魔女の瞳はにゃんこの目  −5−

びょり 様




一見お菓子の家だけど、その実体は蜜蝋細工のイミテーション。
夢が有るよで無いよな建物の中味は、これまた見るだけならメルヘン調で、大変可愛らしい物でした。

チョコレートでコーティングされた様な天井、柱は紅白2色の捩りキャンディー。
真っ白クリーム掛けの壁には、形様々なクッキーがタイルの様に貼り付いています。
窓際に置かれたテーブルと椅子は、バームクーヘンで出来てる様でした。


「…でも全部、ロウや木で出来た偽物なんだよなァ〜。」


テーブルに突っ伏したルフィがぼやきます。


「正真正銘『絵に描いた餅』…腹減らしてる人間にとっちゃ、拷問部屋だぜ。」


同じく突っ伏したゾロがぼやきます。
並んだ2人の腹の虫が、ひっきり無くデュエットを奏でていました。


「ちょっとした遊び心よ。可愛いでしょv」


家に案内されてから1時間と半分後、ナミは漸く焼き上がったオレンジタルトと、それにオムレツオレンジソース掛け、オレンジサラダにオレンジスープといった、オレンジフルコース料理をお盆に満載して持って来ました。


「はい、お待たせ〜!どれも出来たて熱々だから、舌火傷しないよう気を付けてよ!」
「うっは!!!やったやった!!!ようやっと食えるゥ〜〜♪♪」


待ちくたびれ死人の様にぐったりしていたルフィでしたが、目の前にホカホカと湯気の立つ料理が運ばれて来ると途端に跳ね起き、嬉々とした顔でテーブルに並べられてく様を目で追いました。
タルト表面を覆ってる、オレンジスライスの甘く芳ばしい匂いを嗅ぐと、もういてもたっても居られません。
すかさず手で掴み、口いっぱいに頬張りました。


「ぶわぢィィ〜〜!!!!あひィ!!あひィ!!…ひ、ひは、ひゃへほひは…!!」
「馬鹿!!!だから言ったでしょ!!熱々だから気を付けろって!!!ほんっと人の話聞かない大馬鹿者だわね!!!」
「はっへほォ〜!ひっはひはんははほっへほはふふはふはっはんはへェ〜!」


舌を火傷し涙目になりつつも、それでもへこたれずにルフィはタルトを食べ続けます。
いっそ呑み込む様な速さで平らげると、今度はオムレツに手を伸ばしました。


「おまけに蜂蜜の匂いプンプンさしてる部屋に通され、待たされる事1時間半だしな。」
「さっき人んちのオレンジ、山程食ってたじゃないのさ、あんた達!」
「ふっほひはふっへへーほ!へんへんはんへェ!」
「俺なんか3個だ。悲惨なもんだろ?」
「はいはいほー!ほはへはひょはほ!?はほーへははっほはんはんひはひはひへひへーほはほ!?」
「ルフィの言う通りだ。魔法使ってちゃちゃっと調理出来なかったのか?」
「出来たけど、やらなかったの。」
「何でだよ!!?」
「あんまり魔法使いたくないから。」
「何だそりゃ!??」
「ポリシーよ!放っといて!!……そんな事より、私に解いて欲しい謎って何?」


オレンジサラダを突きつつ、ナミは正面座る2人に話を向けます。


「ほう!!ひふはほへほはふっへふふひははほうひひはふはへへははほはんはへほは!!…ほほほうひ、はんふふっへはふひほはっはんはへほ、ふはひへんはははひははひっへ…」
「…ってあんたねェ!!!喋るか食べるかどっちかにしなさいよォ!!!っつか真面目に相談する気有る訳ェ!!?」
「ほーはへーはほ!ははへっへんははは!!」


ナミの苦情を馬耳東風と聞き流し、ルフィは喋りながら大きなオムレツをも平らげてしまいました。


「仕方ねェ、俺が代って話す。…ルフィ、その帽子借りるぞ。」


オレンジスープをジュルジュルと啜るルフィの首から帽子を外すと、ゾロは裏側を探りました。
そして編込んである中から、顔が隠れるくらいの大きさした丸い金属板を取り出し、ナミの眼前に突き出したのです。


「ほら、これ…この銅鏡についてなんだけどな。」


――スカーン!!!


「痛ェェ!!!!…な、何でいきなり人の頭ゲンコで殴りやがんだよ!!?」
「魔女に鏡向けるな!!!!!下手すりゃ消滅しちゃうんだからね!!!!!」


グーで殴られ憤慨するゾロを、ナミはそれを上回る烈火の如き怒りの形相で睨み返しました。


「へェ〜!はほっへははひははふへんはっはほはァ〜!」
「そういや爺さん言ってたなァ…魔女は鏡に映ると、姿吸われて閉じ込められちまうって…。」
「知ってたんなら向けるな!!!!ボケ芝生頭!!!!」
「…わ、悪ィ!うっかり忘れちまってた!!…しかし弱ったな…鏡が見られないんじゃ、宝の在り処を調べて貰いようが無ェ…。」

「…宝の在り処!?」


ゾロの呟きに、ナミの瞳がキラリと光りました。


「ちょっとその鏡見せて!」
「鏡見たら消滅しちまうんじゃなかったのか?」
「大丈夫!合せ鏡じゃなけりゃ消滅しないから!」
「…だったら殴るまで神経尖らす必要無ェだろが。」
「消滅しなくても鏡は嫌いなの!!姿が映んないから!!」
「へー!はほっへははひひふははふふんへーほは!?ほんほひへー!」
「けどそれじゃ、自分の顔とか見る時どうすんだ?困んじゃねェの?」
「毎日水鏡で見てるわよ。人間の造った物でなけりゃ映るもの。…そんな事より、その鏡についてもっと話を聞かせて!出所は!?帽子の中から取り出してたけど、元からそこに入ってた物なの!?」
「何だよ??急に乗り気になりやがって……まァ、いいか。」


