魔女の瞳はにゃんこの目  −3−

びょり 様




その森に植わっているのは、全てオレンジの木でした。

幹の高さは大人の身長の倍。
葉っぱは瑞々しい新緑色。
たわわに実ったオレンジの実が、枝を重たげにしならせています。
陽光受けて艶々と橙に輝くそれは、掌に丁度良く収まりそうな大きさで、とても美味しそうでした。


「美味ほーーvv食いてェ〜〜〜!!!」
「…ちょっと待てよ。今、冬だぜ?何でこんなに葉は青々として、オレンジは鈴生りなんだ??」
「この森には魔法が掛けられてて、1年中初夏の陽気に包まれオレンジが実を付けてる。もいでも1晩でまた新しい実を付けるわ。」
「それも魔女の力か?噂通り凄ェ魔力持ったヤツなんだな。」
「ふふんv大した魔法じゃないわよォv」
「だから何でてめェが得意がるんだよ?」
「この森のオレンジ全部食や良いのか!?お安い御用だぞ♪♪」
「どうしてそんなサービスあんたらにしなきゃなんないのよ!!?頼みたいのはオレンジの収穫!…魔法が掛かってるお陰で、1晩で元通りの鈴生りだから、毎日実をもいでやる必要が有るんだけど…恥しい話、今朝寝坊したせいで仕事が遅れちゃったの。未だ1/8ももげてないわ。丁度良いからあんた達、手伝ってくれない?」
「何で俺達がそんな畑仕事に付合わなきゃいけねェんだよ…?」


魔女の頼み事に、緑頭の少年は渋い顔して見せました。
見回せば未だ沢山のオレンジが木に生っています。
小さな森でも、端から端まで地道にもいでったら、恐らく夜更けまでかかってしまうでしょう。


「せっかく私がもいだオレンジをあんた達、1つしか残さず全部食べちゃったんじゃないのさ!日々の糧を稼ぐ為の大事な出荷物に手を付けたんだから、弁償するのは当り前でしょ!?」
「わ…悪かったよ!腹減ってて見境無くしちまってたんで…!」
「男が言い訳すんな!!みっともない!!」


たじろぐ緑頭少年の面を、魔女はじろりと睨み付け、その広いおでこをペンと叩きました。


「ちゃんと最後まで手伝ってくれたら、お探しの魔女の家まで案内したげるわ!それと、お腹を空かしてる様だから、勿体無くもオレンジパイを焼いて御馳走したげる!」
「オレンジパイィィ!!?ほ、本当かァァ〜〜!!?――おぅし!!俺1人でいっぺんに終らしてやるから見てろ!!!」
「1人でって…1人でもいで廻ってたら、とても1日で終りゃしないでしょうが!」


鼻息荒く勇まし気に宣言する麦藁少年に、魔女は苦笑いながら応えます。
しかし少年は気に懸けず、傍在る木の幹に両手広げて抱き付くと、渾身の力で揺さ振り出しました。


「ふん…!!!ぬ…ぐおおおおおおああああああああああぁぁ〜〜〜!!!!!」


雄叫びを上げ、真っ赤な顔して揺さ振る少年の頭上から、雨粒みたく大量に葉っぱとオレンジが降って来ました。
太い幹がさながら祭の大団扇の如く、ユッサユッサと揺さ振られています。


「木を揺さ振って実を落とすなんて…なんて怪力なの…!!」
「何せ村1番、いや、国1番てな呼声高いからな!」


落下物を避け、離れた場所で会話する、魔女と緑頭の少年。
常人技とは到底思えぬ様を、魔女は呆気に取られて見詰ました。
ボコボコと頭に当る落下物に構わず、麦藁少年は尚も獣染みた唸り声を上げ、木を揺さ振り続けます。


「ぐああああああああおおおおおおおあああああああぁぁ〜〜!!!!!」


――スポン!!!!


