魔女の瞳はにゃんこの目 −14−
びょり 様
…どれくらい経ったでしょうか?
何時の間にか、雨音は止んでいました。
石片で頭を防御しつつ、恐る恐る顔を上げます。
壁に嵌め込まれていたステンドグラスは、下方数十枚のモザイクを残すのみ。
剥れた後に露呈した黒い地肌が、無残な感を与えていました。
「……ひょっとして、あの、残った鏡のモザイクが『宝』ってェ事か…?」
「いや、もしかしたら落ちてった方かもしんねーぞ。」
「…下を良く見なさい!割れて粉々じゃないの。…確率的に、多分残された方だと思うわ。」
崩れた床の上、粉々になって煌く、地上の星屑。
3人は顔を見合わせ、深く重い溜息を吐きました。
「…ったく!てめェに付き合ったお陰で、体中打撲刺傷だらけの散々だぜっっ!!」
「それはこっちの台詞よ!!見なさい!!滑々の玉の肌が見る影も無い!!」
「まーでも3人とも奇せき的に軽しょーで済んで良かったよな♪…にしてもこの青いモザイク鏡が何だってんだろーなァ〜???」
残された数十枚のモザイクは、偶然か否か全て蒼い色をしていました。
女神の裾を構成していたそれらを、ゾロの刀を使って器用に切り剥し、堂の隅っこで3人顔を突き合せて悩む事数刻。
飽きて退屈を持余したルフィが、モザイクを数枚手に取り、繋ぎ合せるようして遊び出しました。
「ちょっとあんた!!何遊んでんのよ!?そもそも依頼主はあんたでしょお!?ちゃんと真面目に考えろっつの!!」
「悪ィ悪ィ♪…何かパズルのピースに似てるなァ〜って♪」
「……今、何て言った…?」
「へ??…悪ィ悪ィ、…何かパズルのピースに似てるなァ〜…って。」
「ワンスモア!!もっかい!!!」
「何なんだよ一体!?…悪ィ悪ィ!!…何かパズルのピースに似てるなァ〜って!!」
「――それよ!!!」
「どれだァ???」
「そうか!パズルのピース…!!」
「そう!…このモザイク1つ1つが、パズルの1ピースなんだわ!!即ち全てを繋ぎ合せて現れた物こそ『宝』…!!」
言うが早いか目にも止らぬスピードで次々繋ぎ合せて行くナミ。
程無くして完成したそれは…大きな楕円形の、蒼い1枚鏡でした。
「…1枚の鏡になっちまったぞ?」
「……この鏡パズルが『宝』??…はっ!…大冒険の末手に入れた割には…ショボイ賞品だな!」
「良く見て!!唯の鏡じゃない!!…私の…姿が映ってるわ…!!」
現れた予想外の宝に思わず気が抜け、苦笑った2人。
しかしナミだけは真剣な眼差しで、鏡に映った像を凝視していました。
「そりゃお前、鏡なんだから、映るのは当然――」
「忘れたの!?私は魔女だから、人間の造った鏡には姿が映らないのよ…!!」
焦れた様にナミが返します。
ゾロの双眸が大きく見開かれました。
「……人間が造った鏡じゃない…?」
「えっと……それってどうゆう意味だゾロ???」
「…『水明鏡』……魔女が造りし鏡と伝えられた、伝説の魔鏡よ…!これが此処に隠されていたという事は……『魔女が建てた教会』と言う噂も、強ち嘘ではないのかも…!!」
鏡に触れる手が、じっとり汗ばんで来るのを感じます。
まるで蒼い水の中からじっと自分を見詰る様な鏡像。
その幻惑的光景に吸い込まれ、中々目が離せないでいたナミでしたが、暫くしてルフィに向い、こう言いました。
「…この鏡はねェ、ルフィ…会いたい人の姿を映す魔法の鏡なの。どんなに離れた場所に居る人でも映し出し、会話を交す事が出来る…!」
「……それって……この鏡にシャンクスを映して話せるって事かー!!?」
「論より証拠!やって見せたげる…!!」
にっこりと強気に微笑み、ナミは鏡に向って、厳かに呪文を唱え出しました。
『水明鏡よ水明鏡。
我が前に、シャンクスの姿を映し出せ…!』
――直後、鏡面の中心から波紋が広がり、映っていた像が歪んで見えなくなりました。
手元に置いていたランプより尚、蒼く光り輝いた中、代りに現れたのは――1人の、赤毛の青年の姿でした。
「――シャンクス…!!?」
礼拝堂に響き渡るルフィの大声。
その声に反応し、鏡の中の青年がこちらを向いて、驚いた顔を見せました。
左目に付けられた、大きな3本の傷跡。
ルフィに似た、意志の強そうな瞳。
「…ルフィ…!?…それに…ゾロか!?」
自分達に向けて伸ばされる大きな右手。
その手をルフィが掴もうとした瞬間、鏡像は突如乱れ、再び広がった波紋に掻き消されて、見えなくなってしまいました。
「シャンクス!!?どうしたんだシャンクス!!?今何処に居るんだよ!!?なァ!!!なァ!!!…答えてくれよシャンクス…!!!!」
「ルフィ駄目!!!落ち着いて…!!!」
鏡が割れんばかりに叩き付けるルフィの両手を、ナミが焦って取押えます。
ルフィの悲痛な問い掛けも空しく、鏡は次第に輝きを消し……そこに映るのは、囲んで座る3人の姿のみでした…。
礼拝堂に戻った暗闇と静寂。
何事も無かった様に、黙って床の上横たわる、蒼い大鏡。
ピースの継目は消え、ごく普通の1枚鏡にしか見えません。
「……どうゆう事だ…?」
「…シャンクスは…!?シャンクスは何処消えちまったんだよナミ…!!?」
まだ自分を取押えていたナミの腕を払い、ルフィが叫びます。
何時でも勝気だった黒い瞳に、薄っすらと張る涙の膜。
その瞳をナミは痛まし気に見詰ました。
「…はっきりした事が1つだけ有る。…ルフィ、あんたの義父シャンクスは、魔力の及ばぬ結果内に居るわ…!何故そこに居るのか?…理由は解らない。自分の意志か…或いは他の者の意志か…」
「…閉じ込められてる可能性も有りって事か?」
険しい顔付でゾロが聞いて来ます。
隣に座るルフィの表情も、同様に険しくなりました。
「……かもしれない。けど、解らない。結界内に居るんじゃ、私の魔法を使っても探せない…何も出来ない…!」
そう言って、ナミが済まなそうに2人の前、頭を垂れます。
「………ゴメンね…2人とも……役に立てなくて…。」
髪の隙間から、悔しそうに唇を噛む表情が覗けました。
「……そう悲観する事も無ェだろ!…無事で居るって解っただけでも…1歩前進したじゃねェか…!」
陰鬱さを吹き飛ばそうと、足を無造作に投げ出しながら、ゾロが言います。
「…探せば良いさ……例え地の果て海の底に居ようとも…な。」
「……そうだ…シャンクスは何処かに生きて居るんだ…!!」
ゾロの言葉に誘発され、ルフィが口を開きます。
「探し出してみせる!!…何処に居ても!絶対に…!!」
漆黒の瞳が、決意の火を灯して輝きました。
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