明日のダウト  −4−

マサムネ 様




 先程までの嵐がウソのように、空は青く晴れ渡っていた。
 船は無事嵐を乗り切り、ようやく落ち着きを取り戻したところだ。
 ウソップ達はぐったりして、甲板のナミの周りに集まっている。
 服は全員びしょぬれになっているが、ナミだけはほとんど濡れていなかった。
 日焼け防止用に、パラソルを立てておいたおかげだ。

 「ところでこれ、いつになったら外してくれるの?」
 そう言ってナミは縛られている両手を上下させた。
 「とんだ災難だったわね」
 言いながらロビンは縄を解き、目隠しを外し、その布をゾロに返した。
 すでに変声器は解除しており、いつものロビンの声だ。
 「おかげ様で」
 とナミは苦笑する。

 「いつから気づいてたんだ?おれ達の計画だって」
 ウソップが訊いた。
 「最初からよ。目が覚めた時から」
 「ウソだ!!」
 「本当よ。笑いを堪える身にもなってほしかったわ」
 ナミは楽しそうに言った。
 
 ナミは目を覚まして拘束されていることに気づいたとき、2つのことを思い出していた。
 1つは今日が7月3日で、自分の誕生日だということ。
 もう1つは、ちょうど1年前の日のことだ。
 あの日もクルーみんながナミの誕生日計画を立て、ナミを喜ばせてくれた。
 ナミが今朝目を覚ましたときも、その日と同じ感じがしたのだ。
 目隠しに使われていた黒い布に、あの時と同じシャボンの香りがしたせいかもしれない。
 それでナミは、クルー達の仕業だなと気づいたのだった。

 「じゃあ、アーロンの名前を出したのって、わざとだったのか!?」
 ウソップが恐る恐る訊く。
 「まだ気づかない方がいいと思ったのよ。って、ウソップ!!あんた私にセクハラしたでしょ!!」
 「いや、あれはちょっとした事故で・・・」
 「言い訳は結構よ!!乙女の大事なところに触れて、タダで済まそうなんてムシのいい事言わないでしょうね!」
 「待ってくれよナミ!!」
 「100万ベリー。それで許してあげるわ」
 ナミとしても、胸を触られたことはショックだったが、誕生日祝いを計画してくれた事は素直に嬉しかった。
 くわえて、お宝くじで1等3億ベリーが当たったという話もある。
 そのうち100万ベリー程度なら、すぐに払えるだろうから、後に引かず、その場で水に流してあげられると考えたのだ。
 ウソップのラッキーに免じて。

 ところが、ウソップの返答は予想外なものだった。
 「100万ベリーってお前、そんな大金払っちまったらお前へのプレゼントが買えなくなる」
 「何言ってるのよ。ロビンに聞いてるわよ?お宝くじで3億ベリー当てたって。当選番号も覚えてるわ。“悩みはキュートよ”だったから、78組309104」
 「それが・・・非常に言いにくい話なんだが、驚かないで聞いてくれ。実はあれ、ニセモノなんだ」
 ナミはウソップの言う話の意味が分からなかった。
 この期に及んで、またウソを言ってるのだろうか?
 
 「そんなはずは無いわ。お宝くじだって何度も確認したもの。確かにあれは、本物だったわ!」
 「ああ、お宝くじは本物さ。当然、ナミなら細かくチェックすると思ったんだ。だから、新聞の方に細工した」
 「まさか」
 ナミは苦笑いを浮かべる。
 「つまり、新聞には“3”と書いてあるのにちょっと手を加えて、“8”にしたんだ。3と8は似てるからな。あれはダウトだったんだ」
 「うそ・・・!」
 サーっと血の気が引いていくのを感じた。
 「だから本当の1等当選番号は、73組309104。“ナミさんはキュートよ”となっていたんだ。よって、おれが当たったのは組み違い賞。それでも100万ベリー貰えるんだから、大金だろ?」
 「だったら何でわざわざそんな細工したのよ!!喜んでソンしちゃったじゃない!」
 「それはお前、3億ベリー当たった事にした方が、身代金の交渉もスムーズにいくからじゃないか。さすがのナミも、そこまでは見抜けなかったようだなー!はっはっは!!」
 ウソップは投げやりに笑う。
 どうか笑って済まされないだろうか。
 「もう!ウソップのバカ!!」
 ナミはウソップに強烈なパンチを浴びせる。
 結局はこうなるのか、とウソップはしみじみ実感しながら倒れた。
 
