魔女の瞳はにゃんこの目  −6−

びょり 様




再度簡単に夕飯を作り直して自分とゾロの空腹を埋めた後、ナミはルフィとゾロを家の外に連れ出しました。


「…ひょっとして、今から山道下って海に出る積りか?」
「あんたらじゃあるまいし…そんな無謀な手段で行きゃしないわよ。」
「じゃ、どうやって行くんだー??」
「これに乗って、飛んで行くの!」


不思議がる2人を前に、ナミは呪文を唱えました。

その瞳は再び闇夜に輝く金色へと変っています。

つるりと宙を撫でたと思った瞬間、身の丈の3倍は有る大きな箒が、ナミの手に握られていました。


「ほ、ほうきに乗って飛んで行くのか!?すっげー!!」
「ちょ、ちょっと何そんなに興奮してんのよルフィ!?」
「昔こいつのお気に入りだった絵本に、箒に乗って空飛ぶ魔女ってのが出て来てな。」
「あんな風に空飛んでみてーって、ずっと憧れてたんだよなー♪♪」

「絵本ねェ…。」


何を見てもしても、心から楽しんでる様子なルフィ。
無邪気に笑うその顔を、ナミは複雑な気持ちで眺め…しかし直ぐに箒に跨ると、続いて2人にも跨る様言いました。

ナミの後ろにはルフィ、ルフィの後ろにはゾロ。


「一気に上空まで飛ぶから、2人ともしっかり箒に掴まっててよ!」

「おう!解った!!」


振り向き、直列に跨る2人にナミは注意します。
その注意を聞き、ルフィはナミの腰に手を回して、しっかりと掴まりました。

「…って何処掴まってんのよスケベ!!!」


――パコーン!!!


「い痛ェェ〜!!!お前がしっかり掴まってろっつったのに、何で頭殴んだよー!??」
「私は『箒に掴まれ』っつったの!!!気安く人の体触ってんじゃないわよ馬鹿ガキ!!!」
「何だとクソババァ〜!!!」
「クソババァですって!!?私の何処見てクソババァだっつうのよ!!?」
「別に胸に掴まるとかじゃなけりゃ良いじゃねェか。腰に掴まった方が安定するし。俺もそうしたい。」
「あんたはルフィの胸でも首でも好きなトコ掴まってれば良いわ!けど!!ルフィは私の体に触れないで!!…今度触れたら1万m上空から突落すわよ!!」
「何だよそれェ〜!?わっかんねーなァ〜!!」
「潔癖症なんだろ、きっと。」
「うっさい!!!早く行きたいんだから、黙って箒にしがみ付いてろ!!!」


ナミに怒鳴られ、2人は即座に箒にしがみ付きました。
それを確認してから、ナミはまたブツブツ呪文を唱え出し…地面から足が離れてフワフワ浮き上がったと思った直後――箒は一気に森の上まで飛んでいたのでした。

見上げれば雲は晴れ、覗ける満月、星空。
見下ろせば真っ黒な森、草原、糸の様に細い川。


「……す…す…すっげーなー……本っっ当に空飛んじまってる…すっげー…。」

「……ああ……見晴らし最高だな…。」

「うふふんv恐れ入ったかクソガキども!」


感極まり言葉少なに見惚れている2人。
ナミはそれを見て、然も得意気に胸を反らしました。


「な!な!もっと高く飛べねーの!?雲より高くまで飛んでみてくれよォ〜!!」


上空ぽっかりと漂う雲を指しながらルフィが言います。


「飛べるけどねェ…あんまし高くまで飛ぶと空気薄くなるし、寒くなるから止めておいた方が良いわよ。下手すりゃ凍死しちゃうわ。」

「……そういや、急に寒くなって来たな。」


上着を合せ、なるたけ身を縮込ませながらゾロが言いました。
冷たい追い風の中、滑る様に飛んで行く箒。
手や顔はかじかみ、冷気は容赦無く服の隙間に入り込んで来ます。


「森の外に出たからよ。あのオレンジの森は、私の魔法で通年初夏だけど、外界は今、冬だもの。しかも地表から300m上空を飛んでて…おまけに、あんた達、そんな穴ボコだらけの服着てるし。」


