明日のダウト −3−
マサムネ 様
「さぁナミ、言うんだ。欲しいものくらいあるだろう?」
「そんな事聞いてどうする気よ!」
「さっきも言ったように、これは交渉だ。お前の欲しいものを与えるかわりに、また幹部になってもらおうってんだ」
ウソップはアーロンになったつもりで言う。
「そんな話に乗る理由が無いわ」
「まぁそう言うな。ずっと仲間になれってわけじゃない」
「無駄よ」
「分かった分かった。お前がイヤなら後で出て行ってもいい。とりあえず、一度仲間になってくれ」
あんまりナミが譲らないので、ウソップはかなり譲歩する。
目的はナミに欲しいものを言わせることであって、幹部にする話は口実だけでいい。
少しの沈黙の後、ため息を吐いてナミが言った。
「しょうがないわね」
どことなく、ナミが押しているなとチョッパーは思う。
がんばれウソップ!
「欲しいものかぁ。急に言われても思いつかないんだけど・・・そうだ!!向日葵がいいわ」
「ヒマワリ!?」
あやうく、声が裏返りそうになる。
「うん。」
「それは、乗り物だとか宝石か何かの名前なのか?」
ウソップはあえてそういう言い方をしてみる。
さすがに花の向日葵くらいでナミが交渉に乗るはずはない。
「花の向日葵に決まってるじゃない」
「ちょっと待て」
一旦ウソップはみんなをナミから離して、小声で会議を始めた。
「向日葵が欲しいと言ってる。花の向日葵が」
「らしいな」
「さすがにそれはちょっと、どうかと思うんだ」
何人かが頷く。
「誘拐のフリをしてまで、聞くことじゃねェ。」
ゾロが言った。
「できれば、もっとイイものを言ってもらうべきだよな」
そう言ってウソップは同意を求める。
「おお」
これには皆、納得だ。
「花と言えば、さっきの鼻も忘れちゃいけねェだろ。あれはどういうつもりだ?ウソップ。セクハラは禁止だったはずだ」
サンジは先程のナミの胸の件で、鋭くウソップを指摘した。
「あ、あれは事故だ。意図してやったことじゃねぇ、本当だ。」
「そうだとしても、ナミさんの胸に触れる奴がいるかよ!なぁ、ロビンちゃん」
「そうよ!!」
サンジはロビンを味方につけた。
こうなってくるとウソップの身が危うい。
「待ってくれ!今はそんなことを言い合ってる場合じゃねェ。とにかく、このままうまく計画を進めることが賢明だ。そうだろう?」
仕方ない、と皆は計画の方にスイッチを切り替える。
「それからゾロ、サンジ。お前らは一応、はっちゃん、クロオビの役を頼む。戦った相手だから、大体は分かるだろう」
ウソップがそう言うと、二人はあからさまに怪訝な顔をした。
「まったくうちのキャプテンは、変なところにこだわるから困る。」
どこかで聞いたセリフをゾロは吐いた。
「おれがアーロン役になったから、ルフィはチュウをやってくれ。チョッパー、ロビンは分からないだとうから、適当に合わせてくれればいい」
「え?チュウを?」
「任せた。それとルフィ、今度はお前がナミに欲しいものを聞いてくれ。おれはナミに近づかない方がいいらしい」
「そ、そうか。分かった」
「頼んだぞ」
「ああ!」
さすがのルフィも、急に任された大役に戸惑い気味だったようだが、返事は力強かった。
小声の会議が終わり、全員が持ち場につく。
ルフィはナミの前に立った。
「ナミ、お頭がもっとイイものを言えと言ってる。もう一度欲しいものを言え」
言い終えるとルフィは、ウソップの方を振り返る。
ウソップは、“語尾にチュウをつけろ”と口パクで言っているが、うまく伝わらない。
“チュウだ、チュウ”と口を尖らせてみると、今度はルフィにも伝わったのか、大きく頷いて応えた。
次の瞬間、その場にいた全員の時間が止まった。
ルフィは大きく息を吸うと、マスクを被った顔をナミに近づけ、ほっぺにキスをしてしまったのだ。
「え!?なに!??」
目隠しをされたナミにも、今あった事は理解できたらしい。
全員がルフィを引き離すよりも先に、ナミが答えた。
「10億ベリー欲しいわ」
ゾロやチョッパーがルフィの手を持ったまま、またしても時間が止まった。
「欲しいものは、10億ベリーよ」
ナミはもう一度言う。
「ちょっと待て。お前は3億ベリーの身代金で誘拐されてるんだぞ!」
ウソップが声を荒げる。
「分かってるわよ。身代金と、私への交渉は別件でしょ?」
当然のようにナミは言った。
「そうは言っても、10億ベリーなんて用意できるわけないだろ!」
「ダメよ。用意できないなら、交渉はナシ」
これでは、どっちが誘拐犯なのか分からない。
再び、全員ナミから離れて小声の会議が始まった。
「あんな事言ってる」
「らしいな」
「さすが航海士さん」
「関心してる場合じゃないぞ。困ったな。ナミのやつ、手強すぎる」