「――あ。」

「「あ。」」


何とびっくり、あまりの怪力に、木は遂に根っ子から、すっぽりと抜けてしまいました。


「……この……馬鹿ァァーーー!!!!人んちの庭木引っこ抜くなんてどう弁償してくれるっつうのよォォ〜〜〜!!!!?」


引っこ抜いてしまった木を抱え、放心して立ち竦む麦藁少年。
その頭を、魔女は泣きながら、ボカボカ殴り付けました。


「痛っっ!!痛ェ!!!…わ、悪ィ悪ィ♪つい調子に乗っちまって…痛ェェ!!!」
「…まったく不様だぜ、ルフィ。まァ見てな…俺が首尾良くやってやっからよ。」


そう言ってニヒルに笑うと、緑頭の少年は傍に立つ木を前に、身の丈近くも有る2本の刀を、背中から器用に引き抜きました。

右手には黒い柄の刀。
左手には赤い柄の刀。


「…何、あいつ!?ガキのクセして真剣使い!?しかも二刀流!?…上手く振り回せんの!?」
「大丈夫さ!ゾロは村1番、いや、国1番の少年剣士だって呼名が高いしな!」


両手に2本の真剣携え、無言で木と対峙する緑頭の少年。

辺りに異様な緊迫感が満ちて行きました。


「――はァァ…!!!」


気合の叫びと共に飛び上がって一閃二閃…スパパパパン!!!と、耳に心地良い斬撃音が辺りに響いて行きます。

少年が格好良くポーズを決めて着地、カチリと刀を鞘に戻したのを合図に……大量のオレンジがバラバラバラバラ枝ごと落下し、後には根幹だけ残した木が佇んでおりました。


「ふっっ…我ながら見事な剣捌きだぜっっ…!!」

「…って、何格好付けてんのよボケェーーー!!!!」


――スカーン!!!!


「痛ェェ!!!!」


少年の緑頭に、魔女の見事な真空飛び膝蹴りが決まりました。


「枝ごと斬って坊主にしちゃってどうすんのよ!!!?もう台無しじゃない!!!!馬鹿!!!!馬鹿剣士っっ!!!!」
「す…済まねェ!!!考え及んでなかったっっ…!!!」


暫く殴る蹴るを繰返していた魔女でしたが、その内疲れて来たのか、諦め付ける様ふぅっと溜息を吐くと、矛を収めて少年を解放しました。

そして何時の間にか暮れた空を、葉の隙間から覗き見ながら…背後の2人に言葉を投げました。


「…モンキー・D・ルフィ、『破魔の拳を持つ者』…あんた、左掌に『魔を破る方陣』が描かれてるでしょ?」

「いいィィ!!?お前、何で俺の事知ってんだァァ〜〜〜!!!?」


魔女の言葉に麦藁少年は、飛び上らんばかりに驚きました。


「…そして、少年の分際で二刀流の剣士、ロロノア・ゾロ。左手に握る赤い柄の刀は、魔族の血を吸う妖刀『鬼徹』。」

「…お、お前…!!何で…俺や…刀の事まで…!?」


今度は緑頭の少年剣士が、目を剥いて驚きました。


「……何でも何も……あんたら、『力』で視る必要無く、評判高いし…。」

「……なァ、お前…会った時から気になってたんだが……何者なんだ?」
「そうだお前!!ひょっとして俺達の探してる魔女の弟子か何かなんじゃねーのか!?」

「お前じゃないわ。『ナミ』って名前が有んのよ。」


日暮れて森の中は、次第に闇の色が深まって来ました。
どんどん不明瞭になって行く物の輪郭。
吹く風だけは変らずに、オレンジの良い香りを運んで来ます。


「…出来れば力使わずに済ませたかったんだけど…特に人前では…でもこのままじゃ、朝になっても作業終りそうもないし…あんた達はちっとも使えないし…しょうがない、魔法使ってパパッと終らせちゃうか!」


振り返らず、独り言の様に、魔女は喋り続けます。

風に靡く髪はオレンジと同じ、艶々とした橙色で、肩に届くまで伸ばしてありました。


「魔法使うって……お前、魔法使えんのかァーーー!!?」
「マジでお前…その魔女の縁者か何かなのか…!?」

「だからお前じゃなくて『ナミ』だってば!!…まだ気付かないの!?私が、あんた達の探してる、世界一物知りで賢くて可愛い魔女だって事に!」


振り返れば目を見開いて驚く、2人の少年の顔。

自分をまじまじ見詰るルフィとゾロに、ナミはにっこり微笑みました。




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