後ろに居るルフィとゾロをちらりと見て、ナミは言いました。


「…そういやあ俺達の服、何でこんなボロボロになってんだろな??」
「あ!俺もさっきからゾロにそれ聞こうと思ってた!!知らない内に穴だらけなっちまってんだもんなー!」
「あんた達、川岸で倒れてた時、烏に散々突かれ捲ってたじゃない!!…記憶に無いの!?」


首を傾げて不審がる2人に、ナミは心底呆れて言いました。


「えええ!!?俺達カラスに突かれてたのかァ〜!!?ちっとも気が付かなかったぜ!!!」
「そうか、これは烏に突かれた跡だったのか。…てっきり虫にでも喰われたのかと。」
「後1日でも私の発見が遅れてたら、あんた達今頃『鳥葬』なってたわよ。まったく人んちの庭で傍迷惑な…。」
「さっみィ〜〜!!マジ凍えて鼻水出る…!!」
「我慢なさい!…後4時間もすれば到着するから!」
「げっっ!!?まだ4時間も掛かるのか!!?もっと早くすっ飛ばせねーのかよ!??」
「そんな事したら本当に死んじゃうわよ。あんた達の身を考えて、速度抑えてやってんだから、感謝しなさいよね!」


ナミに突っぱねられ不満気に口を尖らすも、渋々引下るルフィ…彼の目に、彼女の羽織る暖かそうな黒のフード付毛織マントが、風を受けてバタバタはためいてる様が入って来ました。


「……そーいやナミ…お前はあんま寒そうじゃねーよなー……。」
「私?…うん、マント着てるからね。」


ルフィの問いに、ナミは素直に答えます。


「…良いなー…あったかそうだよなー…。」
「良いでしょーvも、すんごいあったかいわよォ〜v」
「なー…ちょっと背中に手ェ突っ込んでも良いかァ〜?」
「良い訳無いでしょこのボケガキ!!!」
「ちょっとだけ!ちょっとだけだって!!マジ凍えそうなんだもんよ!!良いじゃんか、なァ〜〜!!」
「やっっ!…ちょっっ!止めっっ!!本気で止めてったらっっ!!…私に触れるなっつったでしょうがセクハラ小僧〜!!!」
「いいかげんにしろお前ら!!!高所で暴れてんじゃねェよ!!!箒がグラグラ揺れて危ねェだろが!!!」


拒絶されても尚、背中に手を突っ込もうと粘るルフィ。
その手を必死で払い避けるナミ。
飛行中すったもんだと揉める2人を、ゾロが叱責しました。




何時の間にか、細長い糸の様に見えてた川は、大河に変っていました。
下流に広がる港町の上を飛び海まで出ると、箒は高度を下げ、低空飛行で進んで行きました。
満月に照らされた夜の海は、波だけが反射して白く光っています。
更に海面近くまで下りると、波の上、バシャバシャと跳ねて銀色に輝く群れが見えました。


「魚だ!!魚の群れだ!!すっげェ〜!!魚が飛んでるトコ、俺、初めて見た!!」
「俺もだ…どうやらこの海域には、魚がうじゃうじゃ居るみたいだな。」
「網持ってくりゃ良かったなァ〜、したら大漁だったのに!」
「満月の夜には、魚が海面まで出て跳ねるの。魚だけでなく生物全てに、月は不思議な活力をくれるのよ。」


煌々と照る月の下、3人の乗った箒は、夜の海を越えて行きました。

陸地に入ると、箒は再び高度を上げ、海岸から続く丘陵地帯を見下ろしながら飛んで行きます。


「…そろそろね。私の記憶通りだと、後数十分ってトコかしら。」
「そう願いてェな…5時間近くも箒に乗ってて、いいかげんケツが痛くって仕方ねェ。」
「でも良いよなァ〜魔女って!魔法でパパッと何でも出来る!ほうきに乗って何処までだって行ける!…俺も魔法使えたらなァ〜。きっと毎日楽しくって仕方ねーだろうなァ〜。」

