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魔女の瞳はにゃんこの目・2  −12−


                            びょり 様



「なっ…!?なっっ…!??なァァァ〜〜〜!???」


突然出現した大鏡に、ウソップが驚愕の悲鳴を棚引かせます。

不幸にも鏡は、目ん玉飛出させて驚く彼の頭上へ、ぐらりと倒れて来ました。

――ゴォン!!!!という物凄い衝撃音が、辺りに轟きます。


「…だから危ねーって言ったのに。」


鏡の下敷きになったウソップを、ルフィは軽い哀れみ篭めて見詰ました。


「…な!…お…!…け、警告は具体的に解るよう伝えやがれ馬鹿ヤロー!!!――ってかそんな事より!!お、お前も魔女…いや男だから『魔男』だったのか〜〜!??」
「『魔男』は不味いだろ、聞え的に。」


大きな瘤を頭に戴いたウソップが、鏡の下から這って出ます。
少々錯乱気味で喚いた言葉に、ゾロがツッコミを入れました。


「別に俺、『魔女』でも『魔男』でもねーぞ。」
「だったら今のは何だよ!??魔法じゃなけりゃ超能力だとでも言うのか!??」


きっぱり否定されるも、ウソップは食下がります。


「これは前の冒険の時に、俺とゾロとナミとで見付けた、シャンクスの宝だ!!『水明鏡』って言って、会いてェ奴の姿を映す、魔法の鏡なんだ!!」

「…あ〜〜??『水明鏡』???」


ルフィの言葉は今一説明が足りず、ちっとも要領を得ません。

頻りに首を傾げるウソップに構わず、ルフィとゾロは楕円形した青い鏡面を見詰ました。


「…映るかな?」
「今生きてるヤツなら呼出せるって言ってたろ。…ま、やってみるしかねェさ!」
「そうだな!」


映った己の黒い瞳を真直ぐ見据えます。
唾をゴクリと呑込むと、ルフィは再び呪文を唱えました。


「水明鏡よ水明鏡!
 我が前にナミの姿を映し出せ…!!」


――鏡面の中心から、波紋が広がりました。

覗き見るゾロやウソップ、ルフィの像が歪み、掻き消されます。

冴え冴えとした青い光の中、俯いて座るオレンジの髪の少女が映っていました。




「ナミ!!!」
「ナミ…!!」
「うう映ったァ〜〜〜!??」


ルフィが、ゾロが、喜色満面に叫びます。
ウソップも裏返った声で叫びます。


「――ルフィ!!ゾロ!!…ウソップ!!」


自分を呼ぶ声に反応したナミが、パッと顔を上げました。

虚ろだった瞳に生気が戻ります。

安堵の溜息吐いて、3人に微笑を送りました。


「…良かった!『鏡』の事を思い出してくれて。」
「なあナミ!どうしたらお前をそこから出してやれる!?」


鏡にべったりと手を当て、ルフィが迫ります。
触れた箇所は水面の様に細波立ち、見ていると此処から潜って行けそうに思えました。

中に潜り、引張り上げる事が出来るなら…しかしその表面は普通の鏡と同じ、冷たく硬い物。
悔しさに引掻いた鏡は、キイキイとすすり泣く様な音を出しました。


「…無理よ。此処から私を引張り上げる事は出来ないわ。」


仕草から気持ちを読んだナミが苦笑います。


「…何か方法は無ェのか!?入る事が出来たんだ。出る事だって出来る筈だろ!?」


反対側からゾロも深刻な顔して問い掛けます。
両サイドから尋ねられたナミは、幾分顔を曇らせました。


「……無い訳じゃないわ。しかもルフィ…現状に於いて、それはあんたにしか出来ない。」

「俺にしか出来ない??」


ルフィが首を捻りつつ自分を指差します。
その顔を見詰め、ナミは無言で頷きました。


――直後、鏡の像がユラリと形を崩しました。


「「ナミ!?」」


焦ったルフィとゾロが、同時に名を呼びます。


「…やっぱり鏡の結界に邪魔されて上手く交信出来ないみたい…!長く保たないようだから、3人共これから話す事をよく聞いて!」


鏡の向うのナミは、覚悟を決めた顔で話し出しました。


「明朝、陽が顔を出してから30分間だけ、あの婆ァにあんた達と会わせるよう頼んどいたの!
 だから明朝、あんた達はもう1度、私が閉じ込められてる鏡の間に引き摺り出されるわ!
 鏡の間に入ったら、真直ぐ正面の鏡の前まで歩いて行って!
 よそ見しちゃ駄目よ、気付かれるから!
 そして隙を見付け…ルフィ、あんたの『破魔の拳』を、床の鏡に叩き付けて!」

