魔女の瞳はにゃんこの目・2 −11−
びょり 様
反省室は鏡の間と同じ階に、数室拵えてあるようでした。
白く塗られた壁に仕切られた部屋は、大人1人が寝転べる位の狭さです。
天井からランプが吊るされてる他は、何の飾り気も見当りませんでした。
いえ、室内入って奥には、トイレが在りました。
押込められた当初は縄で縛られてた3人でしたが、「便所が在ってもこのままじゃ用足せない」とウソップがごねたお蔭で、今は解かれていました。
「…見張りが居なくなってる!子供と見縊ってか、すっかり警戒が手薄だ!…脱出するチャンス到来かもしんねェぜ…!」
鉄の扉より上の壁には、小さく長細い明り取りが1つ、開けられていました。
そして扉には室内を見張る用に、同じ様な穴が1つ取り付けられていました。
天井近くに開いた明り取りから、手製の潜望鏡を使って外を覗いていたウソップが、声を弾ませます。
しかし背後に蹲る2人からは、何の応答も貰えませんでした。
「………あのな、お前ら……落ち込む気持ちは理解出来るが、そろそろ前向きに、これからの対策練ったりしねェか?何時までもそやって蹲ってちゃ、事態ちっとも好転しやしねェよ!」
振返って説教かましつつ、長く伸ばした筒を手で押して畳みます。
小さく折り畳まれた潜望鏡は、見た目キセルに似て思えました。
ポケットに仕舞い、相も変らず黙ったままで居る2人の傍に寄ります。
同じポーズで向い合う間にしゃがみ、ちらちらと視線を送るも、2人は微動だにしません。
室内はまるで通夜の如く、どんよりとした空気に満たされていました。
「………暗ェ!例えるなら新月の夜の墓参りの如く暗ェぞ、お前ら!未だ地獄に落とされた訳じゃあるめェし、ちったあ明るく愛嬌振り撒けよ!!言うだろうが!!『女は度胸、男は愛嬌』ってよォ〜!!」
押し潰されそうな暗さに耐え切れず、ウソップが爆発します。
それでも2人は俯いたまま、ウソップを見ようともしませんでした。
深々と音立て降積る静寂の中、あからさまに大袈裟な溜息を吐きます。
ふと、左側蹲るゾロの背に括られた2本の刀が目に付きました。
「…ええとお前…『ゾロ』っつったか…?背負ってるそれって見た所真剣だよなァ?偽物ってこた、ないよなァ?…その刀でもってズババンと壁斬ったり出来ねェもんかな〜なんて…!」
愛想笑いを浮べてゾロの傍ににじり寄ります。
コツコツ叩いてみた壁は、どうやら石を組み、漆喰で塗り固められてる様でした。
「なァ〜どうよ?折角脱出に使えそうな道具持っててよォ〜。ただジィ〜ッと逃げずに居るなんて、間抜けもいいトコ――」
――いきなりガシッ!!と襟首を掴まえられました。
恐ろしくつり上がった目を向けられ、ウソップは「ひい!」と叫び、亀の如く首を竦ませます。
「…俺達だけ逃げたってしょうがねェだろうが…!!」
「べべべ別に自分達だけ逃げようなんて、一言も言ってねェじゃねェか…!」
こめかみに青筋立てて凄まれ、悪寒が全身を突っ走りました。
同じ少年で在りながら、まるでヤクザの様な迫力です。
涙目で自分を見る顔を認めたゾロは、押えてた首根っこを乱暴に解放しました。
ウソップが震えながら後退って離れます。
騒ぎの中でも、ルフィは全く顔を上げませんでした。
「…な、なァ!…あいつを助けるにしたって、このまま居ても埒が明かねェとは思うだろ!?…取敢えず俺達だけでも脱出して、一旦計画立て直してから助けに行くってのはどうだ!?ほら、あいつ魔女で死なないっつってたじゃねェか!少しの間なら持ち堪えられんじゃねェかな〜〜と…思ったりすんだが…」
提案持掛けるも、やはり何の反応も返って来ませんでした。
人が愛想振り撒き明るく盛上げようと努めてるってのに…次第にウソップは腹立たしさを覚え始めました。
八つ当り承知で愚痴ります。