 空が見える。今度は雲ひとつない、青々とした快晴だ。
 船の上空を鳥が一羽、気持ち良さそうに飛んでいる。大きな鳥だ。
 どこかで見たような気がする。
 あれだ。ロビンにクラッチをされた時に見た鳥だ。
 ウソップはふと奇妙に思った。

 サイクロンに襲われ、船をかなり移動させたにもかかわらず、その鳥は依然として、船の上空で旋回し続けているのだ。
 鳥の背中には、何かが乗っているのが見える。何だ。
 ウソップはゴーグルを装着し、よーく目を凝らした。

 「うわぁ!!!」
 突然ウソップが大声をあげて飛び上がったので、皆は一体何事かと振り向いた。
 ウソップはクルー達が集まっている方を一旦見ると、また空を見上げる。
 再びクルー達の方を見た。
 ごくん、とつばを飲み込む。誘拐マスクを指差して叫んだ。
 「お、お前は一体誰なんだ!!!」

 少しの間があった。
 気遣うようにチョッパーが口を開く。
 「誰って、ルフィじゃないのか?」
 「違う、そいつはルフィじゃない!」
 皆が不思議そうな顔をする中、ナミだけはその状況を楽しんでいるようだった。

 「にしししし!!」
 突然、船の上から笑い声がした。
 何だと思い、見上げると、空からマストに向かって細長い物が伸びているのが見えた。
 それはマストにまきつき、するすると回転しながら降りてくる。
 服装はタンクトップに黒ズボンと、見慣れない恰好をしているが、間違いなくルフィだ。
 「ウソップ〜!今みたいな時にダウトって言うんじゃなかったのか?」
 そう言ってルフィは甲板に着地した。
 ゾロ達は、どういう事だ!?と言わんばかりに、ルフィと誘拐マスクに顔を往復させる。
 ルフィはそれを察したかのように「こういう事だ」と言うと、誘拐マスクに、顔をはがすようなジェスチャーを送った。
 そこでようやく、黒いマスクが外された。
 ブルーの長い髪が、風になびく。
 「ナミさんの誕生日をお祝いしたくて、来ちゃった!!」
 マスクの下から現れたのは、ビビだった。

 「ビビ!!?」
 男達は目を開いて一斉に言う。
 「何でビビちゃんがここにいるんだ!」
 腰を抜かしながらサンジが訊いた。
 「私が、ビビ様を乗せて飛んできました」
 さっきまで鳥の姿だったペルが落ち着いた口調で答えた。
 いつの間にか甲板に降りていたらしい。
 「ルフィさんから昨夜、電伝虫で連絡があったの。ナミさんの誕生日祝いを明日やるから来いって」
 「ルフィが電伝虫で・・・!?」
 言いながら、昨日の晩ルフィがコソコソと電伝虫で話してた相手はビビだったのか、とウソップは回想する。
 「ええ。私はすぐに返事ができなかったの。そしたらルフィさんが、今日のナミさん誘拐計画を話してくれて・・・!」
 ビビは楽しそうに説明をはじめた。

 話の内容はこういうものだった。
 ナミ誘拐計画を話したルフィは、ビビも参加しないかと電伝虫で誘った。
 だがビビが失敗を恐れ、遠慮がちな返事をすると、ルフィは自分と入れ替わるアイデアを閃いた。
 ルフィが被るはずの誘拐マスクをビビが被ることによって、みんなにバレないようルフィの役を演じるというものだ。
 これなら失敗しても責任はおれが受け持つ、とルフィは言った。
 だったらなおさらできないとビビは言うと、ルフィは“船長命令だ!!”と言って強引に参加させたのだった。
 ビビとしても、ナミを祝えと“船長命令”で言われたからには、行かない手はない。
 そうと決まったからには、急いでアラバスタからペルに乗って出発したのだ。