「……そんな大して楽しくもないわよ。」


羨ましくって仕方ないといったルフィの言葉に、ナミは冷めた調子で呟きました。


「な!今までどんだけの国廻ったんだ!?っつか行ってねー所なんて無いんだろ!?何処が1番楽しかったか!?最近行ったのは何処なんだよ!?」

「…確かに…殆どの国廻ってはいるけど…最近は何処も廻ってないわ…500年くらい前から、閉籠りっきりだったから…。」
「500年もォ!!?あそこにかァァ!!?何で!?どうして!?独りで閉籠ってたってさびしーし、つまんねーじゃん!!」
「別に外出ても楽しい事無いって気付いたからよ!森の中で大体の用事は済むし、生きてくのにも困んないし、特に寂しくもつまんなくも思った事なんて無いわ!」
「何言ってんだお前!?何時までもおんなじトコ居たってあきるだけだろ!?外出りゃ知らねーもん見たり聞いたりしたり出来るんだ!楽しい事だらけじゃねーか!!」
「見たり聞いたりなんて家の中居たって出来るわよ!!言ったでしょ!?私に知らない事なんて何も無いって!!居ながらにして視る目と聴く耳が有るなら、外に出る必要なんて無いじゃない!!」
「お前なァ〜〜〜〜!知ってるか?そーゆーの…モチ…モチ…モチ…?――おいゾロ、こーゆー時、モチ何て言うんだっけか??」


クルンと首を回して、ルフィは背後のゾロに聞きました。


「『宝の持ち腐れ』って言いたいのか?」
「そう!それだ!!宝にとっといたモチくさらせちまうんだ!!つまりすっげーもったいねー事してるバカだっつうんだよお前は!!」

「……言わせておけば言いたい放題このガキャァァ〜〜〜…何も知らない解んないクセして偉そうに説教垂れてんじゃないわよ!!!!閉籠って目や耳塞いでても見えたり聞えたりしちゃうのよ!?そんな力持ってホイホイ外出たらどうなるか…あんたに私の気持ちが解るか馬鹿ァァ〜〜!!!!」

「…取り込み中済まねェけど、一言良いか?」
「何よゾロ!!!?」

「さっきから俺達落下中なんだが…この上なく。」

「「え??」」


ゾロの言葉に、ルフィの襟首絞め付け怒鳴っていたナミが恐る恐る下を見ると――自分達を残して真っ逆様に落ちて行く箒の姿が在りました。


「いぃやあぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
「ぎぃやあぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
「うぅわあぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」


箒の後を追って悲鳴と共に垂直落下して行く3人――森に激突する寸でで、ナミは箒を呼び戻し、2人を宙で拾って、何とか体勢を立て直しました。


「あーーーーー………危なかった…!!」


安堵の溜息吐いて、ナミが言いました。


「………死ぬかと思ったぜ。」


冷や汗拭いつつ、ゾロが言いました。


「いや〜〜〜〜、スリル有ったよなァ〜〜〜!!」


ナミの腰にしがみ付いて、ルフィが言いました。


――スカーン!!!!


「い痛ェェ〜〜!!!…お前さっきから何べん人の頭殴りゃあ気が済むんだよ!!?」
「あんたこそ人の体に触れるなって何遍言えば解るのよ!!?セクハラチビ!!!」
「俺よりおめェの方がチビじゃねーか!!良いだろ腰くれェ!!!ケチケチすんなドケチババァ!!!」
「誰がチビでドケチ婆ァだ!!?あんま図に乗ってるとほんっっとに1万m上空から突落すわよチビクロ頭!!!」
「だからいいかげんにしろっての2人とも!!!また落下してェのかよ!!?ったく!!!」


ギャアギャア喚く3人を乗せ、箒は森の上を過ぎ、崖っぷちに寂しく建つ廃墟の前までやって来ました。

風が周囲の草原を吹き抜けて、ザワザワと不気味な音を立てています。

闇の中ぽつんと建つ、うらぶれた教会の様な建物。

箒から降り、ランプを当てて壁を見れば……それは石造りで、表面はすっかりひび割れ、所々崩れ落ちてすらいました。


「……何か…幽霊屋敷みてーだな。」
「…ちょっと不気味だな。」
「みたいじゃなくて、幽霊屋敷として名を馳せてる所なの。」


闇より暗い影を草原に落す建物。

その異様さを見上げて呟くルフィとゾロに、ナミは厳しい顔して答えました。


「此処がお探しの『アン・ヴォーレィの館』…魔女が建てた教会と伝えられてる場所よ。」




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