魔女の瞳はにゃんこの目  −13−

びょり 様




「…結局…ドクロのおっさん、宝のヒント教えてくれずに消えちまったなァー…。」


おもむろにルフィが呟いた言葉に、ナミとゾロははたと思い起した様に面を上げました。


「……そういやすっかり忘れてたが…確かそんな約束してたよな…。」

「……そうよ…そうよそうよそうよ…!!あんにゃろおぉぉぉ…最後の最後まで約束破って行きやがった…!!!――くぉら戻って来い恩知らずゾンビィ〜〜!!!あんたなんか地獄に落ちて閻魔様に舌抜かれちまえェェ〜〜〜!!!!」

「…聞えてねーんじゃねェかな?じょうぶつしちまったし。」
「やれやれ…大山鳴動して、出て来たのは髑髏1匹か…。」
「ドクロ1匹じゃねーだろ、ゾロ。ちゃんと幽霊も出て来た!」
「そういやそうだったな……で、この先どうする?結局…謎解きは自分達でするしかなさそうだぜ?」
「つっても頼りの魔女が全然解けそうにねーしなァ〜。」
「うっさい!!!文無しで依頼しといて文句言ってんじゃない!!!……まったく…あんた達に付き合ってこんっっっなズダボロのヨレヨレになるまで頑張ったというのに…その結果が骨折り損のくたびれもうけだなんて…嗚呼、神様、これじゃ可愛い私があんまり可哀想ですぅ〜!!!!」


しおしおと涙を流して、ナミは項垂れてしまいました。
沼に張る氷が鏡面の様に、その泣き顔を映しています。




――在り処を知るには或る『鏡』が必要らしく、それを俺は持って居ないんだ…。




――やっぱこの鏡がカギなんだな?




『……鏡…?』


脳裏でチカリと点灯する光。

映った顔をマジマジと見詰ながら、ナミは黙考します。


『…でも…夜だった訳だし…反射して当り前…けど…何であんなに暗かっ…?鏡…鏡…鏡…!!』


ガバリと跳ね起きました。


「そうか!!『鏡』よ…!!」
「うわっっ!!びっくりした!!」
「何だァ!?急に!!」

「…解ったのよ!!全て…謎が解けたわ!!」


仰天する2人に向い、興奮した面持ちで宣言するナミ。
茶色の瞳は自信に満ちて輝いています。


「謎が解けたって…『宝の在り処』のか?」
「ほ、本当かァ!?本当に解けたのか!?すっげー!!!」

「ええそうよ!!直ぐに飛んで向おう!!宝は――あの『館』に隠されていたのよ…!!」


靄の晴れた森に響き渡る、ナミの活き活きとした声。
森に眩しく射し込んだ陽光が、暗闇に隠されていた沼の輪郭を、くっきりと露にしていました。




ナミの箒に乗って飛んで行き、3人は再び『アン・ヴォーレイの館』の前に降り立ちました。

草原にポツリと建った廃墟は、闇の中で感じたよりも、ずっと小さな物でした。
ひび割れた白い石組の上、鐘楼の取付けられた教会風の造り。
鐘の数は13個。
天辺には金属製の黒い逆十字架。
朝陽に照らされ草原に長々と伸びた影だけが、昨夜見た禍々しい闇を伝えていました。

昨夜見た時同様、3人は13を数える段を上り、錆びた青銅の扉を開けて、礼拝堂の中へと入って行きます。




雪の様に降積った埃と、黒い黴に塗れた礼拝堂。
天井には13個の燭台が拵えてある、蜘蛛の巣だらけのシャンデリア。
大理石の祭壇の後ろ…正面の壁に嵌められた美しいステンドグラスの窓も、良く見ると黒黴が蔓延り大分汚れている事が解りました。

床に開いた大きな穴に注意しつつ、3人はその前へと歩み寄ります。

黒黴の浸食を受けてるとはいえ、赤青黄緑紫の五色で描かれた女神像は、それでも麗しい姿をしていました。
たおやかに手で何かを持つ仕草で在りながら、そこに持つ物は何も無く、ぽっかりと真円に開けられた穴から射し込む陽の光。
暗闇に包まれた礼拝堂内でその光だけが眩しく輝き、昨夜ルフィがかち割った床の惨状を照らし出していました。
女神を取巻いているのは、同じく五色の硝子で描かれた、小さな十二月の花。
ナミの掲げるランプの光を反射させた女神と花が、白い石壁に色を浮べてユラユラと揺れています。


「……で?この窓が何だっつうんだ…??」


無言で窓を睨んでいるナミを訝しみ、横からゾロが声を掛けました。


「…馬鹿、これ見てまだ解んないの?」


ランプで窓を指し示し、ナミが苛立った声を上げます。


「…つって言われてもなァ…おいルフィ、何か解るか?」
「うんにゃ、解んねー!」
「良く見なさい!!あんた達の姿やランプが、くっきりステンドグラスに映ってるでしょォ!?」