 「おれとしたことが、全然気が付かなかった・・・!!ルフィにしては肌が綺麗だとは思ってたんだが、バナナの美肌効果と勘違いしてた」
 サンジが悔しそうに言うのも無理はなかった。
 ビビは体系でバレないよう、胸にはキツキツにさらしを巻き、その上に赤いチョッキを着ていたのだ。

 「でも、ナミさんにだけはバレちゃってたみたい」
 ビビは舌を出して言うが、皆には何のことかわからなかった。
 今日あったことを思い出してみる。
 一番印象的なシーンがよみがえった。
 声を揃えて叫んだ。
 「10億ベリーか!!!」
 それはかつてビビ救出のために、アラバスタ王宮に対しナミが要求した金額を意味する。
 その金は未だ、ナミには支払われていない。
 「ビンゴ!」
 ナミが親指と人差し指で輪を作って言った。
 「だってビビったら、私がプレゼントしたみかんの香りの香水してるんだもん。最初はさすがに気づかなかったけど、顔を近づけられてビビがいるって分かったわ。」
 「どうしてもつけて行きたくて。ナミさんのお気に入りの香りだったから」
 そこでウソップはようやく、ルフィと思われた誘拐マスクに、みかんの香りがしたわけを理解する。
 ウソップは、ルフィがみかんをつまみ食いしたものだとばかり思っていたが、どうやらその香りの正体はビビの香水だったらしい。
 つまりマスクを取りに行くと言ったルフィは、あのタイミングで、隠れていたビビと入れ替わったのだ。

 「これが直接言いたかったわ。ナミさん、誕生日おめでとう!!」
 ビビが目を輝かせて言うと、ビビだけずるい!と言わんばかりにクルー達からおめでとうコールが続いた。
 ナミおめでとう!ナミさんおめでとう!航海士さんおめでとう!
 「みんな・・・ありがとう!!」
 ナミは皆の気持ちが嬉しかった。
 「本当なら、プレゼントを用意するはずだったんだが・・・」
 残念そうにウソップが言う。
 「そういや、欲しい物を訊いたとき、向日葵って言ったのはどうしてなんだ?」
 チョッパーが疑問に思っていたことを尋ねた。
 「ああ、あれはね。昨日の新聞で見たのよ。100万本の向日葵畑が咲き誇る、秘境の夏島のことを。そこに行きたいなって思ってたの。この海の近くみたいだから」
 ナミが言うと、ロビンは昨夜のことを思い出した。
 あの時ナミがうっとりと見入っていたのは、お宝くじの欄ではなく、大きな向日葵畑の写真が乗った秘境の夏島、コッコナツ島の記事の方だったのだ。

 「だったら、今からでもそこへ向かいましょ!」
 ロビンがいつになく張り切って言うが、ナミは浮かない顔をしていた。
 「でも、その島は極端にログが弱いらしくて、周りの島にログを奪われちゃうみたいなの。だからその島に行くのは相当難しいみたいだわ。他の島には無い独特の文化やお店があって、リゾートの穴場らしいんだけど」
 「じゃあ、その島のエターナルポースがどうしても必要なのね」
 「それが、エターナルポースも無いみたいなの」
 「だったらその島に行くのは、運だけが頼りなのか?」
 ゾロが間に入って訊いた。
 「向日葵が太陽の方を向くのは知ってるわよね?だから太陽の光が射す方向からなら、それなりに遠くからでも向日葵が見えるらしいわ」
 ナミがそこまで説明すると、ルフィが手の平をポンと叩いた。
 あっさりとした口調で、とんでもないことを言った。
 「ああ、それなら鳥のおっさんに乗って飛んでる時見えたぞ」

 「ええ〜!?」
 皆の驚愕する声が重なり合う。
 「黄色くて丸い花だろ?見えたよな、おっさん」
 「ええ。確かに向日葵がこちらを向いている島を遠くに見つけました」
 ルフィに振られ、ペルも答える。
 ペルが言うなら、本当かもしれない。
 「だったら、まだその島見えるか!?もし見えるなら案内してくれ!!」
 ウソップが必死に言う。
 「おお!じゃあおっさん、またよろしく頼む」
 「いいですよ」
 言いながら、ペルは鳥に姿を変える。
 「そうだ!ナミも乗れよ。気持ちいいぞ〜!!」
 「え?」
 言うが早いか、ルフィはナミのウエストに手を伸ばすと、勢いに任せてペルの背中に乗せた。
 「きゃっ!!」
 「ちょっと待てルフィ!!今のセクハ・・・」
 「しゅっぱーつ!!!」
 サンジが言い切る前に、ルフィとナミを乗せたペルは大空へ舞い上がった。
 「あんにゃろ〜!!!」
 残された者達は、悲痛の叫びをあげながら空を見上げた。


