魔女の瞳はにゃんこの目 −7−
びょり 様
「幽霊やしきィィ!?ここって幽霊出んのかァァ!?おんもしろそォォ〜♪…で?どんな幽霊出んだ!?」
「教会って…さっきは教会じゃねェって言ったじゃねェか。それに『魔女が建てた』っつうのはどういう意味だよ??」
「何ィ!?ここ、お前が建てた教会なのかァ!?」
「違うわよ!!こんなもん建てる程信心深く生きてやしないわ!!」
「じゃ、誰が建てたんだァ〜?」
「結局教会なのか、そうじゃねェのか、どっちなんだよ?」
「どんな幽霊出んだ!?早く教えてくれよ!なァ〜〜!!」
「だああ〜もう〜うっさァァい!!!質問が有るなら1人1個づつ、挙手してから言え!!」
矢継ぎ早に2人から質問攻めされ、ナミは堪らず声を荒げました。
その剣幕に圧され黙りこくった2人でしたが、暫くしてルフィが言いつけ通り「はい!」と声出して、ナミに向い手を挙げました。
「はい、ルフィ君どうぞ!」
教鞭代りに箒を差向け、ナミが発言を許可します。
そのままルフィの目前でクルクル回転させると、箒は忽ち消え去ってしまいました。
「うおぅっっ!?すっげェ!!!ほうきが消えちまったァァ!!!」
「し・つ・も・ん・は!?」
「…あ!そか!…え〜と、ここはナミが建てた教会なのかー?」
「だから違うって!!…言伝えによると、私が産れる以前に生きてた魔女が建てたらしいわ。その魔女の名前が『アン・ヴォーレイ』。」
「へー、だから『アン・ヴォーレイの館』って呼ばれてんのかァ〜!」
「…その言伝えが真実なら、少なくとも千年は前に建てられた物って訳か?…どうりで古めかしい筈だな。で、教会なのに『教会でない』ってェのは?」
「質問は手を挙げて致しましょう!」
「んだよ、偉そうに…へェい!」
舌打ちし、渋々ながら、ゾロも手を挙げました。
「はい、ゾロ君どうぞ!」
「…何で『教会でない』んですかァ?」
「教会側の定めてる教義に反した造りになってるから。」
「教義に反した造り?どういう意味だ??」
「質問は1人1個づつ!再度質問したい場合は、改めて挙手するように!」
「…っったく何様だっつのっっ!!!……はい!何処が教義に反してんだよ!?」
「今は夜だから人間の目じゃ視認出来ないだろうけど、先ず屋根天辺の十字架が逆様に取り付けられてる。それに…」
ゾロが呟く悪態を聞き流しながら、建物にランプをかざして、ナミは説明して行きます。
月と星とランプの明りしか無い深夜でありながら、その禍々しい漆黒のシルエットははっきりと感じ取れました。
「…ルフィ、正面扉への階段、何段有るか数えてみてくれる?」
「おう!良いぞ!」
ナミに命令され、ルフィは正面扉へと続く階段を、1段1段数え上げながら登って行きました。
「…10!…11!…12!…13!!13段有ったぞー!!!」
最上段から見下ろし大声で回答するルフィ。
それを聞いてナミは頷くと、隣に立つゾロに「納得行けたか」と、目配せして尋ねました。
「階段だけでなく窓も、シャンデリアの燭台も、禁忌の数である『13』。そして礼拝堂に祀られてるのは、この国の教会にとって異端の女神。」
「確かに……教会が唱える教義からは、著しく外れてるな。」
「ま、そいった外観から異端者が建てた教会=『魔女が建てた教会』だっつう噂が立てられた訳。」
「お〜〜〜〜い、ナミィ〜〜〜〜!!この扉開けて中入っても良いかァ〜〜〜〜!?」
先に扉前まで来たルフィが、階下に居るナミに伺って来ました。
中から漏れる冒険の匂いを嗅ぎ付け、体が疼いて仕方ないといった声色です。
「良いわよォ!!但し、極力慎重に、ゆっくり押して開いて!!また馬鹿力出して崩壊寸前の建物に止めを刺さないでよね!!」
ナミに釘を刺され、ルフィは錆びた青銅の扉を、両手でゆっくりと押して行きました。
