魔女の瞳はにゃんこの目 −8−
びょり 様
崩れた床と共に…どのくらい深くまで落ちたでしょうか?
気付けば3人は、漏れる光すら見えない真の闇に包まれていました。
自分が今、何処にどういう体勢で居るのかすら判りません。
「……おい…大丈夫か、お前ら…?全員無事かァ…?」
「ここ…どこだァ〜?なァ〜〜んも見えねーよ……ひょっとして地獄かァ〜?」
「痛っっ!!!誰よ今手ェ踏ん付けた奴はっっ!!?」
「おー悪ィ、俺だ!…なんだナミ、そんなトコに倒れてやがったのかァ〜♪」
「ルフィ!?…まったく、あんたって人は何時も何時も…!!こうなったのも皆あんたのせいだかんね!!!」
「俺が全部悪いみたいに言うなよなァ〜!!ナミが怪力出して床に穴開けろっつったからこうなったんじゃねーか!!」
「床崩れるまで怪力発揮しろとは言ってないでしょ!!?…っとにもォ〜!!あんたのお陰で今日何度落ちた事か…!!」
「まだ2度しか落ちてねーじゃん。」
「もしかして運勢落ち目なのかもな、俺達。」
「くだらない洒落かましてんじゃないわよゾロ!!!」
「そんな事よりナミ、ランプはどうした?状況が知りてェ。早く照らせ。」
「ちょっと待って!…行方不明になっちゃったのよ…埋っちゃったのかな?……駄目だわ、全く見えない……ああもう、しょうがない!」
圧迫されそうな程黒一色な世界に、小さな金色の光が2つ、ポッ…と灯りました。
続いて底をガサゴソと探る気配がします。
「…有った!!視付けたわ!!やっぱり底に埋ってたんだ!!」
ナミの歓喜の声と同時に、蒼く眩い光がくっきりと、砂埃に塗れた3人の顔を照らし出しました。
「…茶色になったり金色になったり…本当、猫の目そっくりに忙しねェ目だよなァ。」
「けど暗い夜道にゃ便利で良さ気だよな!赤鼻のトナカイみてェ♪」
「誰が『何時も皆の笑い者』よ!!?」
「兎も角、ランプで辺り照らして現状知ろうぜ。」
ゾロに促されて、ナミは座ったまま、ランプで四方八方を照らして行きました。
乾いた茶褐色の岩肌が露出する、枯れ井戸の様に狭い空間。
見上げても夜という事も有り、光は全く見えず、深さがどれ位なのか見当も付きません。
背後に冷気を感じて振り向けば……大人1人が立って歩ける位の幅したトンネルが、暗く果て無く続いて見えました。
「すっげェ〜!!!地下トンネルだ!!!」
途端に、ルフィの目が光度を増します。
「謎の地下トンネル…地底への探険…幻の地底王国へと続く道!?おんもしろくなって来た♪♪早く先行ってみよーぜ!!!」
「…随分長く続いてそうだな…一体誰が何の目的で、こんな本格的なトンネル拵えたのか…宝隠す為ったって御苦労さんと言いたくなるが…。」
「………宝なんて隠されてないわ。」
無言でトンネルを凝視していたナミが、ポツリと呟きました。
「何!?無いィィ!!?」
「ウソ吐け!!まだ行って見てもいねーのに、何で解るんだよ!!?」
愕然とし、声高に詰め寄る2人を前に、ナミは嘆息漏らして説明し出しました。
「…今、金の瞳になってるでしょ?…だから視ちゃったのよ…つい。ちらっと視ではあるけど…此処から約1q続くトンネルの中、何処にも宝は見当らなかった…単なるトラップ目的で掘られた物かも…悔しいけど、一旦戻って仕切り直――」
話してる途中でルフィはナミの手からランプを奪い、そのままトンネル向って駆け出しました。
「――ちょっっ…!!?いきなり何すんのルフィ!!?」
「ここまで来て探険もしねーで戻るなんて、もったいねーじゃんか!!」
答えながら駆け足は止めず、どんどん奥へと進んできます。
トンネル内を照らすランプの光が、足音に合せて高速で移動して行きました。
「馬鹿!!!人の話聞いてなかったの!!?宝は此処に無いんだってば!!!トラップだとしたら無闇に行っても危険なだけ…コラァ!!!人の話を聞けェェ〜〜〜!!!!!」
「実際に行ってみねーと解んねーだろォ〜〜…!?先に行って偵察してやっから、後からついて来いよォ〜〜〜〜………」
声が離れてくと共に、光もあっという間に見えなくなり…残された2人の上、闇が再び重たく覆い被さって来ました。
「……あんの自己中坊主…!!1個しか無いランプ勝手に持っててんじゃないわよ!!!返せ泥棒ォ〜〜〜〜!!!!!」
トンネル内に木霊するナミの絶叫。
…しかし、待てども返事は聞えて来ませんでした。
「……ランプくらい、てめェの魔法なら、パパっと出せんじゃねェの?」
傍に立って状況を見守っていたゾロが聞いて来ます。
「………出せるわよ……はい。」