「俺の『破魔の拳』を!?」


話を聞きながら、ルフィが左拳を握り締めます。

その拳がまるで炎でも握った様に、明々と輝きました。
傍で見ていたウソップが悲鳴を上げます。


「おおおお前…!!ひょひょひょっとして『破魔の拳を持つ者』かァァーーー!!?」

「おう!そうだ!!」


おっかなびっくり蒼白い顔して尋ねるウソップに対し、ルフィはあっさり告白しました。


「…そそそうか…!考えてみりゃ、魔女と知合いなくらいだもんな…!普通の人間な訳無ェよな…!」
「けどナミ、こいつの拳で叩かれたら、鏡どころかその下の地面まで割れるぞ!そんな事になったら、お前…」


壁際後退ってブツブツ呟いてるウソップをスルーして、ゾロが尋ねます。
しかしナミは彼の心配を打消すよう、にっこり笑いました。


「大丈夫よ!…私が閉じ込められてる床の鏡は、此処とは別の次元に繋がってる…だからルフィの拳で、その結界を撃破って欲しいの!
 …そして破ったら、今度は破魔の力を封じて、私の手を掴み引張り上げて!」

「破魔の力を封じる?」

「そうしてくれないと…私は、あんたの力で、消されちゃうもの…!」


そう話すナミは、シニカルな微笑を浮べました。


「……そうか。」


ルフィが少しだけ、瞳を曇らせます。


「別次元への扉を破魔の拳で造っても、力を封じた途端、直ぐに閉じようとするわ。
 そう簡単に引張り上げる事は出来ない…。
 ルフィ……まごまごしてたら、あんたの手は再び張った結界に挟まれ、千切れるかも知れないわ…!
 そんな危険を冒してでも……助けてくれる?」

「おう!!当り前だ!!!」


ルフィが然も当然とばかりに、力強く請負います。

ナミの茶色い瞳が、水を湛えて潤みました。


「…残る問題はどうやって隙を作るかだけど…。」
「それなら俺に良いアイディアが有るぞ!!」


今迄蚊帳の外に居たウソップが、おもむろに手を挙げて発言します。


「その『水明鏡』ってのは、どんな奴でも呼出せて、話が出来るのか?」

「現在生きてる人間ならね。」

「だったらピーマン達に連絡して、俺のとっておきメカで突撃させる…!」

「「「とっておきメカァァ!??」」」


突拍子も無いアイディアを受けて、3人声をハモらせます。


「ああ!…メカが突撃した騒ぎに乗じて、ルフィは床を叩き付けろ!大丈夫!この作戦でぜってェ上手く行く筈だ!!」


鳩に豆鉄砲食らった様な顔を並べる3人の前で、ウソップは長い鼻を擦り上げ自信たっぷり請負いました。


「…任せていいもんかねェ。あんなチビ連中に。」

「チビだからって見縊んなよ、マリモ侍!あいつらはやれば出来る幼児なんだからな!」

「……正直不安たっぷりだけど…他に浮ぶアイディアも無いから、あんたが出したのを採用しましょう。
 とはいえあの婆ァがきっちり妨害して来るのは読めてるし…。
 鏡から引上げようとしても、恐ろしい吸引力に阻まれる…下手したらルフィまで鏡に引き摺り込まれるかも…。
 だからウソップ、あんたはルフィが中へ入って行かないよう、後ろから引張って!
 そしてゾロは、その間無防備になる2人を、婆ァの妨害から守ってやって!!」