言われてじぃっと見てみれば…五色のモザイク柄に映る、ランプと自分達の姿。


「…これを見て気付いた事は!?」

「え〜〜と……顔色が赤青黄緑紫色に変って見えておもしれー♪」
「…この服、穴ボコだらけで流石にもう着れねェなァ。」
「違う!!!…おかしいと思わないの!?ステンドグラスの窓が、陽の光を全く通さず、鏡みたいにくっきり物映してるなんて!!」

「……あ!!」

「…おい…まさかこれって…窓じゃなくて…!」

「…そう……『鏡』!!…人の目を欺く為、窓に見せ掛けてあったんだ!!」


驚いた2人の顔が、まるでモザイク絵の様に映り込みました。




昼は貞淑
夕は憂鬱
夜は魔女


鏡の裏に書かれてた3つの文章は、確かに『月の女神』を表していた。

けど、答えは『月』じゃない。

天上に在って夜毎に満ち欠けを繰返し、姿を変える月。
同じく見る者によって、姿を変える鏡。

月の女神は『姿を変える』事を比喩したキーワードだったんだ…!




「…答えは解った…それで…俺は何故、ルフィを肩に乗せて立たなきゃなんねェんだ?」


自分の肩の上立ち上るルフィの足を押えながら、ゾロが疑問を口にします。


「…俺もさっきから、何で俺の肩の上にナミを乗せなきゃなんねーのか、聞きてェなと考えてた。」


ゾロ同様、自分の肩に立ち上るナミの足を押えながら、ルフィが疑問を口にします。


「こら!!揺らすな!!黙って立ってしっかり足押えてろ!!…体重の軽い者が重い者の上に乗っかるのは当然でしょお!?」


ルフィの魔鏡を手に持ったナミが、不平を鳴らす2人を見下ろし、叱り付けました。


「そうかー??俺よりナミのがずっと体重有――」


――ブギュル!!!!


「痛ェェ!!!木靴で顔ふんづけんなよ!!!鼻血出ただろ!!!」
「顔上げんなっっ!!!スカートの中見んじゃないわよ猥褻黒頭!!!」
「…千歳越えてる婆ァのパンツなんて、誰も好き好んで覗かねェよなァ。」
「ゾロ、あんた、後1回でも『婆ァ』って言ったら、死刑決定だからね。」


親亀の上に子亀、子亀の上に孫亀。
立っているゾロの肩の上にルフィが立ち上り。
そのルフィの肩の上にナミが立ち上り。

ステンドグラスの女神像の前、3人は縦に並んで立ち上りました。
1番上に立つナミの正面には、女神像にぽっかりと開いた真円の穴。
円の大きさは、丁度ルフィの魔鏡が嵌るくらいの大きさに見えました。


「…やっぱり…この魔鏡を、ステンドグラスに開いたこの穴に嵌め込めって事みたい…。私の考えが当ってるなら、嵌め込んだ事が鍵となって何かが起きる!」
「何かって何だ??」
「そんなの嵌め込んでみなきゃ解る訳無いでしょう!?願わくばお宝が降って来て欲しい所だけどね!」
「何でもいいから早くやれ!…こんな恥しい体勢、やってられねェっての!」


穴から覗けて見える、明るい外の世界。
眩しい陽の光、草原を吹く風。
魔鏡を嵌め込む事で外界の光や音は遮断され、礼拝堂は夜の如く闇と静寂に支配されました。


――ゴトリ…!!


「「「ゴトリ???」」」


嵌め込むと同時に響く、不吉な振動音。

首を傾げる3人の上から、ステンドグラスのモザイクが、バラバラバラッ!!!!と勢い良く剥がれ落ちて来ました。


「「「ぎいやああああああああああああああああああぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜…!!!!!!」」」


悲鳴を上げて仰け反った衝撃で、一気に床へ崩れ落ちる親亀子亀孫亀達。

その上に硬いモザイクの雨が、容赦無くバラバラバラバラと降り注ぎます。


「あたっ!!!あたっ!!!あたたっっ!!!…マジ痛ェェェ!!!!」
「ちょっっ!!!待っっ!!!…お!!お前!!この事態を全く予期してなかったのかよ!!?」
「してる訳無いでしょお!!?今瞳元の色に戻ってんだから!!!」
「もちょっと警戒して事に当れよ!!!割れて刺さって死んじまったらどうしてくれんだ馬鹿!!!」
「何よ!!!あんただって全然警戒してなかったクセに!!!剣士だったら気配読んだりして気付きなさいよボケ!!!」
「無生物の気配が読めるかってんだアホォ!!!」


近くに転がってた石片で頭を隠し縮こまるも尻は隠せず。
バラバラバラバラバラバラバラバラと床を叩く雨音を聞き、割れて破片が刺さる
痛みに耐えながら、3人はスコールが止むのをひたすら待ち続けました。




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