力無く答える声。
何処からとも無く取り出された蒼い光が、再び辺りの闇を眩しく照らしました。
ルフィに奪われたのと同じ、瓢箪型したランプです。
「……はァァ……これでまた、暫く金の瞳で居なくちゃだわ…。」
崩れた石の上に俯き座る姿勢で、ナミが零します。
顔を伏せて喋る声は、くぐもって聞えました。
「……その目で居る時は、見たくなくとも、全て見えちまうのか?」
「………視ようとしなければ見えないわ。…でもね、この『視ようとしない』ってのが……案外、難しいのよ…。」
「…ふぅぅん…。」
喧しい存在が居なくなったお陰で、地下は水を打った様な静けさでした。
小さく縮こまり黙ったままのナミに、どう声掛けたものか頭掻き毟って悩んでいたゾロでしたが…意を決したように口を開きました。
「あ〜〜…何だ、此処で2人してじっとしてても退屈なだけだし…俺達もトンネルん中入ってみようぜ。」
「…入ってどうすんのよ?宝なんて無いって言ったでしょ!」
いじけた声でナミが素気無く突っ返します。
「あいつじゃねェけど……実際に行って、見てみねェと解らねェだろ?」
「…解るもん!」
「宝だけじゃねェ。シャンクスの件も有るんだ。」
「………。」
「些細な手懸りでも良いんだ。見付け出したい。…あいつもその積りだろう。」
「……『袖すり合うも他生の縁』って言うしね……解った!こうなりゃ最後まで付き合ったげる…!」
顔を上げて、ナミが応えます。
その瞳は闇に輝く金の色。
崩れた石の上に立ち上り――しかし悲鳴を上げ、直ぐにまたペタリと座り込んでしまいました。
「おい!!どうした!?」
「痛っっ!!…痛たっっ!!……あーあー…落ちた時、足捻っちゃったみたい…。」
痛みに呻きながら、ナミは左足首を摩ります。
ランプの光の下見れば、内出血までしてるのか、赤黒く腫上っていました。
良く見れば右足の脛にも細かい切り傷が有ります。
「……しょうがねェなァ……ほれ!おぶされ!」
頭をガリガリ掻き毟って溜息吐くと、ゾロはナミの前に後ろ向きでしゃがみ込み、おぶさる様に言って来ました。
「お、おぶされって…!!いい、いいわよ!!こんな傷、5分もすれば自然に治――ひゃっっ!!?」
顔を赤くし、両手をバタつかせてナミが拒みます。
しかしその両手をゾロは強引に自分の肩に掛けさせ、そのまま無造作にヒョイッとおぶってしまいました。
「バババ馬鹿馬鹿降ろせ!!!降ろせェ〜〜!!!ガキが生意気に年上の女を気安くおぶってんじゃないわよ!!!降〜ろ〜せェ〜!!!!」
ナミは何とか背中から降りようと必死でもがきます。
自由の利く両手とランプを使い、ゾロの頭から背中まで、ひっきり無くポカスカ殴り付けました。
「うっせェなァ〜!!年寄りは大人しく若者に背負われてろ!!確かそういう諺が有っ――」
――ガンッッ!!!!!
「痛ェェェ!!!…お前な!!!じゃああそこに置いてけぼりにして欲しかったのかよ!!?俺だって好きでおぶってる訳じゃねェぞ!!!こんなんじゃいざ何か有った時刀も抜けやしねェ!!!お前が魔法使いたくねェっつうから親切におぶってやってんだ!!!解ったら大人しく感謝してろ!!!」
「何よ!!!こっちだってあんたのプライバシー気遣って降ろせっつったげてんだからね!!!力の出てる状態の私に触れたらどうなるか解って…」
「俺のプライバシー!?…どういう意味だよ?」
ふと、ナミが抵抗を止めました。
不審に思い振返れば、冷たく微笑を浮べるナミと目が合います。
金色の瞳が益々明るく輝いたと思った刹那…ナミは朗読でもするかの様に、ゆっくりと囁いて来ました。
「…ロロノア・ゾロ。年齢13歳。親友モンキー・D・ルフィより2つ年上。育ての親でもある剣術師範の名前は『コウシロウ』。2つ年上で義理の姉の名前は『くいな』。日常でも剣術でも彼女には頭が上らず、剣の勝敗目下0勝2千敗…」
「…お前…!」
「だから何度も言ったでしょう?金色の瞳をしてる時の私は、何でも視えるし聴こえるんだって。触れたりしたら筒抜けになるんだから…解ったら早く降ろして。」
肩にしがみ付き、ナミは耳元で静かに囁きます。
冷やかに、嘲笑を含んだ様な声でした。
「……箒で空飛んでる時、ルフィに触れさせないよう、ムキになって怒ったのは、それが理由か?」
「………単に触れられるのも我慢ならないくらい嫌いだってだけよ!」
「そりゃあいつ気の毒に。お前の事、結構気に入ったみてェなのにな。」
