみなさいっての!!!」
「ざっけんじゃねェェェ!!!俺の剣は女を守る為だとかチャラチャラした理由で鍛えてんじゃねェんだ!!!大体千歳越えてる婆ァがいっちょ前に女面してんじゃね…――ぐええぇ!!!!」
「婆ァ!!?誰が婆ァだっつうのよ!!?言ってみなさいよもう1度!!!その首へし折ってゾンビの生贄に置いてってやるからっっ!!!」
「バッ…止め…!!!走ってる時に首絞め…苦っっ…死っっ……ぐえええぇ!!!!」

「……ナ…ミ…ナ…ミ…!」


走るゾロの首に両腕を回し、絞め殺す寸前で居たナミの耳に、ゾンビのか細い声が届きました。


「…え?私…!?…何であいつ…名前知って…!」
「何だ!!ナミ、お前の知り合いか!?…ハッ…ま、考えてみりゃ魔女とゾンビ…化物同士で不思議は無ェ…!…ヒッ…同窓会すんなら人間の若者は席外すから、ゆっく…――ぐええええぇ!!!!」
「失礼言ってんじゃないわよっっ!!!!私にあんなゾンビの知合いなんて居ないわっっ!!!!」
「だ…から首絞め止めっっ…!!マジ死…ぐええええええぇぇ…!!!」

「……俺だ…ナミ…解らないのか…?…ヘンリーだ…ナミ…ヘンリーだよォ…!」

「…え…!?ヘンリー!!?」


羽交い絞めにしてた両腕を解き、振返ります。

今にも消え入りそうな、弱々しい声。
生前の面影は全く有りませんが、舌も喉も無いのに発せられたその言葉は、確かにヘンリーの声に似て聞えました。


「…助け…ナミ…助けてくれ…!あいつが…追っ駆け…!」


カシャカシャと骨張った(←ってか骨だけ)体を揺らし、必死で追い駆けて来るゾンビ。
その背後から、重量を伴った別の駆ける音が聞えて来ました。


――ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッッ…!!!


「…待ァて待て待て待て待てェ〜〜〜…!!!」

「ルフィ!!?」
「何!?ルフィ!!?」


足を止めて振返った2人の目の中に、荒々しく闇の中を疾走するルフィの姿が入りました。


「…待て待て怪しい化物ォォ〜〜!!!俺のこの左手で退治してやっから神妙にしやがれェ〜〜!!!」


土煙上げて奥からルフィが飛び出して来ました。
そのまま左拳振り上げ、自分を見て戦慄するゾンビに向い、飛び掛ります。


「…助けてくれ、ナミ…!!あいつ、『破魔の拳を持つ者』だ…!!左手で殴られたら俺…骨も残らず消滅しちまうよォォ…!!」


涙を流せぬ瞳で哀願して来るゾンビ。
今にも左拳を振り下ろさんと構えるルフィに、ナミは慌てて大声で呼び掛けました。


「ルフィ!!!左は駄目!!!殴るなら右で殴って!!!」
「右かァ!!?良ォし!!解ったァァ!!!」


――カキィィーー……ン!!!


小気味良い音が響き、ルフィの右手で殴られ胴体から離れた頭が、トンネル内を飛んで行きました。
髑髏は四方を囲む岩にぶつかり、キンコンカンコンカンキンコンケン♪と、暫く音を奏でて跳ね返っていましたが、砂利道にボスッと嵌ると、漸く動きを停止したのでした。


「……助けてくれて有難う…ナミ…。……けど、どうせなら、あそこは『殴っちゃ駄目』って言って欲しかったな…。」

「ゴ…ゴメン…。つい…ノリでv」


自分達の足下に恨めしそうな顔で埋まる髑髏に、ナミは茶目っ気込めた笑顔を向けました。




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