ギィ…ギィ…ギギギィィ……!!と、耳障りな音を響かせて、重厚な扉が左右に少しづつ開いて行きます。
次第に広がっていく隙間から、長く閉じ込められすっかり重たく淀んだ空気が、一気に溢れ出て来ました。
まるで冷たい死人の手で撫で回される様な感触を全身に浴びて…3人は思わず戦慄しました。
礼拝堂の中は、外より一層深い闇色に塗り込められていました。
扉を閉めて中に入れば、目の前居る筈の仲間の顔が全く見えません。
明り無くして1歩も進めない中、3人はナミの持ってるランプを中心に、一塊になって立ち竦んでいました。
「…ってか、どうして人数分ランプ用意して来なかったんだよ!?不便じゃねーか!!」
ルフィがナミに不満を零します。
「人数分用意したら、あんた達勝手に行動してバラバラになっちゃうかもと危惧したからよ。」
「へェ、中々鋭い読みじゃねェか。」
既に自分達の行動を読み切ってるナミに、ゾロは妙に感心してしまいました。
ランプを掲げて、ナミが周囲をぐるりと照らして行きます。
簡素な白い石造りの、古めかしい小さな礼拝堂。
天井には13の燭台が拵えてある鉄製のシャンデリアが、蜘蛛の巣塗れになってぶら下がっています。
正面には大理石の祭壇、後ろの壁には一際目立つ大きなステンドグラスの窓。
赤青黄緑紫五色の硝子を嵌め込んであるそれは、麗しい女神の姿をしていました。
女神は手に何かを持つ様な仕草をして立っています。
しかしその持った箇所には、ただぽっかりと丸い穴が開いてるだけで、外の月明りが薄く一筋射し込んでいました。
女神の描かれた窓の周りには、12枚の小さなステンドグラスの窓が取り付けられています。
女神の窓同様、五色の硝子を嵌め込み表されているのは十二月の花。
…ランプの光がステンドグラスに反射して五色に変り、礼拝堂の暗闇に幻想的な花が幾つも浮びました。
「……綺麗な絵だなーー……真ん中の…あれ、誰だー?」
「…多分、『月の女神』だわ。…だとすれば、謎は全て解ける!…ルフィ、あんたの持ってる鏡を貸して!」
ナミに言われて、ルフィは自分の被ってる麦藁帽子の中から、件の魔鏡を取り出しました。
鏡を渡されるとナミは裏にランプをかざして、刻まれてる文字をゆっくりと朗読して行きます。
昼は貞淑
夕は憂鬱
夜は魔女
…この3つの文章は、全て『月の女神』を表してる。
月の女神は朝・昼・夜と、3つの顔を持つと言われてるの。
昼は貞淑な処女神、『アルテミス』。
夕は手に入らぬ愛を哀しむ憂鬱な女神、『セレーネー』。
夜は冥府を統べる恐怖の魔女、『ヘカテー』。
…つまり、鏡に隠された答えは『月』…そして月は夜に浮かぶ物…夜に月の女神が居わす場所は地下の冥府。
窓に開いた丸い穴から、月光が漏れて床を照らしてるでしょ?恐らく宝は地下に…
説明しながらナミは、薄ぼんやりと蒼白い光に照らされてる石の床を窺いました。
雪の様に堆く積った埃を木靴で払い除け、そのままコンコン!!と堅い爪先で思い切り叩いてみます。
舞上った埃が黴臭い嫌な匂いを撒き散らしました。
「…考えた通りね。床下に大きな空洞が在るみたい。宝はきっとこの下に隠されてるんだわ!」
跳ね返った音を聞き、にんまりと笑うナミ。
静寂に支配された礼拝堂に、彼女を褒め称える拍手と歓声が木霊しました。
「すんげェすんげェ!!!誰も解けなかった謎をあ〜っという間に解いちまうなんて、おめェ、本っっ当〜にあったま良いんだなァ〜〜!!!」
「まったく脱帽するぜ!流石は自称世界一賢く物知りな魔女、大したもんだ!」
「ま、ざっとこんなもんよv」
2人に褒めちぎられ、ナミはすっかり気を良くしました。
「やァ〜〜っぱ魔女って良いよなァ〜!魔法使って何でもパパパのパッ!で解っちまうんだからよォ〜!」
「聞き捨てならない言い方するわねェ、ルフィ…事有る毎にあんた達、魔女だ魔法だって……言っとくけど、今の推理は魔法使わずにしたんだからね!」