「私は嫌いよ!!大っ嫌い!!あんな奴!!馬鹿で我儘で自己中で意地汚くて人の話聞かずにやりたい放題!!初対面だってのに馴れ馴れしくして来て!!………私の事、何にも知らないクセに…!!!」
「一々真実過ぎて否定しようも無ェが……敢えてフォローしてやると、裏表無く人に向う奴ではあるっつか…まァ、唯の馬鹿でも無ェさ。見ちまったんなら、解っただろ?」
「解ったから尚更嫌いになったの!!」
「へェへェ、そうかよ!」
怒鳴り散らすナミに適当に相槌打ちつつ、ゾロは歩き出します。
此処まで言っても自分を降ろさず、トンネルに入って行こうとするのを見て、ナミは焦りました。
「ちょ…ちょっと!!早く降ろしてよ!!筒抜けになるっつったでしょ!?」
「あ〜もう面倒臭ェ女だなァァ!!見られて困るもんなんて何も無ェよ!!!いいからじっとしてろ!!!」
「何も無いって……私が視たくないっつってんのよ馬鹿ァ〜〜!!!」
喚き暴れるナミに構わず、ゾロは早足でトンネルの中へと進みます。
ギザギザした岩肌を、ランプの灯りが進む度に露にして行きました。
「…お前は…自分の持ってる力が嫌いなのか?」
正面向いたまま、ゾロが聞いて来ます。
「……あんただって…同じ力持ってたとしたら、持て余すわよ…!」
その背中に、ナミが不貞腐れた調子で言葉を投げました。
「確かに煩わしそうではあるが…だからって全く塞いじまったら、自分にとって好ましいものまで見えず聞えず過しちまう事になるんじゃねェの?世の中そんなに悪か無ェと思うけどな。」
「……高々10年そこらしか生きてない分際で解ったような口聞いてんじゃないわよ!!!…言っとくけど私、ルフィだけでなく、あんたも大っっ嫌いなんだかんね!!ガキのクセして大人ぶってニヒルぶって格好付けてて何でも理解してるよな顔しててさ、その実ルフィとタメ張る方向感覚0の大馬鹿者じゃない!!自慢の剣の腕だって義理の姉にいっちども勝てず2千敗!!国1番の少年剣士だっつう評判が聞いて呆れるわァ〜!!!」
「…煩ェ、耳元で怒鳴るな、チビ婆ァ。」
――ゴインッッ!!!!!
「痛ェェ!!!お気軽に人の頭叩いてんじゃねェよ!!!あんま図に乗ってると姥捨て山に捨てるぞ!!!」
「今『チビで煩ェガキだが意外と胸はデケェな』って考えたでしょ!!?ムッツリスケベー!!!」
「な!!?…そ…!!…人の心勝手に覗くそっちのが助平だろうがバカヤロウ!!!」
「何さ!!!『視られて困るもんなんて何も無い』んじゃなかったの!!?男なら自分の言動に責任持ちなさいよハリセンボン頭!!!」
「おめェこそ『見たくない』っつっといてしっかり見てんじゃねェよデバガメ女!!!」
トンネル内で仲良く喚き合う2人の先を行く事約1q。
スタートこそ勢い良かったルフィでしたが、行けども行けども平坦で枝分れ無く続く一本道に、些か拍子抜けせずには居られませんでした。
ランプで照らしてみても、見える物と言ったら味も素っ気も無い茶色い岩ばかり。
上下左右から圧迫する様囲まれては居れど、特に目立って幅も変りません。
何も仕掛けられていない砂利道。
何も仕掛けられていない天井、壁。
…退屈極まりない道でした。
「あ〜〜あ〜〜……つまんねーのォ〜〜〜・・・…」
さっきから欠伸が止りません。
襲い来る睡魔に、いっそ道の途中で寝てしまおうかと思いました。
「普通地下トンネルっつったらさァ〜、迷路とかつり天井とか、転がって来る大岩とか、振り子刀とか、踏むとスイッチ作動して落し穴が現れるとか、大水が流れて来るとか、ネズミゴキブリ吸血コウモリの大群が襲って来るとかさァ〜〜…サービス足んねーよなァ〜〜。」
最早駆け足も止め、頭の後ろで腕組みのらくら進んでいたルフィの耳に……何かを齧る様な音が聞えて来ました。
――ガリリッ…!
――ガリリッ…!ガリリッ…!
――ガリリッ…!ガリリッ…!ガリリッ…!
不気味な音は、奥へ進めば進む程、はっきりと響いて来ます。
穴の中を吹き抜ける冷たい風が、次第に強まりました。
ランプを前に掲げ、目を凝らして歩いて行きます。
……奥に、何かが居る気配を感じました。
――ガリリッ…!ガリガリッ…!ガリリリッ…!
「…ようやっと、面白くなって来た…!」
眠た気だったルフィの黒い瞳の中に、好奇心の光が宿ります。
行く手に待ち受けるは如何なる怪物か、はたまた亡霊か。(←決定事項らしい)
唾をゴクリと呑み込み、逸る気持ちを抑えて、ルフィは気配のする方へゆっくりと近付いて行きました。
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