 *****


 「ほんとだ!!すごーい!向日葵の島が見えるわ!!」
 「だろ?にしししし!!」
 「あはははは!!」
 ナミが嬉しそうに笑うのを見守りながら、船は向日葵の咲く島へ向かっている。
 「ってちょっと、あんまり触らないでよルフィ!!」
 「いいじゃんかよー」
 「やだ!きゃははは!くすぐったいってば!!」
 ゴン!!!


 *****


 「しかし偶然ってすげーよな。いくら向日葵が太陽の方を向くって言ったって、丁度船の方を向いてるとは限らなかったろうに」
 ウソップが言った。
 「バカ言え。偶然なもんかよ。ナミさんを見てみろ、あのメロリンキュートな笑顔を。お前はどんな風に見える?」
 サンジはナミの方を見ながら言った。
タバコをすぅーっと、吸い込んで、はぁーっと大きく吐いた後、ルフィは腹立つけどな、と付け足す。
 少しの間、ウソップはナミの方を見てから言った。
 「・・・確かに、これは偶然じゃないな。ああいうのを言うんだろうな、太陽のような笑顔って」
 ウソップはその後静かに、ルフィは腹立つけど、と付け足した。

 しばらくすると、船上のクルー達にも向日葵が見えるところまで島に近づいてきた。
 確かに向日葵は船の方を向いており、ナミ達を歓迎しているように見える。
 島の外部からもあれだけ見えるとなると、内陸部の方はもっと向日葵が広がっているだろうと想像できた。
 ふと、ナミの方を見上げてみる。
 ちょうど太陽が逆光していた。
 目を開けていられないくらいまぶしかった。
 ウソップは、ナミが太陽なら今の自分は向日葵だろうな、と思うとなんだかおかしかった。
 おかしくもあり、嬉しくもあった。

 そう言えば、この島には他の島には無い変わったものが売っているとナミは言ってたな。
 良さそうなものがあったら、皆で買ってナミにプレゼントしてやろう。
 今度は、ナミに聞かず自分達で決めて。
 そうだ、それがいい。
 何が入ってるかは、プレゼントを開けるまでのお楽しみにしておくんだ。
 本当の意味で、サプライズだ!


 翌日、朝食を食べに食堂に来たナミの身体からは、アイスクリームの香りがしたという。




 FIN


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<管理人のつぶやき>
作戦名『ナミ誘拐ドキドキサプライズ作戦』。準備はウソップの指揮のもと、綿密に周到に練られました。
しかしその陰謀は、ナミに見事に見破られていたことが分かった!うわ、どうなるの・・・?と思っていたら、最後の最後にとっておきのダウトが隠されていました!まさか、ルフィに化けてビビが混じっていたとはネ!
でも、それを知って振り返ってみると、実にたくさん伏線が張られていたことに今更ながら気づきましたよ^^;。
正直、ヤラれたッと思いました。まんまといっぱい食わされてしまったと。そして、それが逆にうれしかったり(笑)。

ルフィ海賊団にとってナミは太陽なんですね。みんながいつもいつもナミを見ている、ナミを求めている。
そのことがこのお話を通してよぉーーーく分かりました^^。

さて、お気づきの方もおられるかもしれませんが、このマサムネさんの作品は、管理人の昨年のナミ誕作品「明日のために」を念頭に置いて書いてくださいました。ナミが目を覚ました時、昨年の出来事を思い出すのですが、それは「明日のために」でのことなのデス。

最強のナミスキー(笑)、【向日葵は枯れない】のマサムネさんが投稿してくださいました。
面白くて楽しくて、そして素晴らしい作品をどうもありがとうございました!





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