ルフィの言い様にすっかり気を悪くしたナミが、不機嫌を隠さず2人に食って掛かりました。
「その証拠に…見てよ!私の瞳、今は茶色になってるでしょ!?この色になってる時は魔法は使って居らず、言わば普通の人間同様の能力しか無いんだから!」
ランプの灯りを自分の瞳に当て、ナミが指し示して来ます。
言葉通りその瞳の色は、また元の茶色に変っていました。
「あ、本当だ!…点いたり消えたり、まるでロウソクの火みてーだな!」
「燃え尽きる瞬間が1番明るいってか?」
「おちょくってんのかあんたらァ!!?」
「けどよ、最初から魔法使やあ良いじゃねェか。そうすりゃ見ただけで全部解っちまうんだろ?」
然も不思議そうにゾロが尋ねます。
「…視ただけで解っちゃうからこそ、なるべく使いたくないの!特に、こんな曰因縁有りそな古い建物の中では!!悲惨陰惨極まれり歴史まで全て視えて知ってしまうなんて冗談じゃないわ!!」
御免こうむるとばかりに、顔を顰めてナミが答えました。
「そんな事言ってて、突然幽霊に襲われちまったらどーすんだよ!?戦えねーぞ!!」
「どうして私が幽霊と戦わなきゃいけないのよ!!?」
「そういや此処、幽霊屋敷だったんだよな…で、どんな幽霊が出るんだったか?」
「そうだナミ!!幽霊はいつ出て来んだよ!??」
「何よその登場を期待するよな口振りは!??……残念だけど、500年前死んだ人間の亡霊らしいから…今でも出るかは保証出来ないわ。」
「えええーー!!?もう出ねーのかァーー!!?」
心底残念そうなルフィの叫び声が、礼拝堂内に反響しました。
「…500年前迄この館を所有してた『ヘンリー・メイヤーズ』って男が居てね…当時或る美女と婚約中だったけど、式を目前にして、その美女から一方的に婚約を破棄されちゃったんだって。
ヘンリーは捨てられたショックで気が触れて、その後館に独り閉籠り切りになってしまったの。
…そして何時しか此処は幽霊屋敷と呼ばれ…噂によると夜中、ヘンリーの彷徨い歩く足音やすすり泣く声が、館中に響き渡るんだって。
けど、もう500年も経ってんだし…いいかげん成仏してると思うわよ?
事実未だに出て来る気配すら無いし…。」
「確かに…そんな理由で500年も彷徨ってるとしたら、ちょっと女々し過ぎるよな。」
「出て来てもすんげェ〜〜弱そうだよなァ〜。ちぇ〜、つまんねーのォ〜!」
「…そんな訳だから、お宝一本に目的絞りましょ!…ルフィ!あんたの怪力で、この床に穴を開けて!」
落胆したムードを吹き飛ばすよう、ナミの明るい声が礼拝堂に響き渡りました。
「よし、任せろ!」と指令を快諾したルフィが、指示された床に跪き、固めた左拳にハァーッと息を吹き掛けます。
「はぁぁぁぁぁぁ…………」
「……ちょ…ちょっとルフィ!?…念の為言っとくけど、くれぐれも力は加減してお願――」
「――破ァァ!!!!!」
ナミの忠告を綺麗に無視し、ルフィは気合諸共渾身の突きを床に叩き付けました。
ドォォン…!!!!!と物凄い衝撃音が地を震わし、床全体にピシピシピシーッと蜘蛛の巣状に亀裂が走って行きます。
――ボゴォォオン…!!!!!!
「馬鹿ァァァァ〜〜!!!!!だから加減しろって…あんたには学習能力ってもんが無いのォォ〜〜!!!!?」
「いやァ〜〜悪ィ悪ィ♪ついノリで本気出しちまった♪」
「てめェもいいかげん、こいつを人類扱いしてんじゃねェよナミ!!!猿だぞこいつ!!同じ事2度3度4度5度と、兎に角飽きず懲りずに繰り返す奴なんだからな!!!!」
凄まじい勢いで崩落する床。
ギャアギャアと喚き罵り合いながら、3人は今宵再び真っ逆様に落下して行くのでした。
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