「おう!…任せろ…!!」


刀の柄に触れると、ゾロは不敵な笑みを浮べて請負いました。


「ま、これも縁ってヤツだろうからなァ…仕方ねェ、手伝ってやるよ!」


ウソップも諦め半分に笑って請負います。


全員の役が決ると、ゾロはナミにジェスチャーでもって、「掌を前に出せ」と伝えて来ました。

怪訝な顔を見せるも、指示通りにナミが右掌を突き出します。

するとゾロは、その上に自分の右掌を重ねました。


「……寂しいか?」

「………ヒキコモリ暦500年のキャリア持ってんのよ。どうって事ないわ!」


強がって笑うも、声は震えていました。


反対側からルフィが同様の仕草で、「左掌を前に出せ」と伝えます。

頷いて出した左掌に、ルフィの左掌が重ねられました。


「……絶対…助けっから…!!」

「…俺達を信じろ…!!」

「………うん…!」


右を向き、左を向いて、ナミが小さく頷きます。

潤んだ茶色い瞳が、音も無く広がった波紋に掻き消されて行きました。

次第に失われてく輝き――何時しか、重なる掌は、自分達のものに変っていました。




「……見ちゃらんねェなァ…ったく!」


苦笑混じりの声が掛かり、漸く我に返ります。


「おめェら鏡に映った顔をよく見てみろよ!…なァにが『仲間』だっての!」

「…たいがいしつけェな、てめェも。そうじゃねェっつったろ!」


浮べたニヤニヤ笑いの意味を察したゾロが、声を荒げます。
しかしウソップは益々笑みを深め、わざとらしく手で扇いで見せました。


「『絶対助けっから!!』、『俺達を信じろ!!』…あああ、クッッサ!!…ただの仲間相手に、おめェら毎度こんなクッサイ台詞かまし合ってんのかよ!?鼻曲る程の臭さ拡がり環境汚染拡大だぜ!!」
「煩ェこっちの勝手だ!!!臭くて我慢出来ねェなら、その無駄に長い鼻斬って花瓶に活けてやるよエレファントマン!!!」
「違う!!!ナミは『ただの仲間』なんかじゃねェ!!!『俺の大事な仲間』だ!!!」


割って入ったルフィの主張が、室内爽やかに木霊しました。

毒消されたゾロとウソップの目が点になります。


暫しの間の後、白けを嫌ったウソップが、パンと両手を打って、威勢良く立上りました。


「…考えてみりゃ悠長に語らってる場合じゃなかった。――そんな訳でルフィ!!一刻も早くピーマン達に繋げろ!!これより魔女奪還プロジェクトをスタートさせる!!」

「って何でてめェが偉そうに仕切ってんだよ…?」
「う〜るせェェ!!!チーム1の知恵者が取仕切るのは当り前だろうがァァ!!!」
「別にお前を俺のチームに入れた覚えはねーぞー?」
「いいから!!早く繋いで下さいませっつってんだろうがボケコンビ!!!」


有耶無耶の内に仕切られるも、ルフィは言われた通りに、チビ3人を呼出す呪文を唱えました。

再び青く眩く輝く水明鏡。

中心から波紋が広がった後に、卓袱台座ってカレーを食べてるチビトリオの姿が現れました。




「ピーマン!!ニンジン!!タマネギ…!!」


鏡を抱えてウソップが叫びます。

その声に驚いて振向いた3人の目が、みるみる開かれました。

一斉に蒼褪めてく顔色。

タマネギの持ってたスプーンが、皿の中へカランと音立て落ちました。


「ギャ〜〜〜〜!!!鏡のお化けェ〜〜〜〜!!!!」
「しかも中に博士うつして博士の声でしゃべったァ〜〜〜〜!!!!」
「た!大変だァ〜〜〜〜!!!鏡が博士に化けてオレ達食いにやって来たァ〜〜〜〜!!!!」
「落ち着けお前ら!!!これはフィクションではなく実際の映像の俺様だ!!!
!」