「…考えてみりゃ、ピンチに陥った原因は、あの魔女に有るんじゃねェか!…何が『私は全知全能、不老不死で知られるオレンジの森の魔女よ』だ!『5分も経たない内にのす』とかほざいて、自分があっさりのされやがってよォ!ちっとも頼りになんねェ――」
再び――ガシリ!!!と、今度は両の肩を2人に突き倒されて、仰向けに転がされました。
ランプの灯りの下、顔に真っ黒い影を貼り付けたルフィとゾロが、射殺さんばかりにガンたれて迫って来ます。
「……すすす済みません!!済みません!!もももう言いませんから許して下さい…!!」
半端無い殺気を感じたウソップは、両手で拝みポーズを作って哀願しました。
グイッッ!!と強く両腕を引張られて上体を起します。
ウソップから手を離した2人は、また壁を背にして蹲ってしまいました。
その姿を眺めてウソップは、何度目かの溜息を吐いたのでした。
「…その…なんだ…お前ら揃って、あのタカビー魔女に惚れてんのか?」
「…ほれてるゥ??」
「…何馬鹿な事言ってんだ、てめェ?」
不機嫌な顔を起して、ルフィとゾロが返します。
完全に据わった目を向けられたウソップは、苦笑を漏らしつつ言葉を続けました。
「…俺には惚れてるとしか思えねェけどな!姿が消えて意気消沈、まるでこの世の終りが訪れたみてェな顔しやがって!」
「当り前だろ!!ナミは仲間だぞ!!」
ルフィが濁りの見えない黒い瞳で、真直ぐウソップを見据えます。
「仲間消されてこの世の春が来た様な顔する馬鹿は居ねェだろが!」
同じくゾロが、曇りの無い茶の瞳で、ウソップを捉えます。
あくまで直球な2人の態度に、悪いと思いつつも、笑いが込上げました。
「…まあ〜いいさ!そういう事にしといてやるよってか――今はそんな談議に花咲かせてる場合じゃねェだろがァァァ!!!」
突然、卓袱台でも引っ繰り返しそうな勢いで、ウソップが立上りました。
呆気に取られるルフィとゾロの前で、モジャ頭掻き毟り喚きます。
「解ってんのか!?このままじゃ魔女も俺達も皆殺されちまうかもしんねェんだぞ!?そうさ多分殺される!!いやきっと!!間違い無く殺されちまうんだ!!まったくおめェらに関ったばかりに…こんな若い身空で夢だった発明王にもなれず、嬲り殺しにされるんだ俺は!!どうしてくれんだよ!?どう責任取ってくれんだよお〜〜いおいおいおいおい…!!」
「…逆切れた。」
「…駄目だこりゃ。」
床をドンドン叩いて悲劇のヒーローに浸るウソップを、ルフィとゾロはただ唖然と見守るだけでした。
大声で泣き喚いてるというのに、見張りが来る様子はとんと無く、ウソップの言葉通り難無く逃げおおせそうです。
しかし――
――だからこそ、自分達を放っておけるのだろうなと、苦々しい思いに胸が満たされました。
「……何とかナミと連絡取れればな。」
「今頃、どうしてんだろうなー、あいつ…。」
溜息吐く2人の頭の中、同時に或る物が浮びました。
「「そうだ!!『水明鏡』!!」」
互いに見合って叫びます。
「すいめいきょー??」
ウソップが泣き腫らした顔を上げて、素っ頓狂な声を出しました。
ルフィが被ってた麦藁帽子を脱ぎます。
手に持ち、ゾロと共に部屋の奥へと移動しました。
「…お…おい、お前ら…?…何おっ始めようとしてんだ??」
「あ、ウソップ、そこ居ると多分危険だぞー。」
不審を感じたウソップが、2人の傍へと這いずり寄ります。
ルフィはそんな彼に向け、のほほんと警告を発しました。
「ああ??危険???…何が????」
余計に不安を感じ、「?」マークを乱れ飛ばすウソップを気にも懸けず、ルフィは麦藁帽子に向い、呪文を唱えました。
「水明鏡よ水明鏡!
汝、我が前に姿を現せ!!」
――その途端、帽子の裏から青く眩い光と共に鏡のパズルが零れ落ち、宙で1枚の大鏡へと繋ぎ合されました。
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