腕組みをしてウソップが言う。
「それはそうと、ルフィ!!てめェ、さっきのは何だアレは!聞いてないぞ!」
「そうだ!あんなの計画に無かったはずだぞ!」
サンジの勢いに、ウソップも乗る。
「それを言うならウソップ、お前もだろ!」
「だからあれは事故だって!あんなところにバナナの皮があったからいけないんだ!!誰だ、バナナなんて用意したやつは!!」
「お前だろ!!」
「まぁまぁ、過ぎたことは気にしない気にしない。」
ルフィがなだめる。
「お前が一番気にしろよ!!」
「とにかく、ルフィとウソップの制裁は後でじっくりやるとして、今はナミさんをどうするかだ」
ウソップに代わって、サンジが指揮をとり始めた。
「あんまりしつこく聞いても怪しまれるし、このまま縛っておくわけにもいかんだろう」
「うーん」
誰ともつかない唸り声があがる。
「じゃあ、こういうのはどうだ?」
「なんだ、チョッパー」
「ナミにおれ達がプレゼントを用意するんだ。素晴らしいものを。それで、目隠しを外してびっくりさせて喜ばせる」
チョッパーは、すごい事を思いつきました!、と言わんばかりに目を輝かせて言う。
「いや、だから、それを今やろうとしてるんだよ。肝心のプレゼントに、素晴らしいものに何をあげたらいいか分からなくて困ってるんじゃないか」
「そうだったのか!!」
「おそっ!!」
サンジが説明してやると、今になってようやく分かってもらえたらしい。
「めんどくせェ。この際、ナミが好きそうな物は何か、全員で意見を出し合ったらどうだ」
ゾロが投げやりに言う。
「やむをえないな。マリモの意見ってのが気にかかるが、それでいこう」
全員頷く。
「じゃあ、参考までに聞くけどロビンちゃん、自分をプレゼントするのって、古いかな?」
「古いわ。考古学的にもね」
ロビンは即答する。
「誰か、まともな意見はある?」
サンジがしゅんとなったので、今度はロビンが指揮をとった。
「かわいい服とかあげたら、喜ぶんじゃない?」
ルフィがそう言うと、ウソップがもともと丸い目を更に丸くして驚いた。
「それはそうだが、ルフィ。変なものでも食べたか?おいしい肉って言ったんだよな?そうだろう?」
そう言ってウソップがルフィに詰め寄る。
「そうでした」
思い出したようにルフィが言った。
その直後、「うまい酒なんてどうだ?」とゾロが言ったが、誰からも返事は無かった。
「そういや、人にプレゼントして喜ばれる物は、自分が貰っても嬉しいってのを聞いたことがあるぞ」
チョッパーが帽子のつばを両手で押えながら言った。
「それは確かに言えてるわね」
「それなら、アラバスタでナミさんがビビちゃんに香水をプレゼントしてるのを見たぞ。ビビちゃんは喜んでたし、ナミさんも嬉しそうだった。」
思い出しながらサンジが言う。
「香水かぁ。アイスクリームの香りとかあったら嬉しいよな。」
ウソップがそう言うと、アイスクリームをなめるナミ、アイスクリームを身体にこぼしたナミ、アイスキャンデーをくわえるナミなど、各々が想像を膨らませた。
「嬉しい嬉しい」
にやけた顔で、声を揃えて言う。
「って、おれ達が喜んでどうするんだ!!」
なかなか話し合いがまとまらずにいると、ナミが突然何かを叫んだ。
「・・・ストリーム!!」
アイスクリーム!?と何人かが聞き返す。
ウソップだけがストリップ!?と言ってしまったのは、例の映画のせいだろう。
「サイクロン・ストリームよ!!空気の流れが変わったのよ。嵐がくるわ。このままここにいるのは危険よ!船を動かして!」
真剣な声でナミが言う。
「そうは言っても・・・」
航海士が縛られてて、とは流石に言えない。
空はいつの間にか雲は厚みを増し、どんよりとした灰色が広がっていた。
船を出せと言われても、ウソップ達にはどこから嵐がきて、どこへ向かえばいいのか全く分からなかった。
どうすることもできず、戸惑っていると、ナミが信じられないことを言う。
「ゾロ、チョッパー!!イカリを上げて!他の皆は早く持ち場について!南にいっぱい舵をきるのよ!!」
全員の顔が驚きに変わった。
戸惑いながらも、持ち場について船を動かす準備を始める。
「な、なんだよ!!気づいてたのか!?」
ウソップは戸惑いを隠し切れない。
「当たり前でしょ!?あんた達の考えてる事なんて、空を見るより明らかなんだからね!」
ウソップは、いつ計画がバレたんだろうと考えていた。
そして、どうやってこのナミの誕生日をまとめたらいいんだと。
間もなくして、さっきまでいた場所に巨大なサイクロンが向かってきた。
ナミの指示のおかげで回避できたので、船は無事、難を逃れる。
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