目から鼻から口から水分飛ばして逃げ惑う3人を、ウソップは大声出して宥めます。

そうして卓袱台バリケードを張って怯える3人に向け、指でチョイチョイと呼び寄せる仕草をして見せました。


「…はは博士…?」
「…ほ、本物の…?」
「おおお化けじゃなく…?」


3人バリケードを張ったまま、恐々とにじり寄って来ます。


「…ああ、何つうか…色々有ってなし崩しに、こうして魔法の鏡使って、お前らに連絡取ってる訳だが…」


モジャ頭をワシャワシャと掻き毟り、チビ共相手にどう説明したもんかと頭を悩ませます。
するとそこへ、ピーマン・ニンジン・タマネギが、鏡にビタッと顔をくっ付けました。


「うわっっ!?汚ねっっ!!」


涙と鼻水で濡れた顔がアップで迫り、反射的に鏡から身を引きます。


「な、何やってんですか博士ェ〜!?昼食にも帰って来ないで、もう夕食タイムですよォ〜!!?」
「早く帰って来て下さいよ博士ェェ!!!食後のおやつのプリンも食べずに、みんなずっと待ってるんですからねェ〜!!!」
「どーしてもガマン出来ずに夕食始めちゃったけど、ちゃんと博士の分のカレー、残してあるんですからァ〜〜〜!!!」

「煩ェ黙って聞けェ!!!!」


埒が明かぬと、泣付かれてあたふたしてるウソップ突飛ばし、ゾロが鏡の前で一喝します。

眼光鋭く雷落とされたチビ3人は、背筋をピンと伸ばして黙りました。


「…緊急事態だ!手短に話すからよく聞いてろ!…現在、俺達は敵のアジトに捕まってる!脱出する為には、お前らの力が必要なんだ!」

「「「つつ…つかまってるゥ〜〜〜〜〜!!??」」」


再び広がるどよめき。

騒ぐ3人を再び制そうと、ゾロが大きく息を吸込みます。

その直後、今度はルフィがゾロを突飛ばし、鏡の前に乱入しました。


「そうだ!!ナミも捕まっちまった!!…このままじゃスリムッドってババァに消されちまうかもしんねェ!!」

「…『ナミ』って…あのコワイ魔女の人ですか!?」

「ああ!その恐くてタカビーな魔女が捕まえられちまっててな!」


背後からゾロとルフィを左右に押しやり、鏡の前に戻ったウソップが、タマネギの問いに答えます。


「そこでだ…魔女奪還全員無事脱出を成功させる為、お前達に指令を与える!」


此処でゴホンと1つ咳払いをして、シリアスな顔を決めて見せました。

見詰めるチビトリオが、緊張する様に喉をゴクリと鳴らします。


「…明日、日の出と同時に『アレ』に搭乗してピラミッドに突撃せよ!…そして俺達の居る場所まで駆け付けるんだ!場所は俺の懐中時計に内蔵された発信機の信号を辿れば解る筈だ。…お前達が乱入して騒ぎを起してる隙に…俺達は魔女を奪還する!」

「…『アレ』とは…まままさか『アレ』の事ですか…!?」
「いけません博士!!未だ『アレ』はシサクダンカイです…!!」
「使うには早すぎますよ…!!」

「今使わずに、何時使うってんだよ!?…大丈夫!27回も試作を重ねたんだぜ!!今度こそ上手く行くさ!」


顔色を蒼くしてピーマン・ニンジン・タマネギが詰寄るも、博士は頑として譲りませんでした。
決意を秘めた漢の双眸が、キラリとクールに光ります。


「…頼むぜ、ピーマン・ニンジン・タマネギ!!俺達の命、てめェらに預けた…!!」

「「「…博士ェェ…!!!」」」


3人に向い、親指を立てて力強く頷きます。
それを見たピーマン・ニンジン・タマネギも、同様のポーズを取り、「ラジャー!!」と叫びました。


鏡面に波紋が浮び、映像が途切れます。

輝きを失った中、そこには自分達の像が戻っていました。




「………で、『アレ』って何なんだよ??」
「ひょっとしてビーム兵器か何かか!?」


不安と期待の入り混じった視線が、背中に突き刺さります。

ウソップは自信たっぷり不敵な笑みを引いて、2人の方へ振返りました。


「『OYABIN28号』!!…俺のとっておき合体ロボだぜ…!!」




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