豹変したナミの態度を訝りながらも、ゾロは鏡について由来を話し出しました。




俺とルフィは所謂『孤児』でな。
物心つく前から親が居なくて、孤児院に入れられてた。
そんで俺が5歳、ルフィが3歳の時…俺は今居る村で剣道の師範をしている人に、ルフィも同じ村の『シャンクス』って人に引き取られて育てて貰ったんだ。

所が1年前、そのシャンクスが行方不明になっちまった。
職業柄以前から家を空けてる事が多かった人だが、1年間もルフィに何も言って来ないなんてのは今迄無かった。

探すとして手懸りはただ1つ…消息を絶つ直前、ルフィに「これは宝の在り処を示す物だ」と言い残し渡した、麦藁帽子のみだ。

そして帽子の中には、その鏡が入れられていた。




「…成る程……あの、トレジャーハンター、シャンクスの残した『宝』、か…。」
「ほはへ、はんふふひっへんほは!?」
「世界的に有名なトレジャーハンターだもん。子供だって知ってるわ。」


ゾロから渡された銅鏡を、ナミはためつすがめつ眺めました。
表面は丹念に磨かれていて、普通の鏡と何ら変る所無く見えます。
そこに自分の顔は映らなくとも、テーブルや背後の椅子は映っていました。

裏面には3つの文が掘られています。


昼は貞淑
夕は憂鬱
夜は魔女


…それ以外の細工は見当たりませんでした。


「成る程……魔鏡ね。」

「見ただけで解るとは、流石だな。」

「『鏡に隠されてる』と聞けば、大抵は察せられるわよ。恐らく裏面が二重構造になっていて、そこに何か掘られているわね。」


話しながらナミは、テーブルに置いてた瓢箪ランプを持って席を立ち、リビングと寝室を仕切る白いカーテンの前まで行きました。

ランプの中には火ではなく、不思議な蒼い光を放つ石が入れられています。
その光を鏡の裏面に当てると――白いカーテンに教会の様な建物の映像が、薄ぼんやりと映りました。


「爺さんが解けたのはそこまで。裏面有る文の意味も謎だ。その教会が何なのか?何処に在るのか?…オレンジの森に居る魔女なら知ってるだろうってな。」

「……ええ、確かに知ってるわ……『アン・ヴォーレィの館』、教会の様に見えるだろうけど、教会じゃない。…そのお爺さんが知らなくて当然ね。この国には無い…隣国とはいえ、海1つ越えて行かなきゃならない所に在るんだもの。」


応答しつつナミは、窓から外の様子を伺います。

窓から漏れる光に照らされ、周囲に植わるオレンジの枝葉が、風で穏やかに靡く様子が見えました。


「へェ、教会じゃねェのか?…屋根の上に十字架が取り付けてある様見えたんで
、てっきりそうだと思ったんだがな。」


――風向良好、風力良好、加えて満月……飛んで行くには絶好だわね。


「それにしても海1つ越えてかなきゃならねェとは……船用意しねェとなァァ…。」
「ねェ!宝を見付けたとして、当然山分けよね!?」

「んあ?」

「1/3の取分約束してくれんなら、館の在る場所まで連れてってあげるv」


そう言うと、ナミはにっこり笑って、ゾロに向いウィンクしました。


「…まァ、協力してくれるっつうなら山分けすんのが当然だよな……ルフィもそれで良いか?」


ゾロは隣で鍋に顔を突込みスープを啜ってるルフィに話を向けました。


「………っっおう!!ひいぞ!!…宝も勿論だけど、第一に俺はシャンクスの居所を知りてェ!!そこに行けばきっと何かヒントが掴めんじゃねーかと思うんだ!!だから……頼む!連れてってくれ!!」


鍋を抱えたままルフィはカーテンの映像をじっと見据え、そしてナミに向い真剣な顔で頼んで来ました。


「…OK!じゃ、交渉も済んだ事だし、さっさと食事済ましてって――私の分が無ァァい!!!!?」
「俺の分も無ェ!!!!――てめっっ!!ルフィ!!!道理でさっきから大人しいと思えばっっ!!!」


テーブルの上には空っぽの器のみ。
中味は全てルフィによって、綺麗に平らげてありました。


「ルゥゥフィィィィ!!!あんた、どうしてそんな意地汚いのよっっ!!?人の食い物に手を出してはいけませんって教わって来なかったのォ〜〜!!?」
「しょーがねーだろ、腹減ってたんだから。」
「しょうがなくない!!!まったく、親の顔が見たいわよ!!!」
「そりゃ無理だって!こいつ親居ねェし!」
「そうゆう事言ってんじゃない!!!…ああもう切れた!!マジ切れだわ!!あんた達の取分無!!オール私!!これで決まり!!!」
「どうしてそうなんだよ!!?取るんならルフィの分までにしとけよな!!!」
「ううっっ!!?ゾロひっでェ!!!それでも親友かよ!!?薄情だなー!!!」
「煩ェ!!!親友のメシぶん取るような奴に薄情呼ばわりされる筋合いは無ェ!!!」
「そうよ!!!お腹空かしてるトコ助けた恩人の飯まで奪うなんて人として最っっ低!!!」
「何で一致団結して責めるんだよー!!?俺そんな悪い事したかァー!!?」

「「したわ!!!!」」


気に恐ろしきは食い物の恨み。

ゾロとナミは奇妙に意気投合し、ルフィを非難したのでした。




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